第20話
ウォーレン率いる別働隊を一度は退かせたものの、ライラ軍の左翼を守るレティシアたちの陣営には、重苦しい空気が漂っていた。帝国の物量と個々の武勇は凄まじく、防衛線は相応の傷を負っていたのだ。
「……怪我人を、早く後ろへ下げな」
いつもより遥かに言葉少なく、レティシアは低く言い放った。その視線の先では、多くの兵たちが血を流して地に伏している。
「レティシア、ざっと五十はやられたぞ。負傷者はその三倍だ。お前もその肩、早く治療しておけ」
副官の言葉に、レティシアは「くそっ」と短く毒づき、己の肩に巻き付いた血の滲む布を睨みつけた。
そこへ、背後から無数の蹄の音が近づいてくる。ラズが、シナ率いる騎馬隊、そしてバザルが統率するグー隊を引き連れてやってきたのだ。
「レティシア、状況は?」
馬上のラズが手短に問いかける。
「追い返すにゃあ追い返したが、随分とやられたよ。敵の指揮官、あれはなかなかの手練れだね」
レティシアは双剣の騎士を思い出す。全力で奮った自分の戦斧を正面から受け止められたのは初めての経験だった。そしてその引き際。熱くなりすぎた自分に腹が立つ。
「そうか。ならばここにバザルを置いていく。もし再び敵の騎馬隊が突っ込んできたら、躊躇わずに『破筒』を使え」
ラズはそれだけ言い残すと、隣に並ぶシナへ視線を向け、「頃合いだ」と静かに告げた。そのままラズとシナの騎馬隊は、前線の喧騒を離れ、街道を大きく外れるよう馬を進めていった。
◇ ◇ ◇
一方、ジェイシス帝国の本陣。
帰還したウォーレンが、主将アーレン・スタンフォード卿に向けて淡々と状況を報告していた。
「我が方の損害は、騎士を中心に二百。敵は対騎士用の特殊な大盾を用意しており、さらに軍というよりは野盗のごとき三人一組の連携で襲ってきます。それから、あの部隊の女大将は相当な強者ですな」
アーレンはその報告をじっと聞き、短く問うた。
「……抜けるか?」
「敵の数は多くありません。数で押し潰すことは可能でしょう。ですが……」
「例の、前回の遠征軍を壊滅させたという『轟音を発する何か』か」
「はい。騎士を突撃させるのは危険かと」
アーレンは机の上の地図を睨み、深く思案に沈んだ。損害を覚悟で正面の長槍壁を強行突破するか、それとも轟音の罠を警戒しつつ時間をかけて側面を崩すか。
やがて、名将の瞳に確固たる決意の光が宿る。
「ただの詐欺師ではない、ということか。これは是が非でも、ロートシルトなる者を直に引っ張り出さねばならんな。よし、損害を出してでも側面を抜くぞ」
アーレンは静かに宣言すると、即座に新たな動員を命じた。
側面の攻撃にウォーレン、そしてヴェルナーを当たらせる。それぞれに騎士一千、戦士団二千、計六千という圧倒的な質量だ。さらに副官の一人には残りの戦士団をすべて預け、正面の不気味な長槍壁を徹底的に牽制するよう指示を下した。
その時、本陣に血相を変えた伝令が駆け込んできた。
「報告! ライラの騎馬隊が陣を離れ、側面のさらに奥へと向かって移動中!」
「なに? 側面の防衛を支援するための突撃準備か。ウォーレンは突破に専念。ヴェルナー、君がその騎馬隊を抑えろ」
「はっ!」
ヴェルナーが鋭く応じる。だが、報告を聞いていたウォーレンが、怪訝そうに地図の一点を指差した。
「……待ってください。奴らが向かっている場所は、前線から随分離れています」
「……なるほど、『爆音』を避けるための距離をとったか」
敵の戦術の癖を鋭く察知したウォーレンは、即座にアーレンへと提案する。
「スタンフォード卿、私の率いる騎士と、ヴェルナーの戦士団を交換させてください。開けた場所での騎馬戦なら騎士が適任、側面を数で削るなら歩兵の戦士団が向いています」
「よし、編成を変更する。ヴェルナーには騎士二千、ウォーレンには兵四千を預ける。それぞれ任務を全うせよっ!」
「「承知!」」
二人の若き将が、それぞれの任務へと飛び出していった。
◇ ◇ ◇
その頃、ラザールは前線のレティシアたちからかなり離れた荒野の只中で、手綱を引いて騎馬隊を静止させていた。
「シナ、突撃隊を集めろ」
その言葉に、シナがすっと片手を挙げる。それだけで、シナ自らが選び抜いた「ラザールの盾となって死ねる」二百の精鋭たちが、無言のまま馬を寄せて集結した。
ラザールはその一人ひとりの、狂信的なまでに据わった瞳を見渡し、冷徹な声で告げた。
「これより、敵の物資保管場所を強襲する。物資はすべて私が焼き払う。お前たちはシナの命令に従い、私の周囲を死守せよ。余計な戦闘を行う必要はない。防衛に徹するんだ」
ラズの言葉を受け、シナが細い喉から張り裂けんばかりの激を飛ばす。
「全員、その身をラズに捧げよ!」
「「「おおおおお!」」」
地を揺るがす興奮の咆哮。
「クライブ、騎馬隊を頼むぞ……突撃隊、続け!」
ラザールの鋭い掛け声と共に、二百の精鋭騎馬隊は、激しい砂塵を巻き上げながら、ジェイシス軍の本陣を大きく迂回するように一斉に駆け出した。
クライブは、それを見送りつつ、自身の任務につく。
「よーし。んじゃ、側面部隊の援護、および敵の撹乱。俺たちは俺たちの仕事をするぜぇ」
クライブはラザールが走り去った方向から、己の戦場へと視線を移し「死ぬなよ」と呟いた。
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