第19話
「ウォーレン、貴殿に任せた二千の戦士団に加え、千の騎士を託す」
そう告げたアーレン・スタンフォード卿の眼差しは、戦況を冷徹に見据えていた。
「本隊が敵の注意を正面に引きつける。貴殿はあの不気味な長槍壁の側面へと回り込み、奴らの横腹を食い破れ。敵は必ず阻止するために防衛兵を差し向けてくる。それを力でねじ伏せろ」
「はっ、御意に。団長殿」
ウォーレン・ビーンは不敵に口元を歪め、深く一礼した。心臓が高鳴っていた。退屈な宮殿を抜け出し、ようやく巡ってきた大舞台だ。
敵を突き破り、本陣からロートシルトを名乗る黒幕の顔を拝むのは俺だ。その野心を胸に、ウォーレンは三千の軍勢を率いて意気揚々と馬を走らせた。
激しい砂塵を巻き上げて進軍する帝国の鉄騎。
その接近をいち早く察知したのは、ライラ軍の左翼を守るレティシアだった。
「よーし。騎士さまのお出ましだ」
地鳴りのような足音の主が、帝国の騎士団であると確信した瞬間、彼女の野性的な瞳が光を増す。
「おら! 野郎ども、出番だ! 抜かるんじゃないよー? 大盾班、来いっ!」
レティシアの怒声に導かれ、前線へ躍り出たのは、異様な集団だった。
並び立つのは、選りすぐりの大男たち。
彼らは剣すら持たず、ただ、大人の背丈ほどもある大盾を抱えていた。
盾の前面には無数の鋭い棘が植え付けられ、さらにその上部には、赤々と燃え盛る松明が二本、角のように掲げられている。ラズが仕込んでいた、対騎兵用の特殊防衛部隊だった。
「標的は騎兵だけだ、他には目もくれるな! 野郎ども、絶対に抜かるなよーっ!」
前方にのそりと出てきた巨大な盾兵を目視し、ウォーレンは激を飛ばす。
「騎士団、敵の盾兵に注意! 回り込むように切り崩せ!」
──激突。
一気呵成に踏みつぶさんと突撃を試みたウォーレンだったが、眼前に立ち塞がった「火と棘の壁」と、その左右からわらわらと溢れ出す兵たちを前に、その勢いは急停止を余儀なくされた。
「なっ……なんだ、こいつらは!?」
馬たちが激しくいななき、前足を上げて制動をかける。厳しく調教された軍馬とて馬は馬。激しく揺らめく火と、触れれば肉を裂く棘を本能的に嫌がった。
さらに大男たちは、大盾を地に突き刺し、手にした得物で大盾の内側をガンガンと打ち鳴らし、凄まじい金属音を響かせて馬の精神を徹底的に追い詰めていく。
「怯むな! 押し潰せ!」
ウォーレンが叫ぶが、狂乱した馬は一歩も進まない。ならばと上から切り倒そうにも、頑強な大盾に阻まれて刃が届かない。
帝国の鉄騎兵が完全に足を止めた──その瞬間を、戦場の獣が見逃すはずがなかった。
「おらおら騎士ども、あたしが相手だ! その首、ここに置いていきなーっ!」
鼓膜を突き破るような怒号と共に、レティシアが突撃した。
大盾班の左右から回り込んだライラ兵たちが、身動きの取れなくなったジェイシス騎士たちを包囲する。
兵たちは三人一組の強固な連携で動き、一人が馬の足を払い、一人が盾で押し込み、最後の一人が隙間から刃を突き立てる。
無敵を誇る帝国の騎士が、一騎、また一騎と、馬から引きずり落とされて屠られていった。
(チッ、これでは埒が明かない……!)
たまらずウォーレンは戦況の不利を悟り、横へと馬を逃がそうとした。
だが、その行く手を、三つ刃の巨大な戦斧が遮る。
「大将! まだまだ逃げるにゃ早いぜ。遊んでいけよ」
満面の笑みを浮かべ、野生動物さながらの恐るべき速度でウォーレンに襲いかかるレティシア。
その人間離れした臂力にウォーレンは冷や汗を流しながらも、背負った二本の剣を瞬時に引き抜き、器用にその猛撃を受け止めた。
──キィィィンッ!
甲高い金属音が響く。
ウォーレンも人間離れした身のこなしで斧の軌道を逸らすと、交差したもう一本の剣を電光石火の速さで突き返し、レティシアの肩口を浅く切り裂いた。
「いってぇ──!」
レティシアはそう叫びながらも、痛みなど忘れたように、さらに笑みを深めて戦斧を狂暴に振り回した。
「女の身体にっ! 傷をつけるんじゃー、ないよっ!」
「ふざけるなっ! 大斧振り回す女がどこにいる!」
二人の戦いは、周りの兵が手が出せないほど熾烈を極めた。だが、互いに致命傷を与える事が出来ずにいた。
(血湧き肉躍るとはこのことか!)
刃を交えた十数合。ウォーレンは命の取り合いを楽しむ自分に気づいた。しかし、こうしている間にも仲間は倒れ、軍ごとすり潰されていく。
(……化け物め! これじゃあ馬も剣も保たん!)
彼は強引に手綱を引いて馬を翻すと、レティシアの一瞬の隙を突いて走り去った。
「おい待て! 逃げるんじゃねえよ、腰抜け!」
「勝負お預けだ、女傑殿! 者共、引けーっ!」
「レティシア! 追うな、回りの援護に入れ! 押されてるぞ!」
怒り狂って追いすがろうとするレティシアを、副官の必死の制止が引き戻した。見れば、ウォーレンという核を失ってもなお、帝国の物量と個々の武勇は凄まじく、前線が押し込まれかけている。
「チッ! 大盾班、一旦下がれ! 野郎ども、残った鉄鎧どもを切り崩せ!」
乱戦の末、ジェイシス軍は再び後退を余儀なくされた。正面の長槍壁に続き、確実と思われた側面奇襲までも。
大国ジェイシスが放った二度目の猛攻を、ライラ軍は、相応の損害を出しながらも無難に、しかし確実に凌ぎ切ってみせたのだった。
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