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忘神の国の吟遊詩人  作者: azyl
第2章 戦火の足音
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第13話

──ライラ国国境、緩衝地帯。

 朝靄が完全に晴れ渡った平原に、地鳴りのような足音が響き渡っていた。


 太陽の光を浴びてギラギラと眩い輝きを放つのは、ジェイシス帝国軍一万二千の鉄甲冑。整然と並ぶその威容は、まさに動く鉄の城壁だった。


 対する街道の先──右手を切り立った高い崖、左手奥に広がる深い森に挟まれた狭路に陣取るのは、レティシア率いる主力隊、わずか三千五百。


「おいおい、見ろよあの前衛。鎧どころか、ただの革を身体に巻き付けただけの奴までいるぞ」

「装備もバラバラだ。大剣、斧、槍……あんな寄せ集め、まともな陣形すら組めまい」

「事前の報告では六千と聞いていたが、半分とはな。恐れをなして夜逃げでもしたか。ハハハ!」


 ジェイシス前線の兵士たちから、容赦のない嘲笑が漏れる。


 ジェイシス軍の本陣に構えられた豪華な天幕では、名ばかりの貴族将軍が、出陣直前だというのにライラ産の高級ワインを優雅に傾けていた。

 彼にとってこの遠征は、軍功を挙げて帝都での出世を確実にするための観劇に過ぎない。

 完全なる美しい勝利がもたらされるその瞬間を、ただ待つだけなのだ。


 そこへ、青ざめた顔の斥候が飛び込んでくる。


「報告! 敵の数は約三千五百! 街道を封鎖するように布陣しておりますが、他の部隊の姿がどこにも見当たりません!」


 将軍は鼻で笑った。


「フン、やはりただの悪あがきか。奴隷を集めたところで何が出来るというのか」

「将軍、楽観視は危険です」


 遮ったのは、大規模戦闘の経験こそ無いものの、数々の実戦を潜り抜けてきた副将だった。

 彼は地図を広げ、険しい表情で進言する。


「残りの二千五百の姿が見えぬのは不自然極まりない。敵左手のあの深い森……あそこに伏兵が潜んでいるのでは。一度足を止め、偵察を──」

「馬鹿を言え」


 将軍は不愉快そうにワイングラスを置いた。


「森は敵軍の後ろではないか。仮にあそこに奴隷どもが隠れていようが、我が軍の誇る重装騎士団の突撃を受ければ瞬時に肉塊となるだけだ。まずは戦士団八千を動かす。あの見窄らしい集団をすり潰せ! 騎士団の道を開け! 進軍せよ!」


 ドォォォンッ!! と進軍の銅鑼が鳴り響き、八千の戦士団が一斉に進軍を開始した。


「来な、帝国の犬ども! ここは一歩も通さないよ!」


 街道の最前線、熊のように身体のデカい剣奴や傭兵たちを率い、レティシアが三つ刃の戦斧を突きだして吠える。


「野郎ども、迎え撃てぇ!」


 レティシアの掛け声の元、三千五百の荒くれ者が一斉に雄たけびを上げる。


 迫りくる鉄鎧の戦士。

 しかし、凄まじい風切り音と共に振り下ろされる三つ刃の戦斧の前に、ジェイシスの先頭兵が鎧ごと真っ二つに叩き切られる。


「焦るんじゃないよ! 周りの奴と協力して一匹ずつ仕留めな!」


 陣を広げ過ぎず、側面に回られないよう小隊を出し入れしながら、泥臭く、しかし確実に敵の肉を削り、ジェイシス戦士団に予想以上の出血を強いていく。


 数の暴力で迫るジェイシス軍に対し、レティシア隊はジリジリと後退しながらも善戦していた。


──しかし、激突から数刻が経った頃。レティシアは周囲の仲間へ鋭い口笛を吹いた。


「チッ、数が多すぎる! 押し負けるぞ、左の森の境界まで退がれ! 木々を利用して敵の足を鈍らせるんだ!」


 レティシア隊は死に物狂いで抵抗する姿を見せつつ、計画通り、陣形を崩さないよう左手奥の森へと後退を始めた。


「敵が下がるぞ! 押せ押せーっ!」

「右手──森側に回り込め! 崖に押し付けるんだ!」


 手応えを感じたジェイシス戦士団は完全に色めき立ち、レティシア隊の退路を断つように森側を塞ぎながら、崖側へと追い詰めるように殺到していく。

 これにより、街道を進むジェイシス軍の列は縦に長く伸び、前衛の戦士団と本陣の騎士団の距離が決定的に開き始めた。


「将軍、お待ちください!」


 本陣からその光景を見ていた副将が、血相を変えて叫んだ。


「敵の動きがおかしい! あれは敗走ではない、意図的に我が軍を森へと誘い込んでいます! 完全に前衛と本陣が分断されている、追撃を止めさせてください!」

「黙れ! 臆病風に吹かれたか!」


 将軍は立ち上がり、傲慢に言い放った。


「敵は我が軍の勢いに圧されて崖に追い詰められているではないか。伏兵など、むしろあぶり出してくれるわ。何人隠れていようが、我が重装騎士団が動けば森ごと一粒残らず退治して見せる。お前は黙って私の指示に従っていればいいのだ!」


 将軍は勝利を疑わず、一気に勝負を決めるため、本陣の騎士団にも前進の命令を下そうとした──その時だった。


ピィィィィィン──


 不気味な高音を響かせながら、無数の煙の筋が降り注いだ。

 バザル率いる隠れ里の志願兵たちが崖の上から放った『破筒はづつ』付きの矢である。


「なんだ、あれは……」


 煙の筋が地に届く。


バンッバババララ!!! バババババッ──!!!


 こだまする大音響と無数の火花が、次々と地を走る。

激しい爆音は一つにまとまることなく、不規則に重なり合いながら凄まじい衝撃波となって鼓膜を叩いた。

 辺りに黒煙が立ち昇り、鼻を刺す不快な匂いが充満する。


「ぎゃああああっ!? 耳がっ……鼻がぁ!」

「何だこの音は? おい、落ち着け! 暴れ──うわぁ!」


 至近距離で炸裂する未知の轟音に、どれだけ訓練された軍馬であっても正気を保てるはずがなかった。

 狂ったようにいななき、数千頭の馬が一斉に暴れだす。


「馬を止めろ! 振り落とされるな!」

「うわああああっ!」


 落馬した重装騎士たちは、したたかに身体を打ち付け、その重い鉄甲冑のせいで素早く立ち上がることができない。そこへ正気を失った自軍の軍馬たちが次々と容赦なく踏み荒らしていく。

 骨の砕ける不気味な音が響き、ジェイシス本陣は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄絵図へ変貌した。


 その混乱を、崖の上から見下ろす影があった。


「うへぇ……マジかよ、この崖を駆け下りるって? 落ちるの間違いだろうが」


 隊員の一人が怯えた声をあげるが、先頭に立つクライブは不敵に口元を歪め、巨鳥グーの手綱をがっちりと握り直した。


「さて、勇敢なる諸君。見ての通り、俺たちは敵まで《《真っ逆さま》》だ。遮る者はない。転げ落ちるなよ! グーを信じて──突撃!!」


 グィィィーーッ!!!


 不気味な肉食獣の咆哮をあげ、千五百の巨鳥部隊が、崖の岩肌を強靭な爪で掴みながら、一直線に崖を駆け下りていく。

 馬には絶対に不可能な、絶壁からの奇襲だった。

 土煙でその全容は隠され、ただ恐ろしげな何かが混乱を極めるジェイシス騎士団に、驚くべき速度で突入する。


 グーの爪が鉄甲を引き裂く音と、絶叫が混じり合う。クライブは歯を食いしばった。――これが、俺たちの初陣か。


「崖から落ちるのに比べりゃ、乱戦なんてどうってことねぇ! 切り崩せ!」

「おおぉーっ!」


  同時に、この爆音を合図に、もう一つの牙が動く。

  街道から遥か離れた森の奥。静かに機を待っていたラザールとシナの騎馬隊一千が、一斉に姿を現した。


「第一分隊、突撃! 敵を横撫でせよ!」


 シナを先頭とした五百騎が、後ろの異変に気を取られて完全に浮足立っていたジェイシス戦士団八千の側面に襲いかかった。

 半円を描くような一撃離脱の撫で斬り。

 一瞬で隊列をズタズタに引き裂かれた戦士団へ、さらに第二分隊の五百騎が深く穿つように突撃する。


「おっしゃあ! 待たせたな野郎ども! 反撃の、時間だ、よぉっ!!」


 森の境界で猛攻に耐えていたレティシアが、好機と見るや否や突貫した。

 三つ刃の戦斧が振り下ろされるたび、返り血が彼女の赤く染めていく。


「堂々と力いっぱい戦えるってのはこういうことかい。ははっ、最高じゃねーか!あたしについて来い、野郎どもっ!」


 彼女の周りを固めていた大男たちも続く。

 やがてレティシア率いる戦士全員が雄たけびを上げながら死に物狂いで突撃して行く。


「うあぁぁぁ! 死なねぇ。生きて帰るんだ!」

「てめえらみたいな甘ったるい奴に殺られるものか!」

「押せ! 殺せっ!」


 前後を完全に分断され、挟み撃ちになった八千の戦士団は、混乱の連鎖によって戦う意志すら失い、成す術も無く崩れ去っていった。


 円を描くように横撫でを繰り返していたシナの第一分隊は、突撃を終えた第二分隊と合流。

 一千となった騎馬隊は矢のような陣形を保ったまま、反転。

 今度はクライブたちの奇襲で壊滅状態にある本陣の騎士団へと、突入していった。


「騎馬隊! 私に続きなさいっ!」


 入れ替わるように、崖を下りきったクライブのグー隊が、敗走するジェイシス戦士団の背後からなだれ込む


「よしっ! ここは銀髪の戦姫に任せて、俺たちは鉄鎧に突っ込むぜーっ!」


 グーの鋭い爪が鉄鎧を切り裂き、騎乗する戦士たちが逃げ惑う敵を容赦なく刈り取っていく。


「おいおいクライブ! 崖から真っ逆さまに落ちて死んだかと思ったよ!」


 戦場で背中合わせになったレティシアが、返り血を拭いながら笑う。


「んな訳あるか! 俺たちの『華麗なる突撃』を見せてやりたかったぜ。そっちこそ、敵に磨り潰されてなくて安心したぜ!」

「ハハッ、この程度でくたばるかい! おらっ、残りの雑魚を片付けるよ!」


 二人は互いに発破をかけ合いながら、完全に崩壊した戦士団を徹底的に撃破していった。


◇ ◇ ◇


 シナを先頭にした騎馬隊に蹂躙され、ジェイシス騎士団もまた完全に崩壊した。


「こんなはずは……何故私がこんな目に……」


 シナは敵陣内を駆け抜けながら手近な敵を次々と屠る。どうやらここが本陣らしい。司令官らしき派手な鎧の男が見える。


「副長、そこの金の豚を討って手柄を立てなさい」

「御心遣いに感謝!」

「わ、私はこんなところで死ぬ人間ではな――ぎあぁ!」


 激動の地から離れ、一人で戦況を眺めていたラザールの元へ、一騎の馬が近づいてくる。

 返り血を浴び、月光のような銀髪をわずかに赤黒く染めたシナだった。


 彼女は馬を近くに寄せると、ラザールを見つめると、ためらうことなく馬上から彼の身体へと飛びついた。

 細い腕がラザールの首に絡みつき、すがるように深く口づけをする。


 離れた唇から、ふっと甘い息が漏れる。

 ラザールは彼女の細い身体をしっかりと抱きとめ、「おかえり、私の可愛いシナ」とその健闘を静かに労った。


 視線を街道へと戻せば、一万二千を誇ったジェイシス帝国軍の威容は、もうどこにもない。


 わずかに生き残った戦士たちが、武器を捨て、悲鳴を上げながら街道の先へと逃げ去っていく。

 クライブとレティシアは、すでに次の獲物である騎士団の残党狩りへと向かいながら、確実に敵の息の根を止めていた。


「適当なところで引き上げるよう伝えろ」


 シナから遅れて戻った騎馬隊に、クライブとレティシアへの短い伝令を託すと、初陣を完全勝利で飾った黒髪の魔王は、次なる一手を見据え、自らも街道へと歩みを進めた。


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