極彩色の存在証明
夜の世界に眩い星の輝きが満ちる。
威圧感、というにはあまりにも懐かしいような慣れ親しんだようなオーラが周囲を満たしていく。
不思議と心地いい空気がログネスすら覆っていくと、やがて四つの体に集結した。
「…………『存在証明』」
鎌を持ったメルトが小さく呟くと、分身していた雷、白狼、氷のメルトの体が白い蝙蝠と化し、再集結していく。
それぞれのメルトにログネスが血の糸を放つも、高密度の魔力の流れによって液体へと戻される。
「……その、姿は…………」
次第にログネスは再集結していくメルトたちの体に見とれてしまっていた。
美しく、姿を変えていく。
白い髪、紅い瞳の男。
赤紫の髪、紅い瞳の女。
ノーデンとリディベルの姿が、そこにはあった。
「……」
ログネスが唇を噛み、その二人を見つめていると、最後のメルトが変化を終えた。
——それは白髪碧眼の少女だった。
「……………………誰だ、そいつは!」
「まさか、その少女が!」
絶叫と共にログネスの目が血走る。
その間、観客席も混乱していた。
「だれ……?」
ルノの記憶にも無い少女。年は15歳程度に見える。
禁書の中にいたとしたら忘れようがないほどに特徴的で、杖を手に持っている。
その杖の形には覚えがあった。形状は違えど、似た物をルノは見ている。
「想杖! トリト教の……!」
ルノがそれに気づいた時、ふと横から掠れた息が聞こえた。
振り向くと、アリスが目を見開き、その少女をじっと見つめている。
「ああ、やっぱりね……」
分かりきっていた。そんなように息を吐くと、アリスは背もたれに寄りかかる。
「ほんと、数奇な運命」
——アリスの呟きなどさも知らず、メルトの分身体がログネスを囲っている。
「……なんとも形容し難い感情だよ」
ログネスが指をこきこきと鳴らしながら爪を一本一本揺らす。
虹色に輝くそれがほんの少し空気に触れるたび、軽く波動を放っている。
その顔には一瞬の陰りが見え、これまでと何かが違う。
昂っていた感情が冷え込んでいっているようだ。
変化したメルトたちはと言うと、手を握っては開いてみたり、髪を手ぐしでといてみたり、杖を目の前に掲げている。
メルトは鎌でログネスを指すと、自信満々に笑みを浮かべる。
「速攻だ!」
第二ラウンド開幕の合図だ。
まず動いたのはリディベル。血を垂らし大斧を作り出すと、その武器の大きさを感じさせない軽やかな動きでログネスに振りかぶる。
タイミングをずらしてノーデンが飛び出し、ログネスを背後から拳で挟み込む。
ノーデンの体には流れるような模様が浮き出ており、その素早さはリディベルを遥かに凌駕していた。
その間鎌持ちメルトは自らの血を鎌に圧縮し続けている。
「再び相見えることになるとは」
ログネスはノーデンの拳に対して血の糸を繰り出しクッションを作り出すと衝撃を受ける代わりにリディベルの大斧は爪で防いだ。
そしてノーデンを蹴り飛ばし、リディベルを押し返すと頭上に爪を振り上げた。
爪の斬撃が上空にいた白い少女を襲う。
その斬撃はなにかによって防がれ、激しい火花を散らした。
それは口以外を隠した仮面を被った白い人型で、白い少女を抱えながら何度も飛んでくる斬撃を手で払っている。
「それを再現するか」
「だが、君程度の魔力では完全に顕現させることは出来ないだろう」
ログネスは大地を蹴って飛び上がると白い少女の方を集中して狙う。
ノーデンとリディベルが迫り来ると、これまでの最小限の動きが嘘かのように乱雑に片腕の爪を振り回した。
ノーデン、リディベルそれぞれのメルトの肩や腕、足にまるで抉られかのような傷をつけていく。
白い人型はというと、手で攻撃を払う度その手が削れている。再生しているようだが、その姿が薄れ、段々と透明に近づいていた。
「やはりオリジナルには劣るのか……それと見えているぞ!」
ログネスが声を上げ、鎌に血を圧縮し続けていたメルトに斬撃を飛ばした。
囲んでいたメルトたち三人もまた弾き飛ばされ、ログネスは鎌持ちメルトへと飛び出す。
「うわっ!」
鎌持ちメルトは辛うじて斬撃を避けると、再び血を圧縮しながら走り出す。
とっておきの一撃、メルトは正直どこまでやれるか分からないが、ログネスは確実に倒せるという確信を持っていた。
これを止める訳にはいかない。
「……三人で止める!」
思考の中、他の分身体も通してたどり着いた推測、それが正しければ、三人同時ならギリギリ時間を稼げるはずだ。
「さっきから剣、出してないもんね!」
そう、光剣が無い。メルトにとって、光剣の遠隔操作による純粋な手数の多さが分身体に対しても厄介だった。
それが爪に光を押し込めてからは全く剣を出さない。ノーデンの拳に関してもダメージは軽くない。光剣があれば挟撃に対してダメージを負わずにいられたはずだ。
「……よし!」
鎌持ちメルトが立ち止まる。
ログネスはノーデンたちの蹴りや斧、謎の光線などの攻撃を避け続け、時に爪で受け流しながらその正面に飛び続ける。
「その一撃をずっと溜め続けていたようだが、偽物で私を止められると思うな」
「ふん! あんた、さっきから余裕なくない? 前の状態なら、もっとうちの技の能力を警戒してたでしょ!」
鎌持ちが腕を振りかぶると、ノーデンを妨害していた分身体の姿がぼやけ白い蝙蝠へと変化、そして即座に再集結した。
「うちの記憶はそれだけじゃない!」
足止めするそれぞれのメルトの姿が三人のログネスの姿に変わる。
そしてログネスを血の糸でグルグルと拘束する。
「ルノくんがあんたのことも物語にしてやるって言ってたからね! うちはうちの力として使わせてもらうよ!」
ログネス自身すら、メルトの存在証明。力の元となる。
完全なる再現でなくとも、能力を分身で模倣できるということが、ログネスの逆鱗に触れた。
上書きではなく、模倣。単一最強の吸血鬼という前提をこなごなに破壊する、それはログネスの存在否定に近い。
「……」
ログネスは眉間に皺を寄せたかと思うと、すぐに眉尻を下げ口角を上げた。
鎌持ちメルトはそんなログネスを見ながら最大限に血と魔力を詰め込んだ一撃を放つ。
紅い三日月の軌跡。藍色の髪が崩れる。ログネスの胸元に直撃したそれは、固く弾くような光をも貫き、肉を裂いた。
黄金のように輝く光がログネスの胸元からこぼれ落ち、ログネスは膝をついた。
光はやがて球状の薄い膜となると宙に浮かぶ。
中にある心臓は拍動し続けており、異様な光景だった。
「やっぱあれが、光の能力の根源だった……」
メルトが呟くと、ログネスは自身の胸元をさする。
光が消え、傷がついたこと以外何ら変わりのない体だ。
ログネスは膝をついているのもやっとになり、バタリと後ろに倒れ込む。
ゆったりと再生が始まり、そちらに体が集中している。これ以上動くことは不可能だ。
「………………」
何も語らず、ただ手をかざそうとして止めた。
メルトは分身の全てを自分に戻すと、そんなログネスの傍に歩いていく。
髪色は元に戻っており、頭を押さえて肩で呼吸している。
「……うちの、勝ちだ」
「……ああ、そうなのだろう」
力なく答えるログネスの目は夜空に向いていた。
星々を追うように瞳を動かすと、ゆっくりと目を閉じていく。
「慢心は無かった。私が強者たる器になれなかっただけだ。だからこそ、焦りが出た。思考が遅れた」
「あっそ、結構というかすんごい強かったし、余裕ぶっこいてるように見えたけどね……まぁ、うちの勝ちだし、隷属するとかはどうでもいいってことで、あんたみたいなの従えても気持ち悪いし」
「代わりに約束。今後うちとルノくんを巻き込まない、襲わないこと。守らなかったら殺すから」
「……両親を殺された怒りは無いのか。何故殺さない。何故そう淡々としている。私が本当に口約束を守ると思っているのか」
メルトはログネスに対しため息をつくと、冷たい瞳で見下ろした。
「もう、パパとママは戻ってこない。あんたは当然許さない。でも、うちにはルノくんがいる。他にも、うちを見てくれる人がたくさんできた。うちは、そっちが大事なの。あんた如きに脳みその容量割きたくない」
「…………ノーデンの娘とは思えないな」
「ふん、勝手に言ってなよ」
二人が言葉を交わしていると、観戦席からルノたちが駆け寄ってきた。と言っても殆どがボロボロで、レクスに至ってはアリスが浮かべるベッドの上で未だ寝ている。
「メルトさん!」
ルノがメルトへと飛びつくと、メルトはそれを軽くキャッチした。
「ルノく……いだだだだ!」
だが、体中が悲鳴を上げてそのまま倒れた。
「だ、だいじょうぶ!?」
「や、やばいかも、さすがのうちでもこれは厳しい!」
ルノが慌ててメルトの上から退こうとすると、メルトはそれをガッシリ掴む。
「それはだめー!」
死闘の後とは思えぬ空気が、その場に満たされる。
メルトは笑いながら、手元の感触を離さぬよう、一層強く抱きしめるのだった。




