長夜
死闘を終えた夜の世界。
メルトがルノを羽交い締めにする最中、アーヴァンスが倒れたログネスの元へと近づき、顔の横で胡座をかいた。
「おおう、負けてんなァ? ボスゥ。今なら俺でもやれんなァ」
「まァ、俺からは一言しかねェ」
アーヴァンスは俯き、考えるように頬を自らの手のひらでついた。
「一応俺が生きてんのはあんたのおかげだ。どんな悪だろうとな」
アーヴァンスはそれだけ言うとスッキリしたように笑った。
「……ボス」
ユミアもまたアーヴァンスの横にちょこんと座り込むと、ログネスの顔を覗き込む。
ユミアは口を開き、閉じて……最後に声を出した。
「わたし、迷ってたっていいって分かったので、これだけは言っておきます」
「あなたは確かにわたしに居場所をくれました。アーヴァンスと同じように。それと、他にも吸血鬼狩りの中にはあなたに救われた人がいます。例えあなた個人が、目的のために集めた人でも、確かに人生が開いた人はいます」
「………………誰もが私の計画に都合がよかっただけだ」
ログネスは二人の言葉に全く顔色を変えない。
それを見ながらルノの心に疑問符が浮かぶ。
「……メルトさん」
「……分かったよ」
ルノはメルトの頬をぺちぺちと叩き、拘束を解いてもらうと、すたすたとログネスに近寄る。
その横でアリスがすっと心臓を手に取ると、その上でクルクルと回して椅子に座る。思考は会話の外にあるようだ。
「ログネスさん偽りを正すってどういうこと」
「…………」
「なんでもう諦めたの。頑張ったって言ってたじゃん。準備してきたって言ってたじゃん」
ルノの瞳がログネスを見透かす。
ログネスの瞳がルノへと引き寄せられる。
「君は、何故敵である私にそんな事を聞いている」
「私の事が嫌いなんだろう」
恐ろしいものを見る目だった。
「うん、嫌い。ログネスさんは生きることが死の予行だって言ったから」
「でも、なんでそう考えているのかは知りたい」
好奇心に忠実なルノの眼差しに、ログネスはただため息をついた。
「私は間違えた訳ではない……私の調べでは、結局ブラドホワイトの存在を発端として吸血鬼の上書きが始まったようだからね」
「今の吸血鬼は遠い昔の吸血鬼とは違う、弱さを持った偽りの存在なんだ。君が理解しまいと、それこそ純然たる事実だ。私はそれを許さなかった。以上だ」
ログネスの言葉に熱はなかった。
一言一言紡ぐ度に、静かな呼吸音が間を埋める。
「私の心に再び火が灯った時、その時こそは上手くやる」
「諦めた訳ではない。私はまた準備期間に入っただけだ。吸血鬼という種の強大さを残すためなら、私の生はその過程に過ぎないんだよ」
ログネスがそう語ると、ルノはログネスを指す。
「でも、色々迷ってたよね。戦ってる時も、その前も、ずっと」
「ほんとうにそう思ってるの?」
ログネスはルノの言葉に目を閉じる。
ほんの少しの動揺が全て見透かされていた。戦闘能力皆無な子供によって。
いや、自分が隠しきれなかったのか。
「さぁ、どうせ君の解釈によって歪められるんだ。真意は勝手に推測すればいい」
ログネスがそう言い放つとアンディ、ドミノの二人がログネスの両横に立った。
「あー、今更だけど、俺ら騎士団側もこいつを連行しなくちゃいけないんだよな」
「うん、眷属にされた人達の治療とか、問題山積み。副団長もまだ寝てるし」
「そっちの……えーアリスさん? も戦う気は無さそうだし、とりあえず着いてきてもらえないっすかね」
アンディはそう言うとログネスの体を拘束し持ち上げる。
アリスは何も言わずただ椅子に座り続けている。
「俺やユミアはどうなんだァ?」
「うん、参考人。ただ騎士団外で色々やりすぎたから後日何かあるはず。やるとは思わないけど、逃げられないからね」
そう言ってドミノがレクスを背負うと、レクスがうっすらと目を開ける。
「…………そうだ、僕らは休暇中だからね……とにかく、みんな無事そうで良かった」
「起きてたんかよ副団長!」
「アンディ、頭に響くからやめてくれ」
ルノはレクスに近寄ると、その手を取った。
「ありがとう、レクスさん」
「どういたしまして」
レクスはボロボロになりながらも爽やかな笑顔を浮かべていた。
アリスはその様子を見て立ち上がると、ログネスの顔を一瞥する。
「夢想坊や、貴方の夢楽しかったわ。とっても熱しやすく冷めやすくて」
それだけ言うと、アリスがメルトのもとへと歩いていく。
「ねぇ、貴方の手紙、あの子のよね」
「……知り合いなの」
目を見開くメルトに対し、アリスは扇子を広げ口元を隠すと、見上げる形でメルトに顔を近づけた。
「そうよ。妾、あの子を探しているの」
「だから……貴方も探すつもりなら、また会うかもしれないわね」
その瞬間、アリスの胸元が光りだすと体が急成長し、あっという間に美女の姿へと変貌した。
さらに虹色の魔力が光剣を作り出し、アリスはその背に乗る。
「なっ、おい! くっそ、やけに大人しいから油断した!」
アンディの絶叫響く中、アリスが遥か上空から全員を見下ろした。
「妾、縛られるのが大嫌いなの! 自由の名のもとに世界をまわり続けないと死んでしまうわ!」
「空元気嬢、妾はあの子を探し続ける! 奇天烈坊やもまた会いましょう!」
「……それと英雄坊や。妾はやっぱり救われるような女の子じゃないわ! センチメンタルはもうおしまいよ……!」
規格外の銀髪女の嗤い声が響き、虹色の光とともに豪風が飛び立つ。
目を開いた時、アリスの姿はもうなかった。
「……彼女には聞きたいことが山程あったんだけどな」
レクスはドミノの背中から降りて苦笑いすると、ルノたちを見た。
「とりあえず僕たちは早めに撤退させてもらおう。ログネス・ノルムヴァンデだけはもう連れていく」
まだフラフラとしているが、さすがは日輪の騎士と言うべきか、その振る舞いは凛然としていた。
「じゃー、最後にちょっといい?」
「そいつ、どうなるの?」
メルトがログネスを指さしながら問いかけると、レクスは真顔でログネスを見た。
そして剣の柄をコンコンと指で叩くと、口を開く。
「……どんな処遇になるか僕個人では軽率に判断出来ない。今の拘束は同意なしに人々を眷属化させたうえで自らの計画に利用しようとしたという危険性……といったものから行っているものだ。と言っても、軽く済ませられることはないだろうけどね」
「そう、うちでもあいつレベルだと眷属化も何も抵抗されるから、あんま野放しにしてほしくないんだけど」
メルトが腕を組むと、レクスは爽やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。彼は国がしっかりと監視しよう。僕や団長だっているんだ」
「ふん、ノモトね。まー、ひとまずそういうことにしといてあげる」
そう言った直後、メルトは血の鎌を作り出すとログネスの顔すれすれに突きつける。
一切ブレずにログネスを見つめる紅い瞳、自らもボロボロになりながらその疲れを見せない。
「さっきも言ったけど、何かあれば地獄を見せる。分かった?」
「……君たちの邪魔をしなければいいのだろう?」
ログネスは抵抗する素振りも顔を動かすこともせずに答える。
「そう、けどその場合騎士団が動くことになるけどね」
「……今となってはだいぶ厳しいな」
二人の会話はそれで途切れた。
メルトは去っていく騎士団の背を見ながらへろへろとしゃがみ込む。
長く濃密すぎる一日だった、残された誰もがそう心で唱えた。
◇
——アンディに運ばれながら、メルトたちの姿が遠く離れていく。
ログネスは誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
「私と彼はどこが違ったのだろう」
ログネスは目を閉じ、反復するように何度も自問する。
答えは出ず、問いのみが膨れ上がる。
しかし、それを明らかにしようとは思わなかった。
「(熱は……確かに、もう冷めた)」
プロローグ含めたら百話ですね。よくもまあここまで。
ということでなんか記念に出したいと思ったんですね。手元にあったのが雑なメモばかりだったんですが、マシな資料の形にしてるものが見つかったので出しとこうと思います。
ハッタ・オレンジ(本名リハッタ・ペイルローズ)
作家。享年96。
代表作『瞳の男とお姫様』『青日』など
バーロンド停滞期と衰退期を跨いで活躍した作家。放浪期に、内界より流れ着いた童話を読み衝動的に描いた、魔法の瞳を持つ優しい男と記憶喪失の姫の存在意義を柔らかく包み込む童話『瞳の男とお姫様』や、バーロンド帰国後十数年、バーロンド衰退期の混乱する世の中において描かれた、有り得ない嘘に翻弄される果物屋の話である『青日』といったシニカルな作品が有名である。
バーロンドにおける魔法家の名門ペイルローズ家の次男として生まれ、国家統制官としてのキャリアを期待されながら育つ。しかし、バーロンド停滞期を引き起こした「崩壊の呼び人」¹の文献を読み、国の力や官職では圧倒的異常な個の暴走を止められないと悟り、家の反対を無視して世界放浪の旅へと出る。
放浪を経て世界の広さを知ったハッタは、各地で得た技術や知見を用いて作家を志した。
一説ではあるが、彼自身も魔眼を有しており、それによって他者との疎外感に悩んでいたことが『瞳の男とお姫様』執筆の動機に繋がったとも言われる。²
¹……魔法士トリトらが対峙したとされるバーロンドに現れた魔法使い。トリト教はこの呼び人を生み出したのはバーロンドだと考え、バーロンド無き今も国そのものを忌み嫌っている。
²……ゴドリー・ベルベロ『ハッタ・オレンジは虚無主義なのか』124頁




