ユミア・ミマイ
レクスたちが居なくなった後、深夜のうちに多くの吸血鬼狩りたちが騎士団によってログネス邸に集まった。
どうやらレクスたち以外の騎士団が多く動いていたようで、まるで全ての動きを把握していたかのようなスムーズな誘導だった。
眷属化した吸血鬼狩りの多くはまだ意識がぼんやりとしていたが、大きく暴れるようなこともなく、それもまた誘導が素早く済んだ理由の一つだろう。
メルトいわく完全な眷属には明確な自己の意思が見えるらしく、多くの吸血鬼狩りたちはまだ完全な眷属ではないということだった。
そして現在、ルノたちは騎士団によってトワイライト内の宿に案内されていた。
「——では、貴方たち四名には後日聞き取りを行いますので」
そう言って団員の一人が宿から離れていく。
ルノ、メルト、ユミア、アーヴァンスの四人は同じ宿に部屋を借り受ける形となった。
宿の共有スペースにてソファに座ると、ルノが口を開く。
「まさか、ログネスさんがこの街の領主を買収してたなんて」
宿へ向かう際に騎士団から知らされたのは、トワイライトの本当の領主は別におり、ログネスはそれを傀儡としていたという事実だった。
今回騎士団が公に出動出来た要因のひとつがそれなのだろう。
「ねー! 正直貴族としてありえないんだけど! なに領主代理って! バラムスが聞いたらブチ切れそうだよ!」
「わたしがボス……ログネスさんに拾われた時にはもうトワイライトの屋敷は吸血鬼狩りのものでした……」
「俺ァ気にしたことがねェ」
全員がいつからすり変わっていたのかに意識が向く中、ルノは話題を振っておきながら別のことに意識が向いていた。
「(メルトさんとユミアさん……なんか距離が遠い気がする)」
「(まだ喧嘩中だからだよね……)」
実際、ログネス連行から今に至るまで二人が直接会話することはなく、物理的にも常に間にルノかアーヴァンスを挟み、完全に距離をとっていた。
二人の間にどんな喧嘩があったのかルノには分からない。
しかし、このままでいてはいけない。そう悶々とした気持ちを抱えていると、アーヴァンスが突然立ち上がった。
「……やる事ァ終わらせたァ。俺ァ帰るぜェ」
「え、アーヴァンス!? 明日騎士団の人の事情聴取が……」
一目散に反応したのはユミアだった。
アーヴァンスは固まったユミアを見て鼻で笑うと、ポケットに手を入れて顎で見下ろした。
「俺ァてめぇみてぇにこっそり吸血鬼を逃がしてた訳じゃねェ。その上人間もボコしてきたからなァ。そこそこに顔も割れてるんだよォ」
「いつか見つかるにしても、それは今じゃねェ。あの下っ端も運が良かったなァ。俺の事を知ってたらボコしてトンズラしてやろうと思ってたからよォ」
アーヴァンスはそう言って笑うと、ユミアの頭を撫でた。
「なに、して……!」
「どうせてめぇはまだウジウジ迷ってるのに抵抗あんだろォ。染み付いた生き方ってのはそう簡単に変わんねぇからなァ」
「だから、少しずつにしとけ。心がビックリしちまう」
その目は優しく桃色の頭を見つめると、次にルノとメルトに向けられた。
「じゃあそういうこったァ。もう手伝いは終わり、じゃあなァ」
「うん、またねアーヴァンスさん」
「感謝はするけど、エルネに変なことしないでよ!」
アーヴァンスが背を向けると、ユミアは手を伸ばす。
だが、その手を自ら下ろすと、胸に当てた。
そして息を吸うと、顔を赤らめながら叫ぶ。
「今度会いに行くから! どこにいるのか教えて!」
アーヴァンスはぴたりと足を止めると、振り返ることなく頭をかいた。
「海近く、森の中、絵を描く。じゃあなァ!」
「……! 分かった!」
ユミアが全力で腕を振る。
やがてアーヴァンスの背中が見えなくなると、ユミアはルノたちの方へと向き直り、メルトに目を向けた。
「……メルト、さん」
「……なに」
「あの、わたし……」
ユミアは両手を合わせ、息を吐く。
「わたし、まだ正解が分からないです。でも、迷っていいって、わかったんです。それを探すのが今のわたしのやりたいことになったんです。それで、それで……あーもう、ごめんなさい! 言いたいことがもう分かんなくなって……もう、だめだ!」
「戦いましょう。まだ戦いは決着ついてないので! 剣の中にこそ答えがあるはずです!」
何に対しての謝罪か曖昧で、ルノにとってなんの事か分からない。
ただ、ユミアが立ち上がり外を指さすのを見ると、微笑んだ。
メルトはと言うと、神妙な面持ちが一気に瓦解していった。
「………………は?」
メルトの口から腑抜けた声が漏れた。
「明日朝イチ! 万全の状態出来てください! わたしはもう寝ます!」
「え、ちょユミアちゃ……」
それだけ言い残し部屋へと向かうユミア。
メルトはその背中を見つめながら困惑の表情のまま固まっていた。
やがてため息をつくと、口角を上げながら小さく呟く。
「……しょうがないなー。喧嘩中、だもんね」
◆
翌朝、三人は起きてすぐにログネス邸傍にある森へとやって来ていた。
少し開けた広場でメルトとユミアが向き合い、ルノは少し離れた木の下に座っている。
「……ふぅ、では簡単なルールを設けます」
「なに?」
「一撃で決めましょう。開始はルノ君の掛け声で」
ユミアが手元に黒刀を生み出し、ぎりっと足を鳴らす。
「なるほどね。分かった」
メルトが血を垂らし鎌を生み出し、肩に背負う。
両者準備は出来たようで、開始の合図が待たれている。
ルノは二人を交互に見ると、息を吸いこみ……
「それじゃあ、はじめ!」
合図と共に二人が得物を振り抜いた。
刀と鎌がぶつかり合い、振動する。
両者引けを取らないが、ややメルトの方が力で勝っている。
じりじりとユミアが押されていき、地面が削れる音がした。
「ッ!」
ユミアが足を踏み込み、押し返す。メルトも負けじと鎌を握る力を強める。
しかし、だんだんとユミアが押し返していき……
「……ぐぅ!」
メルトの鎌が完全に弾かれた。
「…………まけた」
「…………かち、ました」
二人は荒い息を吐きながら手を取り合うと、その場に座り込んだ。
「……メルトさん。分かりました。わたしが言いたかったこと」
「いいよ、なんでも言って」
メルトが疲れたように後ろに手をつくと、ユミアは膝を抱えた。
「わたし、変わるのが怖かったんです。吸血鬼狩りを辞めたら、自分には何も残らない。新しい何かを見つけることは出来ないかもしれない。正解に辿りつくことは出来ないかもしれない」
「メルトさんの言ってたように、他人に縋って生きてきたから、自分で何かをするのが、怖かったんです」
ユミアの言葉にはまだ迷いが見える。しかし、それ自体への恐怖は見えない。
「でも、今は弱いままでも、変われなくてもいい。少しずつ、わたしになっていきたい。そう思いました」
「……それでその、また、友達に、なってくれませんか。こんな迷い続けるわたしと……」
「ユミアちゃん……」
メルトは頭を下げるユミアに近づくと、顔を上げさせた。
恥ずかしそうに目を逸らそうとしながらも、ユミアを目の端に留めている。
「あの、うちも……言いすぎたし、ちょっとブーメランみたいなことも言ったし……ごめんね」
「あ、あと、あれは喧嘩だから! その、友達……を辞めたつもりはないし!」
メルトが耳を真っ赤にして言うと、ユミアが顔をぐちゃぐちゃに歪めた。
「メルトさーん!」
「わっ、ちょっと!」
飛びつくユミアと手を持て余し突き放さないでいるメルト。
笑い合う二人を見ながら、ルノはほっと息をついた。
「二人で仲直り出来て良かった」
◆
太陽が真上に上った頃。三人は騎士団からの聴取も終えていた。
と言っても形式的なもので、三人ともログネスが話していた内容などを問われたものの、特に罪に問われることもなく解放された。
爽やかな騎士か、飄々としたスーツの女性のおかげなのかとルノは推測したが、真相は定かではない。
それはともかく、宿の食堂で昼食をとっていると、ユミアは疲れたようにサラダを頬張る。
「緊張したぁ、騎士団の人が優しくてよかったぁ」
「ユミアちゃん人見知りっぽいもんね。パンドラで再会した時も……」
「わー! やめてください! あの時のことは全面的に忘れてください! 見切り発車で動いた結果全部ダメダメだったんです!」
ユミアが手をブンブンの振るのを見るとルノ記憶頼りにボソリと詠唱を開始する。
「『白夜エリアって人が多くてうぇーいって感じの人が多そうじゃないですか! わたし死んじゃいます!』」
「なんで一言一句違わず覚えてるの!?」
ルノの完全詠唱に顔を覆い隠すと、ユミアは咳払いをした。
「そ、それよりパンドラの飴細工とか美味しかったですよね」
「あーあれね! 確かに甘いものマイスターのうちからしても絶品だったよ!」
「メルトさん、ぼくそんなの初めて聞いたよ。マイスターってなに」
他愛のない会話と食事を楽しんでいると、ユミアが少し声のトーンを落とした。
「そういえば、また別の件でもこれから聞きたいことがあるらしいので、王都に行くことになりました……数時間後には出発できるそうです」
「ってことは、この後すぐ支度しなきゃいけないってこと?」
メルトはステーキを飲み込んでから問う。
ユミアは頷くと、メルトとルノに笑いかけた。
「なので、これを食べ終わったらお別れの時間になっちゃいます」
ルノはスープをそっと置くと、ユミアの悲しそうな笑顔をじっと見つめた。
「じゃあ、また今度だね」
「……! うん、そうだね……! また今度、どこかで!」
ユミアがパアッと明るく目を輝かせるのを見ると、メルトが口を尖らせる。
「じゃーさ、その時にまたバトルだよ。うち、あれが全力じゃないし!」
そんなメルトを見ると、ルノとユミアが笑った。
「ちょ、なんで笑ってんの!」
「いや、メルトさんって、負けず嫌いだなって」
「わたしも同じこと思いました」
「んだとー!」
顔を赤くするメルトを見ながらさらに笑うと、ルノはそういえばといったように「あっ」と声を出した。
「ねぇ、ユミアさん、これからどうするの?」
「これから……ああ、わたし吸血鬼狩りじゃなくなっちゃったもんね」
「それはね、わたしも旅しながら剣術修行しようと思ってるんだ」
ユミアは桃色のツインテールを揺らすと、迷いなく答えた。
「それで、この剣の意味を見つけたいの。わたしの、ミマイの家がなんでこの剣を伝える弟子になったのか、考えてみたい」
「常現流……わたしの剣術って人を殺す剣とか言われてきたみたいなんだよ! それを教えといて、おじいちゃんってば剣を辞めろとか言ってきたの。おかしいでしょ?」
メルトのように少し茶化すように言うと、ユミアはピンと指を立てた。
「もし創設者の日ノ道炎山とかいう人が文献通り不老になって生きてたらわたし、あなたの弟子の子孫なんですけど! この剣はなんなんですか! って問い詰めてやるんだ」
「そっか、うん、とってもいいと思う」
そう語るユミアを見ると、ルノは満足したように答えた。
「また会う時はもっと強いユミアさんが見れるってことだね」
「そう、多分……ね! 『考えたら考えた分だけ頭が良くなる』んだから、戦えば戦うほど強くなれる、だよね!」
「うん!」
この後も三人は和気あいあいと食事を楽しんだ。そして、時は進み、ルノたちのトワイライト出立前へと進む——




