伝承
確信を得たログネスの動きは早かった。
眷属たちに自身の仕事を任せると、一目散にある場所へと向かったのだ。
「ここが……世界の頭脳パンドラか」
大魔法使いサトウが作り出した世界の図書館とも言えるその学術都市へと足を運んでいた。
「ゼーヴェルト。あそこにあるという禁書庫ならば……!」
そのひとつを目標に、ログネスはパンドラへと足を踏み入れた。
——結果、違った形でログネスは真実へと辿り着くこととなったのだ。
◆
パンドラ学園エリアに入ったログネスは、予約を守りゼーヴェルトへと向かった。
そして、中に入るとログネスはまず既存の吸血鬼に関する情報を片っ端から調べ始めた。
「……どれもこれも、知っている事ばかりだ。やはり、禁書庫しかない」
無数の本を読み漁りながら、ログネスは図書館を歩き回る。
そして、あからさまに護られた道を見つけ出すと、静かに笑う。
「罠のようだね」
「だが、どうしても知りたいんだ」
影に潜み、自動防衛岩石人形を回避して進むと、ログネスはその先で禁書庫の扉を見つける。
「鍵穴はある……だが、恐らくそれだけではない」
扉へと手を伸ばすと、不意に肩を叩かれた。
「あら……何をしているのかしら?」
「ッ!」
即座に振り向くと、そこには銀色の髪をなびかせた女がいた。
「あらあら、驚かせてしまったわね。妾、どうも気配を殺すのが得意すぎるようなの」
女は扇子を広げると、くすくすと笑う。
「君はここの司書……という訳ではないだろう?」
焦りを気取られぬよう、ログネスもまた笑いかける。
「(ドレス姿は明らかにこの図書館の司書のそれではない。焦らず、ゼーヴェルトを出るためにここは一度引いてまた再度挑戦すべきだ)」
女はログネスの質問に答えず、ただ笑い続ける。
「…………何故答えてくれないのかな」
「貴方、吸血鬼ね。珍しい」
ログネスの顔が引きつり、それを見た女は扇子を閉じた。
「ああ、ごめんなさい。そうね、司書ではないわ。貴方と同じでここが気になっていたのだけど、どうも妾でも入れないようだし帰ろうと思ったのだけれど」
「面白そうな坊やがいたからつい、ね」
ログネスの頬を扇子でつつくと、女は扇子を胸元にしまった。
「吸血鬼といえば、白髪もいたわね……この世界の吸血鬼って面白いわよね」
「みんなしっかり銀や十字架が効くのでしょう?」
さらりと言った女に、ログネスは反射で手を伸ばしていた。
「待ってくれ。面白いとはどういう事だ」
「この世界のとは一体なんだ」
鬼気迫る表情で肩を掴むログネスを見ると、女は玩具を見つけた子供のように笑った。
「気になるのね? いいわ。予定変更よ。教えてあげるから外に出ましょう」
「妾はアリス。アリス・ルディアス。貴方の名前はなにかしら?」
唐突に名乗るアリスの流れに飲まれつつ、ログネスは肩を離して距離をとった。
「……カイン・ログネス・ノルムヴァンデだ」
「そう、それじゃあ行きましょうか。好奇心坊や」
そう言うとアリスは指を振りログネスを光輪で拘束した。
「は」
「さぁ出るわよ」
アリスはそう言って宙に浮いた光剣を生み出すと指を一振り。
宙はひび割れ裂け目が出現した。
その向こうには荒れ果てた大地と壊れた建物が広がっている。
アリスがログネスを連れたままその中に飛び込むと、裂け目が縫い合わせられるように閉じた。
アリスは鼻歌を歌いながら指を振り、光の粒子を束ねた椅子や机を生み出すと、そこに座りログネスの光輪を解いた。
光輪が解かれると、ログネスはあたりを見渡す。
地近くまで荒廃した大地が広がっており、壊れた建物は壁面から中の構造が見える、屋根が壊れているなどかなり時間が経っていることが伺える。
「…………ここは、いやそれより、アリス。君は人間なのか、それとも……ああ、それもいい。先程の話についてを……」
「ちょっとちょっと、妾、ものを覚えるのが苦手なの。そんなに早口で何個も質問しないでちょうだい」
アリスはどこからか取り出した茶葉をティーポットに入れると、ログネスに座るよう椅子を指さした。
ログネスが椅子を引き前のめりに座ると、アリスは満足そうに笑った。
「そうそう、それでいいの。それで……えーっと、そう、この世界の吸血鬼の弱点が面白い……って話だったかしら」
ログネスが頷くと、アリスはハーブティーをふたつのカップに注ぎログネスと自分の前に置いた。
「まず前提の話だけれど、貴方は内界のことは知っているかしら。まぁ、知っていそうよね。禁書庫に入ろうとしていたのだし」
「ああ、サトウやトリトのいたという世界だろう」
「そう。それを知っているのなら簡単な話よ」
アリスはティーカップを取り、ハーブティーの香りを堪能する。
「貴方たち外界の吸血鬼の弱点は、内界における吸血鬼の物語に見られるもののそれと近い。影響をもろに受けている」
「見たところ貴方の存在は上書き保存されているのに近いもの。この世界元来の吸血種が、内界の吸血鬼伝承といった物語と混じり合って生まれたものと言っていいわ」
ティーカップを一口飲むと、アリスがこれまたどこからか取り出したスコーンを口に運んだ。
「…………伝承……それは人間の生み出した虚構ということなのか」
「ええ」
「それが、我々を苦しめる呪いとなっていると」
ログネスの手が震える。生物的な意味では無い、概念的な弱点。
それを、人々の娯楽から請け負った?
「おそらくね? それに関しては白髪の吸血鬼に会ってみないと分からないわ。妾的にはそこが重要だと思うのよ」
着々と、全てのピースがハマっていく。これまで感じていた違和感が、考えていたよりもさらに次元が違ったと気づいた。
だが、ログネスを満たしていったのは、真実に辿り着いた歓喜ではなかった。
「それは、他の亜人もそうなのか。まさか、魔物にすらも影響があるのか」
「ええ、おそらくね。妾はまだ会った事がないものばかりで確実とは言えないし、程度も異なるでしょうけど」
口元を拭うと、アリスはまたティーカップに手を伸ばす。
しかし、その手は空ぶった。
「……ふざけるな!」
ログネスがティーセットを振り払い、机を叩く。
指を振りその全てを宙に浮かべると、アリスは少し眉をひそめた。
「せっかくの茶が勿体ないわ。せめて飲み干してから割ってちょうだい」
「意外というよりも、腑に落ちたって顔をしていたというのに、急にヒステリックになられては困るわ」
「黙れ! なんだ。なんなんだその真実は!」
何度も拳を叩きつけ、机が割れる。
アリスは机上の物を全て浮かべながらまたカップを傾けた。
「何故! 我々が別の世界の人間の生み出したものに振り回される必要があった! 何故だ!」
「吸血鬼がただの物語なんぞに、何故影響を受けねばならない!」
「アリス! ブラドホワイトか! 奴らと関係があるのか!」
声を張り上げるのが久しぶりだったためかログネスはむせる。
アリスがティーカップを差し出すと、ログネスは咳き込みつつそれを飲み込んだ。
「怒る気持ちは分からなくもないけれど、一旦落ち着きなさい。妾も重要だと思っている……と言うよりも、ほとんどそこが特異点だとは思うけれど、今ここで妾にキレられてもどうしようもないわ」
アリスに宥められ、ログネスは息を整えながら椅子に座った。
それを見て頷くと、アリスは少し考えるように扇子を頬に当てた。
「そうね……ねぇ、好奇心坊や。妾の人探しを手伝う気はあるかしら」
「……なんだそれは」
アリスは光の線を宙に引き、少女の絵を描きだした。
「白髪で人間の女の子なのだけれど、彼女の行方を探しているの。それを手伝ってくれないかしら?」
ログネスはその絵を見ると腕を組んだ。
「断る」
「そう、ありがとう。それじゃあ早速……ん? 断るって言ったの?」
アリスが初めて驚いたようにティーカップを揺らした。
ログネスはその様子を見ると、満足したように笑った。
「有意義な情報を教えてくれたことは礼を言う。だが、それとこれとは別だ」
「……しばらく、一人で考えたいこともある」
「そう。分かったわ」
ログネスの目を見ると、アリスは動揺とは裏腹にあっさりと引いた。
「じゃあとりあえず大陸のどこかに出してあげるわ。どこがいいかしら」
「それならば……トワイライトで頼む」
アリスは指を振り空間を割くと、思いついたように「あっ」と声を出した。
「いいでしょう。あ、それとひとつ。これは妾からのプレゼントなのだけれど」
アリスはお茶目にウィンクすると、扇子を開き目を歪ませる。
「貴方たちがもし、白髪の吸血鬼由来で伝承の影響を受けていたとしても、妾や彼ら白髪の吸血鬼ならば、伝承によって更なる『上書き』が出来る可能性があるわ」
右足を裂け目に踏み込んでいたログネスだったが、その言葉に足が止まった。
「何?」
「それだけよ。それ以上は教えないわ」
アリスは扇子越しに嗤っている。全てを見透かしたうえで、泳がせていたというのか。
「…………協力すると言ったらどうなる」
「貴方がこれから始める何かを手伝って上げるわ」
アリスはそう言うと、自らの胸に手を当てる。
触れた肌に不自然な波紋が現れ、手が沈んでいったと思うと、そこからアリスは心臓を取り出した。
ログネスが足を引き抜きアリスに体を向けると、アリスはそれをログネスの手に載せた。
主の体から離れてもなお、ゆったりと拍動している。
「信用出来ないというのならこれを貴方に預けてあげる。これは妾の魂、存在の証明。これがないと力がごっそり削られるのよね」
「あ、それと、さっき言った『上書き』もここの力由来で出来るはずよ」
ログネスは息を飲むと、目を押さえて笑みを浮かべた。
「……私や、ブラドホワイトの求めた未来は……やがて吸血鬼に対する人々の恐れを和らげる。それは、本当にいい事なのか?」
アリスは憔悴したログネスを見ると、静かにログネスに手を重ねる。
「好奇心坊や、それを決めるのは貴方よ」
「でも……ひとつ言えることは、力のある者はいつだって損をしてきたってこと。弱者の手によって……ね」
頭の中に、鮮明なビジョンが浮かび上がる。計画が組み上がっていく。
理性が警鐘を鳴らし、やがて理性自ら警鐘を弄ぶ。
「は、はは! いいだろう! やってやろう! つまりは人々の吸血鬼への恐怖が伝承として人々に広がれば、弱点という属性の代わりにその強さすら吸血鬼の特性となると言うのだろう!」
アリスの心臓を自身の胸元に押し込む。不思議と体をすり抜けたそれは、みるみるうちにログネスへと馴染んでいった。
その瞬間段々とアリスの姿が縮み、みるみる少女の姿へと変わっていった。
「いいわね! 貴方はもうただの好奇心坊やじゃない……そう、夢想坊やと呼ぶに相応しいわ!」
自らの弱点を差し出しておきながら、アリスの顔には愉悦の笑みが浮かんでいた。
「ねぇねぇ、計画はどうするの?」
「そうだなまず、上書きにも適さないような弱い吸血鬼は要らないな。私の選別した者で一度リセットする。その上で圧倒的強者の存在を人々に印象づけよう。そうすれば強い吸血鬼のみが残る。そして時間をかけて弱い吸血鬼の存在を忘れさせる。その間強い吸血鬼の存在を決定的に記憶に植え付けるのが必要だ」
「ええ! 圧倒的武力こそ至高だもの! それで、他にはどう?」
頭を抱え、ログネスが語る。
「ああそれと、伝承か。そうだな。物語を作らせよう。圧倒的な吸血鬼の話だ。善悪対立しようと構わない。両者共に圧倒的な存在にするのだ」
「いいわね! 人の心に染み付いて消えないのがいいわ! ねぇ、貴方自身はどうするの?」
笑いが止まらない。こんなにもワクワクするだなんて想像もつかなかった。
ログネスの頭が希望に満ちていく。
「はは、それも浮かんできたぞ! 分かった。強いと言っても最強の吸血鬼がいた方が印象に残る。そう私が最強と成り、恐れの象徴となる! やがて単一の吸血鬼によって種そのものの見方が裏返る! 楽しみだ!」
「素晴らしいわ! 貴方ならきっと出来る!」
口から言葉が溢れて止まない。
「吸血鬼という種は完全なる存在だったと、そう証明してやろうじゃないか! 共存? バカバカしい! 父様たち? 弱い吸血鬼だった、人々の弱さが染み込んでいたんだ! 何もかも全部ヒトの妄想にすぎない!」
「そうね! 弱ければ死ぬ、当たり前だもの!」
手が震えて止まらない。
「だからこそ! 私が結果を残す! 伝承は、私が書き換える……!」
興奮冷めやらない。
——|⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ 《それでいいのか》?
「さぁ、アリス! 手伝ってやろう! だから君も私の共犯者となるんだ!」
ログネスの差し出した手をアリスが取る。
「ええ! いいわ! とっても楽しそうで妾も嬉しいわ!」
ログネスが叫ぶ。アリスが嗤う。
この日生まれたログネスの野望は、彼のこれまでの人生全てをただのつまらない過程へと変化させた。
——そして後に、ログネスは人間の戦争に乗じてブラドホワイトを崩壊させ、吸血鬼狩りを組織としてまとめあげたのだった。
◆
ふと、過去を思い出した。
何故、今思い出した?
だが、些末なことだ。
「——全ては、偽りを正すためだ」
そう、私は吸血鬼。もうすぐだ。目的を達成すれば、吸血鬼は過去の姿を取り戻せる。
私の知らない、吸血鬼の時代を。




