乱高下
レクスとの合流後、すぐに屋敷へと戻ったルノは、ドミノの肩に乗りながら牢屋棟内を駆け巡っていた。
「うわっ、ここってばどこもかしこも牢屋牢屋! 吸血鬼狩りも捕まってるし!」
「アンディ。それどころじゃない。そろそろ」
自らの組織の人員を何人捕らえているのかとアンディがドン引きしていると、ドミノが前方を睨んだ。
「うん! この先にアーヴァンスさんたちと、メルトさんが!」
廊下の角を曲がった時、前を走るアンディの体が吹き飛ばされ、体が壁に叩きつけられた。
「うおおお!?」
咳き込みながらも頭を振るアンディ。ドミノはルノを下ろし庇うように前に立つ。
曲がり角から現れたのは、無数の吸血鬼狩りの姿だった。
しかし、その目は虚ろで各々が武具を持ち、ただ目の前の侵入者へと襲いかかるだけの人形と化していた。
その顔ぶれをルノは覚えていた。
「この人たち、さっき捕まってた時はこんなじゃなかったのに!」
「なんだぁ! なりたてホヤホヤかぁ!」
アンディは剣を構え次々と吸血鬼狩りをなぎ倒す。
「……君のお仲間もマズイってことじゃない」
ドミノは静かにその様子を見つめると呟いた。
「そうだ、アーヴァンスさんたちが! はやくしないと……!」
「よし、じゃあアンディ任せた」
「了解っ!」
ドミノは再びルノを肩に乗せると、頭にしがみつかせる。
そしてメイスを持つ手に全神経を集中させ、振り抜く。
廊下を埋めつくしていた吸血鬼狩りの半分が風圧で吹き飛び、ドミノはその隙間を走る。
「おらぁ先行ってこーい!」
ドミノに飛び掛ろうとする吸血鬼狩りを峰打ちしながら、アンディが叫ぶ。
ルノは強く頷くと、前を向く。
ドミノが走る中、ルノは牢屋の一部にそれを見つける。
無数の繋がれた吸血鬼狩りの中で、アーヴァンスがまさにログネスに噛みつかれそうになっているその状況を。
「アーヴァンスさん!」
「……遅かったね」
ログネスが横目でルノを見つめる。
「アーヴァンス! やだ、ボス! やめてぇ!」
横で暴れるユミアを見ながら、アーヴァンスが笑う。
「やれるもんならやってみろォ!」
「では、遠慮なく」
叫んだ瞬間、アーヴァンスの首筋にログネスが牙を立てる。
ログネスの口元から血が垂れる。
ドミノが立ち止まりメイスを構える中、ログネスの手からアーヴァンスが離れた。
「強者に血が馴染むのは時間がかかるが、これで彼も私の眷属となった。残念だったね」
「アーヴァンスは戦力としては……飛車角と言ったところだからね。今更過剰戦力だが、ここにノコノコやって来たのなら利用させてもらおう」
「あ、ああ……アーヴァンス、だめだよ、そんなのぉ」
ユミアが涙をこぼし、アーヴァンスの名を呼び続ける。
「間に合わなかった。ルノ、残りの二人の救出に全力を割く」
ドミノが距離をとったままルノに囁いた。
だが、ルノの瞳は絶望していない。
「……いいや、アーヴァンスさんは大丈夫」
「ドミノさん。みんなでメルトさんを助けるんだ」
「なるほど。何となく分かった」
ドミノはルノの顔を見るとふっと笑う。
「何故笑っている。それに、ドミノ君。もう騎士団であることを隠すのは辞めたのかな?」
「……泳がされてた」
ドミノのメイスが震えた。
それでもルノは尚も絶望せず、ログネスを見ていた。
「ログネスさん。眷属って、一人の眷属には一人の吸血鬼だけなんだよね」
「何、この期に及んで何の——」
ルノが質問すると、ログネスは退屈そうに見下した。
しかしすぐに倒れたアーヴァンスを見る。
倒れながらもログネスを睨むその目は、赤く染まっておらず元の色のままだった。
「メルティベルか……!」
——そう、アーヴァンスは眷属そのものとは言えずともメルトによってそれに近い状態にある。眷属というものはいち吸血鬼に対してのみの隷属のようなものである。
アーヴァンスが眷属化の条件を自覚していたかは分からないが、ルノはアリスから聞いた話を覚えていた。
「血よ! 囲え!」
ログネスの血の糸が空間に張り詰める。ピンと張り詰めた糸が振動し、ルノたちに近づいていく。
「ドミノさん!」
「了解」
ドミノが地面を割る。血の糸は建物そのものに張られていたものらしく、霧散していく。
ログネス含めた一同が階下へと落下する。
ログネスは落下しながら即座に糸を編み直すも、ドミノとルノの方が行動が早かった。
吸血鬼狩りやユミア、ログネスらが落下する中、ドミノはルノを抱えて瓦礫を跳び渡る。
戦闘のためではない。避けるための動きが、ログネスの拘束を僅かに凌駕していた。
さらに、その背後から飛び出したアンディが剣を振り下ろす。
「民はしっかり助けなきゃなぁ! 『風昇波!』」
剣から巻き起こる風がアーヴァンスやユミアを含めたログネス以外の全てを優しく巻き上げ、ドミノから離れた位置にある瓦礫を落下中のログネスの頭上へと弾いた。
「私に効くと思っているのか」
ログネスは翼を展開し、その全てを避ける。
その間も五指が動き、血の糸が編まれ続けている。
「速攻勝負、『地衝』」
ドミノは跳びながらメイスを瓦礫のひとつに振り下ろす。
瓦礫はログネス目掛け下降しながら次第に大きな岩となる。
避けた岩が全て集結し、再びログネスを襲った。
「無駄な重さなど私には意味をなさない」
ログネスはそれを急激に伸びた爪で切り裂くと、ドミノ目掛けて飛翔する。
「アンディ!」
「うわぁ!」
ドミノはそれを見た瞬間にルノを投げた。ドミノがすぐさまメイスを下に構えると、ログネスの爪に弾かれドミノは上に吹き飛んだ。
アンディはルノをキャッチすると、巻き上げた風ごと吸血鬼狩りたちを敷地の遠くへと移動させる。
その際ユミアとアーヴァンスに施された光輪も切り裂くと、風の助けを受けながら二人は地面に着地した。
「動けるか! アーヴァンス! これ、吸血鬼狩りからパクってきたやつだけど!」
アンディがリボルバーを投げると、アーヴァンスは片手で受け取り髪をかきあげる。
噛まれた所を擦りながらもなんともないようだ。
「アンディてめぇ騎士団だったんだなァ!」
「まぁいいぜェ! 今は許してやるゥ!」
ユミアはその横で黒い刀を生み出し、ログネスを見上げた。
「まだ、正直わたしが何をしたいかは分からないけど、何をすべきかは分かる……!」
ユミアが刀を構えると、その横にドミノが地面に勢いよく衝突した。
「うん、痛い」
上空から叩きつけられたらしいが、頭から血を流しながらものそりと立ち上がった。
そんな面々を見下ろしながら、ログネスは翼を広げ、長い爪を研ぎ、赤い目を光らせている。
「やはりアリスの言った通り上位席を全員揃えるべきだった? それとも謎の剣士をすぐに排除すべきだった? そもそも吸血鬼狩りは失敗だったのか……? いや、違う……違うな……」
ログネスは至って冷静に、冷酷に、冷淡に、冷徹にルノを見た。
「子供を侮ったためだ」
そのまま他の戦力には目もくれず、メルトの部屋前で浮いているルノとアンディの元に一直線に飛んだ。
「させるかァ!」
「『多弧挙』」
「ふんっ!」
アーヴァンス、ユミア、ドミノがそれぞれ弾丸、魔力の斬撃、岩の礫をログネスに放つ。
ログネスは指を振り、光剣を生み出すと、そのどれもを切り刻んだ。
「まっずい! 俺もさすがに空中戦で守り切れる気がしねぇ!」
「アンディさん! 後ろ来る!」
「おっけぃだけどやっべぃ!」
アンディはメルトの閉じ込められている部屋の扉を蹴破ると、ルノとともに転がり込む。
ルノがすぐさま部屋の中央を見ると、メルトが鎖に繋がれたまま眠っていた。
「メルトさん!」
「これを切らないと!」
ルノが駆け寄り、メルトに繋がれた鎖を切ろうとナイフを突き立てるも、まるで傷がつかない。
ルノが両手でナイフを鎖に何度も突き立てているとメルトの眉が動き、ゆっくりとまぶたが開く。
「……あ、れ……ルノくん…………なんで! なんで戻ってきて……!」
メルトが叫ぶと、部屋の扉にログネスが着地した。
アンディが剣を構えるが、その額には汗が滲む。
「……無駄だ。その鎖は特注品でね。被拘束者の魔力体力を吸い上げ、硬度を上げる。その程度の刃物では壊れない」
ログネスはゆっくりと歩む。
「——飛べ!」
階下から声と共にアーヴァンスとユミアが跳んでくる。
下からドミノがメイスで打ち上げたようだ。
しかし、二人が攻撃するよりも早く、血の糸が体を絡めとった。
「チィッ! またこれかァ!」
「あの時より、糸が伸びるのが早い……!」
二人が宙に拘束される。血の糸は下にいたドミノをも絡め取り、横に並べた。
ログネスはその一切に目を向けず、ルノを見ている。
「圧倒的存在の演技はもうやめだ。割に合わない」
「史上最強の吸血鬼を作り出すためとはいえ、十分頑張った。そう、私は頑張ったんだ」
ログネスの胸元が光輝く。
それはまるでアリスの光剣のような……
「ここで多少荒っぽくしようと、伝承に大した違いは生まれないだろう」
ログネスはただ歩く。その脳裏にある野望が、鮮明に掘り起こされていく。
「……全ては、偽りを正すためだ」




