光と光
爆音と共に、建物の壁が幾重も突き破られ、レクス・レオンハートの体は牢屋棟から別の建物へと吹き飛ばされていた。
「フッ!」
レクスは受け身を取ると素早く周囲に目を向ける。外の風景を見る限りどうやら本邸へと弾かれたようだ。
場所を把握するとすぐに横に転がる。
爆音と共に先程レクスが居た場所には光剣が突き刺さっている。
「なんて規格外だ」
剣に魔力を込め、片足を半歩下げる。息を吸い、腰に意識を集中させる。
「『祝福降り注ぐ陽光』」
研ぎ澄まされた剣が淡く周囲を照らし、身体に活力がみなぎる。
「無駄に硬いのね。偽善者」
宙に浮く光剣の腹に乗ったまま、アリスが屋敷外上空からまた剣を射出する。
レクスはその全てを弾き落とす。
一本、また一本と剣で受ける度に膝が軋むような音がした。
「偽善者とは、どういう意味なのだろうか!」
レクスはさらに剣を弾くと、跳び上がり、真っ向から斬りかかる。
「拝謁禁止」
アリスは指を振ると光剣を幾つも組み合わせて壁を作りだした。
魔力で出来た光剣はそのままレクス目掛け圧迫するようにのしかかる。
レクスは剣先を光剣が組み合わさった隙間へと刺すと、体をよじらせて壁を乗り越える。
そのまま壁を踏み台にさらにアリスへと跳んだ。屋敷を飛びだし、レクスが宙を舞う。
アリスは舌打ちすると、手に持った細身の剣をレクスへ向けた。
「そのままの意味よ。貴方からは空元気嬢や夢想坊やと同じ、役割を演じる感覚がする」
「ただ、その根本がいけ好かないわ……!」
「僕がそちらと話したのは初めてのはず!」
レクスは爽やかな笑顔のまま、剣を振り下ろす。
アリスはそれを受け止めきれず、剣を弾かれたまま姿勢を崩す。
「それに、人は誰しも役割を演じるものでしょう!」
レクスの剣の輝きが増していく。熱が上昇し、二人が汗を垂らす。
「ハァッ!」
レクスは光剣を踏み、剣を振り上げる。光がそれに追従する。
綺麗な弧を描いたそれは、アリスが再び結集させていた光剣を振り払う。
「いつまでも綺麗事を吐く口ね」
アリスが指を小さく自らの方へと振った。
レクスが背後を見ると、光が一直線に向かってきているのが見えた。
事前に射出していた光剣だ。
「ぐっ!」
剣で捌き切るには量が多く、アリスに背を向ける訳にはいかない。
レクスは両方を目の端に留めながら飛び交う光剣の殆どを受ける。
追い討ちをかけるようにアリスが剣を直接振り下ろすと、レクスはそれを背中で受けて地上に落下する。
「……ここまで、実力に差があるとは」
レクスが剣に寄りかかりながら立ち上がると、アリスは数歩離れた位置に降り立つ。
アリスは光剣に乗ってレクスに近づき、目のすぐ先に剣を突き立てる。
「まだ、笑っているのね。みっともなく苦しんでいた方がまだ良い顔になるわよ」
「はは、どうしてここまで嫌われているのか分からないな」
レクスは笑顔を絶やさず、隙を伺う。それを見切ってか、アリスはまた、舌打ちを隠さない。
「まだシラを切るのかしら……才を持つものが他者の上に立つことは必然。見下すことは構造上の摂理。それを知っていながら、貴方は何を演じているの」
アリスは高圧的に問いかけながら、レクスという人間に対し募る不信感を探り続ける。
「演じる……演じている訳ではないんだけどね」
日輪の騎士がアリスの剣を掴み取る。
手のひらから血がこぼれる。
「なにかしら、覚醒シーン?」
「…………ああ、僕的にはとても良い画だと思うよ」
レクスの目に闘志が滾る。
「絶体絶命、敵幹部に追い詰められ敗北寸前……ここから逆転したのならば、とても『英雄』らしい」
「演出過剰ね」
アリスが剣をじりじりとレクスへと押しやる。
レクスが剣を握る手からどくどくと血が流れ続ける。
「冒険譚、英雄譚。どちらでも構わない。だが、往々にして英雄が現れた時というものは、笑顔でいるものだ……!」
「……まぁ中々に健闘したんじゃないかしら?」
「でも、もう終わりね」
アリスがさらに剣を押し込む。
その顔に映った一瞬の陰りを、日輪の騎士は見逃さない。
「……なるほど」
レクスが不敵に笑う。
剣を掴みながら一気に立ち上がり、笑いを堪えるように目を手で塞ぐと、アリスが半歩退いた。
「貴方も救うべきか弱い人のようだ」
アリスの頬がピクリと動く。
「俄然やる気が溢れてきた。そう、僕は英雄なんだ。貴方が救われる事を求めているなら、誰か一人でも僕に英雄たれと叫ぶなら」
「僕は英雄であり続けよう」
アリスの目が次第に気味の悪い物を見るかのように困惑の色に染まっていく。
「何を言っているの? 今の貴方じゃ妾には勝てない。その剣が物語っているわ。赤子の肌すら切れないくらいボロボロじゃない」
「確かに僕の剣はもうボロボロ。鎧だってない。このままでは貴方には到底及ばないだろう」
「せめて剣だけでもあれば良かった。このままでは僕は負けてしまう」
レクスが真っ赤な手を開き、上空に突き上げる。
「……!」
アリスが周囲の光剣を一斉にレクスに向ける。
しかし、日輪の騎士に宿るのは爽やかな笑顔だ。
「何度でも言う。僕は英雄だ。不可能は——」
空から光が飛来する。
その光がレクスに急接近した瞬間、アリスの光剣による波のような連撃が空間を切り刻む。
土煙の中、王家の紋章を象った騎士の証が一層輝きを増したかのようにレクスの手に握られている。
「——ない!」
冠と宝玉、神話の竜が象られた権威の証が、その白い刀身を夜空の下にさらしている。
鎧を身につけていないというのに、レクスの姿は勇者とでもいうようにオーラを放っている。
「妾の剣と同格……いや、今のものでは妾の方が劣っている……」
細身の剣を虹色に輝かせ、アリスは周囲の光剣を補充する。
一斉攻撃の際に紋章剣の放った魔力で全て消しさられていたのだ。
「さぁ、反撃の時間だ!」
「一撃で君の戦意を削ぐ!」
レクスが剣を振る。最小限の横振り、通常であれば風がそよぐ程度に優しい。
アリスの振る神剣でも受け止めることが出来るほどの、斬るとは到底言えない一振り。
しかし、陽光は全てを焼き尽くす。
熱波が光と共に放たれ、二人の周辺温度を上昇させる。
肌がジリジリと焼かれていく感覚にもレクスは迷わない。
「貴方……! 正気!? 妾より貴方の方が熱を受けるでしょう!」
アリスが光剣で代わりに受け止めようとするも、紋章剣から放たれる魔力によって形が定まらない。宙を舞う光を主な攻撃手段とするアリスにとって致命的である。
このまま熱を浴び続けては、アリスの方が先に倒れる。しかし、距離を離せば即座に詰めてくる。その危惧がアリスの後退を許さなかった。
「ちょっと! 止めなさい! 妾が先に倒れたとして、貴方の受けるダメージの方が計り知れないわ!」
「嫌いな相手を心配するとは、出来たお嬢様だ……!」
レクスは火傷でひりつく肌にもろともせず、出力を上げる。
周囲を照らす光と熱は、まるで太陽のようだ。
「〜〜! 分かった、分かったわ! 妾もこれ以上食らったら肌に悪いし、今の妾ではこれ以上の出力を出せない! 貴方の勝ちよ!」
「だから早く止めなさい!」
アリスがそう叫ぶと、レクスは笑顔を浮かべながら剣を下ろす。
徐々に光と熱が弱まっていくと、レクスはバタリと前に倒れた。
次第に静かな寝息が聞こえてくる。これほどの傷を負っておきながら即座に、敵の目の前で眠り始めたのだ。
「…………演じてこれなら貴方は本物よ……もう……」
アリスもまたその場に座り込むと、剣の全てを霧散させた。
「か弱い……妾が?」
その小さな呟きは口で溶けて消えていった。




