狼煙
アーヴァンスとユミアの助けを受けながら窓から木に飛び降りたルノの体は枝葉による切り傷で全身血だらけとなっていた。
しかし、木がクッションとなったことによって全身痛むものの、致命的な傷を負うことなく地面に着地した。
「……いたく、ない…………!」
反射でこぼれる涙を拭い、そのまま壁を伝う。
記憶の通りならば、そこにあるはずだ。
「あった、裏門!」
禁書の中でノーデンたちが屋敷脱出に使ったその門が、変わらず残っていた。
ルノは中から門を開けると、一目散に走り出す。
夜の森は暗く、街の明かりを頼りにしても走るには恐ろしい。
「っはぁ、はぁ……!」
パンドラでも感じた無力感が体にのしかかる。
「でも、止まらない!」
大地を蹴る。痛みなんて越えていく。必ず戻ると決めたから。
しばらく走ると、整備された道が見えてきた。
住民の声も聞こえてくる。なにか慌てている様子で、夜だというのに騒がしかった。
「ちょっと、東の方でまだ剣持った男が暴れているって……帽子に眼鏡の金髪……怪しいわ」
「うーん、やはり領主様の屋敷に報告に行った方がいいか」
「でも誰も死んでは無いんだろ?」
「とにかく戸締りしておけ! こんな所で話している暇はないぞ!」
話をしている住民に後から来た住民が声をかける。
誰も剣士とやらの実態を把握していないようだ。
ルノは建物の影で呼吸を整えると、その人々の前に飛び出した。
「うわっ、子供!? どうしたんだこんな所で!」
「東はどっち!」
「は、はぁ? 何を言ってるんだ! こんな時間に外に出ているなんて——」
「東は! どっち!」
ルノが感情を昂らせて叫ぶ。
住民の誰もがルノを見つめ、その必死の叫びに耳を傾ける。
「……あっちだよ」
「そうそう、あっちだ」
「この通りを真っ直ぐ行った方だ」
住民が口々に優しく教えてくれる。
「……ありがとう!」
ルノはそれを聞くとまた走り出す。
帽子、眼鏡、金髪……随分特徴的だ。
それよりも気になる事がある。
「(みんな、急に優しくなった……)」
「(いや、それよりも金髪の剣士……!)」
ルノは思考をひとつにまとめあげる。
今はその剣士の正体と協力を得られるかが問題だ。
しかし、走っても走ってもその剣士は見つからない。
「……どこ……にも……いない……」
息も絶え絶えに膝に手をつくと、不意にルノの走る横の区画から轟音がなった。
「……! もしかして!」
そのままルノは切り返す。
すでに足はくたくたで、お世辞にも走っているとは言えない足取りだった。
だが、たどり着いた。
そこに居たのは似合わない黒の帽子と眼鏡をかけた金髪の剣士だ。
気絶した吸血鬼狩りを縄で縛り付けて壁に寄りかからせているようで、その姿はやけに爽やかだった。
「……………………レ、クス、さん!」
「たす……けて!」
その言葉に青年が振り返る。
そして何かを悟ったように笑みを浮かべると、ルノに駆け寄った。
そして倒れそうになるルノの体を腕で支えると、静かに座らせて切り傷をハンカチで拭いた。
「これも運命。やはり僕の予想通りだった」
ルノを照らす明るい笑みが、変わらずそこにあった。
「事情はいい。僕は何をすればいいのかな」
「僕は、たまたまここに居たレクスとして、君の助けになってあげよう」
まるで疲れを感じさせない日輪の騎士が、冗談めかして笑った。
「レクスさん。メルトさんを、アーヴァンスさんを、ユミアさんを……」
「みんなを助けて……!」
言葉を受け取ると、レクスは剣を地面に突き刺す。
「ああ、任せてくれ! 僕が必ず君たちの英雄となろう!」
レクスは宣言するとルノを背中に乗せる。
ルノは肩に掴まると、真っ直ぐひとつの方角を指した。
「あっちの屋敷!」
「了解した!」
レクスが夜の街を疾走する。
背中に乗るルノに負担がかからないよう、それでいて全速力だ。
あっという間に屋敷の塀にたどり着くと、それを悠々飛び越える。
「あそこに色んな人が捕まってる! 人がいなかったのはあそこらへん!」
ルノが敷地内の建物……ルノたちが捉えられていた牢屋棟の一角を指す。
それを見るとレクスは頷いた。
「困っている友人のためだ。この際仕方ない!」
レクスが剣を抜き、横に構える。
刀身が輝き、熱がこもる。
「『あまねく全てを穿つ陽光!』」
剣の軌道に導かれるかのように天から光が降り注ぐ。
光が壁を包み込み、狙った一部だけを焼き尽くした。
その瞬間、崩れた壁面から光剣がレクスの首目掛けて飛んできた。
しかし、レクスは光剣が風を切る音を聞くよりも前、屋敷を焼いた直後に前方で構えていた。
二つの剣が激しくぶつかり合い、重い金属音が鳴る。その余波で吹き飛ばされそうになりながら、ルノは開放的になった建物を見る。
そこには笑いつつもどこか表情筋が震えているアリスが立っていた。
「夢想坊やったら、なんでこう詰めが甘いのかしら。だから二席やら三席を呼んでおくべきだったのよ」
レクスは地面に降り立つと、ルノを下ろしアリスを見上げ剣を向けた。
「相当な実力者とお見受けした! 不肖辻斬り! 正々堂々勝負を望もう!」
レクスは高らかに宣言すると、ルノに小さく耳打ちした。
「すまない。おそらく僕は彼女の足止めで精一杯だ。囚われた皆は拘束されているのかい?」
「うん……さっきの光るやつが輪っかになってる」
「そうか。よし、分かった。もう二人助っ人を呼ぼう」
レクスはそう言うと、空に向けて魔法で赤い光を打ち上げた。
「……まさか、まだ仲間がいるのかしら」
アリスがレクスに向けて光剣を構えた。
そのまま指を振り、複数本の剣がレクスに飛びかかる。
が、その剣はレクスに届くことがなかった。
銀の剣と銀のメイスが、それを振り落としていた。
「現着遅い。僕が任務中じゃなくて良かったね」
「ちょ! 副団……レクスの兄貴! これには深い事情があるんですよ! 任務前に武器の精錬に行こうとしたらこいつが意味不明なことを言い出したんです!」
「ううん、全部何もかもアンディが悪い」
「んだとドミノ!」
そこに居たのは吸血鬼狩りの装備をしている呑気そうな男と無気力そうな男だ。
しかし、レクスとは上司と部下と言った雰囲気を感じる。おそらくいい人たちだと言うのは雰囲気から分かった。
「別枠から報告はあったよ。フラレスでの吸血鬼狩り同士の喧嘩……頭を抱えたよ」
「「申し訳ございません!」」
ゆるい二人組だったが、アンディは首を鳴らし、ドミノがメイスを地面に叩きつけると、一気に仕事モードといった様子に切り替わる。
「まぁいいでしょう、こっから挽回しますんで! アンディ・アンバース! 今より無賃労働始めます!」
「……ドミノ・セント。護衛ボランティアを始める」
二人はルノを守るように並んで立つと、堂々と名乗りを上げた。
「君、名前はなんて言うんだ?」
「ルノ、です」
「そうか、よろしく! それじゃあ早速……」
ドミノがルノを肩車すると、叫ぶアンディと共に飛び出した。
「かような狼藉、許すと思っているのかしら」
アリスが指を振り光剣を飛ばす。
しかし即座にレクスは跳躍して剣で振り払うと、そのままアリスへと正面から突撃した。
「さぁ行くんだ!」
こうしてルノ、アンディ、ドミノの三人は建物内へと突撃していった。
「……貴方、才能の塊のようね。剣術、魔力どちらをとっても滅多に見ないわ」
アリスの威圧が強まり、周囲に光の粒子が漂う。
レクスはそんなアリスから目を逸らさずに笑顔を浮かべる。
「お褒めに預かり光栄だ。貴方もまた吸血鬼狩りだろうか。どうもそうには見えないが」
「そんなことはどうでもいいわ。妾、思い通りいかないことも楽しい事をする子も大好きなのだけれど……」
アリスの銀髪が揺れ、周囲の粒子と呼応するように虹色に輝く。
「貴方のような型にハマった…………善人ぶった人間は無理。もう、いっちばん! 嫌いなのよ!」
「『神剣鋳造』」
アリスの手元に光の粒子が集中する。虹色に輝くそれは次第にシンプルな一振りの剣と化していく。
神々しさを感じる圧倒的存在感だ。
「……この程度のものしかできないなんて」
「でも、十分」
細く美しい剣がレクスの姿を反射した。
そこに見えるのは自身に満ちた英雄の姿だ。
「不足どころか余りあり! これぞ、英雄の戦いに相応しい。さぁ戦おう!」
ともに光を操る者。休暇騎士と銀髪少女の戦いの火蓋が切って落とされた。




