もうしん
メルトによる上空からの奇襲とほぼ同時間。
夜空の下、極端に広い屋敷の外を駆け抜けながら、灰色の男アーヴァンスは愛銃片手に警備の吸血鬼狩りをなぎ倒していた。
「ハッ! 全員のしてから面会してやるぜェ。ボスゥ!」
そして、そんなアーヴァンスを後ろから追う桃色の少女がいた。
「『泉閃!』」
「おっとォ! 危ねぇなァユミアァ!」
直線上に斬りかかったユミアをアーヴァンスは横に避けると、そのまま屋敷を駆ける。
「アーヴァンス……! 逃げるな!」
「おおう! 無理なお願いだなァ! まずその物騒な剣下げてみたらどうだァ!」
「うるさい! 『多弧挙!』」
ユミアが剣を振るう度、切り裂く軌道に沿って魔力の斬撃が飛び交う。
アーヴァンスは銃弾で斬撃の軌道をそらしつつ、屋敷の角までたどり着くとユミアからの死角になったことを確認して壁面に銃口を向ける。
「『杭撃ち!』」
そしてまた屋敷の壁に穴を開けた。
爆発のような轟音が鳴り、瓦礫が崩れパラパラと破片が周囲に飛び散ると、アーヴァンスは瓦礫を蹴飛ばしながら足を踏み込んだ。
「おおう! ひっさしぶりだなァ! ボスゥ! いねぇのかァ!」
思い切り叫ぶと即座に廊下を駆け出す。
ほぼ同時、アーヴァンスの居た所に切り傷とへこみが生まれた。
普通に喰らえばどう考えても無事では済まない。
「ッハァ! ガチギレじゃねぇかァ! これまたひっさしぶりだァ!」
「誰の……せいだと…………!」
土煙をも切断し、ユミアが壊れた壁から顔を出す。
そして手元に黒刀を生み出し、アーヴァンス目掛け一直線に投擲した。
銃声、割れる刀、笑い声、駆け足。
二人の追走劇は環境を破壊しながら屋敷の奥へと進んでいく。
「ボスは部屋じゃねぇのかァ……? それとも別の……」
ここまで暴れてもボスが現れないのは何故だ。
アーヴァンスは衝動に任せ着々と屋敷を走ると、言葉を呟く。
「向こうの棟、街中、メルトんとこ……それか、危ねぇとも思ってねぇかァ」
フラレスで元同僚に言われた言葉が頭をよぎる。
「まぁ関係ねぇけどなァ!」
そう叫ぶと振り向きリボルバーを首の横に構えた。
重い衝撃と甲高い音が響く。
火花が散り少し焦げ臭い中、アーヴァンスは間髪入れずに二丁目を取り出す。
「今度は首かァ!」
「『満月』」
アーヴァンスの銃口が向けられると、ユミアは飛び退き剣先で大きく円を描く。
放たれた銃弾は展開された魔力の幕によって弾かれて天井に埋まった。
「ユミアァ! 俺ァボスの顔をひと目見ねぇといけねぇんだァ! 邪魔すんなァ!」
「……っそんなこと! どうでも、いい……!」
ユミアが剣を振り上げる。防御を捨てたような型は、すべてをこの一撃に込めんとする意志の表れだろうか。
アーヴァンスはそのあまりに無策で突飛な構えに目を見張っていた。
「わたしは……わたしはぁ! なんで、わたしを、置いていったのか! それが聞きたいの! ばかぁ!」
濃密な魔力がやがて黒くひとつの軌跡となる。
その技の名は『異環離』
全てを込めて腕を振り下ろす。常現流奥義。
魔力の奔流がアーヴァンスを飲み込む……はずだった。
「うぐ……」
それは叶わなかった。
銀剣に込められた魔力は霧散し、ユミアの腕にビリビリとした痛みが流れた。
未だに至れない境地なのか。昔から、変わらずに。
迷い続けて、悩み抜いて、何度試しても、自分は答えにたどり着けないのだ。
「だめ……だった」
「まだ…………」
桃色のツインテールがほどけ、髪がはらりと下ろされた。
「パンドラでも、ここでも、わたしは……」
膝をつき、アーヴァンスを見つめる。しかし、剣を握る手は離さない。
アーヴァンスは無言で銃口を下ろすと、全身から力を抜いた。
「しかも何、なんでルノ君がいたの。それじゃメルトさんもいるってことじゃん!」
「せっかく割り切ろうって思ってたのに、アーヴァンスまでいるって何! ふざけないでよ!」
ユミアは片手で顔の左側を覆い隠す。だが、その目はアーヴァンスに向けられ続けている。
そして何も言わないアーヴァンスを見ると、覆い隠していた手を振り払った。
「……こんなに辛いのに、なんでそっちがそんな顔してるの!」
アーヴァンスは、ただ目を伏せていた。
笑い飛ばすでもなく、ユミアから目を逸らしていた。
「目を見ろ! なんか言え! ばか、あほ、まぬけ!」
「あんぽんたん! せんとうきょう……! ……たんさいぼぉ…………!」
やぶれかぶれに罵詈雑言を浴びせるユミア。
ユミアが息も絶え絶えとなると、アーヴァンスは静かにユミアへと歩み寄った。
そして、ユミアの正面に胡座をかき、膝に手をついた。
「…………ユミア」
「なんだよぉ!」
「置いていったってのは、どういうことだ。俺はてめぇにとってのなんだ」
「……わたしに、とって…………」
ユミアが見た事の無い顔ばかりだ。
この男はこんなにも悲しそうな目をできたのか。
「教えろ」
「……ど、同僚」
「嘘だな」
即座に看破され、ユミアが顔を紅潮させた。
そして俯きながらに小さく口を開いた。
「…………あに」
「聞こえねぇ」
「……………………兄! お兄ちゃん! なに、悪い!? わたし一人っ子だったし仕方ないでしょ! そういうの欲しかったの!」
ユミアがへろへろな拳をアーヴァンスの胸に打ち込む。
アーヴァンスは全く動かず、ただ固まっていた。また目が見開かれている。
しかし、段々と体が震え始めた。
「……はっ、はは!」
「てめぇが俺の妹ォ! ははは!」
「〜〜! ばか! 変なのは分かってるもん!」
「…………まっさか、てめぇもなんてなァ」
アーヴァンスがユミアの頬をつねった。
笑われた怒りや、頬に触れたアーヴァンスの手の感触が、全く分からなかった。
「……え、『も』って」
「うるせェ」
「今『も』」って言った!」
ユミアが剣を放しアーヴァンスの肩を両手で肩を揺らす。
しかしアーヴァンスはそっぽを向いてとぼけ続けた。
「……俺ァもう行くぜェ」
アーヴァンスは立ち上がり背を向ける。
「ま、待って! アーヴァンス!」
「なんだァ」
「…………アーヴァンスはなんで吸血鬼狩りを辞めたの。結局なんでわたしを置いていったの」
鼻で笑う声と共にアーヴァンスは顔だけ振り向く。
「迷子になるためだァ」
「……迷子………………迷いに行ったの?」
アーヴァンスは迷わなかった訳ではない?むしろ迷いに身を投じている?
「……なーんだ、同じなんだ」
心が軽くなる。小さく呟く。これまでの息苦しさが嘘のようだった。
「もういいなァ、俺ァ行くぜェ」
アーヴァンスが今度こそと言ったふうに歩き出す。
「それはちょっとダメじゃない?」
「あァ? なんだちょっとダメってよォ」
「いや、その、技失敗したせいで全然動けなくて……」
アーヴァンスはわざとらしく大きなため息をつくと、またまた振り返った。
が、その足はそれ以上動かなかった。
ユミアの背後。静かにその男は現れた。
藍色の髪に赤い瞳、整った顔をしたいかにも優しい青年。
「なんで今来たのかは知らねぇがよォ、これだけは言えるぜェ」
「その目、あんたボスだなァ」
アーヴァンスとユミアを観察すると、ログネスは笑みを浮かべた。
「アーヴァンスか。どうしたんだい? まさか、君も侵入者なのかな?」
「一体何をしに来たんだい?」
ログネスはただ笑っている。
だが、アーヴァンスはその笑顔を見ると、口角を下げて腰を曲げる。
そのまま顔を見上げ銃口を突きつける。
「ボスゥ、あんたは何しようとしてんだァ?」
ユミアは瞬時に息を止め、黙って一触即発の状況を見ていた。
「君なら知っているだろう。そんなことを聞きに来たのかい?」
「生憎だが忙しいんだ。どいてくれるかな?」
あくまで笑顔を絶やさない。
「おい、まだ余裕ぶんのかァ? てめぇ、俺が侵入者だって分かって言ってるんだよなァ!」
怒号を上げるアーヴァンス。
ログネスは静かにその手を取った。銃口を向けられながら、アーヴァンスが反応する間もなく。
「…………ァ?」
ログネスの冷たい手がアーヴァンスの手を下ろす。
「君はそんなことをしない。私はそう信じている」
「だからどいてくれないかな」
「ッ!」
遅れてきた反応に、アーヴァンスは後退し、全力で魔力を込めた弾丸を放つ。
そのままユミアを肩に抱えて走り始めた。
「きゃっ! アーヴァンス!?」
「あれはダメだ! てめぇも来い!」
アーヴァンスの本能が警鐘を鳴らした。
ログネスの手の冷たさから吸血鬼であることを察したからではない。
ログネスの脈動は二重だった。手のひらを合わせただけで分かる程の鼓動。その根源的謎がアーヴァンスの知る感覚のひとつと重ね合わせていた。
圧倒的武と遊び心溢れる銀色の少女の笑みだ。
「わけわかんない! まだ聞きたいことはあるけど、なんでそんな汗だくなの!」
「うるせェ! あれじゃあアリスが二人いるのと同じだァ! メルトとルノを探すゥ! そんで逃げるぞォ!」
「はぁ!? 何それ、いつもの勘!?」
「そうだァ!」
アーヴァンスが走り抜けようとした時、赤い線が光った。
いつ張り巡らされたのか分からない。直前まで目視出来ないほどに細い糸だ。
「ッ!」
「アーヴァンス。君は本当に勘がいい。だが、不思議には思わなかったかい? 何故、誰も君を始末しに来なかったのか。何故、白髪の吸血鬼ではなく、あの少年をアリスに攫わせたのか」
赤血の糸がアーヴァンスの足を絡め取る。
弾力があり、もがいてもさらに食い込むように動きが制限されていく。
「答えは簡単だ。君たちは脅威たりえない。あの少年への興味が勝ったからだ」
「ひとまず、君たちも拘束させてもらおう」
「逃げろユミ——」
アーヴァンスが懐から短剣を取り出した時にはもう遅い。
ログネスが指を振ると、アリスのものによく似た光輪がアーヴァンスとユミアを拘束し、攻撃は起こるよりも前に起点を潰された。
「ぐあァ!」
「痛ッ……アーヴァンス!」
ログネスはアーヴァンスが投げつけようとした短剣を拾い上げてからサッと捨てると、二人を横に浮かべながら歩き出す。
「ぼ、ボス? な、なにを……それにさっきの、血を操って……」
恐怖に染まったユミアの目がログネスを映し出す。
「……静かに。いい子だからこれ以上私を困らせないように」
ログネスが口元で人差し指を立てる。
ユミアの呼吸が浅くなっていく。
「もうすぐ、もうすぐなんだ。我々は偉業を成し遂げるんだ」
「今を生きる、吸血鬼という種は殲滅される——」
芝居がかった大仰な身振りが、
甘く腹の底まで響く声が、
闇夜に溶ける藍色の髪が、
赤く光る瞳が、
白く輝く尖った歯が、
その全てが、
二人が目を逸らすことを許さない。
「——私以外の、だがね」
二人の意識が薄れ、視界は暗転した。




