崩壊
メルトとアーヴァンスがトワイライトへと向かい始めて数時間経った現在、トワイライトはもう間近だった。
その道中は驚く程吸血鬼狩りに遭遇せず、馬車での出来事が嘘かのようで、街の輪廓が見えてくるとメルトは小さく呟く。
「……おかしい。なんであんなにいた吸血鬼狩りがここら辺にはいないの」
「あァ、ダスクを出てから目に見えて赤目がいねぇなァ」
跳躍しつつ呟くメルトに対し、アーヴァンスがメルトの腕にしがみつきながら答えた。
「もうトワイライトに着くのに、ほんとにトワイライトに吸血鬼狩りが集まってるわけ? ……いや、一ヶ所に集まってるのか」
「さぁなァ、ただボスがでけぇ計画をするってんなら、警戒しといた方がいいぜェ。あの人ァそういう人だァ」
メルトはアーヴァンスが静かに答えるのを聞きながら、トワイライトの街を観察する。
「(屋根だらけ、あれを使えば雑魚がいても撒きやすいな)」
ありとあらゆる壁面に日よけの屋根が備え付けられており、メルトであれば簡単に屋根を伝って建物の上へと飛び乗ることが可能だった。
メルトは難なく街へ侵入すると高めの建造物に登り、アーヴァンスを降ろして周囲を見渡した。
街に入るとさすがに吸血鬼狩りの姿が見えるようになってきたが、やはりあの駅馬車での密度と比べたら少ない。
「……吸血鬼狩りの拠点はどこ?」
「街の領主屋敷だァ。ボスはトワイライトの領主なんだよォ」
「……笑えない冗談。それで、場所は」
アーヴァンスは首を鳴らして腕を振ると、メルトを見下ろして指を指した。
「あァ、それは案内してやるぜェ。だがよォフラレスで言ったよなァ。俺ァついでで手伝ってやるんだァ。屋敷まで行ったら俺ァボスを探すゥ。てめぇの戦闘には手を貸さねェ」
メルトは静かに拳を握る。
「……分かってる。うちだけで何とかする」
「……はァ、てめぇあれに挑むのに躊躇ってもんはねぇのかァ? 実力が測れねぇわけじゃねぇだろォ」
自分から手伝わないと言っておきながらアーヴァンスが忠告するようにメルトに問いかけた。
「あれは格が違ェ。俺とお前合わせてもまだ足りねェ。あいつとやり合うなんてのは——」
「うるさい。うちはルノくんを取り返す。戦うのは最低限」
皮肉でも言ってやろうとした矢先にメルトの覚悟に言葉がかき消された。
アーヴァンスは頭をかくと、深くため息をついて人差し指を立てた。
「……一回だ。一回だけ陽動になってやるゥ。その後は自分で何とかしろォ」
「興味を引けば少しは時間は稼げるゥ。だが、戦うのは無理だァ」
「…………よろしく」
メルトがアーヴァンスに背を向けて街を見つめていると、街の遠くから黒い煙が出ているのに気がついた。
「ボヤ……? いや、誰か戦ってる?」
「あァ? ちょうどいいじゃねぇかァ。なら今のうちに行くぞォ」
アーヴァンスが屋根を駆ける。
メルトはそれを見ると舌打ちした。
「走れんじゃん。クソロン毛」
アーヴァンスの後を追うように走りだす。その間も街並みを視界に捉え続ける。
胸騒ぎがする。理由は分からない。
「このまま上を走りゃあ、ざっくり真っ直ぐだァ。そのうちデカイ屋敷が見えてくるはず……あァ?」
アーヴァンスが走りながら目を細める。そして、何かを見つけたようでニヤリと笑った。
「メルトォ! 見つけたぜェ! ルノの居場所だァ!」
メルトがよそ見を止めて正面を向く。
紅い瞳が揺らいでいる。
「な、どこに!」
「あれだァ! 刹那的な勘がそう言ってるゥ!」
「……は、なにあれ」
メルトが進行方向を見つめると、空に光輝く絵が浮いている。
小さな男の子のような顔の絵で、その下に矢印が伸びている。
矢印が指しているのは、広すぎる土地に建つ大きな屋敷の一室だった。
「バカにしてるワケ…………」
「ありゃアリスだァ! あんなふざけたことすんのはあの女しかいねェ!」
どこか楽しそうに笑うアーヴァンスを見ると、メルトは屋敷を真っ直ぐ見据えて頬を叩く。
「……わかった。信じてあげる。あんたの勘ってヤツ!」
メルトはそう叫ぶと、血の鎌片手にスピードを上げるのだった。
◆
——そして現在、低い姿勢で血の鎌を構えるメルトの姿を見ると、ルノは服の裾を強く握る。
照明が壊れた部屋で、月夜の光がメルトの姿を鮮明に照らしている。
来てくれた。やっぱり、来てくれた。
半日離れていただけなのに、ただただ懐かしく感じる。
「……なるほど、連携……という訳ではないようだけれど、銃弾坊やは時間を稼ぎに来てたのね。やっぱり素直じゃないわ」
アリスが光の剣をクルクルと回しながら言った。
メルトは静かに息を吸いこむと、アリスの光剣に目を光らせる。
「違うよ、アイツが勝手に飛び出しただけ。うちはそれを利用したの」
「あら、こっちも素直じゃない」
アリスが扇子で手を叩いて笑った。
メルトは変わらず集中した様子で、微動だにしない。
「(よくわかんないけど、今のうちに逃げられるかも……)」
メルトならば自身を連れて逃げる判断をする。そう信頼した上での即座の判断だった。
そんなルノの内心を見透かしたかのように、じりじりと後退していたルノの背中に光剣が当たった。
「ダメよ。目的は達成しきってないのだから」
「……!」
重い音が背中から聞こえる。これ以上下がることはダメだと本能が語りかけている。
「……なに脅してんの!」
メルトがアリスの懐に飛び込み血の鎌を振り下ろす。
一気に駆けてアリスの頭上に鎌の切先が当たる寸前、
「穢瀆禁止」
どこからともなく現れた光剣によって、触れようとした血の鎌が弾かれる。
その反動でメルトが弾き飛ばされる。
「……チッ!」
弾き飛ばされる寸前に手を横に振り血を撒き散らす。
血はアリス目掛け上下左右他方から襲う凶弾となった。
メルトはそれが当たったかどうか確認するまでもなく壁面に跳ぶと衣装棚を開き中の衣装を全て宙にばら撒く。
そのまま手のひらから魔法で風を起こし壁の残骸からこぼれた瓦礫の粉とともにアリスとの間で煙幕を作り出した。
「あら速い」
アリスは血の弾丸全てを指の一本も動かさずに宙を舞う光剣で受けきると、扇子で煙っぽくなった周囲を払うようにヒラヒラと手を動かす。
光剣がいくつとも同時に煙幕を払うように弧を描く。
「そして賢しいわ」
アリスは煙幕の方には目もくれず、背後へ振り向くと扇子の先から光の粒子を複数、矢の形で放つ。
放たれた先はルノの背後、その影だった。
「うぐっ……」
矢が影に突き刺さったかと思うと、そこからメルトの苦しむ声が聞こえた。
影からメルトの姿が現れ、両肩にピンポイントに突き刺さった矢から血が滴りカーペットへと染み込んでいく。
「メルトさん……!」
「上から降りた時忍んでいたのでしょう? 血の雨に紛れさせるなんて大胆……分身の精度といい貴方本当に……」
憂うような瞳がメルトを見下ろす。
「ブラドホワイトの生き残りなのね」
「………………………………は」
メルトの目が見開かれる。空気とともに理解できない感情ごと吐き出されたようで、そこに滲む汗が尋常ではないことを静かに語る。
それはルノにとっても許容するには大きすぎる真実だった。
「メルトさんは生き残り……」
ブラドホワイトの生き残り。ノーデンと血が繋がっているのか。
それを自覚したからなのかは分からない。しかし、ルノの中で何かの魔法が解かれたような感覚があった。
ただ、それはノーデンたちがもう居ないということを確定させる言葉でもあった。
「やっぱり、ノーデンさんは——」
その先は言葉にならなかった。
ばさりと人が倒れる音と共に、メルトが崩れ落ちる。
「ブラド、ホワイト……ノー、デン……………………」
「う、うちは……」
「……あ、あぁ、あああ!」
頭を抱えてその場に蹲る。
痛みを訴えるような声だ。
「メルトさん!? どうして、なにが……! 頭、頭が痛いの!?」
アリスはそんなメルトを見下ろしながら扇子を閉じると、ゆっくりとメルトへと歩み寄る。
ルノはメルトを庇うように立ち塞がるも、アリスは手をさっとかざしてそのまま進んだ。
なぜか止められなかった。まただ、足が地面と同化したかのように動かなくなった。アリスの魔法の力だ。
「…………かくも吸血鬼の子とは誰も彼も可哀想なものね」
頭を抱え叫び暴れるメルトの懐から小さなメモと手紙のようなものが落ちた。
ルノはさっと手に取り中を見た。メモはクラナタールから受け取っていたもののようだが、手紙は初めて見るもので、大切そうに透明な袋に入れてある。
手紙はユミアから受け取ったものと違う、少し端が欠けたものだった。
アリスはルノから取り上げて読むと、眉を下げ目を閉じた。
「……なるほどね。納得したわ。貴方のこと」
そして指を振り、二つを静かにメルトのフードに入れると、光輪を生み出しメルトを拘束した。
クラナタールのメモには『吸血鬼間にあったとされる抗争』と書かれているのが見えた。
手紙はあまり読めなかったが、メルトのものでは無い筆跡で、町名や郷土品、風習などの大量のメモ書きと、何かのメッセージがあった。
……違う。それを追ってる場合じゃない。駄目だ。このままではいけない。
この間もメルトは苦しんでいるのだ。
「待って! えっと、め、メルトさんと話がしたいってログネスさんは言ってたけど、今のメルトさんは苦しそう! だから……!」
「だから? 見逃せと? 無理ね。この空元気嬢はひとまず拘束するわ」
アリスはそのままルノの顎を扇子で持ち上げると嗤う。
「分かったかしら。貴方たち逃げられないのよ」
血の気が引いた。このままでは旅が終わってしまう。駄目だ。駄目なのに、今自分に出来ることが思いつかない。
「……そう絶望しないの。空元気嬢だって利用出来そうだし駆除は取り下げられるわ」
「二人とも死ぬことはないでしょう」
嘘を言っている雰囲気はない。それでもただメルトを守るように立ち続ける。
世界の時がここで止められてしまったようで息が詰まる。アリスの声が上手く聞き取れない。
「……嫌われてしまったかしら。まぁいいわ。部屋を移動するわよ」
「着いてくるか、着いてこさせられるか選びなさい」
メルトを拘束した光輪が浮く。
ルノは服を握りしめながら俯く。
唐突に明かされた秘密への感情も追いつかぬまま、やがてルノは手をだらんと下ろした。
「…………ついてく」
「そう」
アリスが部屋を出る。ルノはただ、その後を無気力なまま歩いていった。




