嗤う者
「この屋敷本当に広いわよね。あ、あっちの棟には近づいちゃいけないわよ。危ないわ」
「うん……」
ログネスとの対話後、アリスに連れられ屋敷を歩き回っていたルノの心境は複雑なものだった。
「(ノーコメントと死の予行……)」
吸血鬼狩りを行う真の目的すらも分からずじまいのまま……挙句の果てには誘拐犯と屋敷を散歩している自分。
「あら、疲れてしまったかしら。そろそろディナーだし、もう部屋に戻りましょうか」
ルノはアリスの言葉に窓の外を見る。気づけば空が暗くなってきていた。
「……もうこんなに、アリスさん……あの……」
自分はどこの部屋に戻ることになるのか。そう問いかけようとした時、アリスは周りを見渡してすっと息を吸いこんでいた。
「え」
「剣姫嬢! 剣姫嬢はいるかしらー!」
ココ最近聞いた音の中で一番大きな声が屋敷中に響く。
ルノが耳鳴りと心臓の鼓動に固まっていると、遠くの廊下から疾走してくる影が見えた。
「あ、アリスさん! その大声で呼ぶやつやめてください! あと、わたしは剣姫嬢ではなくてユミア……で……」
桃色のツインテールを揺らし、可愛らしい抗議をする少女だ。
「……ッほんとうに…………なんで」
ルノの存在に気づくと、目を見開くとともにギリッと歯を食いしばった。
「……ユミア、さん?」
吸血鬼と旅する少年、吸血鬼を狩る少女。二人はまたもや奇妙なタイミングで再会するのだった。
◇
——時はアリスによるルノ誘拐よりも前、ユミアがログネスと顔を合わせた場面へと戻る。
質問を後回しにされたユミアは、言われるがままに扉の向こうへと進んでいた。
中には実力が高い吸血鬼狩りが集結している。地方に残っている上位者を除けば殆どがこのホールに集まっているようだ。
「よく集まってくれた。同志諸君。見慣れない顔から聞き覚えのある声がして驚いているだろう!」
歓声が上がる。『おー! やっぱりその声って……!』『結構イケメン!』
多様な声援を手で制すと、ログネスは礼儀正しく胸に手を置き、お辞儀をした。
「私こそ、君たちと共に戦ってきた、いち吸血鬼狩りだ。これまで顔を隠してきた非礼を侘びると共に、ここに名を名乗ろう!」
「私の名はログネス! 人類のため、吸血鬼を狩る者の一人だ!」
拍手喝采。泣き崩れる者すらいる。
ユミアはそんなログネスの背中をただ見ていた。
「今回集まってもらったのは他でもない。例の計画の始動のためだ! そのための舞台が整った!」
拳を握りしめ、手を震わせる。熱の篭った演説だ。
「それで諸君にまずやってもらいたいことがある!」
「それは——」
ログネスの言葉が急に止む。
目を細め、屋敷の外に目を向けた。
「ぼ、ボス……?」
「どうしたんですか……」
吸血鬼狩りがどよめく中、ログネスが手を振りあげた。
時が止まったように声がなくなった。
「……どうやら、招待していない客が来たようだ」
「諸君! すまないが予定変更だ! この街に侵入した者を捕えてくれ!」
「謎の剣士が同志をことごとく気絶させては拘束しているようだ」
緊迫した語り口に焦りが見える……ようで、ユミアにはそれも演技に見えてしまう。
迷いがずっとユミアの思考を鈍らせている。
「……アリス。君は予定通りダスクへ。それとユミア」
名前を呼ばれユミアの髪が揺れた。
「は、はい……! なんでしょうか!」
上擦った声を気にもとめず、ログネスは淡々と続けた。
「君はここで待機だ。アリスが戻るまで屋敷の警備に加わっているといい」
「…………承知しました」
ユミアは静かに頭を下げると、そのまま屋敷へと歩いていった。
「……あの子、楽しそうね」
「あまり負担をかけないでくれ。彼女は繊細で扱いが難しい……」
アリスが目を輝かせるのを見るとログネスは眉間を押さえた。
しかし、アリスはログネスの言葉を無視してユミアを追う。
「ちょっと話してからいくことにするわ! 妾ならすぐ終わるでしょうしー!」
「アリス……! 仕方ない……」
ログネスの伸ばした手は空を掴むのだった。
◆
「——それで、剣姫嬢と妾は仲良くなったのよ!」
「強引に名前とかを聞いてきただけじゃないですか! 貴方がボスの右腕じゃなかったら、わたし怒ってると思います……」
ルノが目を覚ましたのと同じ部屋……アリスの部屋に戻った三人は、途中でアリスが掻っ攫ってきた夕食を食べながら話していた。
「それで? 貴方たちは知り合いなのかしら?」
「あ、えっと……」
「……違います。ただ、わたしのような吸血鬼狩りがいたことに驚いたんでしょう」
ルノが返答に困っていると、ユミアが即座に否定した。
アリスはステーキを頬張ると、飲み込んでからナプキンで口を拭う。
「そう? 妾の勘が外れたのかしら。これは槍の雨を降らせないといけないわね」
「なんで貴方が降らせる側なんですか……」
真面目なトーンで語るアリスにため息をつくと、ユミアはナイフを置く。
カタンと音がして、すぐに止んだ。
「それで、わたしは何故ここに呼ばれたんでしょうか。わたしまだ警備中ですし、何もないなら戻ります」
「えー! つれないわ! いいじゃないちょっとくらい!」
「ですから、なんで呼ばれたのかと聞いているんです」
アリスはスープをすくうと、ゆっくりそれを口に運ぶ。
パンをちぎり、小さな口で咀嚼する。
「あの、アリスさん、ほんとうに……」
「……そろそろかしらね」
「………………!」
アリスが突然光剣を生成し、ユミアもまた立てかけていた銀剣を手に取った。
ルノがユミアの並々ならぬ表情に気を取られていると、部屋の外、窓の方から音がした。
ルノが振り返るよりも早くユミアがルノに立ち塞がるように窓側へと飛び出し、アリスもまたルノの横に移動し椅子へと座っている。
すぐに音は大きく近づいてきた。
「『杭撃ち!』
覚えのある声と共に、部屋に魔力でできた大きな杭が打ち込まれた。
砂煙とともに壊れた壁面から人影が現れる。この杭に乗って飛んできたというのだ。
「よォ! なんだか勢揃いだなァ!」
「アーヴァンスさん!」「アーヴァンス……!?」「銃弾坊や。久しぶりね」
「なァ! ボス、いるかァ!!!」
埃を払いながら不敵に笑うのは、灰色髪の男アーヴァンスだった。
アーヴァンスは間髪入れずにアリスとユミアに向けて銃弾を放つ。
アリスは光剣の峰でそれを受け、ユミアは一刀両断した。
「……ッアーヴァンス! なんでここにいるの! それいきなり撃つなんて……!」
「おおう、そう刹那的にキレんなァ。言っただろォ。ボスはいるかってなァ」
「〜〜!!!!!」
ユミアの剣を握る力が強くなる。
アーヴァンスはそんなユミアから目を逸らしルノをちらりと見ると、今度はアリスに銃口を向けていた。
「アリスさんよォ。前からそうだが何がしてぇんだァ?」
「わざわざ目立つ位置に光剣ぶら下げてなァ」
「……! アリスさん? なんでそんなことしたんですか!」
ユミアがアリスからも距離をとる。広い部屋の中はベッド側のアリスとルノ、窓側のアーヴァンス、扉側のユミアの三角形を形作っていた。
「あらあら、剣姫嬢そう警戒しないで欲しいわ。妾はただ知り合いに挨拶をしただけよ」
アリスは懐から取り出した扇子を広げ口元を隠した。
「それに、後から来るなら先に潰しておくべきでしょう?」
「潰すって、待ってアリスさん! アーヴァンスさんは、あの……!」
アリスはルノを見下ろすと愉快そうに目を歪ませる。
「心配しなくても、妾気に入った子は殺さないわ」
「……どこまでも余裕そうだなァ?」
アーヴァンスは銃口を向けつつ撃つタイミングを見計らっている。
ユミアもまた、剣を前方に構えたままアーヴァンスを睨みつけていた。
そんな中でアリスだけが嗤っている。
誰が仕掛けるのか、それぞれが見張る中アーヴァンスが叫んだ。
「………………ルノォ! ボスの顔は見たかァ!」
「う、うん! 藍色の髪の毛で、なんか優しそうな顔だった。でもぼくあんまり好きじゃない……いや、嫌いだった!」
「そうかァ! そいつァおもしれぇなァ!」
アーヴァンスはそれだけ聞くと即座に壊れた壁へと下がっていく。
「それだけ分かれば十分だァ! じゃあなァ!」
「え、アーヴァンスさん!?」
アーヴァンスが壁から飛び降りた。
銃声や警備の叫び声が庭に鳴り響く中、壊れた部屋に元の三人が取り残された。
「……さすがの妾も想定外。銃弾坊やの方こそ何がしたかったのかし……らって、剣姫嬢?」
アリスが眉をひそめると、ユミアが飛び出した。
そのまま壁の外を見下ろすと、アリスとルノに振り返る。
「すみません。急用が出来ました。あのバカ侵入者を追います」
そう言うと、返事を待たずユミアまでもが飛び出していってしまった。
「……妾の予想だと、このまま楽しい乱戦の予定だったのだけれど、仕方ないわね……」
「……行っちゃった…………」
取り残された二人が穴の空いた壁面を見つめる。
アリスは思案するように扇子を閉じた扇子で頬をぽんぽんと叩くと、椅子から立ち上がった。
「妾の部屋がこんなになってしまったし、別の部屋に行くわよ——」
アリスがルノへと振り向くその瞬間だった。
アリスがぴたりと止まり、上を向いた。
「……準備して来たわね」
アリスが光で傘を差すと鮮血の雨が破裂音とともに傘に注がれる。
ルノを避けるように打ち込まれたそれは、すぐにルノの脳裏にひとつの存在を予感させた。
「いい! それでいいわ!」
アリスは笑いながら空を見る。
ルノも遅れて空を見ると血の雨と共に黒い影が降ってきた。
「ルノ……くん!!!!!」
血の鎌を持ち、紅い瞳を光らせる。ルノの頼れる姉の姿がそこにはあった。
「メルトさん!」
崩れた部屋、紅い雨、嗤う少女の姿が見えないかのように、二人が互いを見つめていた。




