光剣
「目が……赤い!」
広い馬車で突如始まった戦闘。ルノたちを襲ったのは目の赤い吸血鬼狩りであった。
メルトはルノを守りながら分身を生み出すと、ルノの指摘に吸血鬼狩りの目を見た。
「……眷属化!」
「眷属だとォ? こいつァ吸血鬼狩りだァ! まさか吸血鬼に負けちまったってのかァ!」
アーヴァンスが吸血鬼狩りを蹴飛ばすと、吸血鬼狩りは窓に叩きつけられる。
ガラスにヒビが入り、吸血鬼狩りは項垂れる。
その最中にありながら、ルノはその違和感にいち早く気がついていた。
悲鳴は聞こえる。しかしその数が明らかに少ない。
「アーヴァンスさん! 他の人たち!」
「……!」
アーヴァンスは前後の座席にも目を向ける。
怯えて叫ぶ人々の間から、座席を跨いで赤い瞳が飛び出してきている。
口々に「血だぁ」と呟いており、統制こそ取れていないというのに不気味な統一感がある。
「何人いるわけ!」
メルトは分身体で馬車前方から襲いかかる吸血鬼狩りを拘束、本体は血の鎌で背後席を乗り越えて殴り掛かってくる吸血鬼狩りの攻撃を防ぐ。
しかし、一人押さえ込んだところで、また一人と襲いかかる。
狭い座席では戦いにくく、そのうえルノを守りながらというとほとんど攻撃に転ずることが出来ない。
そのうちアーヴァンスが窓際に蹴り飛ばした吸血鬼狩りも起き上がってくる。
どれも動きが鈍い。しかし数が多い。乗客の六割は吸血鬼狩りだったようで、座席で怯える人々は数人程度しかいない。
「チッ! 狭ぇしワラワラ湧きすぎだァ!」
アーヴァンスは銃をしまうと柄に差したままの短剣を取り出した。
吸血鬼狩りたちの武具に当てて落とす。あるいは攻撃を防ぐ。その繰り返しだ。
「ルノォ! お守りだァ! 持っとけェ!」
叫びながらアーヴァンスが何かを投げる。
ルノがキャッチすると、それはアーヴァンスの持っている短剣に似た小さいナイフだった。
「護身用だァ! その辺の鉄ならガキの力でも切れるゥ!」
ルノがそれを懐に忍び込ませると、メルトは吸血鬼狩りをいなしながら周囲を見渡す。
「にしてもなんで突然……『血』って……まさか……!」
メルトは自らの腕を見つめると、爪痕を速攻再生させた。
「うちの血の匂いを嗅ぎつけた…………? 吸血鬼と人の血の違いからなら……」
「いや、そもそも、うちを追って……」
メルトがあからさまに動揺する。
分身体の精度が落ち、体の形状が歪んでいく。
「おい! メルト何してるゥ!」
アーヴァンスが複数の吸血鬼狩りに抑え込まれそうになりながらも、全員の顔面を思い切り殴る。
「メルトさん!」
ルノの声でメルトがはっと我に返り、すぐそこまで近づいていた吸血鬼狩りを振り払った瞬間だった。
「本当に来てた……いいわ。それじゃあ頂いていくわね」
光が降る。
声が降る。
空が見る。
「……うわっ!」
ルノの体がふわりと抱き抱えられている。
顔を見ると、両手で抱き抱えているのはドレスを身にまとった銀髪の少女だ。
少女の周りには光の剣が浮かんでおり、馬車の屋根が綺麗に切り離されてしまっているのが見えた。
……車内が見える?
「と、飛んでる……!」
「暴れないで。妾、非力だから落としてしまうやも」
少女が堂々たる態度で語る。
少女自身も剣に乗っており、ルノが暴れようとすると剣が少女ごとぐわんと揺らめいた。
「ルノくん!」
下からメルトが飛び出してきたのが見える。
必死の表情。あれだけ傷つけたのに、こんなにも全力で助けようとしてくれるのか。
「メルトさ——」
「拝謁禁止」
少女たった一言、そう呟く。呪文でもなんでもない一言だった。
統制された光剣が列をなしてメルトとルノの間に壁を作り出す。
「献上禁止」
少女の右足より斜め下方向。先んじて更なる剣が生み出され、その数瞬後に銃弾が弾かれる音が響く。
この攻防の間少女は下を向いていない。
「さて……それじゃあ行くわよ坊や」
「でも、その前に少しお眠りね」
ルノの鼻と口がハンカチで覆われる。
急速に失われる意識の中見えたのは、高潔さを感じさせる尊大な態度と、ルノを見つめる不思議な目線。
ルノの意識はそこで途絶えた。
◆
停止した馬車にて、メルトによって気絶させられた吸血鬼狩りが車内中央に積まれている。
「あ、ああ、馬車が、こんな、屋根が……」
御者の青ざめる顔をさらっと横目で見ると、アーヴァンスは吸血鬼狩りの山を蹴る。
「……くそ、やられたァ……おいメルトォ!」
アーヴァンスは馬車の隅で立ち尽くすメルトに近づく。
「ルノくんが……うちがいつも通りなら、守りきれたのに……うちが弱いから……」
「……おい! この先どうするつもりだァ! ルノはァ! てめぇが動かねぇなら、俺ァトワイライトまで一人で行くぞォ!」
メルトはピタリと止まったかと思うと、また小さく呟く。
「……探す。探さないと、あの女……あいつなんなの……!」
メルトが馬車の壁を殴る。ひび割れた壁に御者の悲鳴が響いた。
アーヴァンスは考え込むと、ひとつの答えを出す。
「あれァおそらくボスの右腕だなァ。姿は見た事ねぇが、光輝く剣を操るって聞いた事があるゥ」
「それに、あいつはトワイライトの方角に飛んでいったァ。ボスんとこに連れてったって考えるのが妥当だろォ」
「……トワイライト」
アーヴァンスの言葉に振り返ると、メルトは睨みつけながらも俯いた。
「……うちじゃなくてルノくんを狙うなんて……許せない」
「おおう、じゃあどうするんだァ?」
アーヴァンスは座席に置きっぱなしだった荷物を手に取り首を鳴らす。
いつの間にか馬車の周囲に人々が集まっている。
そろそろ町の守衛も来る頃だろう。
「——トワイライト行ってルノくんを取り戻す。絶対。何をしてでも」
「……あァ、当たり前だなァ」
メルトもよろつきながらフードを深く被り直す。
「不本意だけど、あんたも運ぶ。早く腕掴んで」
「……はぁ、そうだなァ。すまねぇなオッサン、俺らはもう行くぜェ」
言われた通りアーヴァンスはメルトの腕に掴まる。
それを見た御者が慌てて二人の前に立ち塞がる。
「え、あの色々分からない事だらけなんですが! せめて守衛と方の話だけでもしないといけないのでは! 馬車もこんなですし!」
「知らん。屋根壊したのは俺らじゃねェ。文句ならあの銀色チビを探し出して言えェ」
アーヴァンスとメルトは馬車を降りると、素早く走り出した。
「いやいや、ちょっとまってくださ——」
メルトが跳躍し、御者の悲痛な叫びがあっという間に遠ざかる。
アーヴァンスは全力でメルトに掴まっていたが、振り落とされる寸前だった。
「てめ、もう少し飛び上がり方考えろォ!」
「うるさい。こうしてる間にもルノくんがどうなるか分からない」
メルトは冷たく言い放つ。アーヴァンスは苛立ちつつ、それ以上の文句に意味はないと悟り腕に全力を込めた。
「(……こりゃ重症だなァ)」
メルトの取り乱しからの冷たすぎる態度への変貌を見ながら、アーヴァンスは遠く街の方角を見て目を細めるのだった。
◆
「そうか、彼を……よくやってくれた」
屋敷の一室。暗い室内で、ログネスが椅子に座っている。
「彼は奴にとっての弱点のようだったからね……それに私自身も話がしたい」
ログネスが優雅にカップを傾ける。
赤黒い液体が喉に流れ込んでいく。
「ああ、そうだねアリス。役目を全うしてくれた同志にも感謝しないとだ」
「予め眷属化しておいてよかった。ここまで早く血を見せてくれるとは思わなかったが」
ログネスは白いハンカチで口元を拭うと、そのまま口元を隠す。
「あとは現在集まっている同志にも血を分ければ、真の準備は完了だ」
赤い瞳が愉快に歪み、暗く輝いた。




