山は崩れて塵と化す
揺れる船内、狭い部屋。
メルトを泣かせてからしばらく、ルノがただ壁を見つめていると部屋の扉が開く。
「ごめんごめん、ちょーっと船の中をブラブラ歩いていたんだー!」
おそるおそる目を向ける。
おかしい。なぜ、こんなにも明るい声がするのか。
「ただいま! ルノくん!」
ルノの瞳に映ったのは変わりない笑顔のメルトだった。
ルノは口を開けたまま、なんとか言葉をひねり出す。
「え、メルトさ、あの……」
「どうしたの? あー……さっきのね、えーっと、まー気にしないでよー! だいじょーぶだから!」
どすんとベッドに座ると、メルトは背中から倒れこんだ。
「なんだか疲れたしー、ちょっと寝るねー」
「わかった……」
メルトはそう言ってルノに背を向けた。
その背中からルノは顔を背けた。
◆
パンドラを出て二週間、ルノたちは船を乗り継ぎながらフラレスへ到着していた。
メルトによる大まかな位置把握によって、アーヴァンスがフラレスの方角にずっといることが分かったためである。
船を降りると潮風のにおいが鼻腔をくすぐる。
若干の曇り空の下、二人はフラレスの港を歩きだした。
「……アーヴァンスさんはまだフラレスにいるの?」
「うん! いるいるー! ずっとフラレスから動いてないみたい!」
「……そっか」
メルトは以前にも増して「明るく」なった。
身振り手振り、声のトーン、朗らかな表情。
そのひとつひとつが、ただただ明るい。
「あのやろー、まーだフラレスにいるーっていうかー、町ついてからやーっと分かったけど、この方角って……エルネの家の方なんだよねー」
ルノはハキハキと動くメルトを見ながら、噤んでいた口を開く。
「じゃ、じゃあエルネさんの家に行くの?」
「うん! そんな久しぶりってワケじゃないけど、びっくりするかなー!」
口角が上がり、頬はゆるんでいる。だが、その表情は押し固められて出来上がっているのだ。
極端な笑顔だった。
「それなら、すぐに行く……?」
「そうだねー! でも、なんでアーヴァンスのやつ、エルネのとこにいるんだろー?」
それはルノも気になっていた。
――しかし、それを気にするよりも、メルトとの会話が怖い。
「……こわい…………?」
「ルノくん、いこー!」
メルトがルノの少し前で手を差し伸べる。
口に出した言葉で頭が揺れる。メルトと旅を始める前の……否、出会ったその瞬間に戻ってしまったようでどうにも落ち着かない。
「うん……」
ルノはメルトの手を取る。
その手が温かいのか冷たいのかすら、考える余地もなかった。
◆
森の小道を歩くルノたちだったが、ルノは依然として下を向いている。
踏みならされた土から砂煙が立つのを目で追いながら、手を引かれるままだ。
「あとちょっとだね!」
「うん……」
顔を上げると目と鼻の先に開けた土地が見えてくる。
間違いない。エルネの家とアリトエがあそこにある。
「……見えた」
「そうだねー! ……ん!?」
メルトが突如ルノを庇うように正面に立つ。
ルノがメルトの背中から顔を出すと、メルトは前方に大きな血の幕を張っており、バシャンと何かが叩きつけられた音がした。
メルトが手を下ろすと血が下り、幕より向こう側の地面が濡れているのが見える。
そして、長身の人影が灰色の長髪をなびかせる。
「――おおう、これはどういうことだァ?」
歯を見せて笑うその正体は元吸血鬼狩りの男、アーヴァンスだった。
アーヴァンスは空バケツの持ち手を手にかけて背に回すと、砕けた姿勢でカラカラとバケツを鳴らした。
「じゃれ合いなら、できるみてぇだなァ」
「いきなり水をぶっかけるとか、頭おかしいんじゃない? てか、何してんの? なんでこんな所にいるワケ?」
「ハッ! てめぇらには関係ねぇよォ! あァ! 疲れた体には冷えた水がいいと思ったのになァ!」
アーヴァンスはわざとらしく手を上げると、ルノとメルトを交互に見て眉をひそめた。
「…………それで、何の用だァ? 大方てめぇの血のせいで俺の位置が割れたんだろォ?」
「もう反抗することすらできねぇ敗者んとこにわざわざ会いに来るってことはよォ。それ相応の理由があるもんだぜェ。『ただ会いたかった』って様子でもねぇみてぇだしなァ? ルノの坊主ゥ?」
アーヴァンスは顎でルノたちを見下ろしながら、ポケットに手を突っ込んだ。
ルノはびくりと震え、とっさにメルトの背に隠れてしまった。
らしくない。なぜ、隠れたのだろう。
なぜ、目を逸らしたのだろう。
「………………まさかとは思うがよォ……強くて慈悲深いてめぇら様が、この後に及んで『力を貸してください』だなんて――」
アーヴァンスが歯を食いしばり首を鳴らす。
「――言うわけ、ねぇだろうがよォ?」
震えて何も言えない。
威圧への恐怖、これもまた、滅多に感じることが無かったものだ。
ましてや、一度は共闘した相手に感じるなんて。
それだけじゃない。結局メルトの後ろに隠れてしまっている。
「……あ、アーヴァンス、さん……ぼ、ぼくは――」
「――おい、アーヴァンス! 井戸水は……って、あれ!」
アーヴァンスの背後から叫び声が響くと、足音がだんだんと近づいてくる。
毛先が青い金色の髪の女性は、絵の具でカラフルにデコレーションされた服を身につけている。
エルネはアーヴァンスを押しのけてメルトに近づくと手を取った。
「ルノ、メルト! どうしたんだい!」
「ちょ、おいこらエルネェ! 会話に割り込むなァ!」
「おー、エルネ久しぶりー!」
「メルトてめぇもノるなァ!」
どこか柔らかくなってしまった空気の中で、ルノは口を結ぶ。
なんとも……居心地が悪い。
「立ち話もなんだし、寄っていきなよ。ほら、アーヴァンス手伝って」
「あァ!? だからこっちで話してん――」
「はーやーく!」
「………………くそがよォ」
ずんずん進むエルネ。アーヴァンスがその後を追いながら舌打ちした。
「まーまー、それじゃーお邪魔しよーかなー!」
「っていうかーエルネ、一体こいつはどういうワケー? まさか付き合ってるとか言わないよね……?」
「ははっ、ないない! アーヴァンスは居候だよ。絵を教えてるんだ」
メルトがルノの手を引いて歩き出す。
ルノは進もうとしない足を動かす。
みんなが会話しながら歩く中、ルノは目の端でエルネの表情を捕らえた。
真顔で何を考えているのか分からないようで、ルノの目を見つめている。
そして見つめたまま、ちいさく口元を動かした。
「…………だいじょうぶかい?」
本当にそう言われたのか分からない。
ただ、そう言われたかったのかもしれない。
遅れました。トワイライト編開幕です




