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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
断章5
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それはまるで御伽噺のような……

 揺れる海面を見つめながら、しなしなとした桃色のツインテールが小さく震える。


 小さな個人船の上で、ユミアはただ揺れ続けていた。


「おいユミア、ブローチと銀剣、ちゃんと確認しとけよ。しっかり保管はしてたけど、一応な」

「……はい、ありがとうございます」


 船内からの声に、ユミアはゆらゆらと歩く。

 中に入ると小さな部屋のような形の中、鞘に入った銀剣と、大切に箱にしまったブローチが机の上に置かれていた。


 中には運転手とは別にもう一人男がおり、銀でできた武具を丁寧に磨いていた。


「どうしたんだよユミア。行きの時から変だぞ。通信具も銀具も置いてっちまってよぉ」

「……なんでもないです」


 ユミアは力なく座ると、ブローチを握りしめた。


「そうかぁ? ならいいけどよぉ、俺ぁ心配だぜぇ?」

「俺らにはこれから世紀の大計画が待ってるってのによ」


 男は磨いていた銀の武具を置くと、拳を振り始めた。


「白髪の吸血鬼とかいう、ボスがずっと探してたのも見つかったんだろ? これから大変になるぜぇ」

「……あの計画は、本当にやるんでしょうか?」


 ユミアが目を逸らしながら言うと、男は口をポカンと開けたままユミアを見つめた。


「何言ってんだよユミア。前々から決まってただろ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()。かぁー、言葉に出すだけて痺れるな! 隠れた吸血鬼を今より炙り出せるし、人間が平和になるってんだ。それに、ボスは国の支配はどうでもいいんだろ? いい事しかねぇじゃねぇか」

「ずっと準備してきたんだ。今更やめるって、そんなの興ざめだろ」


 荒唐無稽のように思える計画。それを語る男に疑念も迷いも見えない。

 ユミア自身も信じていたような気がするが、今思えば信じるには無謀な計画だ。


 しかし、吸血鬼狩りの大半にとっては今も重要な目的であり、すでに当たり前の共通認識だった。


 高揚した様子で語る男を横目で見ると、ユミアは背中を丸める。

 なんだか体が重い。


「(本当にそう? 国を支配するつもりがないっていうのが本当だとして、ただ吸血鬼を狩るために国を敵にするような真似をするの?)」


「そう、ですね……」


 そう言ってユミアが横になった瞬間、ブローチが光り始めた。


「あ」

「お! ボスの通信だ! おーい、通信だー!」


 男が外の運転席へ向かったのを確認すると、ユミアは横になったままでブローチを耳に当てた。


『吸血鬼狩りの諸君。今日もいい日だ。単刀直入に言おう。計画の始動日が定まった』


 ユミアが目を見開く。外からは歓喜の声が聞こえた。


『一か月、そう一か月後だ。その日こそが、我々吸血鬼狩りによる人類救済譚の始まりとなる。数多の人々が我々の偉業に身を震わせ、吸血鬼狩りの揺るぎない強さを、吸血鬼など取るに足らないことを、世界の覇者たるべきは人類なのだと、思い知るのだ……!』


『人々の救済のため、永劫続く恒久普遍の平和のため、共にこの身をささげようではないか……!』


 声だけで他者を震え上がらせる圧倒的カリスマ性。吸血鬼狩りの誰もその素顔を知らない。


 そんな男による魂を響かせる宣誓が、今のユミアにとってはノイズのようになってしまっていた。


 吸血鬼は既にほとんどが狩り尽くされている。吸血鬼を打倒するだけで、人類が平和になどなるのか?


『それでは最後にトワイライトへ集合する同志諸君、くれぐれも気を付けてきてくれ』


 その言葉を最後にブローチの光が消える。


 ユミアはそれを確認すると、現実から目を背けるように、目を閉じてパンドラでの出来事を思い出す。

 しかし、思考は長く続かない。


 メルトたちとの楽しい思い出……それを壊した自分。

 そして、クラナタールのもとから飛んできた鳥によるメッセージ。


『君はよく迷い、それを良くないと感じている節がある。だが、私がせき込んだ時、迷わずいち早く助けてくれたじゃないか。あまり気負わないほうがいい』

『迷っているのは君だけではないんだ』


 ユミアにとって、『迷っているのは君だけではない』というクラナタールの言葉は納得できるものではなかった。

 それでも心を揺らしていた。


「アーヴァンスは迷ってる感じじゃなかった。おじいちゃんも、剣をやめろって言ってから、絶対にわたしのお願いを聞いてくれなくなった」

「みんながわたしみたいに迷ってるわけない。きっと、みんなには、みんなの正解があって、それのために生きてるんだ。わたしが弱いだけなんだ」


 ぐるぐると回り続ける思考の渦に捕らわれ、眩暈がしてくる。

 人は本当にみな迷っているのか?そうは見えない。アーヴァンスも祖父もボスもルノですら、明らかにその中には確固たる軸がある。

 ……メルトのみは、少し似ているように感じるが。


「ボスは何を考えてるんだろう」


 迷いを解消するかのようにユミアは起き上がると、通信魔道具に触れていた。


『ユミアです。ボス、少しお話できませんか』


「………………あ」


 声にしてから、ユミアは自分のした行動に気が付いた。


 慌てふためき、ブローチを振るも、意味はない。


 いくら悩んでいるからと言って、こんなことをするなんて。


 ユミアが頭を抱えてしばらく、ブローチが光りだした。


「え、あ……ぼ、ボス!」

『どうしたんだいユミア。急に話なんて』


 ボスは柔らかい声で語りかけてくる。

 以前はただのやさしさと受け止めていた声だ。


 だが、現在のユミアのとってそれはまるで御伽噺の読み聞かせのような、抑揚のある芝居がかった声だ。

 どうにも裏があるようにしか感じられない。張りぼての誇張された人格で、大きななにかを覆い隠しているようだ。


「はい、えっと……そう、アーヴァンスのことなんですけど! その、あの後どこに行ったのかとか……なにかありませんでしたか!」

『ああ、アーヴァンスか。何もないよ。通信具も破壊されているし、彼の吸血鬼狩りを辞める発言は真実だったようだね。戦力としては申し分無かったから手痛くはあるが、仕方ない。結果が全てだ』


 ユミアが早口で問いかけると、一瞬の間も待たずにボスは答えた。


『仲が良かったとしても、過ぎたことを気にする時間は無い。君たちはトワイライトに急いでくれ。忙しくなるよ』


『大義のために、これからも君の才能を遺憾無く発揮してくれるかな? ユミア』


 一度疑えばキリがない。言葉を聞く限りおかしいことは言っていないと思っていても、どうにも腑に落ちない違和感が繰り返し脳をよぎる。


「…………分かりました。頑張ります。失礼しました」


 ブローチの光が消えると、ユミアは再び横になる。

 すると、しばらくして男が船内に戻ってきた。


「どうしたんだよユミア、急に全体通信なんて……ってまぁそれはいいか……どうだ、ボスと話したのか?」


 男がドスンと座る。

 ユミアは男に背を向け、壁と向き合う。


「ええ、まぁ……すぐに通信してもらえました」

「ほぉー! やっぱ吸血鬼狩りで五本の指に入るだけはあるな!」

「やめてくださいよ……」


 ユミアが雑にあしらうと、男は立ち上がり、船内の保冷庫を開く。

 そして中から冷たい瓶ジュースを取り出しユミアの近くの机にドンと置いた。


「何悩んでんだか知らねぇが、一人で考えすぎんなよ? じゃあ俺は仮眠とるから」


 男はそう言うと寝袋を取りだしてすぐさま横になった。

 早々にいびきが聞こえてきた。


「…………はぁ、考えすぎるな、なんて普段ろくに考えてないからそう言えるんでしょ」


 ユミアは目を瞑ると、昔聞いた睡眠法を試す。


「羊が一匹、羊が二匹、羊が――」


 それを数える間も思考は止まず、結局ユミアはまともに眠れないのだった。

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