日は落ち、黒き風は世を憂う
「……それで、その吸血鬼狩りの子は見逃したと」
「はい」
「なんで? あとさ、なにこの経費。調査費って言ってるけどさ、こんな大量のお酒と料理をなーんの調査に使うわけ?」
「……冒険家の方に酒豪がいらしたので」
空の頂点に日が昇りきった、快晴の日。
日輪の騎士レクス・レオンハートは王都にある団長室にて、正座状態にあった。
「はぁ……いや、私も好き勝手動いてたけど、見逃すってのは違うんじゃないかな」
「おっしゃる通りです」
レクスはいかにも反省していますとでも言うように眉を下げると、「ですが」と言葉をつづけた。
「彼女に関しての報告書には、捕縛できるような悪事を働いたというような記述もありませんでしたし、僕が承った命令は『吸血鬼狩りの動向調査』です。命令が下る前に拘束するのは独断専行となってしまいます」
淡々と言い放つレクス。それを見るノモトの目がジト目になり、不快ため息が団長室を満たした。
「はいはい。そんなことは分かってるよ。ごめんね今のは八つ当たり!」
「団長、謝罪は必要ありません。今重要なのは吸血鬼狩りの動向です」
レクスはすっと立ち上がると、扉に背を向けたまま姿勢を正した。
「パトレ」
「はーい、副団長。こちら最新情報っすー」
勢いよく扉を開いたのは亜麻色の髪の少女パトレだった。
パトレは肩にかけた鞄から書類を取り出すと、レクスに手渡した。
「パトレ。いつも言っているけど、団長室勢いよく開けないようにね」
「はいっすー。それではー」
バタン!
「……こちらが最新のものです。僕や部下がここ数週間で観測したものですが、トワイライトでの動きがさらに活発になっています」
ノモトはレクスから報告書を受け取ると、眉をひそめた。
「はぁ……各地に散らばっていた吸血鬼狩りの一部が集結……? 一部っていうのも気になるけど、明らかに何かしますよって感じだね」
「はい。ある報告では吸血鬼狩り同士での戦闘もあったようですが……そういった例外を除いて、かなり組織としての動きが強くなっています」
「……これは僕の推測にはなりますが、吸血鬼狩りを揺るがすような何かがあったのだと思います。例えば――」
「――吸血鬼の中でも特異な者が現れた……というような」
レクスの脳裏に白い髪の吸血鬼の少女の顔が浮かんだ。
レクスが後ろに手を組んでそう言うと、ノモトは鋭い眼光を向けた。
威圧。自身を国でも指折りの実力者であると自負しているレクスですら、若干の息苦しさを感じた。
「そう、根拠はあるけど、証拠はない。みたいな感じだね。前の隠し事と何か関係でもあるのかな?」
この団長には敵わない。レクスはそう感じつつ、いつものように笑顔を保ち続ける。
レクスがにこやかなままで何も話さないため、ノモトはまたため息をついた。
「はいはい、言いたくないのね……それにしても、吸血鬼狩りは何をしようとしているのか……少しでも計画の事が分かればいいんだけど」
ノモトは書類を机に置いて頬杖をつく。
そして、くるりと椅子を回して窓の外を見つめた。
騎士団庁舎から見える街並みを見つめながら、ノモトは低く呟く。
「戦争するんじゃあるまいに……通信魔道具やら人員やら、確実に吸血鬼は根絶やしにしてやるってことかね」
レクスはその発言が冗談ではないこと、自分もその言葉に驚かなかったことに、危機感を煽られた。
「……事態は複雑化する一方です。もしもの時、少しでも事態を抑制する存在が必要ではないでしょうか」
レクスは笑顔を消し去り、真剣にノモトの目を見た。
「何が言いたいの」
「……僕をトワイライトに派遣してください」
ノモトの表情は眉ひとつ動かない。
レクスの首筋に汗が垂れる。
「それはまた、思い切った……というか随分雑だね」
「トワイライトに吸血鬼狩りが集結しているとはいえ、まだ各地に吸血鬼狩りは残っている。それに、レクスが言ったように、今の騎士団の名目は『吸血鬼狩りの動向の調査』だ。国、民に仇をなす事がなければ、正当な立場で動くことはできない」
「……残念だけど、圧倒的少数種族である吸血鬼に対して、ルズニアが先手を打つことはない」
ノモトの言葉に、レクスは手を力いっぱい握りしめた。
「分かりました……では、少しお暇を頂きたいです」
「………………こんな忙しい時期に?」
「はい」
ノモトはしばらく沈黙すると、息を吐き出して笑い始めた。
「あはは! いいんじゃない? 休んじゃいなよ」
「日輪の騎士様にも、ただのレクスでいる日が必要だよ!」
「ありがとうございます。では、早速今現在から僕はただのレクスとして、休暇を満喫して参ります」
レクスは深く頭を下げると、扉を開いて歩き出す。
早歩きのまま、階段を駆け下りると、広間にパトレがいた。
「副団長! これ、いるっすよね?」
そう言ってパトレが手渡してきたのは、至って普通の剣に深めの帽子だった。
「……全く君は、盗み聞きでもしていたのかい?」
「いえいえ、経験則からなる優秀なサポートっす!」
「それじゃあ、ゆっくり、ながーく休んできてくださいねー」
レクスはパトレにふっと微笑むと、思い切り大地を踏みしめた。
踏み込んだ瞬間、周囲に風が吹き荒れる。
階段を降りてきたノモトがその後ろ姿を見つめながらパトレの頭に顎を乗せた。
「はぁ……パトレぇ、面倒なことになったねぇ」
「はい団長! ちょっとこれから忙しそうっす……」
ノモトはパトレの頬を撫で回すと、背筋を伸ばした。
「まぁ、二人に何かあっても、あいつが何とかするし、こっちはほかの吸血鬼狩りについてだね。パトレ、各地に残った吸血鬼狩りについてなんだけどさ」
「――全員目が赤かったんだよね?」
「……はいっす。あと、なんというか、みんな心ここに在らずというか、虚ろだって聞いたっす」
「……今からもうボーナス額が楽しみになってきたよ。そんなのないけど」
「国が荒れないといいなぁ……まったく……」
パトレが一切の曇りもなく肯定すると、ノモトはネクタイをキツく締めるのだった。




