瞳の男とお姫様
むかしむかし、あるところに魔法の瞳を持つ男がいました。
その魔法の瞳は人の心をあたためて、優しい気持ちにさせる、優しい瞳でした。
男はその瞳が彼のためにあると思えるほどに優しく、人々の悩みに寄り添い、手を差し伸べる素晴らしい人でした。
ある時、男が村の外の森を歩いていると、不思議な白い魔法使いが現れました。
「やれ瞳の男や、あちらで女がないているぞ」
「美しくも憐れな子供だ。あの美しさなら、たいそう素晴らしい人生を送れるだろうに、可哀想だ。ああ、可哀想だ」
男が魔法使いの言った場所に行くと、ボロボロのドレスを着た、泣いている女の子に出会いました。
「なぜ、こんな所で泣いているんだい?」
男は聞きました。
「わからないわ。わたし、なんでここにいるの?」
女の子はそう返しました。
そう、女の子は自分が誰なのか分からなくなってしまっていたのです。
男は瞳の力を使い、女の子を安心させました。
「よし、ぼくがきみをおうちに帰してあげよう」
男は女の子の手をとり、笑いかけました。
男は村のみんなに聞きました。
「この子が誰か、知らないかい?」
村のみんなは誰一人として知りませんでした。
「そのドレス、とても高そうだわ。もしかしたらお嬢様なんじゃない?」
村の布屋が言いました。
そして男は決意しました。
「そうか、それならぼくと一緒に旅に出よう!」
「きみがお嬢様なら、貴族に聞けば分かるかもしれない!」
こうして男と女の子は二人で旅に出るのでした。
男と女の子はそうして様々な町を旅しました。
ある町では、貴族の娘がいなくなったと聞いたものの、その娘はただ他の家に嫁いだだけでした。
「娘が嫁入りしてしまったのが寂しくて毎晩泣いていたのだが、誰かが勘違いして噂を流してしまったようだ」
男が瞳で貴族を安心させると、その家の貴族は恥ずかしそうに言いました。
「どこに行っても私は娘でしょ」
娘は貴族の背中をさすりながらそう言いました。
「離れても、親子は変わらないのね」
女の子はそう言いました。
ある町では、子供がいない貴族がいると聞いたものの、その貴族の妻が子供を産みづらい体だったのでした。
「私の体では跡継ぎを産むことができない。このままでは家が無くなってしまうというのに、あの人は私を捨てることもないのです」
妻はひどく悲しい顔で言いました。
「俺は君を愛しているんだ。子供が産めなくても、貴族としての責務が果たせなくても、僕は君とずっといたい」
男が夫に瞳の魔法を使うと、夫は言ってはならないと思っていた気持ちを素直に吐き出しました。
二人はただの一組の夫婦として、役割に囚われない愛の形を手に入れました。
「心で繋がれば、役割なんて必要ないのね」
女の子は言いました。
ある町では、自分が何をしたいのか分からないという男の子に出会いました。
「僕はしたいことも出来ることも分からないんだ。みんなはどんな仕事がしたいのか決まってるのに」
男が瞳の魔法を使うと、男の子は膝を抱えて言いました。
「きみはまだ子供だ。失敗しても構わない」
「未来はまだ決まっていない。きみには挑戦する時間がたくさんあるよ」
男は旅の話をしながらそう言いました。
「僕も、大きくなって旅をしたら、あなたみたいに立派になれるかな」
男の子はそう言うと、勉強によく取り組むようになりました。
「今何もなくても、自分を変えられるのね」
女の子はそう言いました。
男と女の子は様々な町を巡りました。
しかし、どこに行っても女の子のことを知っている人はいません。
「わたし、誰でもないのね」
ある日の夜、女の子は目を真っ赤に腫らしてそう言いました。
「そんなことないよ。きみはきみでしょ」
「ぼくはこれまでたくさん笑ったし、たまに辛いこともあった。でも、きみが隣にいたから、きみがきみを知りたいって言ったから、頑張れたんだ」
「ぼくはきみのおうちを見つけたいけど、きみと一緒に旅をしているのが人生で一番楽しいよ」
男がそう言うと、女の子は涙を流しながら笑いました。
男もつられて笑いました。
すると、男の瞳が光りはじめました。
「これは!」
男が光る瞳で女の子を見ると、なんと女の子がお城にいるのが見えました。
「真っ白なお城だ。とても綺麗なお城!」
男と女の子の心が通じたことで、瞳の魔法が女の子の記憶を少し見せてくれたのです。
次の日、男が白い城の場所を町の人に尋ねると、なんとその国がすぐ隣にあると聞きました。
男と女の子はそれから隣の国へ向かいました。
そしてついに辿り着くと、女の子の姿を見た門番が驚いた顔をしていました。
「姫様だ! なぜか姫様が外に!」
そうして男と女の子はお城へと連れていかれました。
真っ白なお城の中、大きな玉座には女の子そっくりな王様と王女様がいました。
そしてもう一人、女の子によく似た顔のお姫様がいました。
女の子は三人を見ると、大きく目を見開きました。
「そうだ……わたし、二人の娘だったんだわ!」
「これまでにない楽しい事がしたいと願ったら、そこの魔法使いが現れて、記憶を奪われてしまったの!」
「でも、楽しい事がいっぱい出来たから記憶が戻ったのよ!」
女の子がそう言うと、女の子によく似た顔がぐにゃりと歪み、白いフードを被った魔法使いが現れました。
初めて女の子と出会った時に森にいた魔法使いでした。
「今の居場所が退屈だと言うから忘れさせたのに、こんな素晴らしい立場が要らないと言うから我が上書きしてやったのに、まさか思い出すなんて」
「忘れたまま楽しくしていれば我が姫として暮らしていられたのに! 我の方が姫として上手くやれるはずだったのに!」
「人に成り代わっても、お前はお前のままだ! 自分の人生を捨てるようなやつが、上手くやれるわけがない!」
男がそう言うと、瞳の魔法により魔法使いがほんの少し安心し、固まりました。
「……今だ! 捕らえよ!」
王様はすぐさま兵士に命じて魔法使いを捕らえ、王女様は女の子に駆け寄りその身を守るように立ちました。
「捕まってなるものか!」
魔法使いは怒り狂い、炎を巻き、水流を操り、強風を起こそうとしますが、女の子はじっとその場に立ちます。
「わたしは確かに退屈な暮らしだと言ったわ。でも、それはもう違う! わたしはどこにいてもわたしなの!」
女の子がそう言うと、魔法使いは悔しそうに歯を食いしばります。
「自分が何者かの答えをもう見つけたのか!」
「我でも見つけられなかったのに……! せっかく見つけた幸せな器だったのに!」
魔法使いはそう叫ぶと、魔法の代償により体が燃え尽き、灰となってしまいました。
他人に成り代わるというのはとても難しく、危険なことだったのです。
「ああ、まさか余は魔法使いに騙されてしまっていたとは」
「姫よ。すまない。余は父親失格だこんな父を許してくれ」
王様は女の子に近寄り、頭を下げました。
「なんてこと……よく……よく帰ってきてくれたわ。ごめんね……」
王女様は女の子に近寄り、ぎゅっと抱きしめました。
「お父様、お母様……!」
女の子は涙を流しながら、二人に全身を寄せました。
本物のお姫様が戻ってきたことで、その晩お城は帰還のパーティーをすることとなりました。
「よかった。おうちに帰してあげられた」
男は温かい空気の中、お城をひっそり出ていこうとしました。
「待って! わたし、あなたと一緒にいたいわ!」
そう言って男にお姫様が飛びつきました。
「ほんとうかい?」
「ええ、ほんとうよ!」
お姫様がそう言うと男もつられて笑いました。
するとお姫様の後ろから王様が歩いてきました。
「では姫よ。この国を継ぐために各地で民を学び、しかるべき時にまた帰ってくるのだ。それならば、旅に出ることを許そう」
王様がそう言うと、お姫様は笑ってうなづきました。
「お父様! わかったわ!」
こうして二人は旅をしながら人々の悩みを助け、後に国を治めながら幸せな人生を過ごしました。




