次なる目的地
「ただいま母さん」
「ただいまアリナさん」
「二人ともおかえり。コール君にも会ってきたのよね?」
「ああ、相変わらずだったよ」
コールらのいる賢人会のもとから帰宅したルノとアルベールは、クラナタール宅に帰ってすぐ、アリナに出迎えられて家へと入る。
「お昼はあと30分くらいかしら……出来たら呼ぶから、ルノ君はメルトちゃんに伝えてきてくれる?」
家に入ると、キッチンの方から香ばしいいい匂いがする。
オーブンで何かを焼いているようだ。
「わかった」
ルノがすぐにクラナタールの部屋へと走ると、その中ではメルトが大量の本と睨み合いながら仕分けていた。
「――もう、これも学術書だ。ちゃんと賢者してたんだ……実感湧かないなー……」
ぶつぶつと独り言を発しながらも、丁寧に表情や奥付を確認し、複数の箱へと分類しているメルトの姿は、ここ最近の様子から見ると落ち着いたように見えた。
「メルトさん」
「っあぅわぁ! びっくりしたー!」
メルトは肩をビクリと震わせて本を宙に放り投げる。
慌てながらもそれを難なく片手でキャッチすると振り向いた。
「ルノくん! 帰ってきたんだおかえり!」
メルトは満面の笑みで答えると、立ち上がり服を手で払う。
「ただいま。アリナさんがあと30分くらいでご飯ができるって」
「あ、そういえば、アリナが二人が帰ってきたらお昼ご飯にするって言ってたね……ひとまず休憩しよっかな」
「……じゃあメルトさん、手紙読もうよ」
ルノがそう言うと、メルトは一瞬の沈黙の後に頷く。
「そうだね。時間あるし……ね」
「よし、じゃあ部屋の方で見よっか」
メルトが部屋を出る。ルノもそれに続く。
部屋に着くと、ルノが机の上に置いていた手紙を手に取り、メルトはベッドに座った。
ルノもその隣に座ると、手紙の封を切る。
そのまま少し手を止めると、メルトの顔を見た。
「メルトさん」
メルトもまたルノを見ると、息を吸ってゆっくりと吐いた。
「……ん、いいよ」
中を開くと、コロコロとした丸い文字がずらっと並んでいた。
『メルトさん、ルノ君。まずはごめんなさい。わたしはずっと隠し事をしていました』
ルノが小さく読み上げる。手紙の冒頭から謝罪というのが、なんともやるせない気持ちにさせる。
『知っての通り、わたしは吸血鬼狩りです。初めて会った時は確信できませんでしたが、その後ボスの話を聞いてからは薄々メルトさんが吸血鬼なんじゃないかとは思っていました』
「……じゃあ、再会した時点ではうちのこと吸血鬼だと思ってたってこと……?」
メルトが静かに拳を強く握りしめた。
『でも、一緒にいると楽しくて、そんなことはどうでもいいんじゃないかって思ってしまいました。迷ってしまいました』
『もしも、立場が違えばって願ってしまいました』
吸血鬼と吸血鬼狩りは相容れない。
ルノはそのどちらでもなければ、その隔たりについて、多くを見た訳でもない。
それでも、二人が短い期間で、気の合う友人関係へと発展していったのをすぐ横で見ていた。
三人で歩いた街を思い出し、ルノの手紙を持つ手に力が入った。
『ですが、それは叶わないものです。私は今の居場所がなくちゃいけない。二つを取りこぼさないのは無理です』
『二人は大事な友達です。できれば、楽しく旅を続けて欲しい。わたしのことは、少しだけ覚えていてくれればいいです。今のわたしにはできるのは、二人から離れるのともうひとつしかない』
『もうひとつ。それが最後に伝えたいことです』
ルノとメルトが同時に次の行を見る。
『トワイライトからなるべく離れて、できればルズニアを出てください。現在のトワイライトにはボスがいます』
『ボスは今、トワイライトに吸血鬼狩りを集結させています。何をするのかは分かりませんが、大規模な計画があるのは間違いありません』
『お願いします』
ルノが読み終えた時、メルトは片手で目を覆い隠していた。
「そう……親玉が……そういえば、アーカスでレクスも吸血鬼狩りがトワイライトで動いてたって……」
白いコートの吸血鬼。
吸血鬼狩りを自らの駒と言い放った異質な吸血鬼。ユンデネで出会った際も、その芝居がかった振る舞いがその異常さを語っていた。
あれがいるのか。
白く尖った歯をぎりぎりと食いしばっている。
ルノはメルトから顔を逸らすと、手紙を丁寧に閉じて、カバンにしまった。
「……メルトさん」
「……どうしたの」
「トワイライトは……行かない方がいいのかな」
ユミアの言う通りならば、どう考えてもメルトにとって危険な街だ。
それにボスだけではなく、他にも吸血鬼狩りがいる可能性が高い。
メルトは深呼吸すると、両手で顔を覆ってからすぐにいつも通りの顔に戻る。
「ルノくんは」
「え」
「ルノくんは、どうしたい」
メルトがルノの目を見る。
紅い瞳。不安の揺らぎ。メルト自身も迷っているのだと、すぐに分かった。
だが、ルノは迷わない。
ユミアの善意による警告、それを裏切ることになる。それでも、あの街に行くことに意味があると信じていた。
それに、もしかしたらユミアと再開して、仲直りできるかもしれない。
「ぼくは、トワイライトに行きたい。ボスがいるって、ユミアさんは教えてくれたけど、あの街で知りたいことがある」
ノーデンの事、それにメルト自身のことも繋がっているように思えて仕方ないのだ。
それにクラナタールもトワイライトに行くべきだと言っていた。
そんな手がかりを得たというのに、逃すことなんてできない。
「………………分かった」
「行こう。トワイライトに」
メルトは覚悟を決めたように力強く言った。
ただ、その裏に隠しているものが、ルノの目には鮮明に見えていた。
「ほんとうにだいじょうぶなの? 吸血鬼狩りのボスがいるって……」
「うん、いざとなったら戦わないで逃げればいい」
「……うちだって怖いけど、ルノくんも、うちも、あの街に用があるみたいだしね」
怖いという本心を覗かせながらも、メルトは言い切った。
ルノにはメルトが少し変わったようにも、そのために無理をしているようにも見えた。
「あと、ユミアちゃんとはまだ喧嘩中だし、決着つけなきゃ気になって仕方ないし……!」
ルノは少し活力を取り戻した様子のメルトを見ながら、小さく笑った。
「うん……仲直りしないとね」
二人の意識の先はトワイライトというひとつの目的地に向いていたのだった。
◆
手紙を読んだあと、アリナたちと共に昼食をとったルノたちは、クラナタール宅を出て街を歩いていた。
「トワイライトに行くとは言ったものの……やっぱり二人だけだと難しいかも……」
「……うん」
街を歩きながら、メルトが唸った。
ルノもまた、行きたいという気持ちに変わりはなくとも、難しいという意見を否定はできなかった。
「アルベールさんとか一緒に来てくれないかな……」
「あいつこのあと仕事びっしりって言ってたよ」
「あ、そういえば奥さんもいるんだった……」
他にルノが出会った中で戦えるような人物は……
「ハンスさんとかレクスさん、ノモトさんは」
「トレビオはこっからじゃ遠いなー。あと、騎士団のツートップはさすがに連れてけないんじゃないかな……時間かけて……傭兵とか仲間を集めてから行く……? あーでもその間に計画とやらが始まったら……」
メルトが立ち止まり、あーでもないこーでもないと首を振るのを見ながら、ルノは少し遠慮がちにメルトの服の裾を掴んだ。
「ぼく、すぐに行きたい」
「なんとなく、今じゃないと駄目だと思う」
曖昧な理由による主張だというのは分かっていた。
しかし、気持ちに嘘をつくのが嫌だった。
「えっと、計画っていうのがすごい危ないものかもしれないし、もしかしたらボスと話をしてなんとかなるかもしれないし……」
メルトはそんなルノの顔を見ながら、自身の頬を叩いた。
「分かった。じゃあ行こう。戦闘は避ける方向性で、何かあったらとにかく逃げる」
「でも、その代わりにうちも、ルノくんも周りへの被害とかに首を突っ込めない。必要がなければ、ボスの説得もしない」
メルトが冷たい目で言った。
それはつまり、ルノが誰と出会い、助けたいと考えても手を差し伸べられないということだ。
禁書と違って、現実でだ。
そのことを十分理解したうえで、ルノは覚悟を決めた。
「……わかった」
「よろしい」
ルノが承諾すると、メルトは優しく笑った。
そして、口を尖らせながら歩き出した。
「あーでも、どっかに吸血鬼狩りに詳しくて、強いヤツいないかなー……」
「うちらの秘密を知ってもバラさないような……」
「……都合よすぎか」
メルトがそう言うと、ルノの頭の中で何かが引っかかった。
「吸血鬼狩りに詳しくて、強くて、秘密をバラさない……?」
その全てが重なる人物が一人いたのではないか。
「あ……! あー!」
「どうしたのルノくん! 大声出して!」
いた。いたのだ。全ての条件が当てはまる。銃使いの男が……!
「メルトさん!」
「うん!」
「アーヴァンスさんだ……!」
ルノは興奮した様子で、メルトの手を振り回す。
「……あー! あいつか! 確かに、うちも頑張れば居る方向はざっくり分かるし、見つけるのはできるかも……って、あいつが協力すると思う……?」
メルトはぽんと手を叩いてから段々とテンションが下がっていった。
確かに、一度は死闘を繰り広げた間柄だ。そう簡単には仲間になってくれないだろう。
「でも、話すまではわからないよ」
ルノが言い切ると、メルトは息をついた。
「まぁ、そうだね。ルノくんはそういう子だ」
「よーし、じゃあ大陸に戻ったらアーヴァンスを速攻で仲間にする。そんで、トワイライトへ行く!」
「うん!」
二人は大きく手を振り上げ、ハイタッチすると、跳ねるように歩き出した。
「とりあえず、善は急げだし、帰りの船をなんとかしよう。あといろいろ調達もね」
二人は街を進み、ルノは全てがうまくいくような予感に一層張り切るのだった。




