親子
ルノの質問によって熱く語り続けていたクラナタールの息子と弟子だったが、長く続いた会話の応酬は二人の息切れによって幕を下ろす。
「……まったく、専門でもないのによくもまあそこまで口が回るね」
「……あんたもだろう。むしろ遠いんじゃないか」
コールとアルベールはソファへと沈むように座ると、満足したように互いの手を握る。
いつの間にか周りで作業していたはずの人々もその様子を傍観しており、二人が座った瞬間に軽く拍手が巻き起こった。
アルベールに関しては、知り合いも多いらしく、久しぶりだというった言葉とともに話しかける人がちらほらといた。
仕事はいいのかなどの言葉をルノは飲み込むと、ルノはいまだ高鳴る胸に手を当てる。
「まずは挑戦……失敗しても前進……!」
物語を作ること。
これまでの旅の経験、そこで出会った人々の顔を思い出す。
なにもかもが鮮明に思い出せる。濃すぎる旅だったと、改めて実感する。
「この先ももっと……」
旅をしたい。
そしてそれだけではない。
自分をここまで連れてきてくれたメルトのためにも、まだまだ知らなくてはいけないものがあるのだ。
失った熱が完全に戻ったわけではない。自分の中にあったなにかがぽっかりと消えてしまった冷たい感覚は残っている。
それでも、その心は前向きだった。
「――よし……もういい時間だ。帰るぞルノ……と、その前に、他に見たいところはあるか。今ならコールがいるから色々と見物できるぞ」
話が終わったようで、立ち上がったアルベールが腰を伸ばしながらルノに尋ねた。
「人使いが荒いな……よし、いいよ。さあ行こう。大体は見せられるはずだ」
コールは面倒そうにぐったりとしたかと思えば、すぐさま立ち上がり腕をブンブンと振り回した。
「……じゃあ、バベルの塔をもう少し見たい」
ルノの言葉にコールは親指を立てる。
アルベールは微笑むとルノに目配せをし外へと歩き出した。
◆
「やっぱおおきい……」
「そうだな……。現在の技術では作れない、恐ろしい技術だ」
「傷ひとつ見えないしねぇ」
三人は塔を見上げながらその壁面に触れた。
「僕らは長いこと見てるけど、いまだにこうさ、感動するもんだよ。こんなでっかいものを建てた人がいるんだーってね」
「……次は僕がここの謎を解く番になるんだ」
コールはそう呟くと、ルノとアルベールの方へと振り向いた。
「じゃあ僕はこれで。また何時でも来なよ」
「休日は家族サービスだ……たまになら、来てやってもいい」
「あー、奥さんか。そうだねそれがいい。パートナーは大切だ」
アルベールはその言葉を受け取ると、ぱっとコールに背を向けた。
「(アルベールさん、そういえば結婚してたんだ……)」
昨日、クラナタールが言った時に初めて知ったが、アルベールは既婚者らしい。
思い返せば、ルノはアルベールの表情や目にばかり注目していた。
ちらりと左手薬指を見れば、しっかりと宝石が埋め込まれた指輪がはまっている。
装飾を沢山つけた様なものではなく、ただ一点の青い宝石がその目を引く洗練されたものだった。
これまでアルベールが腕を組みがちで見えなかったが、なんとも綺麗なものだ。
「あと……ルノ」
「なんですか?」
コールはルノを呼び、手を招く。
ルノが近づくと、コールは小さな袋を渡してきた。
いつの間にこんなものを持ってきていたのか。
「これは?」
「開けてみてよ」
ルノが言われるままに封を開き中身を見ると、そこには新聞紙に包まれた何かが入っている。
「あのカップだよ。割れはしないけど、新品だしなんとなく包んどいた」
「え、いいの?」
コールは、ルノが驚きで口を開きっぱなしになっているのを見ると頭をぽんぽんと撫でた。
「いいんだよ。師匠の友達なんだろう? 遠慮しないで。あ、でも結構高いからあんまり見せびらかさないほうがいいかも」
「……うん。わかった。ありがとう」
さらっと言うコールに、ルノは丁寧に頭を下げると、袋を大事に抱き抱えた。
「じゃあ、またね」
手を振るコールにルノも手を振り返しながら、くるりと翻す。
少し淡白な別れにも思えたが、コールなりの別れ方なのだろう。
「ほら、帰るぞ。俺も整頓を手伝わないといけない」
「うん」
アルベールがささっと歩いている横で、ルノはその横顔を見た。
表向きには普段通りの……少ししかめっ面というような、凛々しい目つきといった顔。それでも、その裏に影があるのをルノは見逃さなかった。
「ねぇ、アルベールさん、なんでぼくも連れてきたの?」
「……父さんの功績を知ってもらいたかったからだ」
「それだけ?」
ルノがアルベールの瞳をじっと見つめると、アルベールは立ち止まり、額を人差し指の背で押した。
「…………話さないとだめか」
アルベールは小さく呟くと、ルノへと目線を返す。
不安を内包したアルベールの瞳には、あの夜クラナタールにぶつけた後悔の色が見える。
「いやならいいよ。クラナタールさんの凄いところがまた知れたし、ぼくも、大事な気持ちがわかったから」
「そうか………………」
ルノの答えを聞くと、アルベールは再び歩き出した。
慌ててルノもその少し後ろを歩くと、アルベールはぽつりと息を吐き出した。
「これは一人の男の後悔、独り言だ」
「小さい頃、父さんがこっそり俺にだけ教えてくれたことがある。禁書庫に招かれたという話だ」
アルベールは返事など要らないとでも言うように、ただ小さく呟く。
「そのうえでそんな知識はいらないと出て行ってやったらしい。そんな父さんの強さが、貪欲さが何よりも眩しかった…………それも、あの魔法理論の発見で無くなった熱だがな」
ルノはその独り言を聞きながら、ただ歩く。
「……俺にはな、賢者になれるほどの才能はないんだ。必死に勉強してゼーヴェルトの司書になったと言っても、それはただの埋め合わせだ」
「子供もできなかった。俺の体の問題でだ。どういうことか、俺にはそういった人間の能力すらもなかった」
「父さんを妬んでいた一部の奴らが、空想の愚者なんて呼ぶのを、止める力が何ひとつも無かった」
アルベールの一歩一歩は小さい。
それでもルノは横に並べない。
「俺は何も残せなかった。あんなに凄い父親なのに、こんな無力な……」
ルノにも伝播するような気持ちの重みは、その葛藤を抱えた期間が、ルノの人生よりも長いものだと語っているようで、ルノは想像することが出来なかった。
「……でも、賢者であれと、そう言ってしまった。俺はダメな息子だよ」
アルベールが顔だけ振り向く。
優しい目で、ルノを見つめる視線は何かを重ね合わせているようだった。
独り言はすべて吐き出したようだ。
「だから前にも言ったがルノ、お前に感謝しているんだ。俺は父さんに孫を見せられなかった。でも、お前が現れた」
「父さんの事を話すのも当然だ。孫に祖父の偉大さを教えるのは当たり前だろう」
ルノはそこで思い出した。
幼い頃、ルノに様々な話を教えてくれたのは母だけではない。
父もまた、ルノに様々な世界を見せようとしてくれていたのだ。
『いいかルノ。人っていうのはな、母さんの故郷の字ではこう書くんだが、こう、二人の人が支え合って……』
子供のルノを抱えながら、父親が紙に文字を書く。顔までは思い出せない。
『やめてよもう、ルノにはまだ難しいよ。こんなことなら話さなければ良かった。もっとこう子供に対して簡単に、でも心に響く言葉が必要なの! その話もいいけど、もっと大きくなってからがいい!』
真紅のピアスを揺らしながら、母親が何か焼き菓子のようなものを机に置く。顔までは思い出せない。
『えー? ……そうだな……じゃあ、これはどうだ?』
父親が自身の耳を引っ張る。ルノはわけも分からずただそれを真似する。
『お! 話す前に意図を理解しているんじゃ……! そうだルノ。耳だ。聞くことが大事なんだ。今ルノが俺の話を聞いているみたいにな』
『会話の初歩は相手を知ること。知るためには聞くことが大事。分かったかぁ?』
『もう、結局ちょっと難しいじゃない!』
朧気だった、ひび割れていた記憶のひとつ。幼いルノにとっては意味が分からなかった言葉たち。
それでも奥底から湧き上がり、再びルノの心に溢れた。
「ありがとう。アルベールさん」
「ぼくには、アルベールさんがどれだけ考えてきたのかはわからない。けど、話してくれて、連れていってくれて、ありがとう」
ルノはアルベールに手を差し出す。
「……感謝はいい。当然の事だ」
アルベールもまた、その手をとる。
――それは血の繋がらない、それでも親子のような二人の姿がそこにはあった。




