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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編
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受け取った答え

「父さんが研究したさっきのカップの魔法。それが実践で大量投入されたのが、その戦争なんだ」


 窓の外。クラナタールがよく見上げていたバベルの塔が、雲を突き抜けそびえ立っている。


 それを見るアルベールの姿が、ルノにはクラナタールに重なって見えた。


「……カップが壊れにくいだけじゃないってことだよね」


 ルノが自身の持つカップを見つめながら問いかけた。

 落ち着いた緑色の液体に波紋が広がる。


「その通りだ。ルノ、戦争においてこの技術がどう扱われたか分かるか」

「……鎧とかを硬くした? あと、剣とか……」


 ルノはレクスが身にまとう鎧や剣を脳裏に浮かべた。


 アルベールは頷くと、机に両手を置いて続ける。


「そうだな。まずは白兵装備。耐久性の高さは戦闘において非常に価値が高い。だが、それだけでは無い」

「物資の補給に用いた荷車。その荷台から車輪に至るまで。激戦区となった城塞都市ドルクの城壁。伝令の書簡に至るまで、様々な場面で父さんの魔法が使われた」

「書簡って、紙? そんなのも硬くしてたの?」


 ルノは自身の日記帳の感触を思い出し、ペラペラとめくる際に紙が硬かったらと想像した。

 紙をめくろうとした結果、一枚一枚めくるのに腕を通常より高く上げる必要があり、不便だ。


「濡れようが泥がつこうが内容が消えないうえに、魔法の持続時間を調整すれば後で燃やす際にも簡単に扱えるからな」

「硬くなる時間を決める……それは、どのくらいまで……?」

「検証出来たもので、魔法発明当時から現在まで永続的。実質的な制限は、父さんの見立てによると1000年規模だ」

「1000……!?」


 途方もない数字に、ルノは思わず声を出してしまった。

 ルノが慌てて口を押さえ多方面に頭を下げると、コールが身を乗り出してきた。


「そう。長いよね。例えばこの建物とかにも魔法をかけてあるから、1000年後も相当な事がなければこのまんま残ってる」

「でも色々あって最大限まで延長しようとする事は少ないけどね。ほら、カップが簡単に割れないとなると、新しく売れなくなるでしょ?」

「……たしかに」


 コールがカツンとカップを叩きながら説明する。

 

 ……ひとまず、クラナタールが編み出した硬質化魔法の時間延長がとてつもない技術だということは分かった。


「でも、その魔法が、戦争で使われたのが、クラナタールさんは嫌だったんだ」

「……人を傷つけるから」


『知識を求め、賢くあることには責任が伴う。私には背負いきれないほどに重く、冷たい責任がね』


 クラナタールのこの言葉の意味はここにあったのだ。


 ルノが辿り着いた結論。その通りならば、ルノがクラナタールに感じていた違和感、矛盾がさらに全身で受け止められる気がした。


 クラナタールがハッピーエンドを求めていた意味がようやく分かった気がして、ルノは頬を上げた。


 しかし……


「――なんでクラナタールさんはその魔法を……?」

「あ、もしかして……」


「バベルの塔……?」


 ルノがそう口にした瞬間、アルベールとコールが僅かに眉を動かした。


「……やっぱり、父さんが気に入るわけだ」


 アルベールが穏やかな笑みを浮かべ、ルノを見つめた。


「そう、そうなんだ…………俺が子供の時は、よく話してくれていた。『いつかあの塔の謎を解き明かす』そう言って父さんはいつも研究に没頭していたよ」


 アルベールは目を閉じ、懐かしい記憶を呼び覚ましているようだ。もう戻らない。幼少の記憶をハッキリと手元に手繰り寄せている。

 その様子は、ルノから見ても大切なものを扱うのが見て取れた。


「父さんは『何故雲を越えるほどの高度を持つ塔が一切のヒビもなく立ち続けているのか』を研究し続けていた。その成果があの魔法なんだ」

「……結果的に戦争には使われたが、その後にはこうして人々の役に立つものになっているというのに……父さんはそれを認めてはくれなかった」


 アルベールの顔が曇る。

 和解こそしたものの、最後まで、クラナタールは自身を賢者と認めることはなかった。


 ルノはアルベールがクラナタールを思う気持ちと同じように少し気分が暗くなってしまう。


 ルノとアルベールからどんよりとした空気が漂う中、唐突にコールが手を叩いた。


「とっとと慣れろとは言わないけど、ここでそう辛気臭くなるのはやめなよ」

「君たちが見るべきは、師匠の残した魔法のいい面だよ。そう、僕のこととかさ」


 コールは自らを指し、ルノとアルベールへ交互に笑いかけた。


「コールさんが……?」

「そう。何を隠そう、師匠の残した魔法で強化された荷車のおかげで僕は生きてるんだからね」


 コールはそう言って前髪をたくし上げた。

 髪で隠れていた額には、大きく横断する傷跡がある。


「そ、それだいじょうぶなの?」

「大丈夫。昔の傷だから。んで、これこそが師匠が僕を救った証なんだよ」


 コールは前髪を下ろすと、膝に手を置き、ルノを真っ直ぐ見つめた。


「戦争の時、僕は子供だったんだけど、戦いに巻き込まれちゃってね。魔法による砲弾が飛んできた時守ってくれたのが師匠による魔法がかかった荷車だったんだ」

「ちょっと防ぎきれなかったやつが頭に当たったけど、僕は生きてる」


 痛々しく見える傷跡に触れながら、コールは確かに笑った。

 辛い過去ではなく、輝かしい原体験として、クラナタールの人生を外側から照らしている。


 ルノはその様に胸が高鳴るのを感じた。

 何か、掴めそうだ。


「つまり、師匠ってばよく自分の人生は良い物語じゃないって言ってたけどさ、僕にとっての師匠なんだよね」


 クラナタールが隠していた過去にあったのは、コールという一人の人の人生を救ったという光の物語だ。


 埋もれた物語が良いか悪いか。クラナタールが否定し、悪い物語とした人生は、届いた人や見方が変われば、味も色も感触も変わるのだ。


 ――そう見えるものが、まだあるのではないか。


「……そうだ」


 ルノは小さく呟き、ある吸血鬼の顔が目の前に浮かんだ。

 禁書の中で出会った。メルトによく似た快活な男の笑顔だ。


 ――ノーデン・ブラドホワイト。朗らかに笑う。秘された吸血鬼一族の当主。


 彼の物語は、禁書によって隠され、存在が無かったかのようにされているのではないか。


 自ら隠したクラナタールとは違えど、彼の底なしの明るさが、優しさが、禁書になって人々から隠されてしまうなんておかしいのではないか。

 あんなにも良いヒトだったのに。


 そんなこと、許せないだろう。


「コールさん。アルベールさん」

「聞きたいことがあるんだ」


 ルノの様子が変わったことに、二人は少し身構える。


「どうした」「何が聞きたいのかな?」


 ルノは決意を宿した瞳で、前を向いた。


「二人が話してくれたみたいに、ぼくもぼくが会ったみんなの良いところを、いっぱい、色んな人に知ってもらいたいんだ」


 形を変えながら、ルノに注がれた人々の思いが、人生が言葉になる。


 かつてエルネは、文字も芸術になると言った。

 クラナタールがくれた、『瞳の男とお姫様』はルノの考えを変えた。

 アルベールとコールが話してくれたクラナタールの裏側は、ルノにとってのクラナタールという人間の色に深みを与えた。


『言葉を持つものは語ることができるという最大の長所をもっているのだ』


 クラナタールはそう言っていた。ルノにも語る力がある。

 

 隠れてしまう物語、人の思いを伝えたいというルノのこの気持ちを昇華させるには、うってつけなのではないか。


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ルノは昂る感情のまま、ぎゅっと拳を握り、目を輝かせた。

 栞は挟んだ。先を読め。悲しみを背負い、前へと進むのだ。


 アルベールとコールはそれを見ると、雰囲気をガラリと変え、静かに立ち上がった。


「……なるほどな。何故そう思ったのかは聞かない……だが、俺からのアドバイスだけは受け取っておけ。きっとお前の役に立つ」

「……僕はあまり君の事を知らないけど、ひとつ言えることがあるよ。これでも師匠のもとで技術以外にも色々学んできたんだ」


 二人は互いに胸を張ると、一斉に語り出す。


「本だ! 本を読め! いいかルノ、創作にはやはり知識が必要だ! まずは創作技法を学べ! そして完全なる裏付けのために些細なことでも調べろ!」

「経験だよ経験! とにかく何でもやってみるんだ! 興味無いことだからと避けていては何にも成長しない! 自分の体験こそが一番記憶に残るんだよ!」


 雄弁に語る二人は白熱しつつも、互いにどこか楽しそうだった。

 子供にあれこれ教えたいという欲が、二人を支配していた。


「えっと……どっちも大事そうだから、どっちも頑張るよ」


「それでいい(よし)!」


 どうもパンドラは語りたがりが多い。

 そんなことを思いながら、ルノは笑った。

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