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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編
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72/89

物語の外側で

 クラナタールの死の翌朝。起きてからのルノはベッドから机の上をじっと見つめていた。

 そこにはユミアから受け取った手紙があり、表面にはユミアらしいころころした字で『二人で読んでください』と書かれている。


「……メルトさんまだかな」


 あの後、ルノたちはアリナからアルベールが使っていたという部屋を借りた。

 そして今朝のメルトはというと、ルノに昨晩のことは何ひとつ聞かず、アリナを手伝ってくると言い残して部屋を出て行った。


 どうにも落ち着かないメルトの様子が気になったが、ルノ自身も整理がつかず、部屋を出るメルトを止めることはなかった。


 やがてルノはじっとしていられず、部屋を出ようと扉を開けた。

 すると、扉に手をかけようとしていたのか、手を宙で持て余した様子のアルベールがいた。

 もう片方の手には色々なものが入った手さげカバンが握られており、中からは紫色のローブが顔を出していた。


「アルベールさん?」

「……ルノ、えっとだな……」


 アルベールはむすっとしたかと思えば、咳払いをした。

 奇妙な表情変化にルノが困惑していると、アルベールは腕を組み、体を廊下の先へと向けた。


「ついてこい……少し、話がある」


 アルベールの耳がわずかに赤いのを見ると、ルノは小さく笑ってベッドから降りた。


「分かった。でも、アルベールさんはお手伝いとかないの? ぼくには?」

「俺はやることがある。それについてこい……手伝いは特にないがな」


 アルベールがそう言ってさっさと歩いてしまうので、ルノは慌ててその後を追うのだった。





 アルベールに連れられたルノが辿り着いたのは、バベルの塔の真下、入口近くに建てられた建物だった。

 角張ったシンプルな構造の建物で、装飾にはあまり興味が無いといった印象だ。


「ここは……」


 ルノが塔と建物に目を奪われていると、何やら遠くから人が走ってくるのが見えた。


 紫色のローブを身にまとった男で、アルベールよりやや年上に見える。


「っはー! どうしたアルベール! 窓から見えたからびっくりして……ってそれは……」


 頭を振り、後ろで結んだ長い茶髪を払うと、男は眼鏡を押し上げた。


 男はアルベールの持つカバンを見ると、何かを察したように口を噤んだ。


「ああ、賢者のローブに……その他もろもろだ」

「……そうか、師匠が……ご冥福を……お祈りします」


 男は長く手を合わせると、そのまま建物へと歩き出した。


「とりあえずおいで。そっちの子も一緒に」

「すまない」

「えっと、ありがとうございます……」


 ルノは言われるがまま、男とアルベールの後を追って入口へと向かう。


 ガラスでできた扉を押した先でルノを迎えたのは、着飾ったエントランスなどではなく、殺風景な空間だった。

 書類と睨み合う人が多く、歓迎するような空気は一切ない。


「変わらないな。ここは」


 アルベールは懐かしむように辺りを見渡すと、ルノの方を向いた。


「なんとなく分かっているかもしれないが、ここは賢人会……父さんのような賢者を筆頭とした研究に関わる場所だ」

「まぁ、ピリピリしているが、悪い奴らは居ないはずだ」

「クラナタールさんの仲間ってこと……」


 アルベールの説明を聞きながら眼鏡の男の後に続いて建物の階段を上る、踊り場で眼鏡の男が勢いよく振り返った。


「そういえば、僕と君の自己紹介がまだだね。初めましてこんにちは。僕はコール。賢者クラナタールの一番弟子。君はアルベールの…………弟かい?」

「んな訳あるか! それと、階段で立ち止まるな! せめて事務所まで行け!」


 調子よく両手でルノを指すコールに対し、アルベールがこめかみを掴む。


「ごめ、ちょ、一応僕年上……!」


 コールがアルベールの腕を叩きながら全力で抗議するのを見ながら、ルノは思わず笑ってしまった。


「え、えっと、ぼくはルノです。クラナタールさんの……友達です」

「そうか、師匠の友人ね。素晴らしい交友関係だ。自動的に僕とも友人だね。握手しよう」


 コールはルノの手をとり階段を進む。笑顔で周囲をまとめて引っ張る姿はこの場の雰囲気に比べて明るく浮いていた。


「うんうん、笑ってくれてよかった」

「え、どうして?」

「辛そうにしてた気がしたからね」


 そう言うコールの笑顔にも、どこか影がある。


 ルノ自身が昨日を引きずっているからだろうか。

 答えを出すより前に、アルベールが呆れたように笑った。


「もうあんたくらいだよ。この中でそんなに雑に生きているのは」

「言い方悪いな、師匠みたく自由に生きた人って言ってほしいんだけど」


 コールが文句を言いながら廊下を進む。ただ、その足取りはどこか重いように思える。

 その様子に、ルノは見知った人の面影を重ねる。


「(メルトさんに、ちょっと似てるな……)」


 どこか明るく振る舞うも、心に影を落としている。

 そんなコールの姿に、今朝部屋を出ていったメルトの事を思い出し、ルノの胸が少しざわめいた。


 そのまま廊下を歩いているとすぐに扉の前に着いた。

 コールが扉に手をかざすと、扉はひとりでに開く。


「はい、残念ながらここの事務所までしか案内出来ないんだけど……とりあえず座ってて」


 コールはアルベールからカバンを受け取ると、ルノたちを来客用のソファに座らせ、事務所の奥へと向かっていく。


 ルノはというと座るやいなや周囲を観察した。


 先程見たエントランスと同じく、どうやら事務作業のようなものに追われる人が多いらしい。窓の外を見ると中庭が見え、建物自体にはまだまだ奥があることも分かった。


 コールが事務所までしかと言っていたため、あちらでは恐らくまた別のこと……研究でもしているのだろう。


 ルノは一通り観察すると、ずっと考えていた疑問を口に出すことにした。


「アルベールさん」

「なんだ」

「なんで、ぼくをここに連れてきたの?」


 アルベールは腕を組みながら、ルノの質問を咀嚼するように口を動かすと目を落とした。


「……知って欲しいことがある。母さんは絶対に話さないだろうからな」

「アリナさんが……?」


 ルノが首を傾げた瞬間、コールがカタカタと音を鳴らしながら戻ってきた。


「はいお待たせ。お茶どうぞ」

「随分早いんだな」

「まあね。手続き自体は師匠が殆どやってたから。ああでも、権利関係なんだけど――」


 アルベールとコールは二人だけで通じる会話をし始める。

 ルノはその間アルベールが言った知って欲しいことについて考えを巡らせていた。


「(知って欲しいことって、クラナタールさんがなんで物語を好きになったのかとか……?)」


 内容はよく分からないが、どうにも明るい話ではないらしく、アルベールもコールも感情がのらない、平坦な声をしている。


 ただ、それがクラナタールの死によって行われていると考えると、ぽっかりとした喪失感が胸を埋めつくした。


 これまでの旅とは違う永遠の別れが、一晩経っても薄れていなかったことを改めて自覚させられた。


 もう、クラナタールと話すことは出来ないのだ。

 彼のしゃがれた声も、本を撫でる無骨な手も、沢山の経験から来る思いも、もう知ることは出来ない。


「――つまり、その話はまた今度になるから、そっちの本題に入るといいよ」


 コールの視線でルノは意識を現実へと戻す。

 いつの間にか話が終わっていたようで、コールは対面のソファに座ってルノの顔をじっと見つめていた。


「そうだな……コール。これはお前のカップだよな」

「そうだよ。特性カップ」

「ならちょうどいい」


 アルベールは頷くと、突然お茶を一気に飲み干し、コップを高く掲げた。

 そして、そのまま床に落とした。


「ちょ! アルベール!」

「アルベールさん!? そんなことしたら割れちゃ……え?」


 明らかにコップが割れる高さだった。

 しかし、結果はルノの想像と違った。


「割れてない……!」


 ガシャンと音を立てながらも、カップには傷一つ付いていなかった。

 拾い上げて触っても一切削れていないツルツルとした手触りの良さだ。


「ちょっと、いくら硬質化がかかってるからってさ……ん、もしかして……」


 コールはアルベールの行動の意味を察したようで、顎に手を置いた。


「アルベールさん、どういう……」

「これこそが父さんの功績。賢者の称号を得た研究成果だ」

「功績……?」


 アルベールはルノからカップを受け取ると、親指で表面を撫でる。


()()()()()()()()()()()()()()()()……それこそが、父さんを賢者にしたんだ」


 アルベールはカップを机に置くと、すぐさま頭を下げる。


「すまない。備品を雑に扱った」

「うん。君って不器用の度を越してるよね」

「……すまない」


 アルベールが背中を丸めてソファに座ると、ルノよりも小さくなってしまったようだった。

 コールはその様子を見てふっと笑うと、カップを懐かしむように眺めた。


「で、この子に教えたかったそれだけ?」

「いや、違うが……ルノ、これを見てどう思った」


 アルベールはルノの目を真剣な眼差しで見つめた。

 ルノは少し考えると、それに見つめ返す。


「すごいと思う。カップが簡単に割れないから、買い換えないで済む。ぼくとメルトさんの分も欲しい」

「ははっ! だよね!」

「……そうか」


 コールは笑い、アルベールは何故か俯いた。

 アルベールが次に顔を上げた時、その顔にはただの真剣さではない。覚悟を決めたような鋭い力があった。


「ルノ。それなら、三十年前の戦争については知っているか」

「……ちょっとだけ」


 ノモトが語っていた戦争。三十年前のルズニア国王の強硬策と言っていたもので、人々に大きな傷跡をつけたものだ。


「そうか、なら戦争についても軽く話してやる」

「え、でもみんな戦争の話しちゃいけないんじゃ……あと、なんで戦争のことが……?」

「ここはパンドラだ。ルズニアではない。戒禁令など知ったものか」


 アルベールは強い意志を感じさせる瞳でルノを圧倒する。

 コールはその様子を見ながらお茶をゆっくりとすすっていた。


「何故、戦争の話をするか……それこそが父さんの後悔だからだ」

「父さんが研究したさっきのカップの魔法。それが実践で大量投入されたのが、その戦争なんだ」


 ルノの思わぬ所で、点と点が繋がってしまった。

 その賢者の後悔が、ルノにとっても重い事実であることを、ルノは深く察してしまった。

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