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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編

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心優しい吸血鬼

「入った入った……」


 ナビは椅子に座りホットコーヒーを飲みながら、メガネのレンズ越しに本を見る。

 本を開いたはずのルノは椅子には居ない。


「ナビぃ、なんでこの子にはそんなに優しいのぉ?」


 首を横に振り、閉じた本を興味深く見つめながらコレが言った。


「お前は本に触れるんじゃない」


 ナビはそんなコレを手で払うと、部屋の本棚へと近づいた。

 置かれていたのはたった一冊の本、埃を払うと、『訪問者記録』とある。


「前回のは変人だったせいで仕事にならなかったからね。それにルノほどの幼い子供があそこまで知識に飢えているのが気になった」


 本を開き、名簿の空欄をなぞる。

 最新の空白に「ルノ・テールス」その横に閲覧記録として『吸血鬼の秘された一族に関して』と刻まれた。


 ナビはその上欄の名前に触れた。


「クラナタール・リパース。あいつは僕としては面白いが、案内人としては退屈極まりない存在だった」


 閲覧記録には何も書かれていなかった。

 他の名前の記録にはどれも一冊の本が書かれている中、ルノの名前がたされたことでぽっかりとした穴があいたようになった。


「たしかに、ここに来て何も見ずに帰ったの凄いよねぇ! コレだったらぁ、耽美な情報の探し方を調べちゃうよぉ」

「そんなものは無い。だいたいお前の意味の分からない基準だろ。バカバカしい」


 ナビは本を閉じ、再びたった一冊のための本棚へと戻した。


「癪だけど、お前と同じだ。僕も新しいものが来て楽しくなっているんだよ」

「うひゃ、コレと同じ! コレと同ランク!」

「……言わなければよかった」


 腕を振って珍妙な動きで煽るコレに、ナビはこめかみを押さえると、またルノの入った本へと目を向けた。


「彼は熱で溶けて無くなってしまわないと良いね」


 その目に浮かんでいたのは、おもちゃを前に高ぶる感情を隠し切れない子供のようなキラメキだった。





 レンガ造りの街をルノは歩いていた。

 目の前には大きな黒い傘を差した男女――町人にブラドホワイト様と呼ばれた――がいる。


「あの人たちが隠された一族の吸血鬼なのかな……?」


 ルノは道の端を歩きながら、二人を注意深く観察した。


 行く先々で町人に話しかけ、話しかけられ、どこから見ても人々に愛されていた。


「昔のトワイライトってことだよね……」


 トワイライト。ルノが生きる今では人間が治める街だが、かつては吸血鬼が治める、人間と吸血鬼の共存する街だった。

 吸血鬼に極度に友好的な街で、その証拠か街のいたるところに日よけになるような屋根がある。


 今ルノの目の前に広がる光景はもしかしたらその友好的な時代の片鱗なのかもしれない。


「うーん……男の人はメルトさんに似てるし、やっぱり――」


 ルノが下を向き手元の日記帳に思考を整理していると、急に影がルノを覆い隠した。


「やっぱり、何かな?」

「…………え」


 上を向くと、そこには白い髪の男、ノーデン・ブラドホワイトが立っていた。


「な、なんで」


 周りの人々は道を歩いている。止まっていたのはルノだけだ。

 それに、ルノの言葉を遮るようにノーデンは反芻した。


 ルノが心臓をバクバクと鳴らすと、ノーデンはその場にしゃがみ、ルノに目線を合わせた。


「なんで? きみがずっと後ろをつけていたから気になって仕方無かったんだよー。見たところこの街の子供でもないし、どこからやって来たんだい?」

「えっと、その……」


 何が起こっているのか分からない。ルノは本を開いたことでこの街にやって来た。

 そのことから本の内容を体験する形で読んでいると考えていた。


 だが、ノーデンはルノに気づき、話しかけている。それはもはや本ではない。


 まさか、禁書とは時代をも越すものなのか?


「もうノーデン。いくら目線を合わせても急に近づいたら怖がるに決まっているでしょう」


 そう言いつつ、いつの間にかルノの背後に立っていたリディベルがルノを抱き抱えた。


「ごめんなさいね。……あなたはとても可愛い子ね」


 リディベルがルノの顔を見てふやけた笑顔になり、ルノはさらに混乱した。

 ヒンヤリとした肌はまるでメルトに触れているのと同じように現実的な感触だった。


「……はっ! ついうっかりしていたわ! ごめんなさい。あなたお名前は?」


 リディベルはルノを下ろして、スカートをおさえながらノーデンと同じようにしゃがんだ。


「ルノ、です」

「ルノ! いい名前! 私はリディベルよ! よかったら私たちの家にいらっしゃらない?」

「いいの? リディベルさん」

「いいの!」


 ルノは二人が悪い人に見えないこと、さらに二人を知りたいという好奇心が勝ったことから、ついて行くことにした。

 ノーデンはそんな二人のやり取りを見ながら微笑んだ。


「いいねー! 一旦うちで落ち着いてから、きみが迷子だったら親御さんの所まで送り届けてあげよう! おれは街のことに詳しいんだ!」

「あ、おれはノーデンね。呼び捨てでいいよー!」

「……ノーデンさん」

「あはー、いきなりは難しいか! まーそれでよし!」


 今、何が起こっているのか。過去、何が起こったのか。

 その二つを解き明かすべく、ルノは二人のことを深く観察し始めるのだった。





「ということでー、ここが我が家です!」

「おおきい!」


 ノーデンとリディベルの二人に連れられ到着したのは壁に囲まれた屋敷だった。


 街と同じくレンガ造りで、とにかく敷地が広い。

 壁の果てが見えず、敷地内にこの屋敷以外にもさまざまな建物があるようだ。


「まーね! おれの一族は代々この街を治めてきた……つまり一番偉いんだ!」

「ノーデン、自慢話はほどほどにね」


 そう言ってリディベルが門を開いた。


「そうだね。じゃあ屋敷に案内しよう!」


 門を潜り抜け、屋敷へ入ると、中は豪勢なシャンデリアに絵画が並んでいた。正面には二階へと続く広い階段がある。

 そしてノーデンが呼ぶよりも早く、長いローブを身に着けた執事がノーデンの元に現れた。目が赤くない。人間なのだろうか。


「おかえりなさいませ。ノーデン様、リディベル様」

「ああ、ただいまグラハム」


 ノーデンは傘を執事に渡すと、横の通路へと歩いていく。


「応接室に案内するよ。色々飾ってあるんだ」


 言葉のまま案内された応接室はエントランス以上に豪華で、見るからに高そうな芸術品やらなんやらがこれ見よがしに置かれていた。


「ほらーすごいでしょ! これは先々代が――」

「ノーデン」

「あ、はい」


 自慢のコレクションを開設しようとしたノーデンだったが、リディベルの一声で撃沈した。


「まったくもう。ルノ君も疲れたでしょうし。長々と語られるのはいやよね?」


 リディベルはそう言ってルノを気遣うように微笑んだ。


「だいじょうぶです。旅してきたから」

「まぁ、旅を? 一人で?」

「ううん、お姉ちゃんが一緒だった」


 ルノはそう言ってメルトのことを思い浮かべた。

 メルトとこれまでの旅で完全に離れ離れになったのは数えるほどしかない。


 しかし、ゼーヴェルトに入ってからは最近のメルトにしては珍しく、分身すら置いていかなかった。

 隠していることがあるのは分かっていた。メルトがその何かに追い込まれていることも分かっていた。

 

 ――そうだ。自分はそんなメルトのために力になりたい、賢くあろうとしたのだ。


「じゃあ、お姉ちゃんが迷子なのね。でも、本当に仲がいいのね」

「なんで?」

「だって、ほっぺがすっごく上がってるもの」


 ルノは自分の頬を両手で挟んだ。

 自然と笑みがこぼれていたようだ。


「……うん。ぼくの一番大切な人だよ」


 紛れもない真実の言葉だった。

 今のルノがあるのはメルトのおかげだ。あの日崩落した洞窟でルノの手を引いたのはメルトだ。

 生きろと、旅に出ようと言ってくれた大事な姉だ。


「なるほどね。随分とできた姉なようだ。その顔を見るにおれに匹敵する人望熱い子なんだろう」

「そこで張り合ってどうするの……」


 リディベルの呆れたようで、そこが愛おしいというような慈愛の瞳は二人の過ごした時間の長さを物語っていた。


「そんで、おれはそのお姉ちゃんを見つけてやるのが仕事ってわけだ」


 ノーデンが高らかに宣言した。


 その自信満々な笑みが、白い髪が、紅い瞳が何もかもメルトに似ている。


「そんじゃー、特徴をおしえてくれ! 実はおれってば吸血鬼でさ、コウモリに変身して街中くまなく探せるわけよー!」

「それに、街のみんなに聞いてまわれるからなー!」


 その快活で優しい男の輝きに当てられ、ルノも思わず笑ってしまう。

 しかし、メルトはこの街にいない。それどころかこの世界にいたとしてもルノのことは知らないだろう。


「えっと……」


 どうしようもない状況になってしまった。

 どうすればよいのか。二人に噓をつきたくない。でも、本当のことを言っても信じてもらえるとも思えない。


 迷いながらも、ルノは決めた。

 二人の優しい吸血鬼のために。


「(そうだ。ぼくは――)」





 ルノが禁書の中へと吸い込まれる中、ゼーヴェルト内部の空気は張りつめていた。


「神聖な図書館で何をしている……!」


 目と声だけで殺せそうな勢いのアルベールが、光輝く本を片手に持ち、本棚に乗った少女を問いただす。


「あ、アルベールさん!?」


 ユミアは黒刀を手に持ったまま、影に隠れたメルトの方を睨みつけていた。


「なんとも信じられないな。ゴーレムがやられたから何事かと思えば、お前のようなオドオドした奴がやったなんて……」

「それはともかく連行する。抵抗するな」


 影に隠れたメルトは、そんなアルベールの介入にまた思考を深めるのだった。

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