禁書庫案内人
「それじゃ、場所を変えようか」
謎の扉を抜けた先でルノが出会ったのは、帽子で目元を隠した胡散臭い奴コレと、理知的で黒髪のメガネの男ナビという禁書庫の案内人だった。
ナビがすぐ近くにあった灰色の長方形をした建物に近づくと、壁が大きな音をたてながら地面へと沈んだ。
「ほら来なよルノ。知りたいことがあるんでしょ?」
「……! うん!」
「コレ。お前も来るんだよ」
「はいぃ」
コレは長すぎる服のすそを両手で持ちながら、背中を丸めてナビの横に並んだ。
そうして三人は建物へと入った。
中へ入ると、室内は一軒家の普通の内装をしており、外の長方形からは想像できないほどに普通だった。
ただその節々におかしなものがあった。
黒い板に映る角ばった数字が絶え間なく変化し続けるこれまた四角いなにか。
古代文字や絵が組み合わさった分厚い本。
動く絵を映し出し、音楽を奏でる薄い板。
どれも異質で、まるでルノの生きる世界のものとは思えなかった。
高めの机に案内され、ルノが椅子に座ると、ナビが部屋の奥……おそらく厨房へと向かっていった。
「ルノ。飲み物は?」
「え、コーヒー……とか」
「大人だな。砂糖は? ホット? アイス?」
「砂糖はいらない。冷たいので」
「分かった」
扉のついた長方形の箱からナビが透明な筒状の容器を取り出した。
中身の色的にコーヒーなのだろう。
「あのぉ、コレはエナドリが飲みたいな? なんて……」
「水道水でも飲んでなよ。ほらルノ、アイスコーヒー」
アイスコーヒーは苦味がくどくなく、とても美味しい。謎の容器に詰まっていたことが気になるのを除けば、ルノにとってかなり口に合うものだった。
ぶつくさと文句を言いながら厨房へと向かうコレにため息をつくと、ナビがルノの対面に座り、薄い板に触れる。
音楽が止み、板の表面は黒くなった。
「じゃ、聞きたいことを聞いてくれ。答えられることなら答えてやる」
「ナビさん。あの、ぼくの髪の毛は珍しいの?」
何故目の前に禁書庫の扉が現れたのかなど、気になることだらけだったが、ルノはひとまず先の会話で気になったことを聞くことにした。
『この世界にもこんな頭真っ黒なのがいるんだね』
ナビはルノの髪に触れながら言っていた。
それに、「この世界にも」という言葉も引っかかる。
「さっきのか。禁書に関する質問かと思えばそんなことを聞いてくるなんてな」
「……結論から言えば珍しい。いないわけじゃないけど、大抵は少し薄いというかグレーに近いかな」
ナビの黒い瞳がルノを見つめる。それでは、ナビ自身も珍しい存在であると言っているようなものだ。
ナビはティーカップに入ったコーヒーをすすると、その湯気で曇ったメガネを拭いた。
「曇り防止がないの不便だな……ああ、それと『この世界にも』っていうのは言葉のまま、この外界において珍しいって意味ね」
「……!」
それは、内界では珍しくないと言っているに等しかった。
何故内界の事を知っているのか、そしてルノが気になった言葉を的確に説明してみせるその賢さに、ルノはどんどん心拍数を上げた。
「なんかハーフみたいな顔だけど、アジア系……日本か中国あたりの血が混じってんのかな?」
「日本……! ノモトさんの!」
ノモトの出身である内界の国の名前だ。
その名前を知っているということは、ノモトの帰宅方法に関しても何か知っているかもしれない。
知りたいことが溢れて仕方がない。
ルノがコレを見て目を輝かせていると、ナビはブツブツと呟き、机から離れた位置でちょこんと座るコレを無理やり近くへと引き寄せた。
「何避けてんだ。この後お前の出番だろ」
「え! それならそうと言ってくれればぁ! コレの力が必要不可欠世の理ってことだってぇ!」
コレは飛び跳ねると、満点の笑みでルノとナビとは別の机の辺に椅子を引き、どすんと座った。
「それで、次の質問は?」
「えっと! どうしよう!」
ルノは興奮しきった様子で日記に書いたメモに目を走らせる。
日本、トリト、サトウ、吸血鬼……知りたいことは山積みだ。
「……あー、言っとくけど、トリトとサトウに関しては無理」
「どうして?」
ルノの日記を見ていたナビの申し訳なさそうな言葉に、ルノは明らかに声のテンションが下がった。
「それはまあ、ここに情報が残ってないのがほとんどで、残っているもののほとんどは普通にゼーヴェルトで見れるから。その他は禁書どころか情報に僕ですら解けないロックがかかってるから」
ナビはそう言うと、コレの帽子に手をかけた。
「ほれ、出すよ」
「了解ぃ!」
ナビが帽子を取る。
そうして見えたコレの顔には口以外のパーツがなく、頭のてっぺんに果てしない空洞が広がっていた。
ルノがその見た目に唖然としていると、ナビは空洞に躊躇いなく手を入れ、ガサゴソとカバンの中を探るようにあちこちに手を伸ばした。
「んー、あったあった」
やがてナビが取り出したのは一冊の本だった。
白い表紙に古代文字でタイトルが書いてあるのみで、中をパラパラとめくると全ページの文字が黒く塗りつぶされたようだった。
「どう足掻いてもこれは復元できない。タイトル的にはサトウがトリトや仲間たちと冒険していた時の日記っぽいんだけどね」
「こんな風に理由も分からず見れないものばっかで、新しい情報はない。多分トリトが戦ってたとかいうやつのせいじゃない?」
ナビは本をコレの頭に放り投げると、机にひじをついた。
「それよりももっと、『なんでぼくの目の前に禁書庫が!?』とか、『時間を止める魔法が使いたい!』とか聞くべきことはあるでしょ」
「……なんでぼくの目の前に禁書庫がでたの?」
「条件満たしたから。以上」
「えぇ……?」
それ以上に言うことがないと言った様子のナビに、ルノは禁書庫へ入る前に考えていた最大の調べ物に関する質問をすることにした。
「じゃあ、吸血鬼ってなんなの?」
ナビは待ってましたとでも言うように指をパチンと鳴らしてルノを指さすと、コレの頭から一冊の本を取り出した。
「そうそう、一番知りたいことはそれでしょ」
ルノの目の前に本が置かれた。
「『吸血鬼の秘された一族に関して』……これって!」
「これが欲しかったんでしょ。見たいなら見ていいよ。いろいろ自己責任にはなるけど」
ナビがどうぞと言うように手を差し出す。
コレは帽子を被り直すと、満足気に腕を組んだ。
ルノが本を開く瞬間、ナビの少し心配そうな目と、コレの大きな帽子の下で上がりきった口角が怪しく見えた。
「しっかり見て来なよ」
「それじゃぁ、レツゴレツゴー!」
ルノの視界はコレの調子にのった高い声を最後にまどろみへと沈んでいった。
◇
レンガでできた昼の街並みは、建物の静謐な雰囲気とは異なり、喧噪の中にあった。
そんな街を浮世めいた男女が歩いていた。
絹のように綺麗な純白の髪と肌をした美男と、妖しく艶やかな赤紫の髪にこれまた白い肌をした美女だ。
二人は大きな黒い傘の下で紅い瞳を光らせながら談笑しており、男は長袖のすらっとした灰色の珍しい服を、女は足元まですべてが真っ黒なドレスを着ていた。
「お、ブラドホワイト様! ちょうどいいところに! 良質な肉が手に入ったんですが今晩どうですかい!」
仕事仲間と話し込んでいた町民の一人が、男女を見つけるやいなや話を中断して近づいた。
「お、それはいい! 丁度腹が減ってたんだー! リディ、どうかな?」
「いいわよ。でも、ノーデンが満足できるほどの量はあるのかしら?」
「そりゃもちろん! それでお呼びしたんですよ!」
男の名はノーデン、女の名はリディベル。
彼らはこの街トワイライトを統治するブラドホワイト家当主と夫人であった。
その様子を後ろから見つめる少年がいた。
「また、変なところに来ちゃった……」
ルノはノーデンとリディベルを後ろから見つめながら、頭を抱えていた。




