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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編

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心の余裕

 禁書庫前の戦いは、へたり込んでしまったユミアと、メルトの問いによって一時中断となっていた。


「わたし、は――」


 メルトによる生きる目的の問いによって過去を振り返ったユミアだったが、その中でメルトに語られたのは断片的なものだった。


 ユミアに秘められた才能、家族との別れ、ボスとの出会い……メルトにはその行間にあったユミアの思いこそ語られなかったが、その壮絶な過去からユミアの心に莫大な負荷がかかっていることは察せられた。


「……つまり、()()()()()()目的で生きてるってことだよね」

「ユミアちゃん自身に、生きる目的なんてないんでしょ」


 しかし、メルトは容赦などしなかった。普段の奔放でどこか軽口なメルトの姿はそこにはなかった。


「そ、それはっ」

「他人に『正解』を丸投げして、自分じゃ何も考えないで、狩るべき対象に戦いの中で『自分は正しいか』なんて聞いちゃうんだ」


 ユミアは言い返そうとした口をパクパクと持て余した。

 メルトの冷たい、紅い瞳から目が離せなかった。


 あの日見たボスにも似た紅い瞳が、ユミアの全身を容赦なく突き刺して殺していくようだった。


「恩返しだとか言ってるけど、思考停止しただけだよね。言っちゃ悪いけどさ、それって自分の人生を生きているって言えるの?」

「うちには、言えない」


 戦闘で疲労した体で、メルトは息をつく間もなく詰める。

 メルトはいつになく口から言葉が出るうえ声に意味が乗るたびに感じる胸の痛みに、冷静であるはずの自分との乖離を感じた。


 クラナタールとの会話を思い出し、さらに自分が分からなくなる。

 自分の意味を探す中で、必死に手で押さえていた仮面が、他者に意味を委ねるユミアに反発しているのかもしれない。


「ねぇ、そのまま恩返しのためだけに生きていくつもりなの?」


 それでも、言霊のようにのどが震えた。


「す、救われた事の恩義に報いるのはおかしいことじゃないです! わたしはそうやって生きてきました。それは自分の人生です!」


 ユミアはメルトの圧に屈しなかった。

 一方メルトの余裕はだんだんと崩れていった。


「……ッ! 違う! 変わらなくていいのは強さだけ! 弱いままじゃだめなんだよ!」


 メルトの声に熱がこもる。魔道船でメルト自身が見た、余裕の無い学者と同じ立場に近づいていることにも気がつけない。


「変わる…………? 変わるってなんですか! 答えてくださいよ!」


 ユミアはいつかの屋根の上で腹黒騎士(レクス)に言われた言葉を思いだし、歯ぎしりした。


『君は変化を恐れている。前進も後退もしない。しかし、実際には無意識な変化のなかで都合の良いものだけを受け入れているんだ』


 都合の良いもの。

 それは自分が居場所にいられる甘い言葉、自分の剣の才能、メルトやルノ、クラナタールにアリナの優しさ……それによる変化(楽しい時間)を受け入れても、結局吸血鬼狩りという役割に、ボスに与えられた使命に囚われている。


「そんな簡単そうに、わたしの人生を悩みを! 弱さと決めつけないでください!」


「わたしは、わたしは――!」


 ここでメルトの言うように、生き方を変えるのもいいのかもしれない。

 アーヴァンスが組織を抜けたように、自分も思い切って抜けてみようか。

 何か自分を変えるきっかけが、世界のどこかには落ちているかもしれない。


 でも、ボスへの恩義があることは事実。

 どうにも信じきれないところがあっても、一人広い家に取り残されたユミアは衣食住を与えられ救ってもらった。

 それに報いることはメルトの言うほどにダメなことなのだろうか。


 迷い続ける。これまでにも迷い続けていた。

 迷いながらもなんとか他人を頼りに進み続けた。


 そんな生き方が染み付いた少女に、答えをすぐに出すことなど出来なかった。

 首を振り、迷いを振り払おうとしても、なにも変わらない。


「もう、わかりません! でも、メルトさんなら正しいことをズバッと言ってくれるんじゃないかって、思ってました……!」


 桃色の少女は髪の隙間から見えていた紅い瞳から目を逸らした。


「――わたしは、やっぱり恩返しのために戦います!」


 少女は変化を拒んだ。 

 心に浮かんだ趣味の合う友人や心優しい少年の顔を振り払った。

 それ以外の選択が「正解」かどうか分からなかった。


「あー……そう……残念だよ!」


 メルトはユミアの返答と同時に、至近距離から血の弾丸を放った。

 機動力を奪うために足を狙った一撃。へたり込んでいたユミアとの距離は一歩進めば触れられる程度、普通に考えれば当たって当然の攻撃だった。


「『満月(みちるつき)』」


 ユミアはそんな弾丸に脊髄で反射した。

 目にも留まらぬ速さで黒刀を生成し、そのまま刀に魔力を込め、宙に円を描いた。


 剣の軌道は薄い魔力の膜を作り出し、弾丸の一切を防ぎきった。


 メルトは本棚の上を飛びながら移動して距離をとると、禁書庫を隠すようにしていた呪いのようなものを注視する。


「(館内ゴーレムもそうだけど、隠すつもりなのか守る自信があるのか微妙に分からなすぎるんだよなー)」


 普通の本棚も飛び交うエリア。木を隠すなら森の中とでも言うように隠されていた禁書庫の扉だったが、正直に言ってしまえば、ゴーレムの配置的に場所自体はバレバレだったのだ。


 ゴーレムに気づかれないことは容易かったため、メルトは難なく禁書庫に近づけたわけだが、そのチグハグな警備の仕方に違和感を覚えていた。

 それはまるで隠す気も守る気も最初からないようだった。


 ユミアが飛ばす魔力の斬撃を間一髪でいなしながら、メルトは思考し続けた。


「もしかして……!」


 メルトはその可能性に至った瞬間、即座に影に潜んだ。


「な!」


 ユミアがすぐさま追おうと、足を踏み込んだ時だった。


「神聖な図書館で何をしている……!」


 低く怒りに満ちた声に、ユミアは振り返る。

 そこに居たのは、恐ろしい剣幕のアルベールだった。





「『現研究において、サトウに関する文献は他に認められず……』うーん…………」


 アルベールが去った後、ルノはサトウについての情報を調べていた。

 しかし、サトウという魔法使いは謎も多く、ユンデネで聞いたような伝説が本当にあったか考証するようなもの、実際にサトウが遺した物と噂される物の調査などといった研究が多く、その実態を掴むことは出来なかった。


「『異界の穴は現状狙って扱う事は不可能とされている……』そうなんだ」


 異界の穴に関しても、こちらの世界と異界を繋げる穴ということ以外は分からないことだらけだった。

 そこに関してはノモトが詳しく調べているだろうと考えたため、ルノ自身そこまで新情報を期待していた訳ではない。


 ただ、それでも調べることがことごとく空振りに終わるため、ルノはだんだんとムッとした表情になっていった。


「吸血鬼についてなら……」


 ユミアが調べると言っていたため後回しにしていた吸血鬼について既に知識欲の我慢に限界が来ていたルノは、ユミアと館内で遭遇しなければいいだろうと考え、調べてしまうことにした。


「えっと……きゅ、う、け――」


 ルノが文字盤を叩いていると、かすかに建物が振動したような気がした。


「……?」


 何かあったのかと顔を上げた時、ルノの目の前には大きくゆがんだ扉が、まるで最初からそこにあったかのように佇んでいた。

 扉が軋み、溶けるように開かれていく。ドアノブが崩れ落ち、空気が振動する。


 謎の引力に視線が吸いよせられ、飲み込まれてしまえば呼吸も辞めてしまいそうだった。


「ここにあるの……?」

『来い。知識を求めるのならば』

「わかった」


 ルノはごく当然のことのように扉の奥へと進んでいく。

 頭の中に響いた声が誰なのかなど、些末な問題だった。


『――それでいい』


 ルノを飲み込んだ扉は雪のように地面に染み込んで消えていった。


 視界の色味が変わる。図書館の無機質な白い空間とは結び付かない緑豊かな森の中、空の半分を占めるような大きな星がルノを見下ろしていた。


「海……ってあれ、なんでぼく……ここはどこ?」


 フラレスやパンドラに来る道中嗅いだのと同じ潮風のにおいが、海が近くにあると囁く。

 ひんやりとして落ち着く空間だ。


「そうだ。おおきな扉が――」


 深呼吸したルノが振り返ると、そこには何もない。


「え……」


 どこかも分からない場所に一人。帰り道がわからない状況。

 恐怖するかに思えたが、ルノは違った。


「出口を探そう」


 ルノはくじけずに前へと進む。知りたいという熱のままにひたすら前へ。


 歩き始めてしばらく、ルノの目に映ったのは灰色の長方形の建造物だった。

 パンドラの建築様式に似ているようで硬く冷たい印象の壁面には、古代文字が刻まれていた。


「読めない……」


 ぐるりと一周しても、どこにも入口のようなものが見当たらない。

 内部など存在しないのではと考え、ルノが日記帳に文字だけを模写して建物に背を向けた時だった。


「おやぁ。客人かぃ? いつぶりかなぁ」


 腹に響く低い声が耳元で甘く響いた。


「わぁ!」


 ルノは日記帳を両手で抱え、建物の方へと走り出す。

 建物の陰から先ほどまで自分が立っていた位置を見ると、そこには椅子に座った人がいた。


 すそが長すぎてもはやワンピースとも言える白い布地の服を身にまとい、大きすぎるバケツの形をした帽子を目元まで被っていた。

 にやにやとしながらも、ルノのいる方ではなく素っ頓狂な方角を向いているのが奇妙でルノは引き気味にその様子を見ていた。


「ああ待って待って、そう怯えないで。ただの案内人だよ。客人を取って食べたりしないさ」


 今度は耳に残る高い声で空気を震わせると、帽子の人は服をパンパンと手で払った。


「まずは初めまして御客人。コレは案内人、名前はコレ。早速だけど、案内に移りた――ぁああ!」


 コレは椅子から立ちあがった瞬間に服のすそを踏みつけて盛大に転んだ。

 それも帽子を両手で抑えながら転んだために顔面から転んだ。


「わ、だいじょうぶ!?」


 ルノが咄嗟に飛び出しコレの手を取ろうとした時だった。


「やさしいこ」


 コレの服がなびいて、大きく広がった。


「きみのことがしりたいな」


 そしてそのままルノに覆いかぶさり――


 一瞬で離れた。


「何してる。最初から逃げるなら僕の客を襲うな」


 声はルノの頭の上から聞こえた。


 上空からふわりと降り立ったのは若い男だった。黒い髪、黒い瞳にメガネをかけている。

 少し幼さの残る横顔からは想像できないほどの威圧感でコレを睨みつけている。


 コレは即座に木の後ろに隠れ、その頭だけをひょっこり出しながら、白旗の着いた小さな旗を小刻みに振っていた。


「はぁ……で、君は?」

「ルノです」


 ルノが小さく答えると、男はルノの全身を疑うような鋭い目つきでくまなく観察し、やがて驚いたようにルノの髪の毛に触れた。


「驚いた。この世界にもこんな頭真っ黒なのがいるんだね。目の色は濃紺か……君、歳はいくつなの?」

「多分9か10歳だって聞きました……えっと、それよりあなたは誰……ですか」


 ルノが恐る恐るといった様子で見上げると、男はメガネを押し上げ、小さく笑った。


「たしかに、呼び名は必要だな。僕こそがここ禁書庫の案内人だよ。まぁ、ナビさんとでも呼んでよ」

「ナビさん……! ここ、禁書庫だったの……!」


 吸い込まれるように入った扉の先は禁書庫だった。

 メルトは禁書庫には近づくな。普通にしていれば近づけないと言っていた。

 約束を破りその中に入ってしまったのかと、ルノは後悔しつつ、それに負けない程の好奇心に支配されていた。


「それじゃ、場所を変えようか」


 ナビさんと名乗る男は笑い、コレと名乗る性別不詳は怯え、ルノという少年はこの奇怪な空間に少し好奇心を燻らせていた。

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