平穏な町
風に吹かれる日記帳のページを押さえながら、ルノは馬車の進む先を見つめた。先程高い壁を越えてから、ゆっくりと町並みが近づいてきている。
周りの草原を見れば、遠く向こうに牛や馬が歩いている。
「着いたんだよね。ルフトラに……」
しかし、遠くからでは町並みが細かく見えないためか、懐かしさは感じない。
物覚えが良いと言われる自分が、何故覚えていないのか。
本当に、自分の故郷にたどり着けたのだろうか。
ルノはその思いを胸に開いていた日記帳を閉じた。
そんなルノの内心なぞさも知らず、馬車を揺らしながらミルフィが胸を張る。
「……ふっふっふ。ついに舞い戻った……」
「そう、この町こそがルフトラ! 物静かでぇ……特に何かある訳じゃないけど、いい町なのサ!」
「あんた、ガイド役するって言ってんのにそんなでいいワケ?」
メルトが頬杖をつくと、ミルフィはさらに仰け反る。
「ミルは嘘をつかない!」
「いや、だからガイドがなんもないとか言うのおかしいでしょって言ってんの!」
「あ、お菓子は結構美味しいと思うよ。チョコレートとか」
「そういうのを教えなって!」
とにかく平和で、穏やかな旅路。
ほんの一か月前にトワイライトで起こった出来事が夢のようにも思える。
「でも、忘れない」
ルノは伸びてきた前髪を払うと、騒がしいメルトとミルフィを見て笑った。
◆
「はい、ということで商店街についたよ」
馬車をいの一番に飛び降りて早々、ミルフィが多くの店が並ぶ通りを背に声を上げた。
ルノはメルトに手を引かれながら馬車を降りると、その光景を注意深く観察する。
トワイライトのレンガ造りと少し似た石造りの建物や木組みの建物が混在しており、完全に統一されたように見えない。
町を歩く人々もこれまでの町とはどこか違う雰囲気をまとうものがおり、空気の味が違うような気がした。
「で、ガイドさんは何をガイドしてくれるワケ?」
メルトが腕を組んで問いかけると、ミルフィは二本指を立てる。
「ふたりの行きたいところに合わせるよ。ミルは持ち前の対応力で何とかするからサ」
「そ、まーうちもそっちのほうが好都合だけど」
メルトはきょろきょろと周囲を見渡すと、両手を腰に置く。
そしてルノとミルフィの顔を見た。
「とりあえず宿かな。ミルフィ、ここら辺におっきいお風呂がある宿ってなかったっけ。赤い花の」
「お風呂と赤い花……ああ! もしかして『赤いガーベラ』のこと? そこを知ってるって、メルトはルフトラに住んでたことあるの! 観光客からはあんま有名じゃないのに!」
「……そこであってるはず」
メルトは何度も小さく宿の名前を呟くと、納得したように頷いた。
「じゃあ今すぐ行こう!」
そう言ってミルフィが前を進んでいく。さらにはなぜか走り出した。
「あ、ミルフィさん! もう少しゆっくり……」
ルノの声が届かないのかまるで止まることを知らないミルフィ。
メルトはため息をつくと、ルノの手を引く。
「あの猪突猛進ガイドにはやく追いついちゃおう。うちも早く着きたいし」
「うん。そうだね」
と、言ったものの、ミルフィの後にはすぐに追いついた。
「はぁ……はぁ、つかれた……」
ミルフィは腕を振ることもできずへろへろとその場にしゃがみこんでいる。先ほど走り出してから百メートル進んだ程度である。
「はぁ……あんたへなへなじゃん。なんで走り出したの……」
「ふふ、追いかけっこ」
あまりの奇想天外にメルトがこめかみを押さえた。
「うちもかなり奔放だと思うけど、あんた見てると冷静になるしかないみたい」
「そう? まあミルは何にも縛られたくないからね」
息を整えたらしく、ミルは立ち上がった。
そして通りの先を指す。
「赤いガーベラはこっち。さあいざいざ!」
ミルフィは今度こそ走り出すことなく歩いて道案内を始めるのだった。
◆
「はい、着いたよ。ここが赤いガーベラ! その場所サ!」
たどり着いたのは名前の通りというべきか赤く染められた壁が目立つ宿だった。
周囲から浮いた存在感を放っており、少々近づきがたい。
「すごい壁」
ルノは小さく呟きメルトを見た。
メルトは何も言わずにただ目を見開いていた。
「……そうだ、ここだ」
胸元をそっと撫でて微笑むと、メルトは咳払いした。
「じゃあ部屋とってくる。というか、ルノくん疲れてない? 休憩いる?」
「だいじょうぶ。でも、おなかすいたかも」
ルノがそう言うとミルフィがあっと声を出す。
「じゃあじゃあ! ミルのおすすめのお店があるんだよ! ハンバーグがおいしくて……」
「「ハンバーグ!?」」
ルノとメルトがやけに食いついたのにミルフィが気圧され両手を挙げた。
「ちょちょ、なに? そんなにハンバーグ好きなの?」
「まあそれなら満足させる自信はあるよ!」
「じゃー、そのお店で! ぱぱっと部屋とってくる! ルノくん荷物ちょーだい」
「うん、おねがい」
◆
部屋をとってからしばらくして、ルノたちはミルフィがおすすめする店へとやってきていた。
店自体は至って普通の個人経営店のようで、3人は窓近くのテーブル席に腰掛けると、全員同じメニューを注文したのだった。
しばらくして席に座る3人の目の前には、濃厚な匂いを放つこげ茶色のソースをまんべんなくまとったハンバーグが置かれていた。
「と、いうわけで、こちらルフトラ名産のひとつ、ルフトラバーグです! なんと、こちら実はソースに……」
「チョコレートが使われてるんだよね」
言葉を溜めに溜めているミルフィを見ながら、ルノが食い気味に答えた。
「ああああ! ミルの数少ないガイドとしての見せ場が!」
「あ、ごめんなさい」
「謝らないで! なんだかむなしくなってくるから!」
ミルフィは両手を突き出すと、そのまま体をくねくねと左右に動かした。
「もうそれはいいから食べて! おいしいからサ!」
ルノとメルトは顔を合わせると、言われるままに手を合わせた。
「「いただきます」」
口に運ぶと、デミグラスソースの濃厚な風味が口に広がる。
その奥にはカカオの苦みがいるものの、チョコレートが主張しすぎるようなことはない。
それは、メルトがアーカスで作ったものと近い味わいだった。
「おいしい!」
「うん、うちが作るのと比べても並ぶくらいだよ!」
ルノとメルトがぱくぱくとハンバーグを頬張る姿を見ると、ミルフィは自慢げに鼻を鳴らした。
「でしょ! ここはミルが学生の時に一番通い詰めたお店だからね!」
「メルトもレシピを知ってるってことはやっぱり住んでたの? メルトみたいな子がいたら覚えてると思うんだけどな?」
「それは……まー、外にあんまり出なかったから」
「ほほーん? そういうことね」
メルトが頬をかきながらそう言うと、ミルフィはハンバーグを口いっぱいに詰め込んだ。
「はぁ、ほういうひひほはるほね」
「なんて?」
「まぁ、そういう時期もあるよねだって」
「ルノくん、よく解読できたね」
正解とでも言うようにミルフィが両手の親指を立てる。
そしてハンバーグを飲み込むと紙ナプキンで口を拭う。
「ここ、美味しいし安いからこっち帰ったら食べたかったんだ」
「うん。すごくおいしい……こっち帰ったらって、そういえばなんでミルフィさんはルフトラに帰ってきた……というより、何してきたの?」
ルノが尋ねると、ミルフィは少し髪先を弄りながら笑う。
「それはお父さんとお母さんに『なんもしないで家でダラダラするなー』って言われたからサ。ちょっと出稼ぎみたいなことしてたよ。あとあと手紙屋の面接をしてきたんだ。ほら、高給取りだし」
「それでいろいろしてたんだけど、顔が見たくなって帰ってきたのサ」
「へー、手紙屋か。うちは使わないからよく分かんないけど、確かに給料良さそうだよね……あんたの体力でできるの? 国中回ることもあるかもなのに」
「なるようになるサ!」
メルトはミルフィの底なしの自信にふーんと相槌を打つと、ハンバーグを追加注文する。流れるような二品目の注文を見るとミルフィは口をあんぐりと開いた。
「やっぱお金持ちなんだ。かつかつって嘘だったんだ」
「そんなことないって」
ミルフィを軽くあしらうと、メルトはメニュー表を閉じた。実際のところ余裕がないと言ってもちょくちょくと日銭を稼いではいるため、ちょっとした贅沢は許容範囲だった。
またもや金に執着する様子を見せるミルフィ。その理由がなんだろうと構わないが、とにかく知りたいと思い、ルノは別の角度から切り込むことにした。
「ミルフィさんはお金があったらなにがしたいの?」
その質問を聞くと、ミルフィは待ってましたとでも言うように拍手する。
「ふふふ、ずばり金があると、なんと!高いものが買えます……!」
「んふふふふ、金さえあればあーんな可愛い服も、おいしーいスイーツも、星見の為の素晴らしいベランダつきの家すら手に入るの! ね! 人生勝ち組になるには金なの!」
ミルフィはそう言いながら道の向かいの服飾店や今いる店のメニュー表、さらには空を見て目を輝かせた。
「お小遣いが貰えなくなって初めて気づいたんだ。お金の大切さ!」
ミルフィは両手を合わせながらルノに熱弁した。
「……星見のベランダね」
その様子を静かに聞きながら、メルトは小さく呟いた。ギリギリルノに聞こえる程度の大きさの声で、ミルフィには届いていないようだった。
ルノはミルフィの満足げな表情を見ると、納得したように頷く。
「たしかにお金がないと困るし、あればいろんなものが買えるね」
「そうそう! お金貯まったらまずは服を買い漁るかな!」
「どんな服が好きなの?」
「それは——」
この後もルノの質問とミルフィの返答は続き、追加したハンバーグをたいらげたメルトも含め3人で談笑するのだった。




