金の亡者さん
青い空の下、ルノとメルトは船を後にして数日経っていた。
ルフトラ到着まで残りはあと一週間程度だ。
ルノとメルトの思い出を辿るためのゆったりとした二人旅……だったのだが——
「——ほらほらーいいでしょ? ね? やっぱりルフトラに行くんならちょっとしたガイドが欲しくない? 安くするからサ!」
「ね? もういっかい検討してよ? ネ?」
馬車で乗り合いになった女との出会いによって賑やかな三人旅となっていた。
◇
時は数日前、ルノとメルトが船を降り、乗り合い馬車へと乗り込んだタイミングへと遡る。
トワイライトで乗っていた六本馬ではない普通の馬の馬車に乗り込み、ルノはちょっとした懐かしさを感じていた。
「普通の馬車がなんだか小さく感じるね」
ルノは小さく揺れる荷車から隣で水を飲むメルトに話しかける。
踏み鳴らされた大地を見下ろしていると、メルトも真似するように身を乗り出す。
「そうだねー! なんというか、六本馬はやっぱ馬力っていうのが違ったってことだ」
「うん、足がムキムキだったもんね……」
ほんの少し前の記憶を引き出すと、ルノは道の前方を見る。
まだ先に町の建物は見えないが、開けた平野を吹き抜ける風がなんとも心地よい。
「……ねぇねぇ、ちょっとそこのふたり」
ふと声がした。ルノたちと向かいあって座る女が話しかけてきたようだ。
ルノたち以外に乗っている人もいないため、他に話しかけているわけではないはずだ。
「んー? 何か用?」
メルトが女の顔を見ると、女は身を乗り出し肩にかかった空色の髪を揺らす。
「そう! ふたりの会話が聞こえてきたんだけどサ! トワイライトからここまで来るのってかなりお金かかったんじゃないかって思って」
「ふたりって金持ちなの!?」
女は金色の瞳を輝かせてメルトに詰め寄った。
メルトは少し身を退けると、苦笑いしながら手を前に突き出した。
「すごいいきなりだねー……えっと、まず名前聞いてもいい?」
メルトのその言葉に女は少し固まる。
そして数秒の沈黙ののち、何かに気づいたように「あー」と声を上げた。
「そっか、そうだよ! 商売するにはまずミルが名乗らないとだ!」
「…………商売?」
ルノが勢いの中で聞こえた単語に疑問符を浮かべていると、女は満面の笑みで両手をルノとメルトに差し出した。
「ミルはミルフィ! 家の名前はアマルーシュ! ふたりはなんていうの?」
「ぼくはルノ。えっと、家の名前は……テールス」
「うちはメルト。メルティベル・ブラドホワイトが本名だけど、メルトでいいよ」
ルノたちが名前を名乗ると、ミルフィは目を閉じうんうんと頷く。
そしてかっと目を見開いたかと思うと、両手を合わせこすり合わせた。
「…………そう、ルノとメルト! ルフトラに行くんならサ! ミルをガイドとして雇ってくれない!?」
「……はい?」
あまりに止まらぬ勢いに、メルトの間の抜けた声があたりに響いた。
◆
「——だから、この前から何回も言ってるじゃん。そんなお金ないの。今の旅費は結構かつかつだし」
「そんなこと言わずにぃ! ミルの命を救うためと思ってサ!」
「あんたの話聞く限りそこまで緊急事態にあるような感じでもないでしょ!」
出会ってからこの数日。ミルフィはことあるごとに自分をガイドとして雇ってくれと食い下がってる。
一日中という訳では無いが、楽しく会話しているかと思えばルフトラの地理や美味しいご飯の話、一応戦闘も出来るのだと火やや水を起こす魔法を見せたりといったアピールを定期的に挟んできていた。
メルトはミルフィのどこか憎めない明るさや馬車という狭い空間から逃れることもできずにただ同じやりとりを繰り返し続けている。
ミルフィが言うには、金が稼ぎたい。ルフトラには生まれたときから住んでいるから詳しい。どうしても金が欲しいとのこと。
ルノは旅の資金的に雇う余裕がないことも重々承知しつつ、なんとかならないかと考え続けていた。
結局自分の頭で考え続けても答えは分からずじまいで、もう何度目かになる質問を投げかけた。
「……ミルフィさんはなんでそんなにお金が欲しいの?」
「だから、それは言ってるでしょ。金が要らない人間なんているの?」
「それは、そうなんだけど……」
「でしょ? じゃあ話を戻して——」
ミルフィがまたお願いモードに入ってしまい、ルノはまた頭を悩ませる。
ルノ自身、金の大切さは身に染みて分かっている。
ただ、ここまで金に執着する……言ってしまえば金がないという相手にしつこすぎることに理由があるのではないかとも思い始めていた。
「……うーん」
少し推測はしている。金に執着するほどの何か……そこにミルフィの生きる目的のようなものが関係しているのではないかという点だった。
しかし、どこかひっかかり、いまだにその問いに関しては口に出せずにいた。
だが、悩むくらいなら、やはり聞いたほうが早いのかもしれない。
「ミルフィさん、聞いてもいい?」
「ん? もしかして料金の交渉?」
「いや、違くて」
ルノが否定するとミルフィは肩を落として口をとがらせる。
ルノはそんなミルフィの瞳をまっすぐ見つめた。
「あなたはなんのために生きているの?」
ミルフィはそれを聞いた瞬間ぽかんと口を開き、眉をひそめた。
「なんで生きるのか? 考えたことなーい。てかなに、社会実験…………?」
「ミルは確かにもう20歳。一人立ちしたばかり。けど、そんなこと考えたことないね」
ミルフィはやたらと腕を組み、自信満々に胸を張る。
メルトはそんなミルフィを見て絶句していた。
「うそ、うちより2歳年上? これが……?」
「ン? なに、メルトは18歳? ……つまり、ミルの2コ下……!」
ミルフィは目を輝かせたまま両手を広げて驚くようなしぐさをした。
ルノはふたりのやり取りを横目に空を見上げ雲を追いかける。
ミルフィの「考えたことがない」という返答には嘘が感じられなかった。
生きる目的に大小はない。今すぐある必要もない。それは分かっている。
しかし、こうもあっけらかんとしている答えは初めてだった。
それは考える暇がないのか、あるいは……
「いや……そうだ」
空に白むぼやけた雲、その流れを見つめながら、ルノはパンドラの優しい家を思い出す。
『あなたはまだ子供。ほかの子と違っても、子供なの。だから、たまには何も考えずに、楽しいことだけしてもいいのよ』
アリナはそう言っていた。ミルフィは子供とはいえないとか、そういう話ではない。
ただ生きていくなかで、絶対的な目的に縛られる必要はないのだ。
誰もが生きることについて常に考えなければいけないわけではない。
そのタイミングも、意義も、すべてが人によって違うのだ。
「……ありがとうミルフィさん。なんか、わかった気がする」
そう言ったルノの濃紺の瞳を見ると、ミルフィはぽけーっと口を開いたまま笑った。
「そう? まぁそれならいいケド!」
「で、ガイド、どう? もしくは別の何かでもいいからサ!」
なおも雇われることを要求するミルフィ。
メルトはルノをちらりと見ると、ため息をついてミルフィを指さした。
「分かった。いいよガイドね。そんな出せないけど雇ったげる」
ミルフィはメルトの人差し指の先端に目を寄せると、少し背を反らした。
「え、ホント?」
「は? なにその、こいつマジかみたいな顔。あんたが雇ってくれって言ったんでしょーが!」
「い、いやぁ、ホントにこう仕事が取れるとなると、拍子抜けというかサ」
「はぁぁぁ!?」
メルトが詰め寄ると、ミルフィは目を細めながらそれを手で押さえ込んだ。
2人が暴れたことで馬車がぐらぐらと揺れ、ルノもまた揺れ続ける。
「……ふたりとも暴れないで。酔いそう」
「ッ! ごめんルノくん! ミルフィと一緒に石のように固まっとくから!」
「なんでミルも……」
そんなこんなでルフトラへの道を進み続ける3人だった。




