二度目
メルトとグラハムが吸血鬼狩りに追われているという場面に至った時、がたりと馬車の揺れが止まったことでメルトは話を中断した。
「ここで降りないとだ。続きは船に乗ってからでもいい?」
「色々話したらさ、パパとママの楽しかった話もたくさん……」
メルトは荷物を手に取りルノを見ると、あっと息を漏らす。
ルノは服のすそを握りしめ、目を伏せていたのだ。
メルトは慌ててしゃがみ込むと、ルノ手を取る。
「ごめん、やっぱりあんまり聞きたくなかった?」
メルトがルノの手をさすると、ルノは首を横に振る。
そして荷物を持って立ち上がると、口を開いたままのメルトを見つめた。
「だいじょうぶ。ただ、やっぱりノーデンさんは……もういないんだね」
「……うん」
「そっか……メルトさんはだいじょうぶ?」
ルノがメルトの手をさらに上から握り返すと、メルトは頷いてから手を引いた。
かるく引かれるままに馬車を降りると、メルトが手を放してルノの前に立つ。
波風で髪が揺れるメルトの背景一面に海が広がっていた。
「大丈夫。つらいけど、ルノくんには知ってほしいから」
「もう、忘れたくもないしね!」
メルトがそう手招くと、ルノも歩き出す。
ちょうど定期船がきたようで汽笛が鳴り響く。
その音にメルトがはっと海へ振り返ると、乗り場のもうすぐそこまで船が来ていた。
小さめの便船で、外からも船室が窓越しに見える。あまり混んではいないようだ。
「あ、やばい! 急ごルノくん!」
「わぁ!」
メルトがルノを背に乗せ駆け出す。
二人は笑いながら船へと向かい、なんとか乗船には間に合ったのだった。
船内は少し狭めだったが、すいていることもあり、難なく座る席を確保できた。
メルトは息をついて座ると、ルノをちらりと見てから船内にかけられた時計を見つめた。
「じゃあ、続き……話してもいい?」
ルノがうなづくと、メルトは背もたれに寄りかかり、再び語り始めた。
◇
グラハムに抱えられたまま、メルトは追ってくる吸血鬼の顔を何度も視界に映す。
歯茎はむき出し、目は血走った状態で叫ぶ男と、それを気にせず自分を見続ける女。二人の吸血鬼狩りの狙いは自分だ。
グラハムは脂汗を垂らしながらも必死に走り続けていた。
自分の軽率な行いで明らかに無理をしている。あそこで我慢できていれば、こんなことにはならなかったのに。
「ご、ごめんなさい、グラハム、うちが……」
メルトが大粒の涙をためこむのを見ると、グラハムは汗を垂らしながら笑顔を作って見せた。
「大丈夫です。貴方のせいではない」
グラハムは後ろを追う吸血鬼狩りと左前方に広がる森を確認すると、意を決したように左前方を見据えて進行方向を変更した。
街道をそれた森はしばらく進むと魔物の生息域に入る。
そうして森へと入り込んでいくと、追ってきていた吸血鬼狩りはそれ以上追ってはこなかった。
「申し訳ありません。少し怖い思いをさせてしまうかもしれません」
メルトは首をぶんぶんと振り、グラハムの体に抱き着いた。
「怖くないから、大丈夫だから、グラハムも休んで」
「つらそうだから、おねがい」
グラハムは周囲を見渡すと、メルトを見下ろして微笑んだ。
「……そうですね。お言葉に……甘えましょうか」
グラハムはゆっくりとメルトを下すと、近くの木陰に座り込んだ。
息を少しずつ整えると、大きくせき込んだが、メルトの前では笑顔を崩さなかった。
◇
「——ここからは、森を抜けてルフトラの町へと向かいます」
「あの町は騎士団の大きめな庁舎があるので、吸血鬼狩りも派手に暴れられないでしょう」
その宣言通り、二人はルフトラを目指して森を進みはじめた。
道中出会う魔物もグラハムが対処し続け、目に見えてグラハムの体調は悪くなっていった。
しかし、どうあっても笑顔のまま、メルトには傷一つつけることがなかった。
やがて二人は森を抜けることに成功した。
フード越しに見える日光は森の中にいる時よりも強い。しかし、解放されたという気分でメルトの胸は満たされていく。
開けた平地、地平線の向こうにとても小さくだが、建物のようなものが見える。
メルトがぱぁっと笑顔を浮かべると、グラハムの声が後ろから聞こえた。
「良かった……見えてきましたね……ごほっ」
グラハムは咳き込みながらも振り返ったメルトの前で笑顔を崩さない。
「グラハムっ! 大丈夫なの!?」
「平気です。町へは確実にたどり着けます」
「本当?」
「ええ」
グラハムはメルトの不安そうな表情を遮るように優しく頭を撫でると、メルトを抱き抱えて進み始めた。
「陽射しは強いですが、このまま進みましょう」
「なるべく日に当たらないようにしますが、体おつらくなるかもしれません」
グラハムはそう言って歩き出す。メルトは服にくるまるようにして光を避けると、疲れからかいつの間にか眠ってしまった。
◇
メルトが目を覚ましたのは、グラハムのか細い呼び声とともに優しく肩を叩かれたときだった。
昼過ぎに森を抜けたはずだったが、いつの間にか日はだいぶ沈んでいる。夕方とまではいかないが、何時間も経っているのがわかる。
ゆっくりと進む先を見渡すと、町の関所までもう数百メートル。
グラハムに降ろされ大地へ足をつけると、メルトはグラハムの手を取り進もうとした。
「ありがとうグラハム、早くあなたも休まないとだし、うちはもう歩けるから!」
「そう、ですか。それはよかった……」
どさり。
グラハムは膝から崩れ落ち、メルトが握っていた手がこぼれおちる。
咳とともに血が吐き出され、うつぶせに倒れた。
メルトの顔から血の気が引いた。
「グラハム!」
メルトが手を取るも握り返そうとする力すら弱々しい。
昔は料理のためと大切にしていた手が、度重なる戦闘などを通してごつごつと傷だらけになってしまったその手がただ震え、メルトの小さな手を包み込むことすら難しい。
「ごほっ……予想より早かったですね……」
メルトがなんとか体を仰向けにすると、グラハムはメルトの「声がする」方向を見た。
メルトの心臓はうるさく、しかし体が固まって動かなくなってしまう。
荒い呼吸の中で理解してしまったのだ。
「申し訳ありませんメルティベル様……少々老体に鞭を打ちすぎたようです」
グラハムは何かを探るように手を持ち上げる。
メルトがその手を取りぎゅっと握りしめた。
「ま、まって、しゃべっちゃ……だめ! だれ、か……呼んで……くるから!」
言葉がつっかえてうまくでてこない。
メルトが振り返ると遠くから二人、だれかが走ってきているのが見える。
なぜ走ってきているのか。
グラハムをどうしたら助けられるのか。
日の光で体がうまく動かない。
頭の整理がつかず、メルトは涙が止まらなくなる。
そんなメルトの頭を、グラハムが撫でた。
「……重ねてお詫びします。私は……もう助かりません」
「ちがう! たすかる!」
メルトが泣き叫ぶも、グラハムはすぐに返答しない。
それでも口を動かす。
「最後に、言っておかなければ……」
「さいごじゃない! うちのいうこときいてよぉ!」
グラハムは眉一つ動かさず、静かに声帯を震わせた。
「どうか、ノーデン様と……リディベル様の、なにより……メルト様自身のために……」
「いきて」
「しにたいなどとおもわないで」
光が失われ、グラハムの手がメルトの頭からだらりと落ちる。
やっと駆け付けたらしい親しげな男女が何か言っていたような気がする。
だが、当時のメルトはただ崩れ落ち、放心するのみだった。
それが、二度目の別れだった。




