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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
ルフトラ編
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一度目

 ガタガタと揺れる馬車。窓の外を見ると草原が広がっている。

 整理のつかないままに流れるレンガ造りの街の色が次第に薄れていく。

 それを眺めていると、ぐちゃぐちゃに絡まっていた思考がほどけていく感触がした。


 ルノが横に座るメルトを見ると、同じく窓の外を見ていたようで、微笑んでから口を少し開いた。


「ごめんね、色々びっくりしたよね」


 そう言って膝に置いた手をもじもじと動かすと、メルトは懐に手を入れ迷うように数瞬固まったあと、端の切れた手紙のようなものを取り出した。

 静かに息を吐き、ルノの頭にするのと同じように手紙を撫でる。その手つきは優しく、ただ紙の汚れを払うといった行為ではないことが見て取れる。


 そして、ハッキリと見えた表面には『星の輝きを持つ君へ』と書かれていた。


「それって……」

「これはね、うちが大切な友達から貰ったの」


 メルトがゆっくり開くと、ログネスの屋敷でちらりと見えたものと同じく町名や郷土品、風習などの大量のメモ書きやメッセージが書いてある。どれもメルトの文字ではない。


「これのおかげで、うちは旅をしてこれた。いままで、なんでこの手紙があるのかは分からなかったけど……今なら覚えてる」


 メルトがルノの膝に手を置き、真っ直ぐに目を見つめる。


「長くなっちゃうんだけどさ、うちが何を見てきたのか……話してもいい?」


 ほんの少し揺れる紅い瞳。ひんやりした手もうっすら汗が滲んでいる。

 あんなことがあったとはいえ、まだ思うところがあるのか。


 ルノは手を握り返すと、優しく笑う。


「おねがい。ぼく、メルトさんに何があったのか聞きたい」


 ルノがそう言うと、メルトは唇をキュッと結び息を吐く。

 そして窓の外を見ながら、自らの心を探るように胸に手を当て、小さく低く声を出す。


「うちの人生が変わったのは……そう、あれはうちが7歳くらいの時かな……」


 メルトは取り戻した記憶を頼りに、ぽつりぽつりと語り始めた——



◇



 フクロス、それはのどかで小さな町だった。

 トワイライトを東へ進んだ先にあり、酪農によって生計を立てる人々が暮らしていた町だ。

 目立つような町でもなく、住民はノーデンらを快く受け入れ、正体も隠してくれた。どうもトワイライトからの移住者がいたようで、吸血鬼……主にブラドホワイトに親しみがあったようだ。


 そんな町で、メルトは生まれた。 それはブラドホワイトがトワイライトから逃げ出してから12年後のことだった。


「メルトがもっと大きくなったらおれが生まれ故郷を見せてやる」


 それがノーデンの口癖だった。フクロスの町で交流を深めつつ、信頼できる仲間を増やしていく日々。

 メルトの知る父というのは常に笑顔で、しかし深く休む姿を見たことがない、多忙な人という印象だった。


 それでも楽しい日々だった。少なくとも、メルトはそう感じていた。


 ——時はメルト7歳になった頃。

 健やかに成長していたメルトの人生に、大きな分岐点がやってきた。


 ノルムヴァンデの強襲である。


 ログネス率いる吸血鬼狩りがフクロスの町へ火を放ったのだ——


 燃え盛る町、メルトたちの暮らしていた小さな家も跡形もなく焼き払われた。


 ノーデンとリディベルがメルトをかばうように前に立ち、グラハムがメルトを抱きかかえていた。


「てっきり見逃してくれたと思ってたんだけどね、ログネスくん」

「ただ、関係ない人まで巻き込むとはどういうことかな……!」


 この時、メルトはログネスと顔を合わせていたのだ。


 ログネスは冷たい瞳でブラドホワイト夫妻を見ると、その奥にいたメルトを凝視し、こめかみを押さえた。


「必要な犠牲だ。それにしても、あれが娘か……たしか、名はメルティベルだったか」


 ログネスが名を呼んだ瞬間リディベルが大斧をログネスに振り下ろした。


「あの子まで巻き込むつもり!? 貴方、なにがしたいのよ!」

「ブラドホワイトの力が必要なんだ。邪魔をするなら殺して死体を頂くことにする」

「ログネス……!」


 リディベルが応戦する中、ノーデンはメルトに目を向ける。

 そして開いた口を手で塞ぐとあふれそうになる言葉を飲み込み、代わりに全身に魔力を流し込む。

 全身に模様が浮かび上がると、メルトに背を向け、こぶしを握り締めた。


「グラハム、メルトを連れて逃げろ。最後の命令だ」

「私からも命令よ! 絶対逃げ切って!」


 二人の吸血鬼の叫びに、グラハムは肩を震わせ、静かに頭を下げる。

 なんとしても果たさなくてはいけない、人生最後の命令だった。


「……承知致しました」


 グラハムがメルトを抱えたままその場を走り去る。


「……! パパ、ママ! やだぁ!」

「グラハム! 離してぇ!」


 これが、メルトの一度目の別れだった。


 二度目の別れはそれからほどなくして訪れた。

 グラハムとメルトは北へと逃げ続けていたが、吸血鬼狩りに見つかってしまったのだ。


 ルフトラの町に近い街道だった。


 メルトの体調が少し悪くなったことから、二人は夜になるまで道沿いの宿に滞在していた。

 そこに現れた吸血鬼狩りがメルトの怒りの引き金となった。

 それは酒を飲んで上機嫌な男女だった。


「ボスが言ってた偽物の吸血鬼ってやつだけどさ、まだ娘が逃げてるらしいよ」

「えー? まだ生きてんのかな? 老執事と子供でしょ?」

「まぁな。でも変に抵抗しないで親とおんなじとこに送ってやったほうがいいかもな!」


「あいつら吸血鬼に存在価値なんてねぇんだから!」

 

 歯を食いしばるグラハム。その手がメルトの耳をふさいでいた。

 だが、酔って大声で話す二人の声はメルトの耳にしっかりとその会話を届けていた。


 メルトはグラハムの静止をすり抜け、二人の吸血鬼狩りに殴りかかった。


「パパとママを馬鹿にするなぁ!」


 しかし戦闘経験などないメルトに対して、相手は吸血鬼狩り。

 その小さく勇んだ拳が届こうと、攻撃として認識されるようなものではなかった。


 男の吸血鬼狩りは驚いたものの、すぐにメルトの腕をつかみ、宙に持ち上げる。

 みしみしと大人の握力がメルトの細腕を軋ませる。


「メルト様!」


 飛び出すグラハムを女の吸血鬼狩りが押さえ込むと、男の吸血鬼狩りが大声で笑い始めた。


「おい、いたって! ボスが喜ぶぞって、そういやできるなら生け捕りって言ってたよな」

「そうだよ! ひゃー! なんかご褒美とかもらえるかも!」

「とりあえず痛めつけてから手足を縛るか!」


 鬱血しそうな腕の痛みにメルトの目から涙が零れ落ちる。

 血の流れが止まり、肌の色が変わっていく。


 抵抗し続けるグラハムだったが、まるで動けない。


 ……このままでは、主の命に背いてしまう。それはこの世で最も忌むべき行為だ。

 全身に走る痛みを代償にノーデンと似た身体能力を扱う諸刃の剣だった。


「ぐおぉぉ!」


 ゆるぎない忠誠心が、グラハム自らの命を削る選択を選ばせた。


「え、うそ!」

「おいおい、ただのじいさんじゃねぇのか!」


 急激な魔力の変化。女の吸血鬼狩りはグラハムの上から飛びのいた。

 男の吸血鬼狩りもメルトをつかんだままグラハムに注意を払う。


 グラハムはのそりと立ち上がると、戦闘態勢に入った吸血鬼狩りを倒すのではなく、メルトを握る腕を切り落とすことに全精力を注いだ。

 横に並ぶ吸血鬼狩りは男が左、女が右に立っている。出口は男の右腕側。


 そしてメルトを掴む腕は右腕、つまりメルトを奪還してそのまま逃げることが可能だった。


 グラハムは自らの右腕に限界を超えた力を込め、床を踏みしめた。


「シッ!」


 宿の壁にひびが入るほどの衝撃波と共に男の吸血鬼狩りの腕がはじけ飛ぶ。


「いっづぁぁぁ!」

「メルト様!」


 グラハムはメルトを抱きかかえると、そのまま宿から抜け出した。

 後ろから吸血鬼狩りが血眼で飛び出す。


 メルトはグラハムに抱きかかえられながら追い続ける吸血鬼狩りとグラハムの顔を交互に見ることしかできなかった。

まだまだ序盤しか書けていませんが一区切り(6話)まで書けたのでルフトラ編出しておきます。

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