後始末
ルズニア王都ロノウェス。その中には国の重要犯罪者を収容するゴウェル刑務所……通称ルズニアの底が存在している。
その中でも特に危険な罪人が収容される「底下」への道を歩くものたちがいた。
一人は黒いスーツに飄々とした黒髪の女性——騎士団長ノモト、もう一人が鎧に紋章剣を下げた爽やかな青年副団長——レクス。
ランタンで淡く照らされた石造りのトンネルのような通路で、階段を降りる度にコツコツと音が響いていく。
そんな底があるとは思えない薄暗い通路の中で、レクスはいつも通り笑顔を浮かべていた。
「団長。騎士団派遣についてもそうですが、まさかここも前々から手配していたのですか。国としては動けないと仰ってましたよね」
「そ、私らも流石に吸血鬼狩り放置出来ないだろーってゲベラ大臣に直談判してた訳。貴族共の不正やらを掴むの大変だったけどね」
ノモトはポケットから密書を取り出すとレクスに見せつけた。
レクスが紙に自らの血を垂らすと、内容が浮き出てきた。
「……なるほど、想定以上に危なかった訳ですね」
レクスは密書を折りたたみノモトに返すと、剣の柄をトントンと指で叩く。
「それで、残りの吸血鬼狩りはどうなるんですか?」
「吸血鬼狩りは解体。構成員のほとんどは無罪放免だってさ、ただ一部は普通に犯罪を犯した奴もいるしお縄だね……とくに第二席と三席って呼ばれてた二人はまだ逃亡中だし、結構悪いことしてるからね」
「…………殺人もしてたようですからね」
話していると、二人は階段を降りきったようだ。
目の前に広がる通路は壁や天井など周囲の素材が不自然に切り替わっており、黒く光沢の無い滑らかな素材だった。
先程までとは比較にならない天井と横幅の広さ。それを見ていると、巨人か何かを収容しているのではと考えてしまうくらいだ。
「着いたよ。ログネスは第四房」
「ここが底下……」
レクスが生唾を飲む中、ノモトはずんずんと先に進む。
「新鮮な反応だね」
「…………私もそんな時期があったはずなんだけどな」
ノモトは自嘲気味に笑うと、レクスに聞こえないように呟いた。
「団長?」
「ああ、なんでもないよ。ほら、見えてきた」
ノモトが指した先には「IV」と記された扉があった。
様々な文様が組み合わせて刻まれている白い扉だった。
二人が扉の前に立つと、扉横の壁がぬるりと変形し、しゃがれたしかめっ面の爺の顔が浮かび上がった。
レクスが絶句しながらも必死に笑顔を作っていると、ノモトが顔へ手を振った。
「こんにちは四番さん。ご機嫌いかが?」
その声に答えるように顔は目を細めると、やがて口を開いた。
「んだ、ノモトちゃんけぇ! この前ここん中の野郎を連れてきたってのにまたかぁ!?」
口が動いているが、その動きはまるで言葉の抑揚と合っていない。まるで腹話術のようだった。
ノモトはそれにも臆せずに手を合わせて擦った。
「そうなのー! まだ聞かなきゃいけないことがあって! 開けてくれる?」
「へん! いいぜぃ、ノモトちゃんの頼みならよぅ。そっちの野郎もかぃ?」
「うん、おねがーい」
ノモトの媚びるような声にレクスは背筋を凍らせるも、それをおくびにも出さずに見届けた。
「じゃあ、開けるぞぉ」
四番の声と共に扉がひとりでに開く。
ノモトとレクスが中へ入ると、狭い通路が続いていた。
そして完全に入ると顔は歪んでなくなり、再びただ壁となった。
「……さっき、うわキッツって思ったでしょ」
「いえ、滅相もない」
「バレてるからね」
ノモトはレクスを軽く小突くと両手で顔を覆った。
「仕方ないじゃん……四番さんは男女問わず媚びを売ってくる人の言うことしか聞かないんだよ……!」
「……不思議な、鍵? ですね」
レクスが苦笑していると、目の前にぼんやりと鉄の柵のようなものが見えてきた。
といっても、本当の鉄柵ではなく、何らかの魔法により作られた高密度の棒のようだ。
その奥にひとつの人影が見えた。
「…………おや、再会が早いな。騎士団長」
人影が静かに柵へと近づいてくると、次第にランタンの光がその姿を浮き彫りにしていった。
藍色の髪に赤い瞳、白い囚人服に身を包んだログネスが、そこにはいた。
「団長、拘束は」
レクスが剣を構えようとすると、ノモトが手でそれを静止した。
「大丈夫。首、見てみなよ」
「首……」
レクスが言われた通りにログネスの首を見ると、ぼんやり紫色に光る文様が見えた。
「あれは四番さんの魔封じなんだってさ。あれが付いている間はろくに魔法が使えない。吸血鬼の血の操作もおぼつかない」
「そうさ、今の私は無力な囚われの身ということだ」
ログネスは木椅子を奥から引いてくると、優雅に座り足を組んだ。
「それで、何を聞きたい。計画については全て話したはずだがね」
ノモトも部屋の隅から椅子を引いてくると腕を組んで座り込む。
レクスは横で立ったまま、剣の柄を握っている。
「ええ、ご協力感謝しました。おかげでほとんどの吸血鬼狩りの状況把握が出来ましたね。トリト教の協力もあってみなさん人間へと戻れているそうですし」
「そうだろうね。神仕者ならば容易いだろう」
「ただ、まだ聞かなくてはならないことが残っているんですよねぇ」
「なるほど、私が関与したものの中でまだ行方が知れないものがあるのか。漆黒の風でも無理だと判断したとなると……アリスの事かな?」
両者は会話をしているだけ。しかし、それだけに留まらない圧がレクスの心臓を締め付けるかのようだった。
「……話が早くて助かります。それで、改めてお聞きしますが、アリス・ルディアスが何者なのか、そして、彼女の扱っていたという『穴』について……まだ話していないことがありますよね」
ノモトが問うと、ログネスは少し口角を上げたまま、顎に手を置いた。
「あぁ、必要ない、いや、必要以上かと思ったからね」
「話してくれますかね」
ノモトが語気を強めて言葉を重ねた。
「……なるほど、内界が気になるか」
「……ッ」
ノモトが静かに口を結ぶのを見ると、それを肯定ととったのかログネスは満足そうに笑みを浮かべた。
「君も私と似た者、という訳だ。いいだろう。話すとも。ただ、先に言っておくが、これはあの女が言っていただけの事だ。真実かどうかを保証はしない」
「構いません」
ログネスは腰を曲げ前のめりになる。
「……以前、あれは自分のことを『ルディアの王女』だと名乗っていた。だが、そんな国はこの世界に存在しない。そのうえ、あれは内界との穴を不安定ながらに操っていた。それは一体何を意味するのだろうか」
ログネスは挑発するように問いかける。
ノモトはその言葉を聞くと拳を握りしめ、静かに答える。
「向こうとこっちを行き来する、交差人……」
「…………確かに、ルディアは、内界にある国の名前だ」
ノモトが小さく答えると、ログネスは頷いた。
レクスは何故ノモトが内界の事を知っているのかということよりも、そんな力を持つものが未だ世界に放たれているという事実に体を震わせた。
「私が知っているのは本当にこれだけだ。あれが内界から持ち込んだ技術はとても便利なものだったからね。その素性なんてものはどうでもよかったんだ」
ログネスはそれだけ言うと、椅子から立ち上がる。
「それで、もう聞きたいことは終わりかな。生憎だが私は忙しいんだ」
「(こんな牢獄で何が忙しいのだろうか)」
レクスが内心呟くと、ノモトものそりと立ち上がった。
「はいはい、私も今聞きたかったことは聞いたから帰るよ。レクス」
「はい」
二人はそのまま何事もなく底下から出ていった。
「あの自由女が何をするかなんて、誰にも分からないだろう」
「……さて、脳内一人囲碁へと戻ろう」
ログネスは簡素なベッドに横たわると、ひとり呟いた。
次は最終章ルフトラ編です。更新日未定です




