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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第四章 成長の証(2/7)

妖幻島ようげんとうべつ戦場せんじょうでは、樹林じゅりんおくからなく轟音ごうおんひびわたり、大地だいちがかすかにふるえていた。

まるで、そこふかくでなに巨大きょだいけもの目覚めざめようとしているかのようだった。

盤山旗ばんざんき隊長たいちょう――龍門真晝りゅうもん・まひるは、はっとしていきおいよくいた。

すると、樹海じゅかい奥深おくふかくから、にごった泥流でいりゅうもうぜんとせてくるのがえた。

それはつつみれた濁流だくりゅうのように草原そうげんみ込み、

濁浪だくろうはげしくうねりながら、にある草木くさきこそぎたおしていく。

どろすなはまるでもののようにうごめき、そのいきおいは凶悪きょうあくで、とてもめられるものにはえなかった。

全員ぜんいん配置はいちにつけ! 土障防線どしょうぼうせんきずきなさい、いそいで!」

真晝まひるするどめいくだすと、盤山旗ばんざんき隊員たいいんたちは即座そくざ陣形じんけいみ、防御魔法ぼうぎょまほう展開てんかいはいった。

だが、真晝まひるはよくかっていた。

隊員たいいんたちだけの防御魔法ぼうぎょまほうでは、この泥流でいりゅう奔流ほんりゅうふせることはできない。

ゆえに彼女かのじょ自身じしんまえし、両掌りょうてのひら大地だいちへとてた。

六階魔法ろっかいまほう――大地之盾だいちのたて

すると、大地だいちはそのびかけにこたえるかのように隆起りゅうきし、

重厚じゅうこう岩壁がんぺき地中ちちゅうからせりがっていく。

そのおかげで、どうにか第一波だいいっぱ泥流でいりゅう激突げきとつめることができた。

だが、真晝まひるすこしもゆるめなかった。

なぜなら彼女かのじょは、その濁流だくりゅうおくに、あまりにもおぼえのある気配けはいひそんでいるのを、はっきりとかんっていたからだった。


ひとつのかげが、泥浪でいろう中央ちゅうおうからゆっくりと姿すがたあらわした。

全身ぜんしんには泥水どろみずからみつき、その双眼そうがんにはもはやひかり感情かんじょう宿やどっていない。

ただ、あらくる魔力まりょくだけが、かれ周囲しゅういうずくようにめぐっていた。

そのものこそ、泥妖之王でいようのおう――札托斯ザトスだった。

「……まさか、こんなかたちたたかうことになるなんてね……」

真晝まひるは、かすれるようなこえでそうつぶやいた。

その口調くちょうには、かくしようのないかなしみがふかにじんでいた。


かれは、彼女かのじょおさなころからの親友しんゆうだった。

泥妖族でいようぞくぞくする、一人ひとり青年せいねん――それが札托斯ザトスだった。

二人ふたりはじめて出会であったのは、ある災害さいがいあとおこなわれた復旧作業ふっきゅうさぎょうだった。

当時とうじ札托斯ザトス倒壊とうかいした村屋むらや再建さいけん一人ひとり手伝てつだっており、

真晝まひるもまた、ちょうどその修復作業しゅうふくさぎょう参加さんかしていた。

人間にんげん妖族ようぞく――

本来ほんらいならことなる立場たちばにある二人ふたりだったが、

どちらも出自しゅつじなどめはしなかった。

むしろ、「だれかをたすけたい」というおなおもいをいだいていたからこそ、

二人ふたり自然しぜんこころかよわせていった。

それ以来いらい二人ふたりはほとんどなにかくさずかたなかになった。

災害さいがいあとには、いつもとも姿すがたせ、

修行しゅぎょうときには、いつもたがいにうできそっていた。

とりわけ、真晝まひる六旗部隊ろっきぶたい選抜せんばついどもうとしていたころ

札托斯ザトス彼女かのじょい、とも鍛錬たんれんかさねてくれた。

真晝まひるにとって、札托斯ザトスはただの友人ゆうじんではなかった。

それどころか、こころささえとなる、かけがえのない存在そんざいだった。

――だがいま、その札托斯ザトスが、

彼女かのじょがどうしてもわねばならないてきとなってしまっていた。


札托斯ザトスてんあおいで咆哮ほうこうした。

そのこえけもの断末魔だんまつまのように、空気くうきそのものをふるわせ、いた。

刹那せつなみずどろ元素気流げんそきりゅうかれ全身ぜんしんめぐり、うずいてはげしくはしはじめる。

濁流だくりゅう飛沫しぶき暴風ぼうふうのごとき渦巻うずまきとなってからい、

地面じめん無残むざんえぐり、無数むすう傷痕きずあときざんでいった。

かれ怒喝どかつとともに、両腕りょううで一気いっきろす――

すると、てのひらさきから、膨大ぼうだい水流すいりゅうごうおとててした。

その濁流だくりゅうには泥砂でいさ砕石さいせきまれ、

まるで山津波やまつなみせきやぶっておそるかのように、前方ぜんぽうすさまじいいきおいでせた。

轟音ごうおんとともに、その一撃いちげきまえにある防衛線ぼうえいせん容赦ようしゃなくくだいていく。

龍門真晝りゅうもん・まひるきずいた大地之盾だいちのたても、一瞬いっしゅん粉砕ふんさいされ、

無数むすう岩片がんぺんとなって濁流だくりゅうなかまれていった。

それは札托斯ザトス魔法まほう――

七階魔法しちかいまほう水華突すいかとつだった。

まだ土煙つちけむりすられきらぬうちに、札托斯ザトス肉体にくたい異様いよう変質へんしつはじめた。

皮膚ひふ泥水どろみずへとくずれ、骨格こっかく濁流だくりゅうなかみ、

その全身ぜんしんはやがてくらいろびた液体えきたいかたまりとなって、ぬるりと地中ちちゅうふかくへもぐんでいった。

真晝まひるまゆをひそめた。

本能的ほんのうてきに、危険きけんせまっていることをさとったのである。

つぎ瞬間しゅんかん足元あしもと不意ふいしずんだ――

大地だいち不自然ふしぜんがる。

真晝まひる咄嗟とっさひるがえした。

その視界しかいんできたのは、地中ちちゅうからがるようにあらわれた札托斯ザトス姿すがただった。

そのうでには水流すいりゅうむちのようにからみつき、

やがてつめたいひかりびた、凝縮ぎょうしゅくされた泥槍でいそうへとわっていく。

その泥槍でいそうかぜき、迅雷じんらいのごときはやさでされた。

真晝まひるは、ほとんど本能ほんのうだけでをひねり、かろうじてその一撃いちげきけた。

長槍ちょうそう彼女かのじょ胸元むなもとすれすれをかすめ、

つぎ瞬間しゅんかんには、轟音ごうおんとともに地面じめんさる。

爆発的ばくはつてき震波しんぱ炸裂さくれつし、砕石さいせき泥濘でいねいげながら、一帯いったい横殴よこなぐりにはらった。

さらに、その衝撃しょうげき地中ちちゅうからはんじてがり、

狂涛きょうとうのように真晝まひるえた。

その一撃いちげきに、彼女かのじょむねおくつよつぶされたようなくるしさをおぼえ、

一瞬いっしゅんいきすらまりかけた。

それでも真晝まひるはどうにか体勢たいせいなおし、かおげる。

そのさきで、札托斯ザトス姿すがた濃密のうみつきり泥浪でいろうなかゆがみ、らめいていた。

まるで大地だいちそのものが悪意あくいち、ひとつのかたちして彼女かのじょまえちはだかっているかのようだった。


札托斯ザトス……もう、本当ほんとうわたしこえとどかないの……?」

龍門真晝りゅうもん・まひるは、何度なんどもそうさけつづけた。

そのふるえ、反撃はんげきのためにげることすら、どうしてもできなかった。

それは、彼女かのじょがこれまで一度いちど想像そうぞうしたことのない状況じょうきょうだった。

――あいするものと、たたかわなければならない。

鳴妖呼喚めいようこかん」の魔法まほうおかされたことで、札托斯ザトス身体からだはすでに自分じぶん意志いしではうごかなくなっていた。

まるで意識いしきうばわれたあとの、からうつわのように。

その肉体にくたいはなおもたたかつづけていたが、意識いしきそのものは、すでにやみ奥深おくふかくへふうめられていた。

真晝まひる、おまえりないのは、覚悟かくごだ。」

その言葉ことばは、かつてかれ彼女かのじょげたものだった。

六旗ろっき選抜せんばつのぞ前夜ぜんや

二人ふたりがけうえならんですわり、うみながめていたあのよるに、

札托斯ザトスしずかにかたってくれた言葉ことばだ。

「おまえは、いつだって攻撃こうげきまよいをのこしている。

まえやさしすぎるんだ。

そんなままでは、戦場せんじょうではたたかえない。」

「でも……わたし相手あいて魔物まものじゃない。

もし、ほかのだれかをきずつけてしまったら……」

「おまえ人殺ひとごろしになれとっているんじゃない。

まえにわかってほしいのは、おまえちからひとまもるためにあるってことだ。

まえ必要ひつようなのは――そのちからるう覚悟かくごだ。」

あのとき彼女かのじょには、その意味いみがわからなかった。

だがいまなら、わかる。

彼女かのじょはようやく、「覚悟かくご」という言葉ことば本当ほんとう意味いみ理解りかいした。

それは、もっともくるしい瞬間しゅんかんにあってなお、まもるという選択せんたくつらぬくためのものなのだと。

真晝まひるは、しずかにじ、ふかいきんだ。

すると、足元あしもと大地だいちが、彼女かのじょ意志いしこたえるように脈打みゃくうはじめる。

それは彼女かのじょ権能けんのう――大地之魄だいちのはく

大地だいちこころかよわせるためのちからだった。

「もうげない、札托斯ザトス……。

たとえあなたがわたしのことをわすれてしまっていても、わたしは――あなたをすくもどしてみせる!」

真晝まひるは、はっと見開みひらいた。

その瞬間しゅんかんてのひらからまばゆいひかりあふし、

戦場せんじょう一帯いったい大地だいちおおきく震動しんどうはじめる。

土元素どげんそ怒涛どとうのようにがり、

まるでつち大海嘯だいかいしょうのように彼女かのじょ背後はいごあつまり、

圧倒的あっとうてき質量しつりょうをもって、ひとつの巨大きょだいちからへと凝集ぎょうしゅくしていった。


天空てんくうでは、黒雲こくうんはげしく渦巻うずまき、雷霆らいてい雲層うんそうのあいだをくるいながらめぐっていた。

その閃光せんこうは、戦場せんじょう一面いちめん銀紫色ぎんししょくげていく。

狂風きょうふううなりをげ、雲海うんかいはげしく波打なみうっていた。

そこは、そらけるものだけが辿たどけるたかみ――

だが同時どうじに、死神しにがみすらりをはじめる処刑場しょけいじょうでもあった。

奔雷旗ほんらいき藤原雛ふじわら・ひなもまた、その空域くういき自分じぶんにとって最大さいだい試練しれんむかえていた。

彼女かのじょあらし只中ただなかち、

金色きんいろ長髪ちょうはつほとばし雷光らいこうらされてきらめき、

ひるがえ外套がいとう暴風ぼうふうげられ、

まるで雷焰らいえんそのもののようにえた。

奔雷旗ほんらいき六旗部隊ろっきぶたいなかでも、最強さいきょうばれる部隊ぶたいだった。

そのしめとおり、かれらは雷電らいでんのようなはやさと破壊力はかいりょくほこっている。

そして藤原雛ふじわら・ひなは、そのなかにあってなおぐん存在そんざいだった。

だがいま、このてなき蒼穹そうきゅうなかで、なおつづけているのは彼女かのじょただ一人ひとりだけだった。

眼下がんかにいた戦友せんゆうたちは、すでに次々(つぎつぎ)とちゆく光点こうてんへとわり、

かぜいかづちまれながら、やみ下方かほうえていった。

それでもなお、彼女かのじょだけはいしばり、このそらとどまりつづけていた。

彼女かのじょ対峙たいじしているのは、妖幻島ようげんとうにおいて最強格さいきょうかく妖怪ようかい一体いったい――

天狗之王てんぐのおう桑德サンドだった。

桑德サンド全身ぜんしんには、烈焰れつえん雷流らいりゅうからみつくようにはしっていた。

その姿すがたは、まるで天地てんちいかりそのものがかたちたかのようだった。

あかえる双眸そうぼうは、ひらめ雷光らいこうなかつめたく、そして高慢こうまんかがやいている。

それはまるで、地上ちじょうのすべてを見下みおろす神霊しんれいひとみのようですらあった。


六旗部隊ろっきぶたいは、六島之國ろくとうのくに国民こくみんであれば、だれであっても選抜せんばつとおして自由じゆう参加さんかすることができる。

もちろん、それには妖幻島ようげんとう妖怪ようかいたちもふくまれていた。

六旗部隊ろっきぶたい隊員たいいんとなったものは、所定しょてい考核こうかくることで、「六旗試煉ろっきしれん」にいど資格しかくる。

そして、その六旗試煉ろっきしれん無事ぶじ突破とっぱしたものだけが、次代じだい六旗部隊ろっきぶたい隊長たいちょうとなることをゆるされる。

なかでも奔雷旗ほんらいき試煉しれんは、とりわけ苛烈かれつなことでられていた。

その試煉しれんは、「神速しんそくもっとちかづくもの戦場せんじょう」とまでばれていたのである。

ただひとつのせきあらそ最終決戦さいしゅうけっせんで、藤原雛ふじわら・ひなまえちはだかった相手あいてこそ、桑德サンドだった。

ひな迅雷じんらいのごときはやさで長空ちょうくういた。

その雷刃らいじん鮮烈せんれつ弧光ここうき、またた数百丈すうひゃくじょうもの距離きょりける。

一方いっぽう桑德サンドは、つばさおおきくひろげて高空こうくうがり、

その掌風しょうふう空気くうきながれをはげしくうねらせ、烈焰れつえん雷光らいこう中空ちゅうくうからいながらぶつかりった。

それはまるで、ふたつの天象てんしょうこうから衝突しょうとつしているかのような光景こうけいだった。

だが、最後さいご勝利しょうりにしたのは、藤原雛ふじわら・ひなだった。

桑德サンドは、あのときたしかに彼女かのじょやぶれている。

その敗北はいぼくたいするぬぐいきれぬくやしさは、かれむねおくに、やがてちいさなたねとしてのこった。

そしていま酒吞童子しゅてんどうじ妖力ようりょくは、そのこころそこしずんでいたたね芽吹めぶかせた。

それは過去かこたいする未練みれんであり、敗北はいぼくへの執念しゅうねんであり、

かつてたせなかったおもいが、いまやあらたなちからへとわって、桑德サンドうちがっていた。


桑德サンド当初とうしょ六旗部隊ろっきぶたいくわわった最大さいだい理由りゆうは、天狗一族てんぐいちぞくもまた、かつてはかがやかしい栄光えいこうほこ一族いちぞくだったからである。

しかし、先代せんだい天狗之王てんぐのおうは、八歧大蛇やまたのおろちとのたたかいのなか不幸ふこうにもいのちとした。

それ以降いこう天狗一族てんぐいちぞくちからすこしずつ衰退すいたいしていった。

桑德サンドは、一族いちぞく再興さいこうするため、苛烈かれつ鍛錬たんれんかさねながらえずみずからをみがつづけ、

やがて新世代しんせだい天狗之王てんぐのおうへとのぼめたのである。


いま桑德サンドからはなたれる気配けはいは、かつてとはもはや別物べつものだった。

その雷霆らいていちからは、まるでくるれるりゅう吐息といきのように、かれ体内たいないからなくがっている。

雷光らいこう火焔かえんからい、一体いったいとなって灼熱しゃくねつ紅雷鎧こうらいがい形作かたちづくり、

そらそのものを、けつくようなくれない紫電しでんの入りじるいろへとげていた。

高熱こうねつによって空気くうきらぎ、雷鳴らいめい万軍ばんぐん咆哮ほうこうするかのごとく、えずとどろいている。


かれがこのような強大きょうだいちからにしたのは、過酷かこく修行しゅぎょうくぐけてきたからにほかならない。

かれはかつて、妖幻島ようげんとう最深部さいしんぶにある火山かざんで、幾年いくねんにもわたる修行しゅぎょうつづけていた。

その過程かていは、まるで血液けつえきそのものをたせるような苛烈かれつさであり、

一度いちどたりともらく瞬間しゅんかんはなく、呼吸こきゅうするたびにたましいかれるような苦痛くつうともなっていた。

かれは、自分じぶんまれながらに宿やどしている雷元素らいげんそちからが、他者たしゃのそれとはことなることを理解りかいしていた。

桑德サンド権能けんのう――炎血えんけつは、自身じしん生命力せいめいりょく代償だいしょうとして消費しょうひし、

体内たいない宿やど雷元素らいげんそ火元素ひげんそ融合ゆうごうさせることで発現はつげんするちからである。

それによってかれは、炎雷七式えんらいしちしき行使こうしすることができるのだった。

かつての試合しあいでは、桑德サンド炎雷七式えんらいしちしき第一式だいいっしきしかあつかえなかった。

それでもなお、藤原雛ふじわら・ひなをあと一歩いっぽのところまでめていた。

だが、いま桑德サンドちがう。

すでに炎雷七式えんらいしちしきのうち、六式ろくしきまでを修得しゅうとくしていた。


天狗一族てんぐいちぞくである桑德サンドは、まれながらにして制空戦せいくうせんひいでた存在そんざいとしてられていた。

あのてつのようにくろするど双翼そうよくは、気流きりゅう自在じざいあやつちからち、

かれ雷雲らいうん暴風ぼうふうのただなかで、かげのように縦横無尽じゅうおうむじんめぐらせた。

そのはやさ、回避かいひ、そして視界しかい掌握しょうあくにおいて、

桑德サンド大半たいはん種族しゅぞくをはるかに凌駕りょうがしていた。

桑德サンド確信かくしんしていた。

戦場せんじょうそらであるかぎり、自分じぶんはほとんどやぶれることはない、と。

奔雷旗ほんらいきなかで、ただ一人ひとりかれはやさにらいつけるものがいた。

それが、隊長たいちょうである藤原雛ふじわら・ひなだった。

藤原雛ふじわら・ひな体内たいないには、天使族てんしぞくながれている。

その純白じゅんぱく羽翼うよくは、雷光らいこうなか銀藍色ぎんらんしょくかがやきをび、

羽根はねがかすかにふるえるだけで、周囲しゅうい気流きりゅう軌道きどうさええてしまう。

藤原家ふじわらけいにしえより、天使族てんしぞく人族ひとぞく混血こんけつ家系かけいだった。

かれらは人間にんげん鋭敏えいびんさと、天使てんし空間感知くうかんかんちさいあわち、

極限きょくげん飛翔ひしょうなかであっても、風圧ふうあつ魔力まりょくながれを正確せいかく見極みきわめることができた。

ひなは、その血脈けつみゃく宿やど天賦てんぷさいによって、

肉眼にくがんではとらえられないほどのはやさで、雷霆らいてい狭間はざまつらぬいていくことができる。

その姿すがたはしばしば、

雲層うんそうつらぬ白耀はくよう閃光せんこう

形容けいようされていた。

だからこそ、相手あいて天狗之王てんぐのおうである桑德サンドであろうとも、

彼女かのじょはなおかおげ、こうからむかつことができた。

一歩いっぽたりともかなかった。

――なぜなら彼女かのじょしんじているからだ。

自分じぶんのこの双翼そうよくは、天空てんくうにおいて、だれにもうばわせはしないと。



その刹那せつな天空てんくうかれた。

ひな桑德サンド姿すがたとらえたとき相手あいてはすでにちからえていた――

つぎ瞬間しゅんかんみみをつんざく咆哮ほうこうとともに、桑德サンド一切いっさい躊躇ためらいもなく、炎雷一式えんらいいっしき――降雷こうらい天火てんかはなった。

てんてまでひろがるそらは、たちまち赤紅せっこう紫電しでんまり、

まるで災厄さいやくそのものが色彩しきさいってりてきたかのようだった。

雷霆らいてい火焔かえんからい、一本いっぽん灼熱しゃくねつ光柱こうちゅうとなって、雲上うんじょうから轟然ごうぜんちてくる。

それはまるで、神罰しんばつそのものが大地だいちたたきつけられたかのような一撃いちげきだった。

その威力いりょくは、かつての試合しあいせたものとはくらべものにならない。

もはやおなわざぶことすら躊躇ためらわれるほどに、隔絶かくぜつしたちから宿やどしていた。

そのちからは、たんなる魔力まりょく爆発ばくはつではない。

いのちそのものをたきぎとしてやし、いかりをかくとして凝縮ぎょうしゅくさせた、凄絶せいぜつ破壊はかい顕現けんげんだった。

空気くうき一瞬いっしゅん蒸発じょうはつし、

烈焰れつえん雷圧らいあつによってげられ、幾重いくえもの火環かかん形作かたちづくる。

そらそのものが、地獄じごく熔炉ようろへとわっていた。


藤原雛ふじわら・ひな小隊しょうたいぞくする隊員たいいんたちは、反応はんのうするひますらなかった。

轟音ごうおんはすべてをみ込み、震波しんぱ飛行陣形ひこうじんけい一瞬いっしゅんくだく。

数名すうめい隊員たいいんは、そのまま雷焰らいえんまれた。

魔力障壁まりょくしょうへき一撃いちげきすらささえきれずに崩壊ほうかいし、

かれらの身体からだは、まるで流星りゅうせいのように雲端うんたんからちていく。

その軌跡きせきは、けつく残光ざんこうとなってそらながのこされていた。

全員ぜんいん散開さんかいしろ!」


ひなはなった命令めいれいは、くるかぜ咆哮ほうこうまれ、ほとんどされた。

彼女かのじょ即座そくざ双翼そうよくひろげた。

そのまわりには雷光らいこうするどほとばしり、

つぎ瞬間しゅんかんには、常識じょうしきえた反射速度はんしゃそくどで、雷火らいかへとすべませていた。

烈焰れつえん彼女かのじょほおをかすめ、

げた熱風ねっぷう羽翼うよくふちめるようにはしる。

それでも彼女かのじょは、寸分すんぶんくるいもない精密せいみつ角度かくどで、その死域しいきけていった。

彼女かのじょ雷焰らいえん只中ただなか滑空かっくうしながらも、表情ひょうじょうひとつえなかった。

その眼差まなざしだけが、雷火らいかつつまれたあのかげするどとらつづけている。

「……まさか、ここまで辿たどいていたなんて……」

ひなは、胸中きょうちゅうでそうしずかにつぶやいた。

その視線しせんは、いかづちほのおまと桑德サンド姿すがたから、一瞬いっしゅんたりともはなれなかった。


ひながようやく第一波だいいっぱ攻撃こうげき回避かいひした、その直後ちょくごのことだった。

いきととのえるひますらないまま、天空てんくうふたたはげしく炸裂さくれつした。

桑德サンド双翼そうよくおおきくひろげ、体内たいないめぐ雷炎らいえんを轟々(ごうごう)とひびかせる。

そのひびきは、まるで無数むすう太鼓たいこ一斉いっせいらされるかのようだった。

そのすさまじいちから灼熱しゃくねつ光環こうかんとなってかれ背後はいご回転かいてんし、

その口元くちもとには、冷酷れいこくみがわずかにかんでいた。

炎雷二式えんらいにしき――追雷ついらい炎針えんしん

その怒喝どかつとともに、そら一瞬いっしゅんにしてがった。

無数むすう細長ほそなが雷焰らいえんが、するど光針こうしんへと凝縮ぎょうしゅくされ、

豪雨ごううのようないきおいでてんからそそいでくる。

その一本いっぽん一本いっぽんが、鋼鉄こうてつすらつらぬくに熱量ねつりょう速度そくど宿やどしていた。

かすめてぶたび、空気くうきがされ、そらには幾筋いくすじものくろ傷痕きずあときざまれていく。

ひなつばさち、稲妻いなずまのようなはやさで空域くういきけた。

その身影みかげ雷光らいこう狭間はざま幾度いくどひらめき、

ほとんど銀白色ぎんぱくしょく流光りゅうこうそのものとしていた。

だが、彼女かのじょがいかに攻撃こうげきかわそうとも、炎針えんしんたちはなお執拗しつよういすがってきた。

それらは藤原雛ふじわら・ひな位置いち自動じどう追尾ついびし、

ひとたびはずれたとしても、瞬時しゅんじ軌道きどう修正しゅうせいしてふたたおそいかかってくる。

厄介やっかいね……」

ひなひくてるようにつぶやいた。

もはやつづけるだけではしのぎきれないと判断はんだんし、

彼女かのじょこしいていたけんはなつ。

それは、彼女かのじょ奔雷旗ほんらいき隊長たいちょうとなったとき

先代隊長せんだいたいちょうよりたくされた神器しんき――萬象奔雷ばんしょうほんらいだった。

その剣身けんしんほそながく、なおかつとおるようにんでおり、

その内部ないぶには、まるで雷脈らいみゃくのような銀色ぎんいろひかりえずながれていた。

ひなかる羽翼うよくふるわせ、

その雷海らいかい只中ただなか静止せいしさせた。

つぎ瞬間しゅんかん無数むすう炎針えんしんとどろきをげて目前もくぜんせまる。

――きょう

った長鳴ちょうめいそらふるわせると同時どうじに、

萬象奔雷ばんしょうほんらい剣身けんしんきざまれた雷紋らいもん一斉いっせいかがやきをはなった。

このけんは、雷元素らいげんそびた攻撃こうげき刀身とうしんせ、みちびき、そして吸収きゅうしゅうするちからっている。

ひな神器しんきちからと、みずからがきたげてきた剣技けんぎかさわせ、

おそ炎針えんしんれを、おどろくほどあざやかにり払い、ながし、そして無力化むりょくかしていった。


桑德サンド気配けはいは、雷雲らいうんなか急激きゅうげきふくがっていった。

そらふたたかれ、おもきしむ。

かれ双翼そうよくをひとたびるうと、烈焰れつえん雷光らいこう狂気きょうきじみたうずとなってからい、

その双眸そうぼうには、熾烈しれつ戦意せんい狂熱きょうねつのようにがっていた。

炎雷三式えんらいさんしき――炎砲えんほう咒雷じゅらい

かれ掌中しょうちゅうには、一基いっき巨大砲きょだいほう凝縮ぎょうしゅくされるようにかたちしていく。

灼熱しゃくねつちから限界げんかいまで圧縮あっしゅくされ、その瞬間しゅんかん周囲しゅうい空気くうきすらちそうなほどだった。

そして轟然ごうぜんとともに、雷炎巨砲らいえんきょほう雲端うんたんからはなたれた。

それは蒼穹そうきゅうつらぬくほどの威勢いせいび、一直線いっちょくせんひなのいる高空こうくうおそいかかる。

だが、それはもはやたんなるエネルギーの奔流ほんりゅうではなかった。

火焔かえん雷電らいでんからって形作かたちづくられた一頭いっとう巨竜きょりゅうが、

咆哮ほうこうしながらをくねらせ、そららうようにすすんでくるかのようだった。

その進路しんろにあった雲層うんそうはたちまちくされ、くろげた灰燼かいじんへとわっていく。

空気くうきけつく暴風ぼうふう変貌へんぼうし、

とどろいていた雷鳴らいめいすら、そのひくふるえる咆哮ほうこうまれていた。

しかし、ひなかわそうとはしなかった。

彼女かのじょせまるその一撃いちげき正面しょうめんから見据みすえ、

なおも神器しんき――萬象奔雷ばんしょうほんらいるい、その攻撃こうげきめ、みちびき、そしてしていく。

それでもなお、この一撃いちげきがもたらした衝撃しょうげきけっしてちいさくはなかった。

萬象奔雷ばんしょうほんらいにぎ彼女かのじょには、かすかなしびれがのこる。

それはほんのわずかな感覚かんかくではあったが、

この攻撃こうげきが、これまでとはあきらかに一線いっせんかく威力いりょくっていたことを、なにより雄弁ゆうべん物語ものがたっていた。


ひながその一撃いちげきについて思考しこうめぐらせるひまもないうちに、桑德サンドつぎ攻撃こうげきがすでにおそいかかってきた。

炎雷四式えんらいよんしき――炎槍えんそう葬雷そうらい

そのとき桑德サンド周囲しゅういちていた雷元素らいげんそちからは、強引ごういん一点いってんへとせられていった。

天空てんくうおおっていた黒雲こくうんは、まるで内側うちがわからかれるかのようにおおきくれ、

無数むすう雷光らいこう一斉いっせい桑德サンドかって収束しゅうそくしていく。

ほのおかれてのひらなか凝縮ぎょうしゅくされ、

やがてゆっくりとばされるようにして、一振ひとふりのさか長槍ちょうそうへと姿すがたえていった。

槍身そうしんうえでは、雷電らいでん火焔かえん複雑ふくざつからい、

そこからほとばし光芒こうぼうは、まるでけた黄金おうごんのようなまばゆさをはなっていた。

その穂先ほさきがわずかにふるえるたび、

空気くうきえきれずに破裂はれつするかのようなひくとどろきをげる。

それは、空間くうかんそのものが穿うがたれているかのような異様いようひびきだった。

桑德サンド双翼そうよくおおきくるい、そのままてんのぼった。

その姿すがたは、まるで雷龍らいりゅう雲霄うんしょうやぶるかのようだった。

つぎ瞬間しゅんかん、その長槍ちょうそうすさまじいいきおいではなたれた。

それはてんつらぬ流星りゅうせいのように疾走しっそうし、

狂暴きょうぼう雷鳴らいめいれて、藤原雛ふじわら・ひなのもとへ轟然ごうぜんそそいでくる。

だが、そのやりたんなる一本いっぽん軌道きどうではなかった。

中空ちゅうくうきながらぶその途上とじょうで、長槍ちょうそう数十すうじゅうもの雷焰らいえん分槍ぶんそうへと分裂ぶんれつしたのである。

そのひとひとつが、まるで独立どくりつした破壊意志はかいいし宿やどしているかのようにうごき、

さか軌跡きせききながら、四方八方しほうはっぽうから藤原雛ふじわら・ひな包囲ほういしていった。

雷焰らいえんそそいだ瞬間しゅんかん蒼穹そうきゅうはまるごとはなったかのようにがる。

烈焰れつえん風層ふうそうがし、雷電らいでん雲海うんかいやぶり、

そらそのものが、破滅はめつのための葬送そうそう儀式ぎしきへとわっていった――

これほど苛烈かれつ猛攻もうこうまえにしても、藤原雛ふじわら・ひなすこしもあわてなかった。

彼女かのじょ依然いぜんとして神器しんき――萬象奔雷ばんしょうほんらいかまえ、そのちから迎撃げいげきしようとする。

だが、今度こんどばかりは彼女かのじょ予想よそう裏切うらぎった。

この一撃いちげきは、吸収きゅうしゅうされなかった。

それどころか――

雷焰らいえんやりは、そのまま真正面しょうめんからひないた。





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