妖幻島の別の戦場では、樹林の奥から絶え間なく轟音が響き渡り、大地がかすかに震えていた。
まるで、地の底深くで何か巨大な獣が目覚めようとしているかのようだった。
盤山旗隊長――龍門真晝は、はっとして勢いよく振り向いた。
すると、樹海の奥深くから、濁った泥流が猛ぜんと押し寄せてくるのが見えた。
それは堤の切れた濁流のように草原を呑み込み、
濁浪は激しくうねりながら、行く手にある草木を根こそぎ薙ぎ倒していく。
泥と砂はまるで生き物のように蠢き、その勢いは凶悪で、とても止められるものには見えなかった。
「全員、配置につけ! 土障防線を築きなさい、急いで!」
真晝が鋭く命を下すと、盤山旗の隊員たちは即座に陣形を組み、防御魔法の展開に入った。
だが、真晝はよく分かっていた。
隊員たちだけの防御魔法では、この泥流の奔流を防ぎ切ることはできない。
ゆえに彼女自身も前へ踏み出し、両掌を大地へと押し当てた。
六階魔法――大地之盾。
すると、大地はその呼びかけに応えるかのように隆起し、
重厚な岩壁が地中からせり上がっていく。
そのおかげで、どうにか第一波の泥流の激突を食い止めることができた。
だが、真晝は少しも気を緩めなかった。
なぜなら彼女は、その濁流の奥に、あまりにも覚えのある気配が潜んでいるのを、はっきりと感じ取っていたからだった。
一つの影が、泥浪の中央からゆっくりと姿を現した。
全身には泥水が絡みつき、その双眼にはもはや光も感情も宿っていない。
ただ、荒れ狂う魔力だけが、彼の周囲を渦を巻くように巡っていた。
その者こそ、泥妖之王――札托斯だった。
「……まさか、こんな形で戦うことになるなんてね……」
真晝は、かすれるような声でそう呟いた。
その口調には、隠しようのない悲しみが深く滲んでいた。
彼は、彼女の幼い頃からの親友だった。
泥妖族に属する、一人の青年――それが札托斯だった。
二人が初めて出会ったのは、ある災害の後に行われた復旧作業の場だった。
当時、札托斯は倒壊した村屋の再建を一人で手伝っており、
真晝もまた、ちょうどその修復作業に参加していた。
人間と妖族――
本来なら異なる立場にある二人だったが、
どちらも出自など気に留めはしなかった。
むしろ、「誰かを助けたい」という同じ想いを抱いていたからこそ、
二人は自然と心を通わせていった。
それ以来、二人はほとんど何も隠さず語り合う仲になった。
災害の後には、いつも共に姿を見せ、
修行の時には、いつも互いに腕を競い合っていた。
とりわけ、真晝が六旗部隊の選抜に挑もうとしていた頃、
札托斯は彼女に寄り添い、共に鍛錬を重ねてくれた。
真晝にとって、札托斯はただの友人ではなかった。
それどころか、心の支えとなる、かけがえのない存在だった。
――だが今、その札托斯が、
彼女がどうしても向き合わねばならない敵となってしまっていた。
札托斯は天を仰いで咆哮した。
その声は獣の断末魔のように、空気そのものを震わせ、引き裂いた。
刹那、水と泥の元素気流が彼の全身を巡り、渦を巻いて激しく奔り始める。
濁流と飛沫は暴風のごとき渦巻きとなって絡み合い、
地面を無残に抉り、無数の傷痕を刻んでいった。
彼は怒喝とともに、両腕を一気に振り下ろす――
すると、掌の先から、膨大な水流が轟と音を立てて噴き出した。
その濁流には泥砂と砕石が巻き込まれ、
まるで山津波が堰を破って襲い来るかのように、前方へ凄まじい勢いで押し寄せた。
轟音とともに、その一撃は前にある防衛線を容赦なく打ち砕いていく。
龍門真晝が築いた大地之盾も、一瞬で粉砕され、
無数の岩片となって濁流の中へ呑み込まれていった。
それは札托斯の魔法――
七階魔法・水華突だった。
まだ土煙すら晴れきらぬうちに、札托斯の肉体は異様な変質を始めた。
皮膚は泥水へと崩れ、骨格は濁流の中へ溶け込み、
その全身はやがて暗い色を帯びた液体の塊となって、ぬるりと地中深くへ潜り込んでいった。
真晝は眉をひそめた。
本能的に、危険が迫っていることを悟ったのである。
次の瞬間、足元が不意に沈んだ――
大地が不自然に盛り上がる。
真晝は咄嗟に身を翻した。
その視界に飛び込んできたのは、地中から噴き上がるように現れた札托斯の姿だった。
その腕には水流が鞭のように絡みつき、
やがて冷たい光を帯びた、凝縮された泥槍へと変わっていく。
その泥槍は風を裂き、迅雷のごとき速さで突き出された。
真晝は、ほとんど本能だけで身をひねり、辛うじてその一撃を避けた。
長槍は彼女の胸元すれすれを掠め、
次の瞬間には、轟音とともに地面へ突き刺さる。
爆発的な震波が炸裂し、砕石と泥濘を巻き上げながら、一帯を横殴りに薙ぎ払った。
さらに、その衝撃は地中から反じて跳ね上がり、
狂涛のように真晝の背を打ち据えた。
その一撃に、彼女は胸の奥を強く圧し潰されたような苦しさを覚え、
一瞬、息すら詰まりかけた。
それでも真晝はどうにか体勢を立て直し、顔を上げる。
その先で、札托斯の姿は濃密な霧と泥浪の中で歪み、揺らめいていた。
まるで大地そのものが悪意を持ち、ひとつの形を成して彼女の前に立ちはだかっているかのようだった。
「札托斯……もう、本当に私の声が届かないの……?」
龍門真晝は、何度もそう叫び続けた。
その手は震え、反撃のために持ち上げることすら、どうしてもできなかった。
それは、彼女がこれまで一度も想像したことのない状況だった。
――愛する者と、戦わなければならない。
「鳴妖呼喚」の魔法に侵されたことで、札托斯の身体はすでに自分の意志では動かなくなっていた。
まるで意識を奪われたあとの、空の器のように。
その肉体はなおも戦い続けていたが、意識そのものは、すでに闇の奥深くへ封じ込められていた。
「真晝、お前に足りないのは、覚悟だ。」
その言葉は、かつて彼が彼女に告げたものだった。
六旗の選抜へ臨む前夜、
二人が崖の上に並んで座り、海を眺めていたあの夜に、
札托斯が静かに語ってくれた言葉だ。
「お前は、いつだって攻撃に迷いを残している。
お前は優しすぎるんだ。
そんなままでは、戦場では戦えない。」
「でも……私の相手は魔物じゃない。
もし、ほかの誰かを傷つけてしまったら……」
「お前に人殺しになれと言っているんじゃない。
お前にわかってほしいのは、お前の力は人を守るためにあるってことだ。
お前に必要なのは――その力を振るう覚悟だ。」
あの時の彼女には、その意味がわからなかった。
だが今なら、わかる。
彼女はようやく、「覚悟」という言葉の本当の意味を理解した。
それは、もっとも苦しい瞬間にあってなお、守るという選択を貫くためのものなのだと。
真晝は、静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
すると、足元の大地が、彼女の意志に応えるように脈打ち始める。
それは彼女の権能――大地之魄。
大地と心を通わせるための力だった。
「もう逃げない、札托斯……。
たとえあなたが私のことを忘れてしまっていても、私は――あなたを救い戻してみせる!」
真晝は、はっと目を見開いた。
その瞬間、掌からまばゆい光が溢れ出し、
戦場一帯の大地が大きく震動を始める。
土元素は怒涛のように湧き上がり、
まるで土の大海嘯のように彼女の背後へ集まり、
圧倒的な質量をもって、一つの巨大な力へと凝集していった。
天空では、黒雲が激しく渦巻き、雷霆が雲層のあいだを荒れ狂いながら駆け巡っていた。
その閃光は、戦場一面を銀紫色に染め上げていく。
狂風は唸りを上げ、雲海は激しく波打っていた。
そこは、空を翔ける者だけが辿り着ける高み――
だが同時に、死神すら狩りを始める処刑場でもあった。
奔雷旗の藤原雛もまた、その空域で自分にとって最大の試練を迎えていた。
彼女は嵐の只中に立ち、
金色の長髪は迸る雷光に照らされてきらめき、
背に翻る外套は暴風に巻き上げられ、
まるで燃え立つ雷焰そのもののように見えた。
奔雷旗は六旗部隊の中でも、最強と呼ばれる部隊だった。
その名が示す通り、彼らは雷電のような速さと破壊力を誇っている。
そして藤原雛は、その中にあってなお群を抜く存在だった。
だが今、この果てなき蒼穹の中で、なお飛び続けているのは彼女ただ一人だけだった。
眼下にいた戦友たちは、すでに次々(つぎつぎ)と墜ちゆく光点へと変わり、
風と雷に呑まれながら、闇の下方へ消えていった。
それでもなお、彼女だけは歯を食いしばり、この空に留まり続けていた。
彼女が対峙しているのは、妖幻島において最強格の妖怪の一体――
天狗之王、桑德だった。
桑德の全身には、烈焰と雷流が絡みつくように奔っていた。
その姿は、まるで天地の怒りそのものが形を得たかのようだった。
赤く燃える双眸は、閃く雷光の中で冷たく、そして高慢に輝いている。
それはまるで、地上のすべてを見下ろす神霊の瞳のようですらあった。
六旗部隊は、六島之國の国民であれば、誰であっても選抜を通して自由に参加することができる。
もちろん、それには妖幻島の妖怪たちも含まれていた。
六旗部隊の隊員となった者は、所定の考核を経ることで、「六旗試煉」に挑む資格を得る。
そして、その六旗試煉を無事に突破した者だけが、次代の六旗部隊隊長となることを許される。
中でも奔雷旗の試煉は、とりわけ苛烈なことで知られていた。
その試煉は、「神速に最も近づく者の戦場」とまで呼ばれていたのである。
ただ一つの席を争う最終決戦で、藤原雛の前に立ちはだかった相手こそ、桑德だった。
雛は迅雷のごとき速さで長空を切り裂いた。
その雷刃は鮮烈な弧光を曳き、瞬く間に数百丈もの距離を駆け抜ける。
一方の桑德は、翼を大きく広げて高空へ舞い上がり、
その掌風は空気の流れを激しくうねらせ、烈焰と雷光は中空で絡み合いながらぶつかり合った。
それはまるで、二つの天象が真っ向から衝突しているかのような光景だった。
だが、最後に勝利を手にしたのは、藤原雛だった。
桑德は、あの時たしかに彼女に敗れている。
その敗北に対する拭いきれぬ悔しさは、彼の胸の奥に、やがて小さな種として残った。
そして今、酒吞童子の妖力は、その心の底に沈んでいた種を芽吹かせた。
それは過去に対する未練であり、敗北への執念であり、
かつて果たせなかった想いが、いまや新たな力へと変わって、桑德の内で燃え上がっていた。
桑德が当初、六旗部隊へ加わった最大の理由は、天狗一族もまた、かつては輝かしい栄光を誇る一族だったからである。
しかし、先代の天狗之王は、八歧大蛇との戦いの中で不幸にも命を落とした。
それ以降、天狗一族の力は少しずつ衰退していった。
桑德は、一族を再興するため、苛烈な鍛錬を重ねながら絶えず自らを磨き続け、
やがて新世代の天狗之王へと上り詰めたのである。
今の桑德から放たれる気配は、かつてとはもはや別物だった。
その雷霆の力は、まるで狂い荒れる竜の吐息のように、彼の体内から絶え間なく噴き上がっている。
雷光と火焔は絡み合い、一体となって灼熱の紅雷鎧を形作り、
天そのものを、灼けつくような紅と紫電の入り混じる色へと染め上げていた。
高熱によって空気は揺らぎ、雷鳴は万軍が咆哮するかのごとく、絶えず轟いている。
彼がこのような強大な力を手にしたのは、過酷な修行を潜り抜けてきたからにほかならない。
彼はかつて、妖幻島の最深部にある火山で、幾年にもわたる修行を続けていた。
その過程は、まるで血液そのものを煮え立たせるような苛烈さであり、
一度たりとも楽な瞬間はなく、呼吸するたびに魂を灼かれるような苦痛を伴っていた。
彼は、自分が生まれながらに宿している雷元素の力が、他者のそれとは異なることを理解していた。
桑德が持つ権能――炎血は、自身の生命力を代償として消費し、
体内に宿る雷元素と火元素を融合させることで発現する力である。
それによって彼は、炎雷七式を行使することができるのだった。
かつての試合では、桑德は炎雷七式の第一式しか扱えなかった。
それでもなお、藤原雛をあと一歩のところまで追い詰めていた。
だが、今の桑德は違う。
すでに炎雷七式のうち、六式までを修得していた。
天狗一族である桑德は、生まれながらにして制空戦に秀でた存在として知られていた。
あの鉄のように黒く鋭い双翼は、気流を自在に操る力を持ち、
彼を雷雲と暴風のただ中で、影のように縦横無尽に駆け巡らせた。
その速さ、回避、そして視界の掌握において、
桑德は大半の種族をはるかに凌駕していた。
桑德は確信していた。
戦場が空であるかぎり、自分はほとんど敗れることはない、と。
奔雷旗の中で、ただ一人、彼の速さに食らいつける者がいた。
それが、隊長である藤原雛だった。
藤原雛の体内には、天使族の血が流れている。
その純白の羽翼は、雷光の中で銀藍色の輝きを帯び、
羽根がかすかに震えるだけで、周囲の気流の軌道さえ変えてしまう。
藤原家は古より、天使族と人族の混血を受け継ぐ家系だった。
彼らは人間の鋭敏さと、天使の空間感知の才を併せ持ち、
極限の飛翔の中であっても、風圧と魔力の流れを正確に見極めることができた。
雛は、その血脈に宿る天賦の才によって、
肉眼では捉えられないほどの速さで、雷霆の狭間を貫いていくことができる。
その姿はしばしば、
「雲層を貫く白耀の閃光」
と形容されていた。
だからこそ、相手が天狗之王である桑德であろうとも、
彼女はなお顔を上げ、真っ向から迎え撃つことができた。
一歩たりとも引かなかった。
――なぜなら彼女は信じているからだ。
自分のこの双翼は、天空において、誰にも奪わせはしないと。
その刹那、天空は引き裂かれた。
雛が桑德の姿を捉えた時、相手はすでに力を溜め終えていた――
次の瞬間、耳をつんざく咆哮とともに、桑德は一切の躊躇いもなく、炎雷一式――降雷・天火を放った。
天の果てまで広がる空は、たちまち赤紅と紫電に染まり、
まるで災厄そのものが色彩を持って降りてきたかのようだった。
雷霆と火焔は絡み合い、一本の灼熱の光柱となって、雲上から轟然と墜ちてくる。
それはまるで、神罰そのものが大地へ叩きつけられたかのような一撃だった。
その威力は、かつての試合で見せたものとは比べものにならない。
もはや同じ技と呼ぶことすら躊躇われるほどに、隔絶した力を宿していた。
その力は、単なる魔力の爆発ではない。
命そのものを薪として燃やし、怒りを核として凝縮させた、凄絶な破壊の顕現だった。
空気は一瞬で蒸発し、
烈焰は雷圧によって捻じ曲げられ、幾重もの火環を形作る。
空そのものが、地獄の熔炉へと変わっていた。
藤原雛の小隊に属する隊員たちは、反応する暇すらなかった。
轟音はすべてを呑み込み、震波は飛行陣形を一瞬で打ち砕く。
数名の隊員は、そのまま雷焰に呑み込まれた。
魔力障壁は一撃すら支えきれずに崩壊し、
彼らの身体は、まるで流星のように雲端から墜ちていく。
その軌跡は、灼けつく残光となって空に長く引き残されていた。
「全員、散開しろ!」
雛が放った命令は、荒れ狂う風の咆哮に呑まれ、ほとんど掻き消された。
彼女は即座に双翼を広げた。
その身の周りには雷光が鋭く迸り、
次の瞬間には、常識を超えた反射速度で、雷火の裂け目へと身を滑り込ませていた。
烈焰は彼女の頬をかすめ、
焦げた熱風は羽翼の縁を舐めるように走る。
それでも彼女は、寸分の狂いもない精密な角度で、その死域を突き抜けていった。
彼女は雷焰の只中を滑空しながらも、表情ひとつ変えなかった。
その眼差しだけが、雷火に包まれたあの影を鋭く捉え続けている。
「……まさか、ここまで辿り着いていたなんて……」
雛は、胸中でそう静かに呟いた。
その視線は、雷と炎を纏う桑德の姿から、一瞬たりとも離れなかった。
雛がようやく第一波の攻撃を回避した、その直後のことだった。
息を整える暇すらないまま、天空は再び激しく炸裂した。
桑德は双翼を大きく広げ、体内を巡る雷炎を轟々(ごうごう)と鳴り響かせる。
その響きは、まるで無数の太鼓が一斉に打ち鳴らされるかのようだった。
その凄まじい力は灼熱の光環となって彼の背後で回転し、
その口元には、冷酷な笑みがわずかに浮かんでいた。
炎雷二式――追雷・炎針。
その怒喝とともに、空は一瞬にして燃え上がった。
無数の細長い雷焰が、鋭い光針へと凝縮され、
豪雨のような勢いで天から降り注いでくる。
その一本一本が、鋼鉄すら貫くに足る熱量と速度を宿していた。
掠めて飛ぶたび、空気は灼き焦がされ、空には幾筋もの黒い傷痕が刻まれていく。
雛は翼を打ち、稲妻のような速さで空域を駆け抜けた。
その身影は雷光の狭間で幾度も閃き、
ほとんど銀白色の流光そのものと化していた。
だが、彼女がいかに攻撃を躱そうとも、炎針たちはなお執拗に追いすがってきた。
それらは藤原雛の位置を自動で追尾し、
ひとたび外れたとしても、瞬時に軌道を修正して再び襲いかかってくる。
「厄介ね……」
雛は低く吐き捨てるように呟いた。
もはや避け続けるだけでは凌ぎきれないと判断し、
彼女は腰に佩いていた剣を抜き放つ。
それは、彼女が奔雷旗の隊長となった時、
先代隊長より託された神器――萬象奔雷だった。
その剣身は細く長く、なおかつ透き通るように澄んでおり、
その内部には、まるで雷脈のような銀色の光が絶えず流れていた。
雛は軽く羽翼を震わせ、
その身を雷海の只中に静止させた。
次の瞬間、無数の炎針が轟きを上げて目前へ迫る。
――鏘!
澄み切った長鳴が空を震わせると同時に、
萬象奔雷の剣身に刻まれた雷紋が一斉に輝きを放った。
この剣は、雷元素を帯びた攻撃を刀身へ引き寄せ、導き、そして吸収する力を持っている。
雛は神器の力と、自らが鍛え上げてきた剣技を重ね合わせ、
襲い来る炎針の群れを、驚くほど鮮やかに斬り払い、受け流し、そして無力化していった。
桑德の気配は、雷雲の中で急激に膨れ上がっていった。
空は再び引き裂かれ、重く軋む。
彼が双翼をひとたび打ち振るうと、烈焰と雷光は狂気じみた渦となって絡み合い、
その双眸には、熾烈な戦意が狂熱のように燃え上がっていた。
炎雷三式――炎砲・咒雷。
彼の掌中には、一基の巨大砲が凝縮されるように形を成していく。
灼熱の力は限界まで圧縮され、その瞬間、周囲の空気すら燃え立ちそうなほどだった。
そして轟然とともに、雷炎巨砲は雲端から撃ち放たれた。
それは蒼穹を貫くほどの威勢を帯び、一直線に雛のいる高空へ襲いかかる。
だが、それはもはや単なるエネルギーの奔流ではなかった。
火焔と雷電が絡み合って形作られた一頭の巨竜が、
咆哮しながら身をくねらせ、空を喰らうように突き進んでくるかのようだった。
その進路にあった雲層はたちまち焼き尽くされ、黒く焦げた灰燼へと変わっていく。
空気は灼けつく暴風へ変貌し、
轟いていた雷鳴すら、その低く震える咆哮に呑み込まれていた。
しかし、雛は躱そうとはしなかった。
彼女は迫り来るその一撃を正面から見据え、
なおも神器――萬象奔雷を振るい、その攻撃を受け止め、導き、そして打ち消していく。
それでもなお、この一撃がもたらした衝撃は決して小さくはなかった。
萬象奔雷を握る彼女の手には、かすかな痺れが残る。
それはほんの僅かな感覚ではあったが、
この攻撃が、これまでとは明らかに一線を画す威力を持っていたことを、何より雄弁に物語っていた。
雛がその一撃について思考を巡らせる暇もないうちに、桑德の次の攻撃がすでに襲いかかってきた。
炎雷四式――炎槍・葬雷。
その時、桑德の周囲に満ちていた雷元素の力は、強引に一点へと引き寄せられていった。
天空を覆っていた黒雲は、まるで内側から裂かれるかのように大きく割れ、
無数の雷光が一斉に桑德へ向かって収束していく。
炎は彼の掌の中で凝縮され、
やがてゆっくりと引き延ばされるようにして、一振りの燃え盛る長槍へと姿を変えていった。
槍身の上では、雷電と火焔が複雑に絡み合い、
そこから迸る光芒は、まるで熔けた黄金のような眩さを放っていた。
その穂先がわずかに震えるたび、
空気は耐えきれずに破裂するかのような低い轟きを上げる。
それは、空間そのものが灼き穿たれているかのような異様な響きだった。
桑德は双翼を大きく打ち振るい、そのまま天へ駆け上った。
その姿は、まるで雷龍が雲霄を突き破るかのようだった。
次の瞬間、その長槍は凄まじい勢いで投げ放たれた。
それは天と地を貫く流星のように疾走し、
狂暴な雷鳴を引き連れて、藤原雛のもとへ轟然と降り注いでくる。
だが、その槍は単なる一本の軌道ではなかった。
中空を裂きながら飛ぶその途上で、長槍は数十もの雷焰の分槍へと分裂したのである。
その一つ一つが、まるで独立した破壊意志を宿しているかのように動き、
燃え盛る軌跡を曳きながら、四方八方から藤原雛を包囲していった。
雷焰が降り注いだ瞬間、蒼穹はまるごと火を放ったかのように燃え上がる。
烈焰は風層を焼き焦がし、雷電は雲海を突き破り、
空そのものが、破滅のための葬送の儀式へと変わっていった――
これほど苛烈な猛攻を前にしても、藤原雛は少しも慌てなかった。
彼女は依然として神器――萬象奔雷を構え、その力で迎撃しようとする。
だが、今度ばかりは彼女の予想を裏切った。
この一撃は、吸収されなかった。
それどころか――
雷焰の槍は、そのまま真正面から雛を撃ち抜いた。