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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第四章 成長の証(1/7)

わたしたちが酒吞童子しゅてんどうじはげしく交戦こうせんしていたその最中さなか妖幻島ようげんとう全体ぜんたいは、すでにべつ混乱こんらん深淵しんえんへとまれていた。

酒吞童子しゅてんどうじわたし対峙たいじしたさい発動はつどうした十階儀式魔法じっかいぎしきまほう――「鳴妖呼喚めいようこかん」は、表面上ひょうめんじょうこそ島中しまじゅう妖気ようき拡散かくさんさせるものにえた。

だが、それはたん周囲しゅうい空気くうき妖気ようきおかすだけのものではなかった。

そのとき妖幻島ようげんとう全体ぜんたいは、まるで得体えたいれぬ脈動みゃくどうつつまれたかのようだった。

空気くうきにはねばりつくような気配けはいち、ひといきをすることさえくるしくかんじるほどだった。

酒吞童子しゅてんどうじは、自身じしん妖気精華ようきせいか媒介ばいかいとして、理性りせい侵蝕しんしょくする妖力ようりょく波動はどう一瞬いっしゅんひろげていたのだ。

じつのところ、酒吞童子しゅてんどうじ雲閣うんかくかう以前いぜんから、すでにみずからの妖力ようりょくもちいて、一部いちぶ妖怪ようかいたちをひそかにあやつっていた。

そして「鳴妖呼喚めいようこかん」が発動はつどうした瞬間しゅんかん妖幻島ようげんとう各地かくち支配しはいされていた妖怪ようかいたちが一斉いっせい姿すがたあらわした。

そのひとみうつろで、うごきはぎこちなくかたい。

それでもなお、ゆがんだ殺意さついだけは宿やどしており、理性りせいうしなったまま、うつるすべてのものおそいかかっていった。

これは単純たんじゅん精神操作せいしんそうさではない。

無理むりやり意志いし支配しはいするたぐいのものでもなかった。

鳴妖呼喚めいようこかん」の本質ほんしつは、妖族ようぞく本能ほんのう最奥さいおうねむ戦慄せんりつ衝動しょうどうこすことにある。

酒吞童子しゅてんどうじは、一体いったいごとの妖怪ようかい直接ちょくせつつながろうとはしなかった。

そのわり、あの圧倒的あっとうてき威圧いあつによって妖性ようせい共鳴きょうめいこし、しまじゅうの妖怪ようかいたちへ、簡潔かんけつでありながら絶対的ぜったいてき致命的ちめいてき命令めいれいくだしたのだ。

――まえにいるてきを、すべてころくせ。



この状況じょうきょうは、きわめて厄介やっかいだった。

あの魔法まほうは、いかなる通常つうじょう精神術式せいしんじゅつしきによっても解除かいじょできず、

言葉ことばによっておもいとどまらせることもできなかった。

大半たいはん妖怪ようかいにとって、その命令めいれいはすでに血脈けつみゃく奥深おくふかくまでみ、

本能ほんのう」の一部いちぶへとわっていた。

かれらののこっているのは、ただあか殺意さついだけ――

敵味方てきみかた区別くべつもなく、苦痛くつうすらかいさず、

ただひたすらにたたかい、くことしからない。

妖幻島ようげんとう全体ぜんたいは、完全かんぜんなる狂気きょうきへとまれていた。

妖気ようきおかされた地脈ちみゃくはげしく震動しんどうし、

山巒さんらんからは黒霧こくむながし、

空気くうきなかには、られるようなひく咆哮ほうこうするど悲鳴ひめいなくこだましていた。

それでもなお、神々(かみがみ)と六旗部隊ろっきぶたい一歩いっぽたりとも退かなかった。

全員ぜんいん陣形じんけい維持いじせよ! 靈泉曉れいせんぎょうさま結界半径けっかいはんけい死守ししゅしなさい!」

月読つくよみ半空はんくうち、銀髪ぎんぱつ暴風ぼうふうひるがえらせながら、にしたつえよりすような銀白色ぎんぱくしょく光芒こうぼうはなっていた。

そのこえやいばのようにつめやかで、戦場せんじょうおお喧騒けんそうぐにつらぬいていく。

陰虛旗いんきょき部隊ぶたいは、彼女かのじょ指揮しきのもと、三重さんじゅう円陣えんじんんでいた。

最前列さいぜんれつ結界盾けっかいたてかまえ、せる衝撃しょうげきめる。

第二列だいにれつ反制法陣はんせいほうじん展開てんかいし、てき術式じゅつしきおうじる。

そして第三列だいさんれつは、暗元素あんげんそはなち、遠距離えんきょりからせる妖潮ようちょうおさんでいた。

防衛線ぼうえいせん全体ぜんたいは、まるで銀光ぎんこう幾重いくえにも交差こうさする城壁じょうへきのようであり、

靈泉曉れいせんぎょうのいる場所ばしょを、文字通もじどおいのちしてまもいていた。


東方とうほうでは、天照大神あまてらすおおみかみもまた高空こうくうっていた。

金色きんいろ羽光うこうがその両腕りょううでつつみ、指先ゆびさきには烈焰れつえんがっている。

天照大神あまてらすおおみかみ烈火旗れっかき部隊ぶたいひきい、東側ひがしがわ炎焰結界えんえんけっかい展開てんかいし、せてくる妖群ようぐんめていた。

そして戦場せんじょう中心ちゅうしんでは――

靈泉曉れいせんぎょう結界けっかいかくし、両手りょうてわせ、眉間みけん宿やど湛藍たんらんひかり流泉りゅうせんのようにらめかせていた。

その呼吸こきゅうはほとんどまっているかのようにしずかで、

たましいそのものが、すでにべつ階層かいそうふかもぐんでいるようにもえた。

そのひかりかみさきから指先ゆびさきへとながれ、

まるで無数むすう霊脈れいみゃくなにかをさがもとめているかのようだった。

彼女かのじょいま七葉真ななはまことたましいへだてている封印ふういんつらぬこうとしていた。

それはきわめて精緻せいちで、同時どうじにあまりにももろ作業さぎょうだった――

ほんのわずかでも波動はどうみだれれば、彼女かのじょ精神せいしんそのものがくだ危険きけんすらあった。



そのとき、神々(かみがみ)は六旗部隊ろっきぶたいへ、きわめて苛酷かこくめいくだしていた。

それは、妖怪ようかいたちをころすことなく、一体いったいずつ制圧せいあつせよというものだった。

それは、残酷ざんこくという言葉ことばすらぬるかんじられるほど、絶望ぜつぼうちかたたかいだった。

眼前がんぜんせまってくる妖怪ようかいたちのなかには、村落そんらくまもってきた守護獣しゅごじゅうもいれば、

かつてかたならべてたたかった仲間なかまもいた。

だが、その双眸そうぼうはとうに酒吞童子しゅてんどうじ妖気ようきによってあかげられ、

きばし、のどけよとばかりに咆哮ほうこうしながら、

理性りせいたぬまま、かつての仲間なかまへとおそいかかっていった。

このたたかいにおいて、だれひとりとしてらくものはいなかった。

妖族ようぞくにとってかれらは、意志いし無理むりやりうばわれた被害者ひがいしゃであり、

神々(かみがみ)と六旗ろっきにとっては、「たたかわなければならない、それでもころしてはならない」というおもすぎる責務せきむ背負せおわされた存在そんざいだった。

それは、よりもなおおも戦場せんじょうだった。




小型こがた妖怪ようかいたちが、幾重いくえにもなみして六旗部隊ろっきぶたいせてきた。

するど尖嘯せんしょうけもの咆哮ほうこう空気くうきなか幾重いくえにも交錯こうさくし、

それはまるで無数むすう一斉いっせいはなたれるおとのようにひびわたり、

大地だいち全体ぜんたいふるわせていた。

妖気ようきじりい、濃密のうみつきりとなってちこめ、

そのにいるものたちの呼吸こきゅうすらうばわんばかりの重苦おもくるしさをただよわせていた。

そのとき疾風旗しっぷうき隊長たいちょう――九羅河旭くら・こうきょく一歩いっぽまえした。

その足元あしもとには、瞬時しゅんじ回転かいてんする魔法陣まほうじんかびがり、

風元素ふうげんそ水流すいりゅうのようにかれうでへとながんでいく。

銀白ぎんぱく風刃ふうじん空間くうかんなかするど明滅めいめつし、

かれ両手りょうていとあやつ指揮者しきしゃのように、よどみなくっていた。

五階風元素魔法ごかいふうげんそまほう――乱風らんぷう

魔法陣まほうじん魔力まりょく呼応こおうするように拡張かくちょうし、

地表ちひょう気流きりゅういかれるりゅうのごとくはげしくうねりはじめた。

暴風ぼうふう中心ちゅうしんから一気いっき拡散かくさんし、無数むすう砕石さいせき砂塵さじんげる。

その魔法まほうは、空気くうきそのものをくような圧迫感あっぱくかんともなっていた。

交差こうさする気流きりゅう数十すうじゅうもの鋭利えいり風刃ふうじんへとわり、

それらは幾重いくえにもからって、ひとつの破壊的はかいてき風嵐ふうらん形作かたちづくっていく。



そのなかまれた妖怪ようかいたちは、みみをつんざくような悲鳴ひめいげ、

その旋風せんぷうはじばされ、地面じめんはげしくたたきつけられていった。

河旭こうきょく表情ひょうじょう冷然れいぜんとしており、そのたかのようにするどかった。

かれ気流きりゅうきをこまやかに制御せいぎょし、風勢ふうせい寸分すんぶんくるいもなくあやつっていた。

その結果けっか妖怪ようかいたちは戦線せんせんそとへとはじされていくものの、

一体いったいとして、そのいのちとすことはなかった。

その背後はいごでは、疾風旗しっぷうき隊員たいいんたちも同時どうじうごしていた。

かれらはその風勢ふうせい利用りようして陣列じんれつひろげ、移動速度いどうそくど一気いっきたかめていく。

あるもの風盾ふうじゅん展開てんかいしてせま攻撃こうげきふせぎ、

またあるものなわ結界けっかいもちい、ばされた妖怪ようかいたちを次々(つぎつぎ)とふうめていった。


だが、この魔法まほう足止あしどめできるのは、あくまで妖怪ようかいたちの一部いちぶにすぎなかった。

風壁ふうへきうなりをげてくるっていたが、

つぎ瞬間しゅんかんには、幾筋いくすじもの素早すばや残影ざんえいによってかれていた。

細長ほそながかげいくつも地面じめんすれすれをすべるようにける。

それはまるで、疾風しっぷうなかまぎれたやいばそのものだった――

その妖影ようえいたちは、ほとんど気流きりゅう一体化いったいかしているかのようで、

わずかな体勢たいせい変化へんかだけで旋風せんぷうほころびを見極みきわめ、

その薄弱点はくじゃくてん一瞬いっしゅんけていった。


河旭こうきょく瞳孔どうこうがわずかにちぢむ。

その周囲しゅうい渦巻うずまいていた風元素ふうげんそながれが、一瞬いっしゅんだけするどめた。

だが、その妖影ようえいたちのはやさは、もはや姿すがたとらえることすらむずかしいほどだった――

たった一息ひといきあいだに、かれらは防衛線ぼうえいせん迂回うかいし、

九羅河旭くら・こうきょく眼前がんぜんへとせまっていた。


をつけろ!」

隊員たいいんたちは間一髪かんいっぱつでそれを察知さっちし、

幾筋いくすじもの風刃ふうじん交差こうささせながらはなった。

空気くうきするど尖嘯せんしょうが、四方しほうひびわたる。

鋼鉄こうてつどうしが激突げきとつしたかのような轟音ごうおんが、中空ちゅうくう炸裂さくれつした――

かれたのは血肉けつにくではなかった。

ぶつかりっていたのは、やいばやいばだった。

その瞬間しゅんかん、そのにいた全員ぜんいんが、ようやくてき正体しょうたいった。

その妖怪ようかいたちは、風元素ふうげんそあやつることにけた妖族ようぞく――鐮鼬かまいたち



鐮鼬かまいたちのこなしはかろやかで、まるで疾風しっぷうなかはしやいばのようだった。

そのひとつひとつのまたたきにもうごきには、致命的ちめいてき殺意さついひそんでいる。

け! おれたちは味方みかただ――こえているのか!?」

一人ひとり隊員たいいんのどかんばかりにさけんだ。

だが、鐮鼬かまいたちたちはまるで反応はんのうしめさなかった。

その双眼そうがんのようにあかまり、理性りせいはひどくけがされている。

かれらの脳裏のうりひびいているのは、ただひとつの残虐ざんぎゃく命令めいれいだけだった。

――やつらをころせ。



鐮鼬かまいたちたちの出現しゅつげん瞬間しゅんかん九羅河旭くら・こうきょく眉間みけんにかすかな不安ふあんはしった。

むねうちに、いようのない不吉ふきつ予感よかんがる。

そして、その予感よかんはすぐに現実げんじつとなった。

九羅河旭くら・こうきょくがまだ反応はんのうするよりもはやく、

重苦おもくるしい気配けはい長空ちょうくうき、風壁ふうへきはげしくるがせた。

つぎ瞬間しゅんかん一帯いったい気流きりゅうこおりついたかのように停止ていしする。

それはかれ風元素魔法ふうげんそまほうくだかれたのではなかった。

かぜそのものが、みずかうごきをめたのだ。

風壁ふうへきそとから、ひときわ長身ちょうしんかげが、おともなく姿すがたあらわした。

そのもの戦場せんじょうあしれた瞬間しゅんかん

れていた狂風きょうふうみずか左右さゆうれ、

まっすぐにびる一本いっぽんみちした。

まるで、そらそのものの律動りつどうが、そのもの屈服くっぷくしたかのようだった。

その瞬間しゅんかん九羅河旭くら・こうきょくさとった。

自分じぶん足元あしもとめぐっていた気流きりゅうですら、もはや自分じぶん意志いしにはしたがっていないのだと。



相手あいては、ただ片手かたてげただけだった――

そのうごきはあまりにもゆるやかで、まるでなんちからめていないかのようだった。

「――!」

つぎ瞬間しゅんかん狂風きょうふうぜた。

一閃いっせん風刃ふうじんが、横薙よこなぎに戦場せんじょうはらう。

空気くうき容赦ようしゃなくかれ、その轟音ごうおん鼓膜こまくやぶらんばかりにひびわたった。


河旭こうきょくこえげるよりはやく、

そのかたわらにいた三人さんにん隊員たいいんは、まるでやぶれたぬののようにちゅうばされた。

かれらの身体からだ地面じめんはげしくたたきつけられ、

土煙つちけむり血霧けつむ一気いっきがる。

「し……師匠ししょう……」

河旭こうきょく見開みひらき、

見覚みおぼえがあるはずなのに、いまはどこかひどく見知みしらぬその姿すがたつめた。

そのこえには、愕然がくぜんとしたおどろきと、ぬぐれぬ恐怖きょうふが入りじっていた。

そこにあらわれたのは、九羅河旭くら・こうきょくであり、

そだてのちちでもあり、

そして同時どうじに、鐮鼬之王かまいたちのおう――九羅秦くら・しんそのひとだった。



河旭こうきょくは、おさなころてられたどもだった。

あのとしふゆかぜはひどくつめたく、湖面こめんにはうすこおりっていた。

当時とうじかれは、ぼろぬのだけをきつけたまま、妖幻島ようげんとう荒野こうやちいさくまるめていた。

そんなかれげたのは、れたまゆあとのこる、あのだった。

そのものこそ、九羅秦くら・しんだった。

「このは……まだきていたのか……」

しんはそのとき、そうひくつぶやいた。

だが、そのかおかんでいたのは、ひとことではあらわせぬ複雑ふくざつ感情かんじょうだった。

その瞬間しゅんかんから、かれはもはや孤独こどく老妖ろうようであるだけではなくなった。

だれかのちちとなったのだ。

かれはそのおとこあたえた――九羅河旭くら・こうきょく

のぼりゆく旭日きょくじつのように、過去かこかげやぶり、

朝陽あさひのごとく、みずからの運命うんめいらしものとなるように。



河旭こうきょくは、まれながらにしてきわめてたか風元素ふうげんそとの親和性しんわせいっていた。

まれたそのときから、すでに空気くうきながれや脈動みゃくどうかんることができたのである。

しんは、そのさいをすぐに見抜みぬいた。

ゆえにみずからので、鐮鼬かまいたち一族いちぞくほこりとする風刃術ふうじんじゅつ体技たいぎを、九羅河旭くら・こうきょくたたんでいった。

その鍛錬たんれんは、まるで戦場せんじょうそのものだった。

きびしさは常軌じょうきいっし、とき残酷ざんこくとすらべるほどだった。

九羅河旭くら・こうきょくは、よるごときずいたみにえかね、ひそかにいしばることもおおかった。

それでも、ただの一度いちどたりともあきらめたことはなかった。

かれっていた。

師匠ししょう厳格げんかくではあったが、そのきびしさのなかには、たしかにおのれ意志いしめられているのだと。

河旭こうきょくたおれるたび、しんだまってかたわらにつだけで、けっしてそうとはしなかった。

だが、かれがついに自力じりきがったときには、いつもれた手拭てぬぐいをしていた。

その無言むごん仕草しぐさは、どんな言葉ことばよりも雄弁ゆうべん肯定こうていだった。

ある二人ふたりはいつものように小屋こや夕食ゆうしょくかこんでいた。

そばではあついスープがぐつぐつとおとてている。

そのとき河旭こうきょくはふとかおげ、ひとつの問いをくちにした。

「どうして、あのときおれったんだ?」

しんは、すぐにはこたえなかった。

ただ、九羅河旭くら・こうきょくにあるからになったわんげ、

そこへ湯気ゆげ料理りょうりをもう一杯いっぱいしずかによそった。

河旭こうきょく手元てもとわんつめたまま、その意図いとつかめずにいた。

しんは、そんな河旭こうきょく無垢むく眼差まなざしをつめたのち、

ゆっくりとけ、ちいさくいきいた。

「……どうやら、おまえももうおおきくなったようだな」

「?」

河旭こうきょくは、なおも意味いみがわからず、きょとんとしたまましんつめていた。

妖怪ようかい世界せかいは、ほか種族しゅぞくとはちがう。

まえはいずれ、おのれかえるべき世界せかいもどらねばならん。

ここは、いつまでもおまえとどまるべき場所ばしょではない。

老夫ろうふおしえられるのは、この世界せかいびるためのすべだけだ」

しんは、そうしずかにかせるようにかたった。



しんは、河旭こうきょくきたみちびくうえで、たしかに厳格げんかくだった。

だが、ちちとしてのかれは、つね九羅河旭くら・こうきょくのことを第一だいいちかんがえていた。

しんには、かつて魔物まものとのたたかいのなかいのちとしたがいた。

つまもまた、ずっと以前いぜんっている。

それ以来いらいかれはただひとりできてきた。

まるできる目標もくひょうそのものをうしなってしまったかのように、

後悔こうかいなかしずつづけていた。

あのとき息子むすこすくうことができなかった――

その事実じじつが、かれむねえることのないいたみとしてのこつづけていたのである。

だが、あの湖畔こはんあるいていたかれは、そこでひとてられた九羅河旭くら・こうきょくつけた。

その瞬間しゅんかんむねそこおりのようにもっていた後悔こうかいは、

いつしかつぐないにも感情かんじょうへと姿すがたえていた。

かつてたせなかったことを、今度こんどこそげたい――

そうねがわずにはいられなかったのだ。

かれきびしい師匠ししょうであり、

同時どうじに、ふかやさしさをむねいだいた父親ちちおやでもあった。

そうして歳月さいげつながれた。

九羅河旭くら・こうきょくは、その執念しゅうねんにもたひたむきさとるがぬ信念しんねんむねに、

六旗部隊ろっきぶたいなか幾多いくた困難こんなんけ、

ついには疾風旗しっぷうき隊長たいちょうへとのぼめた。

かれ権能けんのう――「不屈ふくつ」は、

いたみとあらがい、運命うんめいとぶつかりいながらあゆんできた、あのなが歳月さいげつなかきたげられた意志いしそのものだった。

そしていま、その意志いしは、かつてないほど残酷ざんこく試練しれんまえにしている。

戦場せんじょうでは、なおもかぜが荒々(あらあら)しく咆哮ほうこうしていた。

鐮鼬かまいたち一族いちぞくはな風刃ふうじんは、空気くうきなかえぬ殺意さついへとわり、あらゆる方向ほうこうからおそる。

九羅秦くら・しん――

かれ生涯しょうがいにわたってうやまつづけてきたそのひとは、

すでに酒吞童子しゅてんどうじ魔法まほうふかおかされていた。

その双眼そうがんには異様いよう銀光ぎんこうともり、

もはや、そこに感情かんじょう気配けはい微塵みじんのこっていなかった。



かれは、もはや九羅河旭くら・こうきょくのことを認識にんしきしていなかった。

しんは、ゆっくりと両腕りょううでげた。

その指先ゆびさき空気くうきをかすめた瞬間しゅんかん戦場せんじょう全体ぜんたい風向ふうこう一変いっぺんする。

気旋きせんかれ周囲しゅういめぐり、まるでけもののどおくうなっているかのようだった。

風刃ふうじんどうしがはげしくこすい、するど音爆おんばくを次々(つぎつぎ)とほとばしらせていく。

つぎ瞬間しゅんかんしん両腕りょううでたかかかげた。

筋肉きんにくつよめ、妖気ようき風元素ふうげんそ同時どうじはげしくふるす。

八階戦技はっかいせんぎ――鐮風妖刀れんぷうようとう

狂風きょうふうは、まるで刀刃とうじんによってられた怒涛どとうのごとく、轟然ごうぜん炸裂さくれつした。

無数むすう旋斬せんざん中空ちゅうくう疾走しっそうし、幾重いくえにも交錯こうさくしていく。

その一撃いちげき一撃いちげきには、空間くうかんさえかんばかりの激流げきりゅう宿やどっていた。

それは、もはやたんなるかぜではなかった。

極限きょくげんまで圧縮あっしゅくされた速度そくどが、むきしの「殺意さつい」へとわったものだった。

刃風じんぷう四方八方しほうはっぽうからおそいかかり、

その気流きりゅうげるうなりは、百鬼ひゃっき一斉いっせい慟哭どうこくしているかのようにひびわたった。

その余波よは地面じめんをかすめるだけで、岩石がんせきはたちまちこまかな粉塵ふんじんへとけずくだかれていく。

この一撃いちげきは、金属きんぞくよろいもまとめて粉砕ふんさいしかねない威力いりょくめていた。

だが、そのてなき風嵐ふうらんのただなかにあってなお、九羅秦くらしん姿すがた山岳さんがくのようにるぎなくっていた。

まるでかぜというかぜ律動りつどうすべてが、かれ掌中しょうちゅうにひざまずいているかのようだった。


河旭こうきょく長刃ちょうじんいてむかとうとした。

だが、そのうごきにはあきらかな躊躇ためらいがあった。

自分じぶん師匠ししょうかって、どうしてやいばろせるというのか。

「……この一太刀ひとたちは、るえない……!」

その一瞬いっしゅんまよいが、致命的ちめいてきすきとなった。

しん斬撃ざんげきは、正面しょうめんから九羅河旭くら・こうきょくむねいた。

かれ身体からだ十数尺じゅうすうしゃくばされ、そのままはげしく岩壁がんぺきたたきつけられる。

くちからは鮮血せんけつし、あつてつあじのどおくひろがった。

かれたおし、両手りょうてふるわせる。

みみおくでは轟音ごうおんひびき、視界しかいはぼやけ、らぎつづけていた。

そのとき、ひとつのこえが、記憶きおくふかそこからしずかにひびいてきた。

――「て、河旭こうきょく。おまえはまだたおれるわけにはいかん」

それは、師匠ししょうこえだった。

かれ幾度いくどたおれても、そのたびにただひとみみにしてきた言葉ことば

なぜなら、かれおさなころからおしまれてきたのだ。

この世界せかいでは、たおれるということは意味いみする。

そしてきるということは、一瞬いっしゅん躊躇ためらいすらゆるされぬたたかいなのだと。

河旭こうきょくふるえる身体からだ無理むりやりささえ、ゆっくりとこした。

脳裏のうりには、かつての日々(ひび)が怒涛どとうのようにせる。

あのころかれ何度なんどたおされた。

何度なんど風刃ふうじんかれた。

そして何度なんども、あせなかで、がるすべおぼえてきた。

いま、たとえ相手あいてが、おのれ生涯しょうがいでもっともうやまってきたひとであろうとも――

かれはもう、そむけるわけにはいかなかった。

河旭こうきょくばし、口元くちもとにじぬぐる。

その双眸そうぼうには、ふたたるがぬひかり宿やどっていた。

こえひくく、それでいてどこまでも鮮明せんめいだった。

「……あなたは、かつてっていました。

ここは、おれがいるべき場所ばしょではないと……」

「けれど、ここは……おれまもりたい場所ばしょなんです」

かぜが、かれ足元あしもとからしずかにのぼった。

それはかれ意志いしこたえるように脈打みゃくうち、共鳴きょうめいしていく。

もう、かれまよわなかった。



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