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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第三章 寄り添う心(1/5)

六島之國ろくとうのくに妖幻島ようげんとう

六玄閣ろくげんかくかう準備じゅんびととのえていた前夜ぜんやそらかぶつきは、すでに一角いっかくいていた。

月明つきあかりはなおも皎潔こうけつであったが、おもたいきりさえぎられ、そのひかり中空ちゅうくうでずたずたにけずられたかのようにくだけ、まるで妖幻島ようげんとう地表ちひょうにまでとどけぬかのようであった。

時刻じこくはすでに深夜しんやちかく、つめたいかぜ湿しめったしお気配けはいふくみながら、しずまりかえったしまもりけていた。

そして、まさにそのとき——妲己ダッキがひっそりと妖幻島ようげんとううえ姿すがたあらわした。

彼女かのじょ淡紫色たんししょく長袍ちょうほうにまとい、おともなく林間りんかん小道こみちすすんでいった。

銀白色ぎんぱくしょく月光げっこう枝葉しよう隙間すきまからしずかにこぼれち、ほそいとのように彼女かのじょなかかくれたかみさきそではしをそっとらしていた。


このよる妖幻島ようげんとう全体ぜんたいは、ひときわふか静寂せいじゃくつつまれていた。

かつての昼間ひるまには、信徒しんと旅人たびびとたちが転送点てんそうてんとおり、雲閣うんかくうえにある天狐神社てんこじんじゃ参拝さんぱいかう姿すがたえることはなかった。

だが、八歧大蛇やまたのおろち襲撃しゅうげき以来いらいしまはしばらく警戒態勢けいかいたいせいはいり、霊気れいきちこめる山道さんどうには、もはや人影ひとかげひとつえなくなっていた。

妲己ダッキがこのおとずれたのは、参拝さんぱいのためではなかった。

彼女かのじょ目指めざさきは、妖幻島ようげんとう奥深おくふかくにかくされ、妖族ようぞくおさだけがその存在そんざいる、いにしえよりの場所ばしょであった。

この行動こうどうは、推論すいろん情報じょうほうもとづくものではなく、言葉ことばではあらわせない直感ちょっかんによるものであった――それは、たましい奥底おくそこからひびいてくるごえのようなものであった。

そのこえは、現実げんじつのいかなる伝達でんたつにもぞくしておらず、むしろゆめなかわすれられた残響ざんきょうのように、彼女かのじょむねうちでかすかにつづけていた。

あわ曖昧あいまいでありながら、それでもなお、けっして無視むしできぬほどに真実味しんじつみびていた。

海之王うみのおう奈吉托斯ナギトスはげしくやいばまじえたあの瞬間しゅんかんくる潮騒しおさい魔力まりょくあつからい、みみをつんざくような轟音ごうおんしていた。

その怒涛どとう雷光らいこう狭間はざまで、妲己ダッキは、一瞬いっしゅんだけ、まったくことなる気配けはい意識いしきうばわれた。

それは奈吉托斯ナギトス威圧いあつでもなく、また魔法まほう解析かいせきできるいかなるちからでもなかった。

むしろそれは、彼女かのじょこころもっとふかいところからとどびかけのようであり、はる彼方かなたから、その心神しんしんしずかにうごかしていた。


それは幻覚げんかくではなかった。

ほんの一瞬いっしゅんではあったが、彼女かのじょかぜなみ狭間はざまにて、かたちなきこえひくささやくのをいた。

そのこえ曖昧あいまいで、とおくかすれており、まるでひさしくばれることのなかったが、そっとこされたかのようであった。

それ以来いらい、その気配けはい彼女かのじょ胸中きょうちゅうからえることなく、えぬいとのように、えず彼女かのじょいていた。

ゆえに妲己ダッキは、よるまぎれてうごくことをえらんだ。




こけむした石階段いしかいだんけたさきで、妲己ダッキきりつつまれた幽谷ゆうこく入口いりぐちまった。

夜風よかぜたにおくからがり、湿しめってつめたく、それでいてふるびた気配けはいはこんでくる。まるで空気くうきそのものが、ときながれごとふうじられているかのようであった。

そこは、ほとんどひとあしることのないであった。のこされた結界けっかい薄霧うすぎりのように周囲しゅういただよい、濃密のうみつ妖気ようきからって、圧迫感あっぱくかんにもふるえをしている。呼吸こきゅうをするだけでも、空気くうきのかすかならぎがはだつたわってくるほどであった。

こここそが、妖族ようぞくながきにわたり重要じゅうよう政務せいむつかさどってきた「妖域議政廳よういきぎせいちょう」であった。

妲己ダッキ入口いりぐちまえしずかにち、目蓋まぶたせた。

長袍ちょうほう袖口そでぐちからこぼれちるかすかなひかりをそのままに、ただじっと周囲しゅうい気配けはいみみませる。

「……老友ろうゆうなにかんじるかしら?」

そのこえはやわらかく、まるでゆめなかささやきのように、きりなかへとけていった。

しばしの静寂せいじゃくののち、ひとつのこえ彼女かのじょうちからゆっくりとひびいた――

「いや、なにかんじない。」

妲己ダッキはわずかにげ、前方ぜんぽう石門せきもん視線しせんけた。



妲己ダッキがなおもあゆみをすすめていた、そのときだった。

幽谷ゆうこくたすきりが、ふいにかすかに波打なみうった。まるで、にはえぬなにものかの呼吸こきゅうわせて脈打みゃくういているかのようであった。

ここは、妖幻島ようげんとうなかでも、ごくわずかなものしかあしれたことのない内陸ないりく地帯ちたいである。

湿しめび、薄暗うすぐらく、空気くうきそのものにさえ、ふるびたこけかおりがみついていた。

足元あしもと石段いしだんには青緑色あおみどりいろ苔跡こけあとひろがり、一歩いっぽすたびにわずかにすべり、かすかなおとてる。

あたりは異様いようなほどしずまりかえっており、ただとおくから時折ときおりこえてくるちいさなむしこえと、枯葉かれはかぜれるかすかなおとだけが、彼女かのじょのひとりきりの道行みちゆきにっていた。

だが、そのつぎ瞬間しゅんかん、その静謐せいひつやぶられた。

きりなにかのちからにかきみだされたかのように、突如とつじょとしてはげしくうねりはじめた。

濃霧のうむ妲己ダッキ足元あしもとあつまり、うずき、またた幽谷ゆうこく全体ぜんたいをこの無音むおん震動しんどうなかへとんでゆく。

そして、ひとつ、またひとつと、ちいさなかげきりなかからおどた――そのうごきはあまりにもはやく、ほとんど輪郭りんかくとどめず、かすかなひかりすじ残像ざんぞうだけがうつるばかりだった。

それらのかげは、やみひかり交錯こうさくする狭間はざまうようにして、またた妲己ダッキ周囲しゅういへとせまってきた。



「おまえ何者なにものだ?」と、背丈せたけひくくがっしりとした体格たいかくで、あたま一本いっぽんあしやした小妖怪しょうようかいこえげて問いただした。

かれ小豆洗あずきあらいで、普段ふだん小豆あずきあらいながらうたくちずさむ妖怪ようかいだったが、このときばかりは小豆籠あずきかご背中せなか背負せおい、一面いちめん警戒けいかいいろかべて妲己ダッキにらんでいた。

妖族ようぞくつかさど区域くいき勝手かってにうろつくなんて、どうせろくでもないやつまってる。」と、ぼろぬのをまとい、まるをきらきらとひからせた小妖怪しょうようかいあたまきながらった。

その一目小僧いちもくこぞうで、ひたいなかにあるひとつが、くるくるとうごきながら妲己ダッキつめていた。

「こんなにおい、いままでいだことがねえ! まるで何百年なんびゃくねんまえふる神社じんじゃからてきた妖精ようせいみてえだ。それなのに、のこのこ入りんでくるなんて、いい度胸どきょうしてるじゃねえか!」

そうわめいたのは小天井下こてんじょうくだで、屋梁やばりこずえ悪戯いたずらをするのがきな、いたずらきの妖怪ようかいであった。

かれながゆびちかくの木幹みきを「たん、たん、たん」とたたき、そのおと妲己ダッキ威嚇いかくしているようだった。

「ここにはへんやつ歓迎かんげいしねえ。さっさとおまえのいた場所ばしょかえれ!」

そうって、丸々(まるまる)とふくらんだはらをした青行燈あおあんどんが、また一体いったいしてきた。

口調くちょう強気つよきだったが、その言葉ことばの端々(はしばし)には、かすかな不安ふあんにじんでいた。

普段ふだんひとおどかすくらいしかのうがなく、本当ほんとうたたかいになれば、それほどおおしたちからっていなかった。



「もしらないなら……わ、わたしはこれで、おまえのろってやるんだから!」

藁人形わらにんぎょうかかえた文車妖妃ふぐるまようひが、にした道具どうぐらしながら、いしばっておどしてみせた。

もっとも、実際じっさいにはその使つかかたもまだよくかっていない。

彼女かのじょ紙車かみぐるまは、すでに朝霧あさぎりれてしまい、につけたままのこっているのは数枚すうまいばかりであったが、それでもなお気丈きじょう虚勢きょせいり、先頭せんとうへとしていた。

「い、いっそ……ここで……こ、こいつを……いてっちまおうじゃねえか……!」

小柄こがらからだつきで、みのをまとい、ちいさなかさにした妖怪ようかいが、つめたいこえはなった。

かれ野衾のぶすまで、もともとはむらあらわれて悪戯いたずらはたら妖怪ようかいであったが、このではもりまも番人ばんにんのような真面目まじめかおつきをつくり、ちいさな両目りょうめをしきりにまたたかせながら、妲己ダッキ何度なんど見定みさだめていた。

その後方こうほうでは、青々(あおあお)とした姿すがたをした、まるでそのもので形作かたちづくられたような木霊こだまが、そっと姿すがたせた。

そしてりながら、みなかせようとする。

「み、みんな、すこいて……。あのひと、まだなにもしてないよ……。ま、まずはなにをするつもりなのか、てからでもおそくないでしょ……」



妖怪ようかいたちはなく威嚇いかくこえげ、なかには身体からだから花火弾はなびだんを取りものもいれば、つたないながらも結界けっかいかまえをせ、半端はんぱ術法じゅつほう妲己ダッキをこのからはらおうとするものもいた。

うごきこそ雑然ざつぜんとしており、空気くうき一見いっけんすれば一触即発いっしょくそくはつのようにりつめていたが、じつのところ、この妖怪ようかいたちは寿命じゅみょうみじかく、見聞けんぶんあさいため、妲己ダッキ気配けはい見抜みぬくことなどできなかった。

見知みしらぬ気配けはいたいして、かれらはひどく敏感びんかんになっていた。まるで住処すみかまもろうとするどもたちのように、未知みちなる来訪者らいほうしゃまえにして、自分じぶんたちのかぎりの「おどかしの手段しゅだん」を総動員そうどういんしていたのである。けれど、どうしても本当ほんとうくだすことだけはできずにいた。

その一方いっぽうで、妲己ダッキはそのしずかにったままでいた。

淡紫色たんししょく外套がいとう背後はいごしずかにれ、表情ひょうじょうにも変化へんかはない。

彼女かのじょかっていた。

この妖怪ようかいたちに悪意あくいがあるのではない。

ただ純粋じゅんすいに――かれらは、彼女かのじょ何者なにものなのかをらないだけなのだと。

妖怪ようかいたちが口々(くちぐち)にさわてるその最中さなか妲己ダッキちいさくいきいた。

その眼差まなざしにはわずかならぎもなく、まるでこうなることをはじめから見越みこしていたかのようであった。

今日きょう、わたくしがここへたのは、あなたたちのおううためよ。」

そのひとひとことちた瞬間しゅんかんさきほどまで騒然そうぜんとしていた妖怪ようかいたちは、ぴたりとくちをつぐんだ。

その空気くうきは、まるでときそのものがまったかのように、唐突とうとつ静寂せいじゃくつつまれた。



「お、たちのおうだって……?」

地獄独角童子じごくどっかくどうじ一体いったいが、くびをすくめながら視線しせんをさまよわせた。

おうってなんだよ? ここにはそんなのいないだろ。はっきりえば、ここじゃみんな自分じぶんのことは自分じぶんでやってるんだしさ……」

まつにぶらがっていた煙羅えんらが、をいい加減かげんらしながら、わざと気楽きらくそうな口調くちょうでそうった。

「おまえみちにでもまよったんじゃないのか? おうなんているわけないだろ――あはは、ここでいちばんつよいのは、せいぜいこのおれくらいさ!」

青行燈あおあんどんはそううと、得意気とくいげ自分じぶんみじかうでまでせつけてみせた。

妲己ダッキはただ、かすかに微笑ほほえんだだけで、すこしもどうじなかった。

彼女かのじょかれらの誤魔化ごまかしをわざわざあばこうとはしなかった。

なぜなら、彼女かのじょはとっくにっていたからである。

この妖怪ようかいたちは純粋じゅんすいで、たわむれることもこのむが、ひとたびあのしんの「おう」にかかわることとなれば、まってみなそろってとぼけたふりをし、なにらぬかおをするのだと。

「では……あのかたは、ここにはおまいではないのかしら?」

妲己ダッキは、わざと不思議ふしぎそうにそうたずねた。

もっとも、はたかられば、それは困惑こんわくしているというよりも、むしろ妖怪ようかいたちの芝居しばいわせてやっているようにえた。

「ご、ごほん……そ、それは……そんなはずが――」



妖怪ようかいたちが言葉ことばまり、しどろもどろに誤魔化ごまかそうとしていた、そのときだった。

しずかなこえが、かすかな水気みずけびた霊波れいはともないながら、きりおくからひびいてきた。

「いいえ、わたしはずっとここにいたわ。」

そのこえけっしておおきくはなかった。

けれど、まるで幽谷ゆうこくけるかぜも、ちこめる霊霧れいむも、その一瞬いっしゅんしずまりかえったかのようであった。

やがて、優雅ゆうがなひとつの姿すがたが、妖怪ようかいたちの背後はいごからゆっくりとあらわれた。

そのには実体じったいがないため、足音あしおともなく、ただ妖気ようきのみをもってかたちたもっている。

その姿すがたいずみのようにとおったうつくしさを宿やどし、そのたたずまいははやしこずえでるかぜのようにしなやかであった。

それは血肉けつにくそなえた肉体にくたいではなく、霊体れいたいによって形作かたちづくられたひとりの女性じょせいであった。

その妖怪ようかいこそが、二代にだい靈妖之王れいようのおう――靈泉曉れいせんぎょうであった。


靈泉れいせんさま? どうしてこちらへおになられたのですか?」

かたわらにいた無頭騎士むとうきしは、彼女かのじょ姿すがたあらわすやいなや、即座そくざ片膝かたひざをつき、あせりをにじませたこえでそうたずねた。

「ただ、なつかしくも無視むしできない気配けはいかんじたから、たしかめにてきただけよ。」

靈泉曉れいせんぎょうしずかにそうこたえながら、かろやかな足取あしどりで妲己ダッキのほうへあゆった。

そして、その視線しせん妲己ダッキけたまま、わずかにうなずいてみせる。

はじめまして。わたしは妖幻島ようげんとう島主とうしゅであり、このおさめるおう――靈泉曉れいせんぎょうよ。」

靈泉曉れいせんぎょうはきわめて礼儀正れいぎただしくその女性じょせい名乗なのりをげると、つづけてこえをひそめていかけた。

「あなたたちは、いったい何者なにものなの?」

「まあ、ずいぶんあっさり見抜みぬかれてしまったわね。」

妲己ダッキかたちからけた口調くちょうでそうい、まるで相手あいてするどさをめているかのようであった。

「あなたのなかには、まったくことなるふたつの魔力まりょくがある。それは、わたしの感知かんちからはのがれられないわ。」

靈泉曉れいせんぎょう声色こわいろはさらに慎重しんちょうさをし、その眼差まなざしもまた、いっそうするどさだまっていった。

「それに、妖幻島ようげんとう第二だいにおう存在そんざいっている外部がいぶものなど、ほかにいるはずがないもの。」

本当ほんとう優秀ゆうしゅうね。どうやら、ずいぶん成長せいちょうしたようだわ。」

妲己ダッキは、まるでひとごとのように、そうちいさくくちにした。

妲己ダッキは、もはやかくつづける必要ひつようはないと判断はんだんし、あたまおおっていた紫色むらさきいろ長袍ちょうほうのフードを、そっとろした。

そのしたからは、かすかにふるえる狐耳きつねみみあらわれ、銀白色ぎんぱくしょくながかみ夜風よかぜれる。

そして、そのあやしくもうつくしい金色きんいろひとみには、おだやかでありながら、ひとおそれさせるしずかな威厳いげん宿やどっていた。

その面差おもざしをにした瞬間しゅんかん靈泉曉れいせんぎょうははっきりとおどろきのいろかべた。

「あなた……まさか、七葉家ななはけものなの?」

「そうえばただしいようでもあるけれど、でもすこちがうともえるわね。」

妲己ダッキは、ひどく曖昧あいまいひびきをふくんだ声音こわねで、そうこたえた。



靈泉曉れいせんぎょうは、きっぱりとった。

七葉家ななはけ血脈けつみゃくあかしは、その宿やど妖狐之王ようこのおうちからよ。かつて初代靈妖之王しょだいれいようのおうさまも、初代妖狐之王しょだいようこのおうさまとともにたたかっていた。あの血脈けつみゃくからはなたれる気配けはいは、そう見誤みあやまるものではないわ。」

それをいた妲己ダッキは、いかにも満足まんぞくげなみをかべてこたえた。

「やはり、靈妖れいよう感知能力かんちのうりょくはそれほどまでにすぐれているのね。」

しかし、靈泉曉れいせんぎょう表情ひょうじょうはなおもきびしいままであった。

「それも、だれかが妖狐ようこさまや、ほかの方々(かたがた)になりすますことのないようにするため。だからこそ、初代靈妖しょだいれいようさまは、子孫しそんであるわたしに、この感知かんちちからさずけてくださったのよ。」

そのとき妲己ダッキまえ一歩いっぽした。

すると、いままでふかひそめられていた気配けはいが、まるで奔流ほんりゅうのように一気いっきあふした。

それは、一瞬いっしゅんにしてもり全体ぜんたい空気くうきおもえてしまったかのようであった。

それはけっしてありふれた妖気ようきなどではない。

時代じだいえ、魂魄こんぱく奥底おくそこにまでむような、凄絶せいぜつ圧迫感あっぱくかんであった。

靈泉曉れいせんぎょう身体からだは、びくりとちいさくふるえた。

さきほどまでぐにっていたそのは、たちまち両膝りょうひざからちからけ、そのくずれるようにひざまずいた。

顔色かおいろは見るみるまわり、そのひとみには、はげしい衝撃しょうげきしんじがたいものをにした驚愕きょうがくが、ありありとかんでいた。


貴様きさまっ! 靈泉れいせんさまになにをした!」

かたわらで警戒けいかいしていた河妖かわよう怒声どせいげ、長矛ながほこはげしくるって、妲己ダッキへときかかってきた。

「やめなさい!」

そのこえとともに、まったくことなる気配けはいがそのひろがった。

妲己ダッキうちひそんでいた雅妮ヤニーが、みずからの気息きそくをあふれさせたのである。

そのちから水面みなもつた波紋はもんのように、おともなく、それでいてあらがいようもないつよさをもって、空間くうかん全体ぜんたい一気いっきんだ。

河妖かわようはまるでかみなりたれたかのように、全身ぜんしん強張こわばらせた。

げた長矛ながほこちゅうでぴたりとまり、それ以上いじょう指先ゆびさきひとつうごかすことすらできない。

「ど……どういうことだ……?」

ほかの妖怪ようかいたちも、ただならぬ気配けはいさっし、たちまちざわめきはじめた。

そして次々(つぎつぎ)に妲己ダッキめようと、まえようとする。

全員ぜんいんすな!!」

そのこえつめたく、威厳いげんち、まるで雷鳴らいめい夜空よぞらぷたつにいたかのようにひびわたった。

妖怪ようかいたちは一斉いっせいにはっとしてかえる。

命令めいれいくだしたのは、すわんでいたはずの靈泉曉れいせんぎょうそのひとであった。

靈泉れいせんさま、このおんな危険きけんすぎます――」


「みんな、だまりなさい!」

靈泉曉れいせんぎょうこえはがねがぶつかりうようにするどひびき、その一声ひとこえだけで、そののすべてを瞬時しゅんじさえつけた。

彼女かのじょ気配けはい一瞬いっしゅんにしてふくがり、まるで山海さんかいそのものが頭上ずじょうからしかかってくるかのような威圧いあつとなって、そこにいた妖怪ようかいたちをことごとくせた。

だれもがおもわずこうべれ、それ以上いじょう身動みうごきひとつできなくなる。

やがて靈泉曉れいせんぎょうは、ゆっくりとがった。

その両脚りょうあしかぜれる細枝ほそえだのようにふるえていたが、それでも彼女かのじょいしばり、むねおくあらくるはげしい感情かんじょう必死ひっしおさえ込みながら、一歩いっぽずつ妲己ダッキのもとへあゆっていった。

それは恐怖きょうふによるふるえではなかった。

たましい最奥さいおうねむっていた記憶きおく敬意けいいまされ、そのために彼女かのじょたましいそのものがくるおしいほどにうごいていたのである。

そしてついに、妲己ダッキまえまで瞬間しゅんかん靈泉曉れいせんぎょうはその奔流ほんりゅうのようにせる感情かんじょうを、もはやおさえきれなくなった。

彼女かのじょはそのふか両膝りょうひざをつき、ひたいせ、全身ぜんしんをほとんど地面じめんわせるようにしてひれした。

それはまるで、ひとりの臣下しんかかみ御前ごぜんぬかずくかのような、ひたすらに敬虔けいけんで、ふか恭敬きょうけいちた姿すがたであった。

彼女かのじょ身体からだはかすかにふるえ、指先ゆびさきつよにぎりしめていた。

湿しめったつちも、葉脈ようみゃくのひとすじひとすじも、まるでそのいにしえつらなる荘厳そうごん気配けはいかんったかのように、ともにふるえているようであった。

なみだ一滴ひとしずく、また一滴ひとしずくほおつたい、のひらと泥土でいどのあわいへしずかにちていく。

そのおとはあまりにもちいさかったが、そのしずくはまるで大地だいちそのものをらしていくかのようであった。

靈泉曉れいせんぎょうは、どうしてもなみだめることができなかった。

それはかなしみによるなみだではない。

ながきにわたりのぞつづけた奇跡きせきが、ついにこのよるふたたまえあらわれた――そのことへの、おさえようのない解放かいほう感動かんどうであった。

「おかえりなさいませ……」

そのこえかすれ、のどめていたが、それでもなお、ひどく鮮明せんめいひびいた。

初代妖狐之王しょだいようこのおうさま……そして、初代靈妖之王しょだいれいようのおうさま……」

その宣言せんげんはなたれた瞬間しゅんかん、なおも半信半疑はんしんはんぎであった妖怪ようかいたちも、まるでながゆめからめたかのように一斉いっせいわれかえった。

そして次々(つぎつぎ)とひざまずき、二人ふたりおう御前みまえに、畏敬いけい驚愕きょうがくをもってふかこうべれた。

妲己ダッキしずかなこえで、ただひとひとこと、そううた。

七葉真ななはまこと……あのに、なにがあったの?」






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