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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第二章 崇められる王(5/6)

霊妖之王れいようのおうは、浮光霊沢ふこうれいたくよりあらわれた――そこは、幻霧げんむもなき歌声うたごえに、一年いちねんとおしてつつまれた湖域こいきである。

そのには、明昼はくちゅうもなく、繁星はんせいよるもない。ただ、いとのようにほそ霧気むきと、みずのようにれる音律おんりつだけが、しずかに空気くうきなかながれていた。

おとずれるものがどのような感情かんじょういだいていようとも、このあしれた瞬間しゅんかん、まるでわすられたゆめなかまよんだかのようにかんじられた。

後世こうせいものたちは、このみずうみを「霊域湖れいいきこ」とんだ。しかし、そのしん姿すがたものは、霊妖族れいようぞくのみであった。

霊妖族れいようぞくは、実体じったいたない。かれらはまれながらにして無形むけいであり、こえみちびきとし、じょう姿すがたとしていた。いかりはかれらを烈焔れつえんへとえ、かなしみはかれらを水面すいめんしたしずませる。そして、他者たしゃ感情かんじょう共鳴きょうめいしたときにのみ、かれらの姿すがたはじめてしんに「える」ものとなる。



族人ぞくじんたちは、彼女かのじょを「夢行者むこうしゃ」と尊称そんしょうしていた。それはたんなる誉号よごうではなく、一種いっしゅ現象げんしょうでもあった。彼女かのじょは、ただ夢境むきょうわたあるける存在そんざいなのではない。彼女かのじょそのものが、ゆめ意志いし具現ぐげんであった。まだ言葉ことばにならなかったおもい、いまだ手放てばなされぬ記憶きおく、そして、まだ目覚めざめぬねがいのすべてが、彼女かのじょうちからい、ひとつの生命せいめいのかたちをげていた。

つたえによれば、彼女かのじょ誕生たんじょうしたその瞬間しゅんかん霊沢れいたく全体ぜんたいは、かつてない静謐せいひつつつまれたという。

湖面こめんには幾筋いくすじもの光華こうかひろがり、まるで過去かこ未来みらい断片だんぺんが、そこにうつされているかのようであった。彼女かのじょはそうしてひとみひらき、万世ばんせい万物ばんぶつこえみみませた。

彼女かのじょは、静寂せいじゃくなかにあってなお、もり全体ぜんたい鼓動こどうかんることができた。かぜがまだこるまえに、そのかうさきり、敵意てきいかたちまえには、すでにその憎悪ぞうお根源こんげん見抜みぬいていた。

彼女かのじょは、万霊ばんれいのあいだでも稀有けうな「無主導性支配者むしゅどうせいしはいしゃ」であった――めいくだすこともなく、ちからずくで支配しはいすることもない。それでも人々(ひとびと)は、いつしかみずか選択権せんたくけん彼女かのじょゆだねてしまうのである。

そのこえは、妖界ようかいでもっとも純粋じゅんすい共鳴きょうめいであるとたたえられていた。

それは、世界せかいそのものに一時いちじあらそいをわすれさせるほどのひびきであるともわれている。彼女かのじょがただひとたびしずかにくちずさめば、それだけで、百年ひゃくねんのあいだねむつづけた夢獣むじゅうでさえ、暴走ぼうそうからはなたれ、安寧あんねいへとかえっていった。



戦争せんそうのさなか、魔神軍団ましんぐんだん凜霧咒裔りんむじゅえい」は、神鷹族しんようぞく聖域せいいき侵攻しんこうした。

戦火せんか三日みっか三晩みばんえることなくつづけ、劣勢れっせいあきらかな神鷹族しんようぞくは、いつ滅族めつぞく危機ききおちいってもおかしくない状況じょうきょうにあった。

だが、あのおうあらわれた。

彼女かのじょくだすこともなく、顔色かおいろひとつえなかった。ただしずかに山頂さんちょうち、じて精神せいしんまし、このみだれる大地だいちこえみみかたむけていた。

彼女かのじょ夢境魔法むきょうまほうは、敵軍てきぐんに「自分じぶんうことをこばつづけてきた記憶きおく」をおもさせるちからっていた。

そうしてかれらは、一人ひとりまた一人ひとりと、おのれ内奥ないおう渦巻うずま深淵しんえんしずんでいった。征戦せいせん理由りゆうわすれ、すすむべき方角ほうがくさえ見失みうしなっていったのである。

この出来事できごとは、後世こうせいに「遺跡失声夜いせきしっせいや」とばれるようになった。

歴史れきし記録きろくによれば、その魔神軍ましんぐん総数そうすう一万いちまんえ、敗走はいそうする神鷹族しんようぞく追撃ついげきするため、幻音山脈げんおんさんみゃく奥地おくちへとふかんでいた。

だが、かぜひとつかぬあるよる全軍ぜんぐん突如とつじょとして連絡れんらくたれた。かろうじてのがれおおせたのは、軍団長ぐんだんちょう「ウルカレシュ」ただ一人ひとりのみであった。



山脈さんみゃく全体ぜんたいは、まるで夢境むきょうそのものにたたまれたかのようであった。地形ちけい錯乱さくらんし、人影ひとかげ幾重いくえにもかさなりう。兵士へいしたちは、それぞれがことなる現実げんじつなかめられたかのように、たがいの存在そんざい感知かんちすることもできず、自分じぶんたちがなにのためにここへたのかさえおもせなくなっていた。

それは幻術げんじゅつではなかった。かれらの「意志いし」そのものが、えぬちからによってがされ、たましいはそれぞれおのれ最奥さいおうしずゆめなかへときずりまれていたのである。

その混乱こんらんのただなかで、とお山影やまかげなか彼女かのじょ姿すがたたとかたものもいた。ながかみかぜにたなびき、ころもそできりのようにれ、こえなき一曲いっきょくかぜなかしずかにひびいていたという。

それこそが、霊妖之王れいようのおうであった。

彼女かのじょちからは、意図いとせずともはっせられる。その威圧いあつは、ひとこころふかふるわせ、あらがうことなくひれさせるにるものであった。

彼女かのじょ存在そんざいがあるがゆえに、戦火せんかしずまり、夢境むきょう真心まごころます。そしてこの世界せかいは……ほんのつかやさしさとはどのようなものだったのかを、ふたたおもすのである。



妖貍之王ようりのおうは、三王さんおうなかでもっとも野性やせい剛勇ごうゆうちたおうであった。その威名いめいは、まれながらにそなわったちからたよることできずかれたものではない。ひとつひとつの試練しれんを、おのれひとつでくぐけ、しのままきたげられてきたものであった。

かれ出自しゅつじは、だれらない。かれはじめて姿すがたあらわしたのは、北境ほっきょうわざわいのときであった。そのときかれはただ一人ひとりちからで、妖幻島ようげんとう侵攻しんこうした巨大異獣きょだいいじゅう赤骨龍蜥せっこつりゅうせき」を退しりぞけたのである。

そのころ赤骨龍蜥せっこつりゅうせき妖域よういき蹂躙じゅうりんし、すすむ先々(さきざき)でき、あやかしらっていた。その巨体きょたい百丈ひゃくじょうにもおよび、骨脊こつせきやいばのようにするどく、ひとたびるえばおかすらくずちた。おおくの部族ぶぞくあらがうこともできず、潰走かいそうして退守たいしゅするほかなかった。

諸方しょほう妖将ようしょうたちがうしなっていたそのときかれ山頂さんちょうよりあらわれた。名乗なのることもなく、じんくこともなく、ただ孤身こしんのままてきへとかっていった。

そのたたかいは、一晩ひとばんじゅうつづいた。赤骨龍蜥せっこつりゅうせき咆哮ほうこう山林さんりん全体ぜんたいくずとし、天地てんちふるわせた。だがかれ素手すでのままそれにいどみ、龍蜥りゅうせき石脊せきせきのあいだへちからずくでさえみ、最後さいごにはみずからのをもってその頭部とうぶ猛然もうぜんすすみ、その骨冠こっかんくだいた。

龍蜥りゅうせき息絶いきたえたときも、その全身ぜんしん骨骸こつがいはなおゆるやかにつづけ、はどろりとした漿しょうのようにながれていた。だがかれのこったきずは、左肩ひだりかたにわずかな擦過傷さっかしょうがあるのみであった。

そのよるさかいに、妖怪ようかいたちはかれを「貍神りしん」とぶようになった。



戦時せんじにおいて、貍神りしん数多かずおおくのあやかしたちをひきい、外界がいかいよりきた魔神ましん主力部隊しゅりょくぶたい正面しょうめんからわたっていた。

記録きろくによれば、「鳴爪山口爭奪戰めいそうさんこうそうだつせん」において、敵軍てきぐん祖斯奧格納ゾスオグナ軍団ぐんだん三万さんまんへいようし、すでにみっつの要道ようどういつつの拠点きょてんうばっていた。当時とうじ龍族りゅうぞく兵士へいしたちはすでに三度さんどにわたって潰走かいそうし、士気しきいちじるしくんでいた。

かれ到着とうちゃくしてからも、鼓舞こぶおこなうことはなく、陣図じんずくこともなかった。ただ一声ひとこえ咆哮ほうこうはなっただけで、みずか先頭せんとうって突撃とつげきし、たった一人ひとり敵軍てきぐん斜陣しゃじんけ、敵方てきがた主将しゅしょうきばもとせた。そののち妖兵ようへいたちは一斉いっせい奮起ふんきして追撃ついげきてんじ、全軍ぜんぐん敗勢はいせいくつがえして勝利しょうりおさめた。

この一戦いっせんののち、鳴爪山口めいそうさんこうふたたてきることはなかった。

赤野裂谷收復戰せきやれっこくしゅうふくせん」もまた、その一例いちれいである。

そこは地形ちけいせまく、断層だんそう縦横じゅうおうはし険地けんちであり、「加爾澤斯ガルゼス軍団ぐんだんはすでに半月はんつきにわたって高地こうち占拠せんきょしていた。討伐とうばつかった天使族てんしぞく兵士へいしたちは幾度いくど兵力へいりょくそこないながら、ついに成果せいかげることなくかえるほかなかった。

かれはただ一人ひとり潜入せんにゅうし、てき大営だいえいづかれることもなかった。そうして夜明よあけ、最初さいしょきりちのぼるそのとき、みずから敵軍てきぐん旗柱きちゅう糧車りょうしゃり、てき主力しゅりょくおおきく動揺どうようさせた。

かれはその咆哮ほうこう合図あいずとして谷口たにぐちから突入とつにゅうし、わずか三十分さんじゅっぷんのうちにいつつの伏地ふくち一掃いっそうし、戦局せんきょくちからずくで逆転ぎゃくてんさせたのである。

後世こうせいものたちが戦場せんじょう痕跡こんせき調しらべたとき、そのにはいかなる魔力まりょく痕跡こんせきいだされなかったことにおどろかされた。大地だいちき、岩石がんせきくだき、肉体にくたいそのものをぶつけてなされた破壊はかいばかりであり、まさに武力ぶりょく極致きょくちぶにふさわしかった。

ほかの王者おうじゃたちには、神壇しんだん法座ほうざ、あるいは歴史碑文れきしひぶんといったあかしがある。だが、貍神りしん記録きろくは、すべて地形ちけい傷痕きずあとうえきざまれていた。

あの地割じわれも、あのくずちた山容さんようも、そしていまなお草木くさきすらいぬ断層だんそうも、そのひとつとしてかれみずかたたかった痕跡こんせきでないものはなかった。

かれ功績こうせきは、ひとのこされるまでもない。天地てんちそのものが、すでにかれのために記号きごうてていたのである。



その、世界せかいのすべてをほろぼしかねなかった大戦たいせんにおいて、三王さんおう九人きゅうにん大人おとなたちとかたならべてたたかい、ついにこの大地だいちまもいた。

戦況せんきょう激烈げきれつきわめ、そらすらいろえ、地脈ちみゃくえずうごき、各地かくちでは災変さいへん相次あいついでこった。まるで終末しゅうまつおとずれたかのようであった。

そして最終的さいしゅうてきに、三柱みはしら魔神ましん虚空こくう封印ふういんされ、その麾下きかにあった十名じゅうめい将軍しょうぐんのうち、六名ろくめいほろぼされた。のこものたちは、逃亡とうぼうしたか、あるいは行方ゆくえれずとなった。

戦争せんそうわったとはいえ、その犠牲ぎせいはあまりにもおおきかった。

なかでも、もっともいたましかったのは、妖貍之王ようりのおう戦死せんしである。

最終決戦さいしゅうけっせんにおいて、魔神軍ましんぐん龍霧山りゅうむさんの「嵐劫谷らんごうこく」に転送通路てんそうつうろひらき、そこから奇襲きしゅう仕掛しかけようとしていた。

妖貍之王ようりのおうは、その通路つうろみずかふさぐことをえらんだ。援軍えんぐんつこともなく、退しりぞいてまもりをかためることもかんがえず、かれはただ一人ひとり谷地こくちり、孤軍こぐんのままたたかいた。

そして最後さいご瞬間しゅんかんかれ強大きょうだい自爆魔法じばくまほう――「命劫終焔めいごうしゅうえん」を発動はつどうした。

かれみずからの妖核ようかく――すなわち生命せいめいかくたるちからそのものを燃料ねんりょうとし、地脈ちみゃく全体ぜんたい爆発ばくはつさせ、嵐劫谷らんごうこくごと襲来しゅうらいした魔神軍ましんぐんをもんで粉砕ふんさいしたのである。

その爆発ばくはつによって、たにそのものはおおきくくずけ、地形ちけい永久えいきゅうえられた。

それ以来いらい嵐劫谷らんごうこく完全かんぜんなる廃墟はいきょとなり、もはやだれひとりとしてちかづこうとはしなくなった。


戦後せんご妖狐之王ようこのおう霊妖之王れいようのおうはともに谷底たにぞこへとあしはこび、妖貍之王ようりのおうきたあとにのこされた妖核ようかくつけした――それはあか晶石しょうせきであった。あるじ生命せいめい気配けはいはすでにうしなわれていたものの、なおもかすかなひかりをゆるやかにはなっており、まるでかれ意志いしいまなおこの大地だいちまもつづけているかのようであった。

彼女かのじょたちは、その妖核ようかく天狐神社てんこじんじゃ禁殿きんでん最深部さいしんぶ安置あんちし、封印ふういんほどこした。そしてそれを、妖族ようぞくにとってもっとも重要じゅうよう宝物ほうもつのひとつとしてあつかった。

それ以来いらい三年さんねん一度いちど赤月あかつきよるになるたび、妖族ようぞくものたちは天狐神社てんこじんじゃつどい、儀式ぎしきおこなうようになった。

儀式ぎしきなかかれらは、霧酒むしゅ紅玉こうぎょく、そして灰燼果かいじんかささげる。それは、妖貍之王ようりのおう生前せいぜんもっともこのんでいたみっつのしなであった。

その儀式ぎしきには、歌頌かしょうもなければ、賛辞さんじ言葉ことばもない。ただしずかな献杯けんぱいと、こえなき追慕ついぼだけがある。

なぜならかれらはわすれていないからである。世界せかい危難きなんひんしたそのとき、このおうおのれいのちをもって、希望きぼうへといたみちひらいたことを。


戦争せんそう終結しゅうけつしたのち、大陸たいりくはようやくつか平穏へいおんもどした。だが、その平穏へいおんは、まるで廃墟はいきょなかからようやくいきかえした重病人じゅうびょうにんのようなものであった――表面ひょうめんまっていても、ほね奥底おくそこにはなおふかきずのこされていた。

焰火えんかはすでにっていたが、災厄さいやくはなおわってはいなかった。各地かくち黒霧こくむ魔痕まこん侵蝕しんしょくによってずたずたにかれ、数多かずおおくのふる都市とし聖域せいいきは、地図ちずうえから完全かんぜん姿すがたしていた。

外界がいかい魔神ましんたちは封印ふういんされるか、あるいははらわれたとはいえ、かれらがのこした瘴気しょうき混沌こんとん残片ざんぺんは、世界せかい根底こんていふかくになおもれたままであった。それはまるで、えぬところにひそ毒針どくしんのように、いつでも現世げんせい安寧あんねいふたたつらぬきかねないものであった。

いかなるちいさな油断ゆだんであろうと、それはふたたあらたな災禍さいかこすがねとなりた。

まさにそのような、風雨ふううらぎ、あらゆるものが再建さいけん時代じだいにあって、妖狐之王ようこのおう霊妖之王れいようのおうは、退隠たいいんみちえらばなかった。また、その重責じゅうせき後進こうしんしつけることもなかった。彼女かのじょたちはおうとしての責務せきむをそのい、妖族ようぞくひきいて再建さいけんへのみちあゆはじめたのである。

戦後せんご妖族ようぞくは、おおきな試練しれん融和ゆうわてはいたものの、その内側うちがわではなお諸族しょぞく完全かんぜんにはひとつとなっていなかった。たがいへの信頼しんらい依然いぜんとしてうすく、各地かくち防御法陣ぼうぎょほうじんも、ほとんど機能きのううしないかけていた。もしこのときあらたな災厄さいやくおそるならば、もはやそれをふせぎきるちからのこされていなかった。



妖狐之王ようこのおうは、だれよりもはや行動こうどうこした。

六島之國ろくとうのくに成立せいりつした当初とうしょ彼女かのじょ雲閣うんかく天狐神社てんこじんじゃ創設そうせつし、みずから「宮司ぐうじ」のしょくいた。そして、妖族ようぞく六島之國ろくとうのくにの神々(かみがみ)とをむすきずなとなったのである。

それはたんなる象徴しょうちょうではなく、実際じっさいには明確めいかく政治的手段せいじてきしゅだんでもあった――神社じんじゃつうじて、彼女かのじょ六島大結界ろくとうだいけっかい運用うんようささえ、さらに数々(かずかず)の重要じゅうよう祭祀さいし儀式ぎしきつかさどっていた。

当時とうじ妖狐之王ようこのおうはみずから六島ろくとう各地かくちめぐっていた。山林さんりんであろうと、荒原こうげんであろうと、遺跡いせきであろうと、あるいは廃墟はいきょであろうと、修復しゅうふく必要ひつようとする場所ばしょがあるならば、彼女かのじょかならみずからそのおもむいた。

彼女かのじょ強大きょうだい魔法まほうちからと、唯一無二ゆいいつむにの「星地雙權せいちそうけん」の能力のうりょくによって、すでにたれていた地脈ちみゃくかくは、ひとつ、またひとつとふたた起動きどうしていった。

それらの地脈核心ちみゃくかくしんは、まるで島々(しまじま)をめぐ血脈けつみゃく節点せってんのようなものであり、大地だいちそのものの安定あんていと、霊力れいりょく流動りゅうどう左右さゆうするきわめて重要じゅうよう存在そんざいであった。



一度いちどごとの修復しゅうふくは、たんなる施法しほうではなかった。それは「契印けいいん」とばれる儀式ぎしきようするものであった。

この儀式魔法ぎしきまほうおこなうにあたっては、まずその土地とちながれる地脈ちみゃくうごきをただしく理解りかいしなければならない。そのうえで、法陣ほうじんとその核心かくしんふたたむすなおしていく。それは、まるでられた神経しんけい一本いっぽんずつ丁寧ていねいにつなぎわせていくような作業さぎょうであった。

それは、だれにでもることではない。土地とち霊脈れいみゃくはっする「こえ」をしんることのできるものだけが、そのつとめをたすことができたのである。

彼女かのじょ尽力じんりょくによって、ひとつ、またひとつと地脈ちみゃくふたたびその機能きのうもどしていった。霊気れいきふたた大地だいちめぐはじめ、らいでいた大地だいちもまた、徐々(じょじょ)に安定あんていもどしていった。

そしてなによりも重要じゅうようであったのは、それらの修復しゅうふくいとなみが、各地かくちり、なお不安ふあんかかえていた妖族ようぞくたちに、ふたたおうからの庇護ひごちから実感じっかんさせたということであった。


しかし、妖狐之王ようこのおう目標もくひょうは、はじめからただ世界せかい平穏へいおんもどすことだけではなかった。

あのなが戦争せんそうなかで、妖族ようぞく他種族たしゅぞくかたならべ、ともに外来がいらい魔神ましん脅威きょういかってきた。だからこそ、かれらのあいだには、得難えがた信頼しんらい協力きょうりょくきずかれていたのである。

だが彼女かのじょは、そのような戦火せんかなかまれた結束けっそくが、あくまでつかのものであることをよく理解りかいしていた。ひとたび危機ききり、平和へいわおとずれれば、人々(ひとびと)はたやすく、かつていだいていた偏見へんけんへだたりのなかへともどってしまう。もしそれをほうっておけば、ようやくきずかれた関係かんけいもまた、ちりのようにすこしずつせてしまうにちがいなかった。

そうした事態じたいふせぐため、彼女かのじょ種族しゅぞくえた神祭しんさい儀式ぎしきの数々(かずかず)をすすはじめた。

それらの儀式ぎしきは、たんなる伝統的でんとうてき宗教行為しゅうきょうこういにとどまるものではなかった。各族かくぞくたがいの文化ぶんか理解りかいなおし、あらためてむすびつきをきずいていくためのでもあったのである。

おないとなみにともにくことによって、彼女かのじょ妖族ようぞくを、他種族たしゅぞくにただ「かつての戦友せんゆう」としてうつるだけの存在そんざいではなく、ともにらし、ともに信頼しんらいうことのできる仲間なかまへとえていった。

そのかさねは、やがて六島之國ろくとうのくに全体ぜんたい種族社会しゅぞくしゃかいを、すこしずつ安定あんていへとみちびいていった。

彼女かのじょにとって、それこそが「妖王ようおう」として戦後せんごたすべき、もっとも重要じゅうようであり、そしてもっとも困難こんなん責務せきむであった。なぜなら、平和へいわまもくことは、戦争せんそうつことよりも、はるかにむずかしいことだったからである。


一方いっぽうで、霊妖之王れいようのおうは、妖族ようぞく内部ないぶ統合とうごうにこそ重心じゅうしんいた。

彼女かのじょ妖狐之王ようこのおうとともに、もともときずかれていた妖族王廷ようぞくおうてい基盤きばんとして、あらたな中枢機構ちゅうすうきこうもうけた。そのは、「妖域議政廳よういきぎせいちょう」である。

それは、たんあらためただけのことではなかった。そこからはじまったのは、妖族ようぞくおさめるための、まったくあたらしい統治とうち仕組しくみそのものであった。

彼女かのじょ提唱ていしょうした「族群輪議制ぞくぐんりんぎせい」は、旧来きゅうらい階級観念かいきゅうかんねんやぶるための制度せいどであった。

かつての妖族社会ようぞくしゃかいでは、もっとも強大きょうだい族群ぞくぐん血脈けつみゃく発言権はつげんけんにぎることがつねであった。だが彼女かのじょは、そのあり方では、過去かこ分裂ぶんれつ衝突しょうとつをふたたびかえすだけだとていた。

ゆえに彼女かのじょは、妖族ようぞくのあらゆる分枝ぶんしに、ひとしくこえはっする機会きかいあたえられる制度せいど構想こうそうしたのである。

議会ぎかい主導しゅどうする席次せきじは、各族群かくぞくぐん歴史れきし功績こうせき、そして文化継承ぶんかけいしょうおもみにおうじて、じゅんわるようさだめられた。そうすることで、いずれのがわ永遠えいえん下位かいめられることなく、まただれひとりとして権力けんりょく独占どくせんできぬようにしたのである。

彼女かのじょ召集令しょうしゅうれいはっし、すべての妖族部族ようぞくぶぞく代表者だいひょうしゃたちに参集さんしゅうびかけ、みずか再建計画さいけんけいかく全体ぜんたい司会しかいした。山林さんりんおくひそめる小部落しょうぶらくであれ、ながきにわたり異郷いきょう流転るてんしてきた族裔ぞくえいであれ、参加さんかのぞものには、彼女かのじょかなら相応ふさわしい立場たちばと、発言はつげん機会きかいあたえようとつとめた。

彼女かのじょは、命令めいれいによってみなひとつにまとめようとはしなかった。そうではなく、忍耐にんたい対話たいわ、さらには夢境むきょう記憶きおくとおして、族人ぞくじんたちがたがいへの信頼しんらいをふたたびもどせるようみちびいていったのである。


この一連いちれん改革かいかくは、妖族ようぞく歴史れきしにおいて、かつて一度いちどとして存在そんざいしなかったほどの重大じゅうだい変革へんかくであった。

それは、戦後せんごしょうじかねなかった権力けんりょく混乱こんらん見事みごとふせいだだけでなく、妖族社会ようぞくしゃかい全体ぜんたいを、すこしずつ安定あんてい平等びょうどう、そして開放かいほうかう未来みらいへとみちびいていった。

そしてついに、妖狐之王ようこのおう霊妖之王れいようのおう共同きょうどうみちびきのもと、かつて分裂ぶんれつし、対立たいりつしていた妖族ようぞくは、ふたたびひとつの結束けっそくした族群ぞくぐんとしてまとまりをもどした。

かれらはみかどしょうすることもなく、武力ぶりょくによって天下てんか統一とういつしようとのぞんだこともなかった。それでもなお、妖族ようぞくきずだらけの大地だいちうえふたたがらせ、うしなわれていた尊厳そんげん希望きぼうもどさせたのである。そしてそれは、未来みらい六島之國ろくとうのくに全体ぜんたい発展はってんささえる、堅固けんごにして遠大えんだいいしずえともなった。

しかし、あらたな制度せいどのもとにあってなお、妖族ようぞく伝統でんとうふかづいた「強者為尊きょうしゃいそん」の観念かんねんは、人々(ひとびと)のこころおく色濃いろこのこつづけていた。

おおくの族群ぞくぐんは、なおも、しんつよものだけが、妖族ようぞく全体ぜんたいひきいる資格しかくつのだとかんがえていた。

霊妖之王れいようのおうきずいた「族群輪議制ぞくぐんりんぎせい」は、たしかに内部ないぶ権力構造けんりょくこうぞうあらため、ことなる分支ぶんしにもひとしく発言はつげん機会きかいをもたらした。だが、それは妖族ようぞくが「指導者しどうしゃ」への期待きたいてたことを意味いみするものではなかった。

制度せいどへの敬意けいいと、ふる伝統でんとうとのあいだに均衡きんこうたもつため、妖族ようぞく最終的さいしゅうてきに、輪議制りんぎせい基盤きばんとしながらも、「王者推挙おうじゃすいきょ」の儀式ぎしきのこすことをめた。

妖族ようぞく王位おうい精神的象徴せいしんてきしょうちょうぎながら、同時どうじにあらゆる族群ぞくぐんあらたな指導者しどうしゃれ、こころからみとめられるようにするため、かれらはひとつの伝統でんとうさだめた――そのは「百族大會ひゃくぞくだいかい」である。

百年ひゃくねん一度いちど、すべての妖族ようぞく代表だいひょうたちは白月之森はくげつのもりへとつどい、そのにおいて、厳粛げんしゅくかつ盛大せいだいなる王者おうじゃ試練しれんおこなうのであった。



この大會たいかいにおいては、すべての妖族ようぞくが、みずかみとめた強者きょうしゃ考核こうかくへ送りおくりだすことができた。幾重いくえもの関門かんもん突破とっぱしさえすれば、出身しゅっしん背景はいけいわず、だれにでも妖狐之王ようこのおうあるいは霊妖之王れいようのおう後継者こうけいしゃとなる機会きかいあたえられたのである。

その考核こうかくわれるのは、たんだれがもっとも強大きょうだいちからつかという一点いってんだけではなかった。参加者さんかしゃには、意志いし強靭きょうじんさ、判断力はんだんりょく、そして天地てんち霊脈れいみゃくとの共鳴きょうめいふかさまでもがもとめられた。

このみっつの試練しれんは、天狐神社てんこじんじゃ妖域議政廳よういきぎせいちょう共同きょうどう設計せっけいしたものであり、それぞれつぎのようにさだめられていた。

第一關だいいっかん守序之陣しゅじょのじん」は、参加者さんかしゃ心念しんねんるがぬものであるかどうかをためすためのものであった。幻術げんじゅつ誘惑ゆうわくのただなかかれても、なおおのれ本心ほんしんまもけるかがわれた。

第二關だいにかん星識之境せいしきのきょう」は、特別とくべつ儀式空間ぎしきくうかんもちい、参加者さんかしゃ自然しぜん霊脈れいみゃくといかに調和ちょうわできるかをはか試練しれんであった。

そして第三關だいさんかん靈劫對決れいごうたいけつ」は、しん実戦試練じっせんしれんであり、極限きょくげんちか条件じょうけんのもとで、参加者さんかしゃ王者おうじゃにふさわしい胆識たんしき決断力けつだんりょくそなえているかどうかを見極みきわめるものであった。

つたえによれば、この一連いちれん考核こうかくは、初代妖王しょだいようおうのうち、初代しょだい妖狐之王ようこのおう霊妖之王れいようのおうがかつてあゆんだ道程どうていをもとに改編かいへんされたものだという。それはすなわち、彼女かのじょたちが未来みらい継承者けいしょうしゃたくした祝福しゅくふくであり、同時どうじえるべき試金石しきんせきでもあった。

ゆえに、「百族大會ひゃくぞくだいかい」は、たんなる選抜せんばつではなかった。それはむしろ、祖先そせんたちのあゆみをあらためて辿たどり、みずからが「妖王ようおう」のあたいする存在そんざいであるかを証明しょうめいするための旅路たびじであった。

このような仕組しくみは、一方いっぽうでは、強者きょうしゃみちびくというふる伝統でんとうぎながら、他方たほうでは、あらたな制度せいどのもとにある妖族社会ようぞくしゃかいが、たがいを尊重そんちょうしつつ安定あんていたもつためのいしずえともなっていた。

このときより、「妖王ようおう」とは、もはやただちからによって他者たしゃをねじせる覇者はしゃではなく、妖族ようぞく全体ぜんたい未来みらいさき背負せおう、象徴的しょうちょうてき中核ちゅうかくとしてるべきものとなったのである。


さらに、妖狐之王ようこのおう霊妖之王れいようのおうは、他種族たしゅぞくたいしてみずから「共治制度きょうちせいど」の樹立じゅりつ提案ていあんし、はじめて種族しゅぞくえて効力こうりょく永久協議えいきゅうきょうぎ草案そうあん提示ていじした。これこそが、のちにひろられることとなる契約けいやく――『共理之契きょうりのけい』である。

共理之契きょうりのけい』は、災後さいご三年目さんねんめ成立せいりつしたものであり、当時とうじ初代神明しょだいかみ妖域議政廳よういきぎせいちょう共同きょうどう発起ほっきした。

この契約けいやく起草きそうには六年ろくねん歳月さいげつついやされた。そのあいだに二十七回にじゅうしちかいおよ三者協議さんしゃきょうぎかさねられ、十六名じゅうろくめい全権代表ぜんけんだいひょうによる署名しょめいわされ、さらにせんえる草案条文そうあんじょうぶんについて、てしない議論ぎろん修訂しゅうていかえされた。そうして最終的さいしゅうてきに、全十四巻ぜんじゅうよんかん総計そうけい一千四百二十三条せんよんひゃくにじゅうさんじょうおよ完備かんびした条文じょうぶんとしてげられたのである。それは六島之國ろくとうのくに歴史れきしにおいて、もっとも巨大きょだいで、もっとも複雑ふくざつでありながら、同時どうじにもっとも強固きょうこ共同法規きょうどうほうきでもあった。

この契約けいやくは、たん統治制度とうちせいどきずくためのものではなかった。それはむしろ、意志いし犠牲ぎせいとをいでいくためのあかしでもあった。

それは、あらゆる種族しゅぞく対立たいりつから理解りかいへ、同盟どうめいから共理きょうりへ、そして独尊どくそんから新秩序しんちつじょへといた均衡きんこうみち象徴しょうちょうするものであった。

契約けいやく発効はっこうしてからの百年ひゃくねんのあいだ、妖族ようぞくはもはやかげひそめる流浪者るろうしゃではなくなった。

かれらは六島ろくとう各地かくちにおいて開墾かいこんすすめ、建造けんぞうおこない、殿堂でんどうきずき、まなびのて、みずからの法典ほうてん祭日さいじつととのえていった。さらに妖幻島ようげんとうにおいては、議政ぎせいひらき、塔楼とうろうきずき、幻術げんじゅつおしえ、霊脈技術れいみゃくぎじゅつ夢術むじゅつ研究けんきゅうにおける重要じゅうようになとなっていった。

たとえとき衝突しょうとつしょうじたとしても、それらはなお契約けいやく枠組わくぐみのなか解決かいけつみちびかれていった。

六玄閣ろくげんかく穹雲殿きゅううんでん安置あんちされた碑石ひせきにも、つぎのような言葉ことばきざまれている。

共理きょうりもってそんし、ちかいてまもりてかわらず。神妖しんよう同座どうざし、万世ばんせいあざむくことなし。」

それは、たんなる誓詞せいしではない。歴史れきしそのものがしめ証明しょうめいであった――「おう」とは、ただつるぎによってやみくす存在そんざいではない。制度せいど信頼しんらいによってこそ、平和へいわ礎石そせきえるものなのである。



ときながれ、今日こんにちいたるまでに、『共理之契きょうりのけい』の締結ていけつからすでに千年せんねんあまりがった。当時とうじきずかれた平和体制へいわたいせいは、いま六島之國ろくとうのくに社会構造しゃかいこうぞうと人々(ひとびと)のらしの隅々(すみずみ)にまでふかろしている。

たとえいまなお、たがいのあいだに時折ときおり摩擦まさつ軋轢あつれきしょうじることがあるとしても、六島ろくとう大多数だいたすうたみにとって、妖族ようぞくはもはや伝説でんせつかたられる野性やせい災厄さいやくではなかった。すでにこの世界せかい秩序ちつじょ一部いちぶであり、みずからの運命うんめいともふかむすびついた存在そんざいとなっていたのである。

六島ろくとう主要都市しゅようとしでは、妖族ようぞくひらいた「霊民街市れいみんがいし」をにすることもめずらしくない。そこでは、幻術げんじゅつによってかおりをてた香料こうりょうや、不眠ふみんいや夢符むふ、さらには妖紋ようもんんだ護符衣物ごふいぶつなどがられている。

それらの品々(しなじな)は他種族たしゅぞくからもあつ歓迎かんげいけており、なかには他国たこく子弟していが、精妙せいみょう幻術げんじゅつふる霊語れいごまなぶために、わざわざ妖幻島ようげんとうまでわたってもとめることすらあった。

また、各地かくち祭典さいてんにおいても、妖族ようぞく姿すがたかけることはすくなくない。かれらはもはや、ただまねかれた客人きゃくじんとしてそこにるのではない。いまではまつりそのものをかたちづくる、くことのできぬになのひとつとなっていた。


赤月之祭せきげつのさい星花節せいかせつ、そして霊芽迎春れいがげいしゅんといった大規模だいきぼ祭礼さいれいにおいては、妖族ようぞく舞者ぶしゃたちが狐面こめん霊葉冠れいようかんにつけ、代々(だいだい)がれてきた「共理之舞きょうりのまい」をう。これは、三王さんおう最初さいしょちかいをむすさいたがいに契約けいやくわすまええんじられた舞劇ぶげきをもとにしたものであり、妖族ようぞく幻術げんじゅつ人族じんぞく楽舞がくぶとをわせ、色彩しきさいあざやかなひかりかげによって、歴史れきしくつがえしたあの選択せんたくかたいでいる。

おさなどもたちは、しばしば三王さんおう所作しょさ真似まねし、手足てあしおどらせながら誓言せいげんとなえる。もはやだれひとりとして、かれらが妖族ようぞく真似まねることに不安ふあんおぼえるものはいない。むしろそれは、ほこるべき象徴しょうちょうとしてめられていた。

また、学術界がくじゅつかい修行者しゅぎょうしゃたちのあいだにおいては、妖族ようぞく血脈けつみゃく技芸ぎげいは、よりいっそう希少きしょう資源しげんとしてなされている。六玄總議會ろくげんそうぎかい設立せつりつした学術學院がくじゅつがくいんには、妖族文化ようぞくぶんか専門せんもんまな課程かていや、幻術研修班げんじゅつけんしゅうはんもうけられ、さらに妖幻島ようげんとうから講師こうし法典典藏ほうてんてんぞうひろつのっている。

かつて妖族ようぞく入学にゅうがく反対はんたいしていた学者がくしゃたちも、いまではみとめざるをなくなっていた。もし霊妖之王れいようのおう後裔こうえいによってがれてきた夢境心法むきょうしんぽう存在そんざいしなかったなら、近代きんだい霊魂療癒術れいこんりょうゆじゅつけっしてまれなかったであろうと。

信仰しんこうめんにおいては、天狐神社てんこじんじゃはすでに六島之國ろくとうのくにでもっとも名高なだか聖地せいちとなっている。

信徒しんとたちは定期的ていきてきにそこをおとずれ、妖狐之王ようこのおう霊妖之王れいようのおうおがみ、「誓約せいやく守護者しゅごしゃ」、「平和へいわへのみちび」としてあがめている。

なかでも天狐神社てんこじんじゃの「雙印石碑そういんせきひ」は、ひときわられた霊碑れいひであった。それは、二王におう魔力まりょくによってつくした道具どうぐ――「星狐印せいこいん」と「夢語環むごかん」の刻印こくいんゆうごうしたいしぶみであり、赤月せきげつよるめぐるたびにおのずからひかりはなち、契約けいやくいまなお効力こうりょくたもっていることをしめ霊兆れいちょうとされている。

民間みんかんには、こんなつたえものこっている。夫婦ふうふがともに祭符さいふにし、このまえ誓願せいがんてれば、末長すえなが幸福こうふくさずかることができるという。また、戦士せんし出陣しゅつじんまえこうささげれば、加護かごまよいにまれずにむともかたられている。



儀式ぎしき制度せいどうえだけではなく、人々(ひとびと)の感情かんじょうなかにおいても、妖族ようぞく立場たちばしずかにわっていった。

もはや年長者ねんちょうしゃたちは、「よるになると妖怪ようかいどもをさらう」といっておさなものたちをおどすことはなかった。そのわりにかたられるのは、妖貍之王ようりのおう嵐劫谷らんごうこくにおいてじゃふるわせる咆哮ほうこうはなち、おのれいのちしてかみのごとき封印ふういんげたという伝説でんせつであった。婚礼こんれいせきでは、霊妖語れいようごによる祝詞しゅくしもちいられることもめずらしくなく、それは霊心れいしん幻縁げんえん象徴しょうちょうするものとされていた。さらには農耕祭のうこうさいおり農夫のうふたちは「山中之守者さんちゅうのしゅしゃ」へ初穂はつほささげることもあったが、これはまさしく、いにしえ山脈さんみゃくまもっていた山妖族さんようぞくへの信仰しんこうがれた姿すがたであった。

ここ数十年すうじゅうねんのあいだには、さらにおおくの混血こんけつ子孫しそんたちが六島ろくとう各地かくちそだつようになり、あらたな時代じだいにおいて諸族しょぞくむすはしとなっていった。

そのなかには、妖族ようぞくみみものもいれば、神祇しんぎひかり宿やどものもいた。また、ただ夢語血脈むごけつみゃくつだけのもいたが、そのようなどもたちはしばしば霊性れいせい象徴しょうちょうなされ、成長せいちょうしたのちには新時代しんじだい誓約せいやくにな責務せきむものとして期待きたいされていた。

そして赤月せきげつよるめぐるたび、天狐神社てんこじんじゃでは「三王祭さんおうさい」がおこなわれる。これはもっとも盛大せいだいなる祭礼さいれいであり、あらゆる種族しゅぞく霊壇れいだんのほとりにつどい、こうき、さけけんじ、『共理之契きょうりのけい』の冒頭ぼうとうきざまれた碑文ひぶんこえをそろえてしょうするのである。

共理きょうりもってそんし、ちかいてまもりてかわらず。神妖しんよう同座どうざし、万世ばんせいあざむくことなし。」

この時代じだいきるものたちにとって、それはもはやたんなるふる宣言せんげんではなかった。それはすでに文化ぶんかたましい奥深おくふかくへとんだ、平和へいわへの信仰しんこうそのものであった。

それこそが、彼女かのじょたちが妖族ようぞくのためにひらいたあらたな世界せかいであった。




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