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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第二章 崇められる王(4/6)

わたしたちは六島之國ろくとうのくにの神々(かみがみ)との会議かいぎはじめた。

会議かいぎはじめるまえに、わたし今日きょうけんについてはけっして外部がいぶらさないよう、あらかじめもとめておいた。そうでなければ、わたしたちにとって多少たしょうなりとも厄介やっかいなことになるためだった。神々(かみがみ)もまた、わたしたちの要望ようぼう同意どういした。

先頭せんとう天之神あまのかみが、まずくちひらいた。

「まず、わたしたち五神ごしん以外いがいにも、あなたたちにもう四柱よんはしらかみ紹介しょうかいしておこう」

天之神あまのかみ天照大神あまてらすおおみかみのほうへけ、それから紹介しょうかいはじめた。

「こちらは天照大神あまてらすおおみかみ神位しんいつ鷹司 たかつかさ・すみつづいて、月読つくよみ神位しんいつ星野宮 ほしのみや・き。そして最後さいごに、伊邪那岐いざなぎ伊美那岐いざなみ神位しんい御影堂恒一みかげどう・こういち御影堂常夜みかげどう・とこよだ」


「まさか、六島之國ろくとうのくににはこれほどおおくの神位しんいがあるとはおもいませんでしたね」

わたしおもわず感嘆かんたんこえらし、同時どうじにいくらかの疑問ぎもんいだいていた。

伊邪那岐いざなぎわたし疑問ぎもんこたえた。

初代最高神しょだいさいこうしんさまのおはなしによれば、六島之國ろくとうのくに四方しほううみかこまれた場所ばしょにあるため、他国たこくからのたすけを迅速じんそくることがむずかしいのです。そのため、九位きゅうい御方おかたわたしたちによりおおくのちからさずけてくださったのです」

伊美那岐いざなみつづけて補足ほそくした。

「それは同時どうじに、六島之國ろくとうのくに災厄さいやく見舞みまわれたさい、神々(かみがみ)がより効率的こうりつてき対処たいしょしなければならないことも意味いみしています」



天之神あまのかみかるち、この話題わだいると、そのままった。

「さて、はなし本題ほんだいもどそう! まずは、現在げんざいこちらが把握はあくしている状況じょうきょうからはなすとしよう――二人ふたりはかつて冒険者選抜ぼうけんしゃせんばつにおいて、十二大騎士団じゅうにだいきしだん団長だんちょうたちをつづけにやぶり、さらにおなじく混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃである亞拉斯アラースともわたった」

「ま、ってください……わたしたちは、亞拉斯アラース本当ほんとうったわけではないはずですよね?」

わたしはそれに疑問ぎもんおぼえた。あのたたかいはけというかたちわったはずで、かれらがいったいどこからそんな情報じょうほうたのかからなかったからだ。

天之神あまのかみは、どうやらわたし疑問ぎもん意外いがいにはおもわなかったようで、わらみをかべながらこたえた。

「そのとおりだ。あの対決たいけつ表向おもてむきにはけでわっている。だが、聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)の立場たちばかられば――かれらはすでに、あの一戦いっせんきみたちの勝利しょうりなしているのだ」


「なるほど……つまり、かれらがそう判断はんだんしたということですか……」

わたし苦笑くしょうかべ、その意味いみ理解りかいすると同時どうじに、聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)の意図いとにもづいた。

「なにしろ、亞拉斯アラース各国かっこく混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃなかでも、かなりられた存在そんざいです。かれわたえたというだけで、あなたたちの実力じつりょく価値かち十分じゅうぶんしめされています」

伊邪那岐いざなぎは、奔雷旗隊長ほんらいきたいちょうである藤原雛ふじわら・ひなからった冒険者ぼうけんしゃかんする資料しりょうにしながら、わたしたちにそう説明せつめいした。

伊美那岐いざなみもそのあと言葉ことばいだ。

「それだけではありません――あなたたちは、かつて聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)をたすけ、魔神ましん撃退げきたいしたこともあります。これほどの功績こうせきは、聖王国せいおうこく全体ぜんたい見渡みわたしても、げられるものはほかにいません。ゆえに、聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)があなたたちをたか評価ひょうかするのも当然とうぜんです」

そして、天之神あまのかみわたしにとって意外いがいなことをくちにした。

かれらは、さらにはっきりとこうまでっている――あなたたちはすでに、神位しんい継承けいしょうする資格しかくそなえている、と」


「えっ……ちょっとってください。つまり、かみ後継者こうけいしゃになるということですか?」

かれらのくちにした内容ないようは、わたしにはすぐにはめなかった。まさか事態じたいがここまですすんでいたとは、ゆめにもおもっていなかったからだ。

「え? あなたたち、らなかったのですか?」

生命之神せいめいのかみはわずかにまゆげ、すこ意外いがいそうな様子ようすせた。

混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃになれるということは、それ自体じたい各国かっこくにおいて暗黙あんもくの『神位候補しんいこうほ』を意味いみしているのです。これは各国かっこくあいだでは、すでに公然こうぜん秘密ひみつとなっています。ただ――六島之國ろくとうのくに継承制度けいしょうせいどすこ特別とくべつでして、べつ体系たいけいられているのです」

べつ体系たいけい?」

生命之神せいめいのかみうなずいてからこたえた。

「ええ。六島之國ろくとうのくににもおなじように冒険者ぼうけんしゃギルドはありますが、六島之國ろくとうのくに混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃは、そのままでは直接ちょくせつ神位候補しんいこうほ』にはなれません。『神位候補しんいこうほ』になるためには、『六旗試煉ろっきしれん』に参加さんかする必要ひつようがあります。そして、六旗部隊ろっきぶたい隊長たいちょうになってはじめて、『神位候補しんいこうほ』となる資格しかくられるのです」




「おちください。冒険者ぼうけんしゃ国家こっか統治とうちには関与かんよしないといています。だとすれば、なぜ『神位候補しんいこうほ』が混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃなかからえらばれるのですか?」

わたしはふと、その論理ろんりてきちがいにおもいたった。理論上りろんじょうかみとなることは国家こっか重要じゅうよう事柄ことがらかかわることを意味いみする。それはあきらかに、冒険者ぼうけんしゃ理念りねんはんしているようにおもえた。

「おっしゃるとおりです。ですから、『神位候補しんいこうほ』になる意思いしがあるなら、まず冒険者ぼうけんしゃ身分みぶんてなければなりません。それだけではなく、通常つうじょう一連いちれん試練しれんて、はじめて正式せいしき神位しんい継承者けいしょうしゃとなれるのです。ただのぞめばなれるというものではありません」

天之神あまのかみは、どうやらわたし疑問ぎもんにいささかあきれたようでもあった。というのも、まさか自分じぶん聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)にわって、こうしたことまで説明せつめいするとはおもっていなかったのだろう。

「これもまた、聖王国せいおうこく混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃ昇格しょうかくするさいに、たいてい神々(かみがみ)がそのかかわる理由りゆうひとつです」

「ですが、各国かっこく制度せいどはそれぞれすこしずつことなります。さきほど天之神あまのかみさまがおっしゃったように、六島之國ろくとうのくにはまたべつ体系たいけいっていますし、ほかの国々(くにぐに)でも神位候補しんいこうほ選抜方法せんばつほうほうはそれぞれことなっているのです」

伊邪那岐いざなぎふたた補足ほそくした。



「なるほど、あのとき冒険者選抜ぼうけんしゃせんばつ十二大騎士団じゅうにだいきしだん人間にんげんがいたのも、それで納得なっとくできますね。混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃになれるもの選抜せんばつ参加さんかしたなら、当然とうぜんある程度ていどためしはけることになるでしょうし。そうかんがえると、あちらで冒険者ぼうけんしゃをしていても、そこまで自由じゆうとはえませんよね? 結局けっきょく国家こっか影響えいきょうけているようにかんじます」

緹雅ティア当時とうじ選抜せんばつおもかえしながら、そのやりかたにやや不満ふまんいだいているようだった。

だが、わたしかんがえは緹雅ティアとはちがっていた。むしろ、あのときかれらがあのような選抜せんばつ試練しれんもうけた理由りゆう理解りかいできた。

「いえ、聖王国せいおうこくがあのときああした方法ほうほうったのは、おそらく人手ひとで不足ふそくしていたからでしょう。そしてちょうどそのとき冒険者ぼうけんしゃギルドもおなじような状況じょうきょう直面ちょくめんしていた。だからこそ、ああした募集ぼしゅう方法ほうほうおもいついたのだとおもいます」

「なにしろ、混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃ価値かち一般いっぱん冒険者ぼうけんしゃをはるかに上回うわまわります。ですから、おおくのくにいまもなお、混沌級冒険者こんとんきゅうぼうけんしゃ神位候補しんいこうほ選抜せんばつまねいているのです」

伊美那岐いざなみが、ふたたわたしたちにそう説明せつめいした。




このときわたしこころなかかんがえていた。

聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)がしめしたこのれの意図いとは、表面上ひょうめんじょうすこしも痕跡こんせきせていない。だが実際じっさいには、一歩いっぽ一歩いっぽじつ巧妙こうみょうだった。

それは同時どうじに、わたしたちのためにほかの国々(くにぐに)でもみちととのえてくれたことにもひとしかった。もしこの情報じょうほうひろまれば、おそらくわたしたちは、どこへっても未来みらいかみ有力ゆうりょく候補こうほとしてられることになるだろう。

ただ、そのような立場たちばは、わたしにとっては栄誉えいよひかりではなく、むしろおも負担ふたんちかいものだった。

「なるほど……ですが、わたしたちは神位しんい継承けいしょうそのものには、じつのところ興味きょうみっていません。拒絶きょぜつしているというよりは――わたしたちのまえには、もっとせまっていて、なおかつ重要じゅうようなことがあるのです」

不要ふよう誤解ごかいまねかないためにも、わたしたちの目的もくてきについては、あらためてはっきりと強調きょうちょうしておく必要ひつようがあった。

天之神あまのかみはそれをくと、ただわずかにうなずいただけで、わたしがこのような言葉ことばくちにすることを、とく意外いがいとはおもっていないようだった。

「そのてんについては、聖王国せいおうこくの神々(かみがみ)も、じつはすでにわたしたちにつたえていました」

かれつづけてそうった。

「だからこそ、わたしたちも『特別委託とくべついたく』というかたちで、あなたたちと正式せいしき交渉こうしょうはじめたいとかんがえているのです」



いま、神々(かみがみ)があえてこのような制度せいどとおしてわたしたちと交渉こうしょうしようとしている以上いじょう、それは――かれらが十分じゅうぶん誠意せいいしめしていると同時どうじに、わたしたちへ友好的ゆうこうてき姿勢しせいけていることも意味いみしていた。

「それで、あなたたちの依頼内容いらいないようなんですか?」

今回は『特別委託とくべついたく』という形式けいしきでのはなしだったため、わたし率直そっちょくにそうたずねた。

「あなたたちもただろう。あの、突如とつじょとして姿すがたあらわした大蛇だいじゃを」

時間之神じかんのかみが、最初さいしょわたしたちへ説明せつめいはじめた。

わたし緹雅ティア無意識むいしきかお見合みあわせた。緹雅ティアちいさくうなずき、わたしもまただまってそれにおうじた。

「あれは、ながきにわたって六島之國ろくとうのくにみついてきた上古じょうこ妖怪ようかい――八歧大蛇やまたのおろちです。あれは次元じげん狭間はざま自在じざいすることができ、ときに突然とつぜん、いずれかのしまあらわれては災害さいがいこし、霊気れいきらいます。あれの出現しゅつげんには、これまで一度いちどとして前触まえぶれがありませんでした」

時間之神じかんのかみいた調子ちょうし説明せつめいつづけていたが、そのこえにはかくしきれないおもさがにじんでいた。

先代最高神せんだいさいこうしんは、あれとおよそ二千年にせんねんにわたって対峙たいじしてきました――ですが、ついに完全かんぜんほろぼすことはできませんでした。戦況せんきょうがあれをめ、絶体絶命ぜったいぜつめいにまでんだとしても、あれはいつも空間くうかんえるちからによって、最後さいご瞬間しゅんかんのがれてしまうのです」

今回こんかいおなじだったのですか?」

時間之神じかんのかみのその言葉ことばいて、わたし当時とうじにした光景こうけいおもかえした。八歧大蛇やまたのおろちは、土壇場どたんば特殊とくしゅ魔法まほう使つかってっていた。

「それだけではありません」

活力之神かつりょくのかみつづけて補足ほそくした。

わたしたちはかんじています。今回こんかいのあれは、これまでのどのときよりもなお強大きょうだいです。そのちから規模きぼは、わたしたちの認識にんしきをはるかにえています」



ここまでいて、わたしはもうむねうちおも苛立いらだちのようなものをおぼえていた。まさか、これほどまでに厄介やっかい存在そんざいかかわっているとはおもわなかったからだ。

宮司ぐうじさまのおみちびきと鎮護ちんごがなければ、わたしたちは災害さいがいをここまでおさむことはできなかったでしょう」

「……宮司ぐうじさま?」

緹雅ティア怪訝けげんそうな表情ひょうじょうかべ、その宮司ぐうじさまという人物じんぶつつよ興味きょうみいだいたようだった。

「はい。彼女かのじょ雲閣うんかく天狐神社てんこじんじゃ主祭司しゅさいしであり、これまで宮司ぐうじ千年せんねん二千年にせんねん……いえ、およそ二千九百年にせんきゅうひゃくねんつとめています」

月読つくよみゆびってときかぞえ、それからそうこたえた。

二千九百年にせんきゅうひゃくねん?」

月読つくよみのその言葉ことばいて、わたしあやうく大声おおごえげそうになった。

月読つくよみはさらにつづけた。

「そのとおりです。彼女かのじょ初代妖王しょだいようおう唯一ゆいいつであり、純正じゅんせい妖狐ようこ血筋ちすじいでいます。だからこそ、初代妖狐之王しょだいようこのおうにのみぞくするあの祭祀神器さいししんきあつかうことができるのです」

「その初代妖王しょだいようおうとは、いったいどのような存在そんざいだったのですか?」

妖狐族ようこぞく初代妖王しょだいようおうというみみにした瞬間しゅんかんわたし脳裏のうりには、ある一人ひとり姿すがたがふいにかんだ――おなじく妖狐族ようこぞくぞくする妲己ダッキだった。

彼女かのじょと、そのはるいにしえ妖狐之王ようこのおうとでは、いったいどちらのちからがより強大きょうだいなのだろうか。

わたしたちがその初代妖王しょだいようおうについてたずねると、神々(かみがみ)もまた、伝説でんせつとしてかたがれてきたその事績じせきを、しずかにかたはじめた――




三千年さんぜんねんまえ、この世界せかい最初さいしょにして、そしてもっとおもやみむかえた。

それは、よる陽光ようこうおおかくすことでもなければ、種族しゅぞく崩壊ほうかいし、文明ぶんめいたおれていく衰亡すいぼうでもなかった――それは世界せかいそとからりかかった戦争せんそう、まぎれもない、本当ほんとう戦争せんそうだった。

その発端ほったんは、種族しゅぞく同士どうしあらそいや内紛ないふんではなく、ましてや自然しぜん災害さいがいでもなかった。外界がいかいから魔神ましんが、この世界せかい侵入しんにゅうしてきたのである。

魔神ましん最初さいしょにどのようにしてあらわれたのか、それをものだれもいなかった。



最初もっとはや異変いへんは、あるからはじまったとつたえられている。

そのきたそらかびがり、一本いっぽん不気味ぶきみひかりはしらてんから地上ちじょうへとちた。そして、そののちまもなくして、そらには第二だいにつきあらわれ、みずうみには倒影とうえいうつらなくなり、言葉ことば重複ちょうふく錯綜さくそうこし、んだものたちが突如とつじょとしてひらき、わらいながら言葉ことばはっはじめた。

それは神蹟しんせきなどではなかった。

それは、魔神ましん襲来しゅうらい前触まえぶれだった。

あれらの姿すがた理解りかいすることができず、そして、あれらの意志いし支配しはいのためにあるのではなく、ただ「らう」ためだけに存在そんざいしていた。

大地だいちらい、そららい、たましいらい、信仰しんこうらい、てはこの世界せかいそのものをたせている存在そんざい構造こうぞうさえもらいくそうとしていた。

あれらは各地かくちきずき、地脈ちみゃく根幹こんかん汚染おせんした。

さらに災獣さいじゅうはなち、あらゆる種族しゅぞく聖地せいち侵攻しんこうさせた。

だれもが理解りかいしていた。これは一方的いっぽうてき蹂躙じゅうりんだったのだ。


だが、それでもなお、すべての種族しゅぞくむかつことをえらんだ。

魔神ましんまじえた星空ほしぞらには、くだった無数むすう結界けっかい残骸ざんがいただよい、各種族かくしゅぞくたがいに同盟どうめいむすび、ともにあらがっていた。

当時とうじ妖族ようぞくは、そのような動乱どうらん世界せかいにあっても、世間せけん想像そうぞうするような強大きょうだい勢力せいりょくではなかった。

それどころか、かれらは各地かくちかれて独自どくじ勢力せいりょくきずいており、他種族たしゅぞくからは異端いたんあるいは脅威きょういなされていた。

妖族ようぞく血統けっとうはきわめて複雑ふくざつで、やまれいみずあやかし飛禽ひきん走獣そうじゅうから、言葉ことばあやつひと姿すがたへとける高位こうい妖怪ようかいいたるまで、そのかたはあまりにも多様たようだった。

そのうえ、たがいに血脈けつみゃくことなり、意志いし統一とういつされていなかったため、しばしば外敵がいてきあらそうよりもさきに、同族どうぞく同士どうしころうことすらあった。

かれらはの人々(ひとびと)からひとまとめに「よう」とばれていた。

だが、しん意味いみ共有きょうゆうされた族名ぞくめいっていたわけではなく、ましてや全体ぜんたいたばねる統一とういつおうなど、なおさら存在そんざいしていなかった。



まさに、この種族しゅぞくえずうちからちからっていたそのとき三体さんたい強大きょうだい妖怪ようかいがり、当時とうじ群妖ぐんようべることとなった。

その三王さんおうこそ――妖狐之王ようこのおう靈妖之王れいようのおう、そして妖貍之王ようりのおうである。

もしかれらが平和へいわ時代じだいまれていたなら、あるいはたがいにきそい、やがて妖族ようぞく至高しこうあらそっていたのかもしれない。

だが、やみ時代じだいおとずれた、天地てんちくあの災厄さいやく戦争せんそうは、かれらの運命うんめい根底こんていからえてしまった。

魔神ましん異界いかい魔物まものたちによる大規模だいきぼ侵攻しんこうまえにして、三王さんおう毅然きぜんとして種族しゅぞく垣根かきねて、みちえらんだ。

この決断けつだん妖族ようぞく全体ぜんたいるがした。

かつて、どの妖怪ようかいべつ妖怪ようかいしたがおうとはしなかった。

それにもかかわらず、かれらは三王共治さんおうきょうちのもとに百族会議ひゃくぞくかいぎひらき、「妖盟誓言ようめいせいげん」をむすんだのである。

こうして三王さんおうがともにてた「妖族王廷ようぞくおうてい」は、そのときから妖族ようぞく結束けっそくささえる中核ちゅうかくとなった。

妖狐之王ようこのおう靈妖之王れいようのおう戦況せんきょう見通みとおし、戦略せんりゃくさだめるやくにない、妖貍之王ようりのおうみずか前線ぜんせんおもむき、魔神ましんけた軍勢ぐんぜいさえんだ。

かれらの協力きょうりょくは、妖族ようぞくびるための猶予ゆうよをもたらしただけではない。

それは同時どうじに、他種族たしゅぞくにも、もともと統一とういついていたこのふる種族しゅぞくを、あらためて正面しょうめんからつめさせるきっかけとなった。



妖狐之王ようこのおう白月之森はくげつのもりまれた――そこは妖幻島ようげんとうなかでももっとふる静土せいどであり、月光げっこう永遠えいえんちることなく、四季しきゆめのようにおだやかなままたもたれていた。

そこでは、月光げっこう満天まんてん星辰せいしんだけが、はやしこずえのあいだでひそやかにささやいていた。

そのよるもりにはかぜおとひとつなく、つきひかりはいつも以上いじょうしろみわたり、まるで偉大いだいなる意志いし霊光れいこう一滴ひとしずくずつ大地だいちそそいでいるかのようだった。


そして彼女かのじょは、まさにそのようなよるまれたのである。




族人ぞくじんたちはかたっていた。彼女かのじょひらいたその瞬間しゅんかん白月はくげつはふいにひくれこめ、もり全体ぜんたいいきひそめたのだと。

そして彼女かのじょ周囲しゅういには、まだ赤子あかごこえはっするよりもさきに、九尾きゅうび幻影げんえいひかりなかへとかびがっていた。修行しゅぎょう必要ひつようもなく、ますまでもなく、それこそが彼女かのじょたましい本質ほんしつだったのである。

彼女かのじょは、万年妖狐族まんねんようこぞく宿命しゅくめいづけられたあるじであった。

それは誇張こちょうではなく、一族いちぞく長老ちょうろうたちと森霊しんれい双方そうほうによってみとめられた、るぎない事実じじつだった。

わずか百歳ひゃくさいにして、彼女かのじょはすでに「星地双権せいちそうけん」の尊号そんごうさずけられていた。

それは、群妖ぐんよう歴史れきしにおいて千年せんねんにわたり一度いちどとしてかれることのなかった奇跡きせき――すなわち、「天星てんせい」と「地霊ちれい」、その両方りょうほうちからあわ妖怪ようかいだったのである。

伝承でんしょうによれば、彼女かのじょゆめなか星辰せいしんかたい、ほし軌道きどうをもって未来みらい変動へんどうはかったという。

その魔法まほうは、敵軍てきぐん数万すうまんのただなかですら単身たんしん行使こうしすることができ、ただ両袖りょうそでをひとたびはらうだけで、そのすべてをほろぼしくしたとつたえられている。

彼女かのじょちからそのものが、すでに一種いっしゅの「天災てんさい」だった。

その容貌ようぼう絵巻えまきのように端麗たんれいであったといわれる。

九尾きゅうびひろげたときもり一帯いったい気脈きみゃくさえも静止せいししたという。

それはたんなるうつくしさではない。

だれにも容易たやす直視ちょくしすることのできない、「聖性せいせい」そのものだった。



妖狐之王ようこのおうかたるうえでもっと象徴的しょうちょうてきたたかいといえば、やはり後世こうせいに「白月三絶はくげつさんぜつ」とばれるみっつの大戦たいせんにほかならない。

この三戦さんせんは、妖族ようぞく歴史れきしにおいて比肩ひけんするものなき神話しんわとなっただけでなく、彼女かのじょを「王中之王おうちゅうのおう」たらしめる地位ちいを、決定的けっていてきなものとしててたのである。


第一だいいちたたかいは、「妖息斷界ようそくだんかい」とばれている。

当時とうじ妖幻島ようげんとう山脈さんみゃくは、魔神軍ましんぐん血象咒徒けっしょうじゅと軍団ぐんだんによって、強力きょうりょく時間魔法じかんまほう空間魔法くうかんまほうゆがめられていた。

その結果けっか東域とういきそら全体ぜんたい不規則ふきそく破片はへんのようにくだり、時間じかん空間くうかん非対称ひたいしょうあみのようにねじげられていた。

そのなかでは、毎分まいふんのように山河さんがさかしまにい、飛鳥ひちょうはねほねへとほどけてたまごかえり、樹木じゅもくおともなくはなかせたかとおもえば、そのままくさてていった。

この魔法まほうは、時間じかん空間くうかんげることで、現実げんじつそのものがゆがんでしまったかのような錯覚さっかくひとあたえるものだった。

その混沌こんとんちたよる妖狐之王ようこのおう崩壊ほうかいした主戦域しゅせんいきへとあしれた。

彼女かのじょあわ紫色むらさきいろころもをまとい、背後はいごではななつの天幡てんばんのようにたかひるがえっていた。

左手ひだりて空中くうちゅうでずれてしまったほし軌道きどうをなぞり、五指ごしにぎりしめたその瞬間しゅんかん四方しほうってくるっていた星火せいかは、突如とつじょとしてひとつに収束しゅうそくした。まるでなにものかの法則ほうそくによって、あらためてえられたかのようだった。

そして彼女かのじょ右手みぎてかみした一本いっぽん銅釵どうさいはずし、地上ちじょう星形ほしがた陣紋じんもんきざんだ。

呪文じゅもんとなえることもなく、れいせることもなく、ただ一画いっかくずつしずかにえがいただけで、星光せいこうはまるで血液けつえきのように、そのおくへとながまれていった。



その直後ちょくご戦場せんじょう全体ぜんたいときは、ふたたび「ひとつにそろはじめた」。

もはや遅延ちえんもなく、逆行ぎゃっこうもなかった。

くずっていた星層せいそう全体ぜんたいは、まるで一本いっぽん巨大きょだいふでによってなおされるかのように修復しゅうふくされ、うずのように彼女かのじょ中心ちゅうしんとして回転かいてんしながら統合とうごうされていった。

やがて、魔神軍ましんぐん主将しゅしょう伊勒札克イレザク」がみずか前線ぜんせんへと姿すがたあらわした。

その肉体にくたい山岳さんがくのごとく巨大きょだいで、全身ぜんしん灰紫色はいむらさきいろの、かわききったかわのようにひびれた皮膚ひふおおわれていた。

その表面ひょうめんには、よごれたけがれと邪咒じゃしゅ紋様もんようかせたが、無数むすうはしっていた。

頭部とうぶ異形いぎょう巨象きょぞうのそれであり、ながびた象牙ぞうげ左右さゆう不自然ふしぜんにねじがっていた。

そのきば根元ねもとからは暗赤色あんせきしょく液体えきたいにじており、まるでえずたましいすすっているかのようだった。

ふと巨大きょだいはな胸元むなもとまでがり、その先端せんたん触手しょくしゅのようにけていた。

内側うちがわには密集みっしゅうした吸盤きゅうばんこまかなきばがびっしりとならび、獲物えもの皮膚ひふからみついて、その血液けつえき記憶きおくげることができた。

さらに、六本ろっぽんふとうでことなるたかさからえており、その形状けいじょうもそれぞれ微妙びみょうことなっていた。

あるものはひとうでちかく、またあるものはぞうあしのように重々(おもおも)しく、ひづめのようなつめおおわれていた。

脊背せきはいからは、血肉けつにく石骨せきこつへとじたかのようないびつ骨棘こつきょくれつをなしてており、それはまるで、まだ完成かんせいしていないつばさ残骸ざんがいのようにもえた。

そのあゆみは鈍重どんじゅうだったが、空間くうかんそのものをげることで、一瞬いっしゅんにして位置いちうつすことができた。



伊勒札克イレザク怒号どごうげて突進とっしんし、妖狐之王ようこのおう足下あしもとにある陣核じんかくうばおうとした。

だが、妖狐之王ようこのおう表情ひょうじょうひとつえず、ただそでかるはらっていただけだった。

その瞬間しゅんかん伊勒札克イレザクえないなわ喉元のどもとげられたかのようにうごきをめ、そのまま体勢たいせいくずしてひざをついた。

彼女かのじょ攻撃こうげきくわえたのではない。

ただ霊圧れいあつによって、その行動こうどうそのものをふうじただけだった。

らめく四本よんほんは、それぞれが一本いっぽんずつくさり対応たいおうしているかのように、戦場せんじょう一区画いっくかくそのものをさえつけていた。

そして彼女かのじょは、じんきざむためにもちいていたあの銅釵どうさいを、ふたたびそらはなった。

銅釵どうさいはまっすぐな星柱せいちゅうへとわり、そのままてんつらぬいた。

やがて、そのいただきから数百すうひゃくものほそ星雷せいらいそそぎ、あめのように敵陣てきじんとされた。

その一撃いちげき一撃いちげきは、すべて寸分すんぶんくるいもなく敵軍てきぐんき、一本いっぽんたりともはずれることはなかった。

戦後せんご集計しゅうけいによれば、魔神軍ましんぐんはその二万にまんえる中核戦力ちゅうかくせんりょくうしない、戦場せんじょう中央ちゅうおうから四十五里よんじゅうごり以内いないにいたもので、のこったものは一体いったいとしていなかった。

このたたかいによって、「血象咒徒けっしょうじゅと軍団ぐんだん完全かんぜん瓦解がかいした。

それは同時どうじに、妖族ようぞくにとって最初さいしょ勝利しょうりでもあった。

そしてこのときさかいに、妖狐之王ようこのおう妖軍ようぐん総策主帥そうさくしゅすいとなり、ほか二王におうもまた、その決断けつだん全面的ぜんめんてきしたがうようになったのである。



第二だいにたたかいは、「萬落絕森ばんらくぜっしん」である。

第一だいいちたたかいで惨敗ざんぱいきっしたのち魔神軍ましんぐん戦略せんりゃく修正しゅうせいした。

もはや妖幻島ようげんとう正面しょうめんからむことを目的もくてきとはせず、側面そくめんからじわじわと侵食しんしょくすることで、しま全体ぜんたいもうとしたのである。

かれらがけたのは、無生者むしょうしゃ克雷斯瑪クレスマひきいられた軍団ぐんだん――「脫繭悖裔だっけんはいえい」だった。

この軍団ぐんだんは、「邪理十二階じゃりじゅうにかい」とばれる幻術げんじゅつ結界けっかい展開てんかいした。

十二じゅうにことなる性質せいしつ魔法結界まほうけっかいは、妖幻島ようげんとう外縁がいえん内陸ないりく要所ようしょにそれぞれ配置はいちされ、各陣かくじんはそれぞれことなる記憶きおく干渉かんしょう方法ほうほうによって機能きのうしていた。

ある結界けっかい対象たいしょう郷愁きょうしゅう後悔こうかいしずめ、またある結界けっかい勝利しょうりまぼろしせた。

そしてもっと致命的ちめいてきなものは、妖怪ようかいたちに、自分じぶんはすでにんだのだとおもませ、みずかきることをあきらめさせるものだった。

これらの魔法陣まほうじんは、精神魔法せいしんまほう――「諸相虛界術しょそうきょかいじゅつ」と「次念編織法じねんへんしょくほう」によって構築こうちくされていた。

魔法陣まほうじん完成かんせいしたとき妖怪ようかいたちは完全かんぜん麻痺状態まひじょうたいへとまれた。

伝令でんれい途絶とだえ、部隊ぶたい次第しだい混乱こんらんしていった。

なかには、幻境げんきょうなか味方みかた魔神軍ましんぐんだと誤認ごにんし、攻撃こうげき仕掛しかけた兵団へいだんさえあった。

しかばねち、現実げんじつ虚構きょこう境界きょうかいかれ、だれひとりとして、自分じぶんがなお現実げんじつなか存在そんざいしているのかどうかすらからなくなっていた。



妖狐之王ようこのおう神器しんき加護かごけていたため、そのような魔法まほうまえにしても、すこしも取りみだすことはなかった。

だが、この魔法陣まほうじん一刻いっこくはや解除かいじょしなければ、味方みかたはただてしなく同士討どうしうちをつづけるだけだった。

彼女かのじょ正面しょうめんからじんやぶみちえらばなかった。

わりに、まったく別格べっかく魔法まほう行使こうししたのである。

それは、すでがっていた幻術げんじゅつ主軸しゅじくそのものをるための精神魔法せいしんまほうだった。

彼女かのじょがそのひとみ使つかった瞬間しゅんかん魔力まりょくながれるように幻術げんじゅつ全体ぜんたい構造こうぞうへとそそまれていった。

つづいて、彼女かのじょみずからの第五だいご完全かんぜん顕現けんげんさせた。

すると陣式じんしき反転はんてんはじめた。

そして最終的さいしゅうてきに、「邪理十二階じゃりじゅうにかい」は一瞬いっしゅんにして同時どうじ崩壊ほうかいした。

乱夢林らんむりん全体ぜんたいは、まるで色褪いろあせた帳幕とばりがれちるかのように、もとのしん地貌ちぼうもどした。

そして星光せいこうそそいだそのとき天空てんくうには十二じゅうにのようなせんあらわれた。

それはまるで、幻界げんかいそのものがかれたあとのこされた傷痕きずあとのようだった。



第三だいさんたたかい――そして、もっとも人々(ひとびと)を震撼しんかんさせたたたかいこそが、「滅潮前夜めっちょうぜんや」である。

この「滅潮前夜めっちょうぜんや」のたたかいは、後世こうせいにとって、たんなる防衛戦ぼうえいせんではなかった。

それは同時どうじに、妖狐之王ようこのおうが「王中之王おうちゅうのおう」のいたったことを証明しょうめいする、るぎない鉄証てっしょうでもあった。

当時とうじ妖幻島ようげんとうは、かつてない危機きき直面ちょくめんしていた。

魔神軍ましんぐんの「視界侵觸しかいしんしょく軍団ぐんだん北境ほっきょうふうやぶり、そのまま潮牙港ちょうがこう外縁がいえんひろがる緩斜面かんしゃめんにまで一気いっき突入とつにゅうしてきたのである。

かれらのねらいは明白めいはくだった――みなとうばい、とう破壊はかいし、連絡れんらくつこと。

潮牙港ちょうがこうは、しま存在そんざいするすべての対外たいがい転送魔法陣てんそうまほうじん物資輸送路ぶっしゆそうろたばねる中枢ちゅうすうだった。

もしこの陥落かんらくすれば、しま全体ぜんたい完全かんぜん孤島状態ことうじょうたいへとまれる。

補給ほきゅう撤退てったい、さらには情報じょうほう伝達でんたついたるまで、あらゆるながれが全面的ぜんめんてきたれてしまうはずだった。



視界侵觸しかいしんしょく軍団ぐんだんは、水系すいけい魔能まのう主軸しゅじくとする軍勢ぐんぜいだった。

その内部ないぶでは、「魔能湧浪まのうゆうろう」が兵型へいけい根幹こんかんしており、すべての兵力へいりょく魔潮まちょうとの共振きょうしんによってせるように進軍しんぐんすることができた。

さらにおそろしいのは、かれらがはなつ「連続浪圧れんぞくらんあつ」が、浸透しんとう制圧せいあつ二重にじゅう性質せいしつそなえていたことだった。

それは、あらゆる防御魔法ぼうぎょまほうをわずか数秒すうびょうのうちに崩壊ほうかいさせるだけでなく、その波濤はとうがどこからせているのかさえ判別はんべつできなくさせた。

ただひとつ、それは「感知かんちそのものがあらながされるような圧力あつりょく」としかいようのないものだった。


戦後せんご記録きろくによれば、最初さいしょ一撃いちげきだけで、防衛ぼうえい前線ぜんせんはわずか三分さんぷんのうちに、およそ六百ろっぴゃくメートルにわたってかれたという。

妖狐之王ようこのおう即座そくざ決断けつだんくだし、みずか沙脊させき前線ぜんせんおもむいた。

彼女かのじょしろもってまもみちえらばず、援軍えんぐん招集しょうしゅうすることもなかった。

地形ちけい見極みきわめたあと潮牙港ちょうがこうそと三十里さんじゅうり位置いちする沙脊帯させきたいへ、ただちに三座さんざ法陣ほうじんもうけたのである。

彼女かのじょ特殊とくしゅ地脈魔法ちみゃくまほうもちい、沙脊させきしたにある地盤じばんひそかにしずませた。

それによってつくされたのは、いわば「中空ちゅうくうゆか」のような地形ちけいだった。

はごく普通ふつう砂地すなちでありながら、そのした空洞くうどうとなっており、ひとたびあしれれば、ささえるちから一瞬いっしゅんうしなわれる。

つづいて彼女かのじょは、みずからの妖力ようりょくをそのみっつの陣核じんかくへとそそみ、それらをむすんで巨大きょだい三角形さんかくけい魔法網まほうもう形成けいせいした。

この魔法網まほうもうは、水流すいりゅう魔力まりょくながれを感知かんちするはたらきをっていた。

ひとたびてき魔法まほう軍勢ぐんぜいがその範囲はんいあしれれば、その進行速度しんこうそくど瞬時しゅんじにぶらされる。

まるで、はげしいいきおいでせていた波濤はとうが、突如とつじょとしておおきく減速げんそくし、ついにはほとんど停止ていししてしまうかのようだった。

たとえるなら、てきがこの砂地すなちんだ瞬間しゅんかんにはえない「減速領域げんそくりょういき」へきずりまれるようなものだった。

あらゆるうごきは強引ごういんばされ、それにともなって魔法まほうさえも円滑えんかつには発動はつどうできなくなる。

本来ほんらいなら数秒すうびょう防衛線ぼうえいせん突破とっぱできるはずの猛攻もうこうも、この領域りょういきはいった途端とたん、まるで泥濘ぬかるみにはまりんだかのように、完全かんぜんあしめられてしまったのである。




魔神軍ましんぐんは、そのことをらなかった。

そして第二波だいには攻勢こうせい開始かいしした。三万さんまん魔兵まへい波濤はとうみしめてすすみ、その姿すがたは、銀幕ぎんまくしたで荒々(あらあら)しくうねり水壁すいへきせてくるかのようだった。

だが、かれらが三角域さんかくいき境界きょうかいあしれた瞬間しゅんかん突如とつじょとしてきた異変いへんにより、戦場せんじょうんだような静寂せいじゃくつつまれた。

波飛沫なみしぶき空中くうちゅうでぴたりと静止せいしし、まるでかたまった水晶すいしょうのようにちゅうかんだままちようとしなかった。

本来ほんらいならはげしくうねっていたはずの魔力まりょく波紋はもんもまた、空気くうきなかまり、まるですみとしたまままだひろがっていないのように、そのとどまっていた。

数万すうまん魔兵まへいは、まるでえない透明とうめいおり激突げきとつしたかのようだった。

その四肢しし凝縮ぎょうしゅくされた水圧すいあつふうめられ、まったくうごかすことができず、かおかんだ驚愕きょうがく苦痛くつうは、ほんの一瞬いっしゅん表情ひょうじょうのままこおりついていた。

そして数秒すうびょうのち重力じゅうりょくふたたびそのはたらいた。

ちゅうかんでいた無数むすう潮水しおみずは、一斉いっせいくずち、まるで万斤ばんきん水柱すいちゅう瞬時しゅんじそそいだかのように、そこにいた魔神軍ましんぐんつぶし、き、そしてすなしたへとほうむった。



だが、すべてはまだわってはいなかった……。

視界侵觸しかいしんしょく軍団ぐんだん軍団長ぐんだんちょう――烏德雷斯ウドレスが、ゆっくりとその姿すがたあらわしたとき高地こうち一帯いったい言葉ことばではあらわせない静寂せいじゃくしずんだ。

それは、血肉けつにくてきではなかった。

その身躯しんくは、えずかたちつづける無数むすう透明とうめい多面体ためんたいによってっており、それぞれがらめくひかりふちつながれていた。

まるで空間くうかんそのものが、みずからを屈折くっせつさせつづけているかのようだった。

かれがひとたびうごくたび、その姿すがた空気くうきなかくだけ、そしてふたたがる多面鏡ためんきょうのようにえた。

断面だんめん明滅めいめつし、軌跡きせきさだまらず、まるでかれという存在そんざいそのものが、流動りゅうどうつづける構造式こうぞうしきなぞであるかのようだった。

そして妖狐之王ようこのおうは、砂地すなちうえしずかにっていた。

ここのつのはゆるやかにひろがり、銀雪ぎんせつのような流光りゅうこうびながられていた。

やがて、その尾先おさきは徐々(じょじょ)にするどさをび、せん枝分えだわかれするようにけ、ついにはきんかし、ぎんかさねたかのような九振ここのふりの妖刃ようじんへと姿すがたえていった。



彼女かのじょひくこえつぶやいた。

一尾いちび――断潮だんちょう

第一だいいち尾刃びじん鞭影べんえいのように虚空こくうき、一瞬いっしゅんにして炸裂さくれつするようにはなたれ、ななめにはらわれた。

その一撃いちげきは、烏德雷斯ウドレスはなった第一陣だいいちじん幾何穿刺体きかせんしたい真正面しょうめんからいた。

両者りょうしゃ衝突しょうとつした瞬間しゅんかん、まるで金属きんぞくくだるようなはげしい震響しんきょうとどろき、立方りっぽう斧角ふかくはその粉砕ふんさいされた。

だが、妖尾ようびはそのままえがいて反転はんてんし、痕跡こんせきひとつのこさずもどされた。

二者にしゃ刹那せつなのうちに激突げきとつし、閃光せんこうのようにぜ、そしてふたた距離きょりってはなれた。

烏德雷斯ウドレスは、環陣かんじんのようにつらなるたた構造体こうぞうたい展開てんかいし、攻勢こうせいてんじた。

かれ体表たいひょうからは三組さんくみの「棱擊光錐りょうげきこうすい」が射出しゃしゅつされ、ことなる角度かくどから妖狐之王ようこのおうつらぬこうとせまる。

それにたいし、妖狐之王ようこのおうひだり旋回せんかいさせた。

三尾さんび――転封てんぷう

それは、うずえがいてはし封印ふういん斬撃ざんげきだった。

尾刃びじん螺旋らせん刃陣じんじんのように回転かいてんしながら、なな上方じょうほう反時計回はんとけいまわりに三度みたびがり、そのまま三道さんどう光錐こうすい妖力ようりょく渦流かりゅうなかきずりんだ。

そして、内側うちがわから強引ごういん圧縮あっしゅくし、ついには完全かんぜんくだらせた。

った破片はへんは、空中くうちゅうくだけた結晶片けっしょうへんのような光点こうてんとなって散乱さんらんした。



烏德雷斯ウドレスは、さらに間合まあいをめてきた。

もはやこれは術戦じゅつせんでも、策略さくりゃくきそ勝負しょうぶでもない。

速度そくど支配しはい極限きょくげんまでめた、純然じゅんぜんたる肉迫戦にくはくせんだった。

烏德雷斯ウドレス身躯しんく六稜柱ろくりょうちゅう連環構造れんかんこうぞうへと変化へんかし、十階戦技じゅっかいせんぎ――「線性高速連鎖突刺せんせいこうそくれんさとっし」を発動はつどうした。

その一突ひとつきごとに、多面ためん稜面りょうめん前方ぜんぽうがれちるように再構成さいこうせいされ、そのまま推進力すいしんりょくともなってつらぬいてくる。

あまりにもはやく、肉眼にくがんではその軌道きどううことすらできなかった。

だが、妖狐之王ようこのおう一歩いっぽたりとも退かなかった。

彼女かのじょはわずかに半歩はんぽし、両手りょうて交差こうささせていんむすんだ。

四尾しび――裂炬れっきょ

三条さんじょう交差こうさしながらやいば形作かたちづくり、こしわきからするど前方ぜんぽうへとされた。

その軌道きどう左上ひだりうえ右下みぎした、そして正面しょうめんむすび、ひとつの三角形さんかくけい挟撃点きょうげきてんす。

それは一条いちじょうの「力場裂斬りきばれつざん」となって空間くうかんり、さらに第四だいよんがその威力いりょく一点いってんへと凝縮ぎょうしゅくさせ、烏德雷斯ウドレスかく中央ちゅうおうたたまれた。

衝突しょうとつ一度いちどではわらなかった。

うたびにぜるような轟音ごうおん連続れんぞくし、その震響しんきょうえることなく戦場せんじょうわたった。



かれ形態けいたいなおそうとし、自身じしん身躯しんく数千すうせんもの微小びしょう晶稜体しょうりょうたいへと分散ぶんさんさせた。

そして空中くうちゅうからあらためて妖狐之王ようこのおう包囲ほういしようとした――それはかれ制圧技せいあつぎ、「晶噬群界しょうぜいぐんかい」だった。

かつての戦役せんえきでは、このわざによって龍人族りゅうじんぞく高位将領こういしょうりょう三名さんめい一挙いっきょやぶったとされている。

だが、妖狐之王ようこのおうはすでにその意図いと見抜みぬいていた。

六尾ろくび――散縛さんばく

九尾きゅうびのうち、第六だいろくがかすかに旋回せんかいしながらひろがり、そのまま一気いっき百尺ひゃくしゃくながさまでばされた。

それは空中くうちゅう連続れんぞくしてはらうような光輪こうりんえがき、「尾環斬鏈びかんざんれん」をかたちづくった。

無数むすう晶体しょうたい接近せっきんしたその瞬間しゅんかん、それらはことごとくはじばされ、かれ、外縁がいえん気場きばつぶされるようにからられ、もはや容易よういにはちかづくことすらできなかった。

彼女かのじょはその直後ちょくご間髪かんはつれずに烏德雷斯ウドレス肉薄にくはくした。

両掌りょうしょうをすっとせ、ひくささやくようにった。

九尾きゅうび――終幕しゅうまく

それは、歴史れきしなか一度いちど記録きろくされたことのない戦技せんぎだった。

九尾きゅうび背後はいごでひとつに収束しゅうそくし、まるで扇翼せんよくじるようにかさなりう。

つぎ瞬間しゅんかん彼女かのじょ全身ぜんしんちぢめるかのような速度そくど前方ぜんぽうへとみ、ひとやいばがひとつになったようなするどさのまま、烏德雷斯ウドレスのすでに損傷そんしょうしていたかくさった。



その瞬間しゅんかん彼女かのじょてきとの間合まあいは、もはや三尺さんじゃくにもたなかった。

烏德雷斯ウドレス突如とつじょとしてみずからの形態けいたいはりのように極限きょくげんまで収縮しゅうしゅくさせた――領域戦技りょういきせんぎ-「終向結晶態しゅうこうけっしょうたい」――そのすべてのちからそそぎ込み、妖狐之王ようこのおうむねつらぬこうとしたのである。

だが、なお半尺はんしゃくほどのあいだのこされていた、その刹那せつなだった。

妖狐之王ようこのおうひだりへわずか半歩はんぽずれ、こしするどくひねると、そのまま全身ぜんしんななうえへとひるがえした。

そして左尾さび右尾うび同時どうじろされ、「雙封殘月そうふうざんげつ」の収束しゅうそくするかたとなって、ななめにするどとされた。

九尾きゅうびおおきくひろがり、そのままだんくだしたつぎ瞬間しゅんかん烏德雷斯ウドレス形体けいたいは、まるでけたこおりくだくずれるように、そうをなして次々(つぎつぎ)と崩壊ほうかいしていった。

もはや、その構造こうぞうたもつことはできなかった。

その全身ぜんしん空中くうちゅう四散しさんし、くだけた玻璃はりすなうえそそぐかのように、おともなくえていった。

砂塵さじんしずまりかえった。

だが、尾風びふうだけはなおんでいなかった。

彼女かのじょはただしずかに呼吸こきゅうととのえ、九尾きゅうびらした。

そのは、まるで羽扇はおうぎおおきくひらいたようにもえ、その背中せなか石碑せきひのごとくうごかず、そこにっていた。

この一戦いっせんによって、彼女かのじょしん意味いみで「最強之王さいきょうのおう」のへとった。

それは、ただ彼女かのじょ魔法まほう絶大ぜつだいだったからではない。

もっと不可能ふかのうおもえるほどちか間合まあいのなかですら、あらゆる脅威きょういることができた――その事実じじつこそが、彼女かのじょおうなかおうたらしめたのである。



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