恋愛編(3)
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間さんとは駅前のバーガーショップで待ち合わせて対策を考えた。部活に所属していないわたしは帰宅して大人っぽく見えるワンピースに着替えてから店に来た。
「やっぱりストーカーに怪しまれないためにカップルのフリした方がいいですよね」
アイスコーヒーを飲んでいたストローを口から離して間さんがこちらを見た。
「カップル?」
「腕組んだ方がいいけど、まあ近い距離で話しながら歩くとか」
「ああ、なるほど」
間さんは少し納得がいった様子。
「間さんは坂東由香里ちゃん、どんな印象でした?」
わたしはいかにも興味津々という顔つきで聞いた。作戦でもある。動揺させるための。
間さんはまたコーヒーを飲んでいた。瞳だけこちらに向けた。綺麗な目だな。
「可愛い、ってか綺麗でしょ」
「はい」
間さんが真面目に頷いた。
「間さんて彼女いますか?」
唐突で不躾だけど、考えてみれば何回もこうして外で会って話してるのに恋バナなんてしたこともないわ。
「いません」
何でこんなに硬い?
「彼女いたことは?」
「ないです」
まあ、そうだろうね。そんな気しかしなかったよ。
「でも、モテますよね?告られたりしてるでしょ?」
「コクられる、というのはなんですか?」
不思議そうな顔。うーん。まだ20代だよね?なんなんだこの人は?
「告白されるという意味ですよ」
「ああ、なるほど」
なるほどじゃないだろ。
「女性から手紙渡されたりとかありますよね」
もうズケズケ行くぜ。
「ありましたね」
「で?」
間さんはまた不思議そうな顔を見せた。
「断ったんですか?」
「そうです。空手と勉強が忙しいので」
あちゃー。なんだよコイツ。聞いたわたしが悪かったよ。
「とにかくカップルを装いますよ」
「わかりました」
間さんはそう言ってストローを口にくわえた。
部活帰りの生徒が小さい集団を作って帰る頃、わたしと間さんは坂東由香里の帰路の途中にある工場の駐車場の近くにいた。そこは人通りが減って由香里が狙われやすそうな最初の場所だからだ。彼女の家は学校から徒歩で20分。その駐車場は学校から8分くらいのところにあたる。
私たちは大きな黒いミニバンの横で喋ってる振りをして、怪しい人物がいないか見張っていた。それらしい人物は見当たらないまま、坂東由香里が1人で通り過ぎた。お互いを見つけても事前になんのアクションも起こさない決め事ができていたので、由香里は見事にわたし達を素通りしてテクテク歩き去った。女のわたしから見ても由香里の歩く姿は素敵だ。これは変なやつやスカウトが放っておかないな。
わたしと間さんは辺りを見回して怪しい人物がいないことを確認してから由香里の後を歩き始めた。わたし達は5〜6mくらい間隔をあけて歩いた。
由香里がブロックの塀で囲まれた工場に差し掛かったとき、ふいに人影が現れた。黄昏時をとうに過ぎ、世界は闇の世界に埋没しそうになっていたので容姿ははっきりとは確認できないが塀の高さから身長は180cm近くありそうだ。
「間さん」
わたしが声をかけると、間さんは怪しげな人物から目を離さずに頷いた。
歩き方と体格と身長から判断するに、どう見ても男だ。そいつは堂々と由香里の後を歩いている。由香里は気づいていない様子だ。
わたしはLINEで由香里に知らせた。
由香里が立ち止まってスマホを取り出した時、その怪しげな男も立ち止まった。もう疑いようがない。
わたしはもう一度由香里にLINEした。
由香里はスマホを仕舞うと再び歩き出した。ペースに変化はなかった。男も同じ距離でついて行く。間さんは堂々とゆっくり後に続いた。
塀に囲まれた見通しの悪い十字路を由香里は曲がった。姿が見えなくなり焦ったのか男が早足になった。それを確認した間さんは突如猛スピードで走り出した。あっという間にわたしのそばから男のいる所まで走っていってしまい、取り残されたわたしはちょっと寂しかった。我に返って慌てて全速力で走って間さんを追った。
着いた時には間さんが男を取り押さえていた。
相談室では情けない間さんだけど、本当はめちゃくちゃ強いのは聞いていた。その姿を初めて見た。八起先生のするように、右の手首を決めて男が塀に向かって膝をつくような格好で押さえつけていた。
坂東由香里も恐る恐る近づいて来た。
「あなたはこの女性を付け回していましたね」
間さんの問いかけに、男は何も言わずに膝まづいて項垂れている。
「これから警察を呼びますがよろしいですか」
やはり、反応は無い。間さんはパンツのポッケから左手で紐状のものを取り出して男の右手にはめた。次に男の右肘を背面で曲げてから、男の左肘を曲げさせて男の左手を地面から離してさっきの紐状のもう一方の輪っかにはめた。用意周到だな。
間さんは男を自分の右手で軽く押さえつけたまま左手で警察に通報した。
10分後にサイレンが聞こえて来て、わたし達はパトカーに乗せられて警察署に運ばれた。
県警には間さんの知り合いがたくさんいる。間さんの通っていた道場に稽古に行く人が結構いるうえに、間さんの先輩や後輩で警察官になっている人が数人いるからだ。
取り調べの様子も後で教えてもらったようで、男は伊川圭人21歳大学生、通学している坂東由香里を見初めて声をかけたかったと話しているらしい。神妙にしているので、今後手出しをする可能性は低いとみられる。伊川には厳重注意をした上で、向こう1週間は付近を見回ってくれる約束も取り付けた。間さんやるなあ。
もちろん、由香里は大喜び、というか間さんに心酔してしまった。なんてかっこいいんだろう。素敵だった。本当に間さんに相談してよかった。また会いたい。会いに行っていいんだよね。そういうところだもんね。嬉しい。ありがとう、むる!あんな素敵な人に会わせてくれて!
といった風な感じで、もうどうにも取り付く島がないという状態。とうぜん毎日会いに来た。予め注意をした意味など全く効果なしだ。そもそも間さんは相談の仕事はしていないから言ってみればとても暇なので、いつ来ても対応可能なのだ。間さんもいい迷惑だが断るわけにもいかず、他愛のない深刻でない話を毎日聞いていた。
他のお客さんには間さんが相談にのってるのが珍しいので、たまにからかったりもした。
「あなたいいわね、こんなイケメンとお話できて。わたしも代わってもらいたいわ」
などと八起先生にめちゃくちゃ失礼に当たることを言う人も少なからずいる。そんな時の由香里は大きな目を三角にして食いつかんばかりの形相でおばさん達を睨んだ。みんなそれに怯んで二度と言わなくなった。
こんな状態が2週間近く続いて間さんが疲弊してきた。相談時間は上限が1時間と決まっていたから、八起先生と比べたらものの数にも入らないところだけど、由香里の好き好き光線で流石の間さんもグロッキー状態。
「マジン、モテるなあ」
と八起先生はからかってたけど、わたしは本気で心配になってきた。というのも、間さんの顔が以前より小さくなってきたからだ。元々頬骨はコケていたけど、より一層痩せた感じがした。多分かなり悩んでるんじゃないかな。
「大丈夫、じゃないですよね?」
その日入室して直ぐに間さんにたずねた。
「そうですね。ちょっと困ってます」
と正直に応えた。本当に正直なのかは不明だけど、わたしの期待する答えだった。
「由香里は間さんに惚れちゃってます。どうしますか?」
唇を噛んで間さんは考え込んだように見えた。
「ここのシステム上断れないのは分かってますけど、これ以上無理だったらはっきり伝えるのもありだと思いますけど」
間さんは眉を顰めて黙っている。
「間さん、由香里とLINE交換してましたけど、どんな感じですか?」
この質問には両目を閉じて反応して見せた。
「失礼で申し訳ないですけど、見せてもらっていいですか?」
間さんはさっきの表情で頷くと、スマホを開けた。差し出されたLINEトークを見ると、なるほどこれはキツイなと思わせる内容だった。
どこまでスクロールしても終わらないくらい由香里の書き込みがあった。間さんは一言しか返してない。多分好きだとか言うことは書いていない感じだったが、この量を連日浴びせられて、なおかつ相談にも来られたらかなりダメージ食らうよな、と同情した。わたしならキレてるわ。
「わたし、言いましょうか?」
むろん、由香里に言う気はない。これは間さんが決着をつけないと終わらない案件だ。間さんの覚悟を決めさせるためのフェイク。
案の定、間さんは首を横に振った。
「わたしから伝えます」
そう言って間さんは顔を上げた。わたしと視線は合わせなかったけど。




