心の動きまで覚えている一番古い記憶
心の動きまで覚えている、私の一番古い記憶。五歳くらいのころ。
普段は職務に忙しくて、寝る間もなかったおばあさまが、私たち家族といっしょにいる時間を作ってくださった。
私はすぐに駆け寄って、おばあさまを抱きしめた。
「お会いしたかったです」
おばあさまも嬉しそうに、
「私も同じだよ。さ、ここにおいで」
おばあさまは、膝の上に寝かせてくださった。
嬉しくて、心地よく身をゆだねていた。つい、うとうとしてしまった。それに気がついて、いけないと思った。しっかり目を開けた。
そうしたら、おばあさまの腰、差している短刀が見えた。思わず手を伸ばした。引き抜いた。
その瞬間の戸惑いはよく覚えている。きらきらと光ると思っていたのに、刀が光らない。そう思ったとき、手首に強い衝撃が来た。短刀が床に落ちた。すごい力で肩をつかまれた。おばあさまだった。無理やり立たされた。おばあさまの赤い目が強く光っていた。
「燈火、あなたは今、私の目を盗んで刀を奪った。それも、膝の上で寝かせてあげたのを利用して。
それがどういうことかわかるかい。燈火は、私の信頼を裏切ったんだよ。こんなことは二度としてはいけない」
はじめておばあさまに怒られた。その時のことを思い出すと、今でも心と体が震えて、この世のすべての人から見放されたような気持ちになる。
「も、申し訳ありません」
私はそれだけしか言えなくて、大泣きした。すぐに母上が駆け寄ってきて、ものすごい力で私の頭を床につけた。私はその力よりも強く自分の背中を曲げた。
おばあさまの声が聞こえた。
「やめなさい。そのような乱暴なことは」
おばあさまは、私以外の全員に、外に出るようにとおっしゃった。
私は、もっと叱られると思って、顔を覆って震えていた。そこで聞こえたおばあさまの声は、優しかった。
「泣くのはおやめ」
思わず手を顔から話した。涙をぬぐった。
おばあさまは、ほほえんでおられた。
「刃物で遊んではいけないよ。私も、燈火と一緒にいるときくらいは外しておくべきだったね。
それにしても、私がこの国のかじ取りを話しているのに、刃物のほうに興味が行くなんて、やんちゃな子だ」
おばあさまは、どこか面白がるようにそうおっしゃると、短刀を床に叩きつけた。短刀は真っ二つに割れた。
びっくりした。短刀をじっと見て、気がついた。
「これは刀じゃありません。木でできています」
「よく見ていたね。その通りだ」
「どういうことですか。自分の刀がなければ、まつろわぬ者たちが攻めてきたとき大変です」
「大王である私が、戦場で刀を抜くのは、本陣に攻め込まれた時だけだ。
そして、そんなことがあったら、戦に負けている。
わかったかい? 戦の大将が自分の刀を抜くのは、もっとも恥ずべきことなんだよ。だから、私は、心がけとして、木の短刀を持っている。
でも、それは秘密。家臣には言っていない。燈火の父と母にもね。
それなのに、やんちゃな燈火がみんなの前で。ふふふ。でも大切なことを教える機会になったね」
それを聞いた私は、心から思った。
「おばあさまはすごいです。とても勇気があります」
「ありがとう」
「でも、本陣に攻め込まれないようにするには、どうすれば良いのですか」
「私を守ってくれるのは、周りにいる仲間たちだ。燈火の父や母も含んだ配下や、頼りにしてくれる民を、大切に思ってまつりごとをすれば、戦の時も、その者たちが守ってくれる。逆に、その者たちをおろそかにすれば、敵に首を奪われるほかない。
覚えておきなさい。燈火が大王になったとき、守ってくれるのは、それまでに恩を与えた者たちだけだ。その者たちが多ければ多いほど、そなたが治める熒神国は、決して折れることのない矢になる。
燈火、今日の話は、あなたが生きている限り、決して忘れてはいけない」
私は正座になった。背中を伸ばし、うなずいた。
「はい」
おばあさまは、約束だよ、とおっしゃって、握手してくださった。
その時の、おばあさまの手の温かさは。
凍えそうな冷たさに囲まれた今でも、すぐに手のひらに戻ってくる。
手を胸に当てる。涙が出てきた。
おばあさま、私は、あの時のことを、まだ覚えています。
燈火は、そう呼び掛けた。
しかし、次の瞬間、まったく違う祖母の姿が頭に浮かんだ。
怨霊に取り憑かれたおばあさまの姿。
思い出したくない。のに、思い出してしまう。優しいおばあさまの姿が塗りつぶされてしまう。
燈火は手をさすって必死に温めた。しかし、苦しむ祖母の姿は黒雲のように頭を埋め尽くした。手は冷たくなった。燈火は諦めた。力が抜け、雪の上に手が落ちた。




