ひとりぼっちの王女
神の現れであった赤い目の大王が、怨霊に呪い殺された。
雪がうっすらと積もる、夕暮れの熒神国の都は、追い立てた獣が巣穴から出てくるのを、息を殺して待つような静けさだ。
その中で、一か所だけ、外の路に響くほどにぎやかな声が聞こえていた。
熒神国の王女、燈火宮の屋敷だ。
燈火の父と家臣たちは、宴会をしていた。この世で不安なことは何もないというようにはしゃいでいる。
燈火は加らなかった。ずっと沈黙していた。しかし、我慢の限界が来た。
持っている皿を、割れそうなほど強く握った。
何でこんなことになってしまったの。
この国の太陽だったおばあさまがお隠れになった。だから、みんなで力を合わせなきゃいけないのに。
燈火の父は、謀叛の罪により、すべての官職を解かれていた。
燈火は、人々の噂を聞いていた。
大王が病に倒れてから、大きな厄災が立て続けに起きた。国中が苦しんだ。今は滅亡寸前だ。
何が原因なんだ?
先の大王ではない。大王が間違ったことをするはずがない。大王は神の現れなのだから。
大王の言葉を曲げた者がいるはずだ。
そうだ。あの男だ。一人だけ先の大王の枕元に行けたあの男だ。
病身の大王に取り入り、詔を書き換えたんだ。
正しいはずの大王のお言葉が曲げられた。だから、熒神国に大きな厄災が立て続けに起きた。そうだ。そうに違いない。
熒神国が立ち直るには、まず災いの元凶を討たねばならない。
燈火は、そのような言葉が聞こえるたびに、向かっていき、反論した。
「なんで父上に無実の罪を着せようとするの? この国は今、すごく苦しい。みんなで力をあわせてまつりごとをしなきゃいけない。おばあさまもそれをお望みのはず」
はじめのうちは、相手は震えながら謝罪していた。しかし、次第に軽くあしらわれ、最後には無視された。
毎日立場が悪くなっていった。
なのに、父上は何もしなかった。
燈火は父をにらんだ。父は燈火の様子に気を止めていないのか、宴会をしている家臣たちをほほえましそうに見ている。
燈火は父に聞こえないように、小さく、震える息を吐いた。
宴会はますます盛り上がっていた。酒甕が転がり、ため込んでいた食べ物は残らず並べられている。
ずっと、昔のことばかり話してる。まだ未来はあるはずなのに。どうしてなの?
今からでも、父上の無実を訴えれば、もしかしたら。
その時、地鳴りのような音が聞こえた。
燈火の体が震えた。
鎧兜のぶつかる音。馬の鳴き声。大勢の足音。
追討の軍勢が来た。
燈火は家臣たちの間を駆け抜け、外が見える縁側に出た。土塀の向こうが、燃え盛る松明の炎に囲まれていた。
喉が引きつった。父の所へ駆け戻った。
「父上、周りに敵が。真っ赤な火が取り囲んでる」
燈火の父は、鈍い表情のままだ。
「ああ、来ましたか。それなら、準備にかからねば」
「準備? なに、それ」
「覚悟を決めていただきたい」
「覚悟って何を」
「わたくしたちは、先の大王のあとを追い、ここで果てるのです」
やっぱり、そのつもりなんだ。
唇を噛んだ。崩れそうになる心を必死で支えて、首を横に振った。
「みんなは、父上を憎んでるわけじゃない。怨霊の祟りが怖いだけだよ。
父上が無実を訴えれば、みんなの心も落ち着くはず。諦めちゃだめ」
「今の大王がお決めになったことです。神であるお方に逆らうわけにはいきますまい」
父上がこうじゃなければ、みんなの心をつなぎ留められたかもしれないのに。
怒り。
「なんでもう死んでいるみたいな態度なの。父上はまだ生きてるんだよ。わかってよ」
肩をつかんだ。突き放した。父の体は抵抗なく倒れた。
燈火は立ち上がった。腰を抜かしている父をにらんだ。灯りに照らされた赤い眼が、燃えるように光った。
「私は死にたくない。父上も、ここにいるみんなも、死んでほしくない」
父は、戸惑ったように燈火を見上げている。
どうして怒ってるんだ? って言いたそうな表情。
何一つわかってくれてない。
もう顔を合わせられなかった。父に背を向けて部屋を飛び出した。縁側に出た。
壁の向こうを囲む松明の火。突入が近いことを予感させる馬のいななき。たくさんの人の騒ぐ声。
今にもなだれ込んでくるかもしれない。
足がすくんだ。積もった雪を踏んでいることに気がついた。震え。しかし、そのまま座った。膝を抱えた。白い息が漏れた。
涙がこぼれた。
どうしてこんなことになったの? みんなでおばあさまと力を合わせて熒神国を建国したんじゃないの? それなのに、おばあさまがお隠れになってからひと月で、敵と味方に分かれている。
そんなこと、絶対におばあさまは望んでいない。
燈火は胸をかきむしった。
しかし、すぐに、苦しんでいる自分が馬鹿らしく思えた。
父上があきらめてるのに、なんでこんなに必死になるの? もう何をしても無駄なのに。
自分をあざける笑い。
どうせあと少しの命なら、心がぐしゃぐしゃになってもいいや。
燈火はゆっくりと目をつむった。
もうすぐおばあさまところに行くんだ。母上もいる。
きっとここよりも暖かい場所のはずだ。
燈火は、祖母との思い出に沈んでいった。




