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鷲羽国物語 〜異世界救済2 救済されない世界の話  作者: たかなしコとり


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31/33

その31 うちの若様

朝早くなら、宿にそっと入れてエシルに会えると思っていた。半年以上ぶりだ。

夜明け頃に起きて、タニアは大通りに向かった。

西へ向かう街道の一部と、それに直行する通りが二本。町の主要部分は、大体その中に収まっている。


鹿狩りそのものは昼ぐらいから始まる。

領主軍から朝早く何人か出て、鹿を遠くから囲い込む。囲い込みが完了すると、主役がそれを馬で追い込んで、狩る。


大きな旗を振ったり鳴り物でドンドコやって鹿を驚かせるので、とても華やかな祭りのようになる。

娯楽が少ないので、町の人々は浮き浮きとそれらを楽しんでいた。きっと皆、夜遅くまで騒いだに違いない。


しかしタニアが大通りに出た頃には、もう何人もの人がウロウロしていて、特に領主の息子が泊まっている宿の辺りは、その姿を一目見ようと、どっさり人が集まっていた。


息子が寝ている間にちょっとだけ、と思っていたタニアは、すぐ諦めた。

帰ろうとすると

「見に来たんじゃないのか?」

向こうから、シオンが来ていた。


「あ。おはようございます。ファリスが心配なので、戻ります。」

「ニカおばちゃんに頼んで来たから大丈夫。」

シオンは、結局泊まりになったお手伝いのおばさんの名前を出した。


「行こう。そろそろ宿を出る頃だろう。」

戻ると、人はさらに増えていた。町中の人が見に来たかと思うほどだ。

わぁっと声が上がって、人並みが揺れた。


遠目でも、エシルは他より頭一つ大きいからよく分かる。

領主の息子が出てきたので、歓声が上がったのだ。しばらくして、連れの連中も出てきた。馬が引かれて、彼らは馬上の人になる。


「うわ。あれがうちの若様か。」

シオンが感嘆の声を上げた。

よく手入れされた栗毛の馬に乗るのは、騎装も凛々しいすっきりと背の高い青年。長いまっすぐな髪は明るい茶色で、首の後ろで括られている。今はそこに、誤射防止のための黄色いリボンが結んであって、それもまた似合う。


日焼けして頬にそばかすが浮いているが、顔立ちは精悍、男にしては優しい目元。

にっこり笑いかけられたら、女でなくても惚れてしまいそうだ。


慣れた風情で馬を進め、仲間達と笑いあいながら大通りを下って行く。

これから狩場へ向かうのだ。


タニアの前を通ったが、人の壁の向こう側にいる彼女の事は見えなかっただろう。

そのまま町の門を出ていくのを、タニアは寂しく見送る。


後を、侍従や領主軍の警護の者がついて行く。見えなくなると、人並みがわらわらとばらけた。


「あれ、結婚してたんだっけ。」

シオンが、誰かに聞くともなくつぶやくと、そばにいたおばちゃんが振り向いた。

「若様かい。ずっとお一人だったんだけどさ、今度領都に、奥様をお連れになったんだってさ。」

「え、結婚したんだ?」

シオンが驚くと、事情通ぶるおばちゃんは、いやいやとかぶりを振った。


「まだだって。だからまだホントは婚約者様なんだけどさ。連れてくるからには、そういう事なんだろう?」

「へー。」

シオンは、気のない返事をした。雲の上の人が結婚しようとしようまいと、自分にはさほど関係ない。

横にいたタニアが、真っ白な顔をしているのに気づかない。


「絵に描いたような男前だな。」

と振り向いて、やっとタニアの顔色に気が付いた。

「どうした?」

「なん、でも、ありません。」

子供が心配だから、早く戻りましょう、とタニアが歩き出す。


「そうだな、朝飯食ってないと、屋台を回る元気も出ないな。」

貧血なのかと思い至る。華奢だから心配になる。最近は元気そうに見えたのに。


ヨロヨロと歩くタニアを、シオンはそっと支えた。

やっぱり俺が貰ってしまおうかな。こういう時、彼女を支えられない男に、夫を名乗る資格はないとさえ思う。

いつかきちんと話をつけてやる。


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