その28 優勝者
翌日の試合で。
師匠と相対したエシルは、久しぶりに手の平に汗をかいた。
ヤバい。向き合うだけで、迫力で押されそうになる。
アルド将軍は片手剣に大盾という装備。エシルは同じ片手剣に、左は短剣の両刀持ちである。
装備はそれぞれ個人の自由だが、エシルの場合、戦場では肩に弓を担いでいる事が多く、盾を使わない。不慣れな装備よりはと、短剣を選んだが、今更ながら後悔している。
大盾の取り回しに不慣れなのは、アルドも一緒だった。そも騎士は、片手で馬の手綱を握っているので、盾も腕に括り付けられる小振りな物を使う。
それで大盾を選ぶのは、結局それが有利だからだ。
短所は重くて取り回し難い所だが、一対一の地上戦ならほぼ問題ない。
せめて両手剣にするべきだったか。
今まで両刀で押してきたから、装備を変えようとは思わなかった。
くそー。
教えといてくれよ。相手によって装備を変えていいって。
昨日のアルドの装備は、確かに両手剣だった。
じりじり間合いを詰めると、じりじり下がられる。下がると詰められる。
闇雲に突っ込んでも盾で防がれる。
ダメだ。やはり三年以上、まともに剣を振っていなかったツケが回ってきたみたいだ。
ぐっと間合いを詰められる。
横っ飛びに避けようとして、そこにするすると剣が伸びてきた。
短剣で弾く。しかし着地を誤った。
転んだのを、そのまま向こうへ回転して立つ。だが旗が振られた。
「場外!」
キャーッと言う悲鳴が上がった。
しまった。
場外取られた。意外に追い詰められていたのか。
「あー。」
残念ながら、場外は即敗退だ。
でもまあ妥当な所だ。四半刻以上も打ち合って、こちらもヘトヘトだった。
「まだまだだな。」
アルド将軍も、息を切らせながら、剣を収めた。
「もうちょいでした。」
「まぁ来年を楽しみにしている。」
観客席から、まだ花が飛んでいる。
「あれは全部お前だろう。」
「師匠のも混じってるでしょう。」
「世辞は要らん。俺は去年も出たんだぞ。」
その時はこんなに花は飛ばなかった、と言われて、あーと唸る。
「後で、お分けしますよ。」
「いらぬわ。」
二人で並んで闘技場を降りて、甲冑を脱いで片付ける。家から侍従が来ていて、それを担いで帰った。
「帰りますか?」
「俺は、明日の相手を見てから帰る。」
アルドはにやりと笑った。
「来年は俺に勝てよ。」
しごきは免れたようだった。
良かった。
闘技場の出口で、一抱えもある花束を三つ貰う。投げられた花を束ねた物だ。
まだあるが、どうするかと聞かれる。
もう持てないので、他の出場者にやってくれと応じたら、
「それは男からも女からも恨みを買うよ。」
と横から忠告された。
従弟のテミルだった。
エシルの一個下だが、階級は中隊長。
「恨まれるかな。」
「エシル兄上は、今回が初出場だから。何事も慎重に。」
「そうだな。ならお前にやるよ。」
エシルより前に試合が終わっていたテミルは、彼は彼で花束を一つ持っていたが、仕方なく一つ受け取る。
「俺が恨まれたら、兄上がちゃんと対処して下さいね。」
テミルはとっくに結婚していて、新婚の妻が家で待つ。
「まかせろ。」
急いで作った最後の花束をエシルは肩に担ぐ。
もう少しでエルデム家の養子になる所だったテミルは、明日兄のテュルンと当たるので、憂鬱そうだった。
「負けたら負けたで叱られるし、勝ったら勝ったで愚痴られるし。」
背の高さでは大分差があるが、よく似た筋肉質な体付きで、本当の兄弟のように見える。
結局優勝したのは、テミルを下したバルシュという青年で、エシルは見たことのない選手だった。
エシル当人は、剣で勝てなかったので昇進を諦めていたが、弓での優勝者だった事と、他の競技でも良い成績だった事、以前に小隊長だった事を鑑みて、中隊長に昇進した。
周りから見ればいきなりヒラ騎士からの大出世だ。
前の中隊長の一人が、大隊長の副官に異動になり、元の隊をそっくり貰った形になる。
しかしおよそ隊長と名のつく地位の中で、中隊長が一番忙しい。
小隊長と大隊長に挟まれて、雑事の多さが半端ではない。
隊内部の人事を好きにして良いとの事だったので、エシルは自分の副官にイルスを呼んだ。
「勘弁して下さいよー」
イルスの、呼ばれて第一声がそれだった。
「小隊長、気に入ってたのに。」
前にエシルが小隊長だった折、自分の副官だった男である。言動に遠慮がない。しかし目端がきいて、よく働く。
これ以上の人材はない。
「頼む。」
そのひと言で、言う事を聞かせた。
「給料、はずんで下さいよ!」
イルスはなんだかんだ楽しそうだった。
この男がいれば、何とかタニアに会う時間が作れるに違いない。




