その27 師匠
初戦でメルトの父に当たって、相当粘ったが無駄だった。
長槍は有利だが重くて両手が塞がるし、短槍は扱いやすいが届かない。
穂先をくるんだタンポ槍とはいえ、やっぱりふっとばされて、場外失格となった。
容赦ない。
前回の上位者は、トーナメントで配慮されて、すぐには当たらないようになっている。エシルは初出場だから仕方ないと言える。
三日がかりの槍の試合で、結局メルトの兄が優勝、メルトの父が準優勝で、メルト当人は八位だった。
「順位が上がって良かったな。」とねぎらいの言葉をかけたら、
「今回は当たりが良かったからな。」
とあんまり嬉しくなさそうな声が帰って来た。
「どうした。」
「うーん。兄貴に負けたからな。後で兄貴にしごかれるー。」
「あー。」
初日にふっ飛ばされた記憶が蘇る。甲冑をつけての戦いだが、槍で突かれると結構痛い。打ち身や骨折も当たり前に起こる。
結局メルトは、天羽山地の麓にある東の砦まで、翌日には戻って行った。
王都に残っていると、その間毎日しごかれるせいである。
少し寂しい。
と、思っていたら、そんな事もなかった。
剣の試合は武術大会の主たるイベントで、闘技場の観客席も解放されている。
贔屓の選手が出て来ると、観客席から花が投げ込まれる。
順番が来て、呼ばれて闘技場に出て行くと、
「エシル様ー!」
という黄色い声がしたかと思うと、まず二、三輪の花が降ってきた。
拾って振り仰ぐと、見たことのある娘たちが手を振っている。
「ありがとうな。」
応じて手を振り返すと、キャーッと小さい悲鳴に似た声が上がり、次の瞬間、雨のように花が降ってきた。
係の者が拾い始める。後で渡してくれるのだが、それが見る見る大きな花束になっていく。
楽しくなって来た。
すると。
「いやはや、ずいぶんモテるもんだ。」
ちょっと皮肉っぽい口調で言われたので、ムッとして見ると、北を守るアルド将軍だった。
何を隠そう、エシルの剣の師匠である。
超強い。十年ほど前に、三回続けて優勝した事がある。
騎士階級の出身だったが、その実績を請われて将軍家の養子になった。
「お、久しぶり、です。」
さすがに言い返せない。
「女にうつつを抜かして、鍛錬を怠けていたんじゃないだろうな?」
「そんな事はありません。」
「まぁそれが本当かは、いずれ見られるが。」
うへぇ。
将軍になる前のアルド青年に、めちゃめちゃしごかれた幼い日々を思い出す。
「師匠と当たるんですかね・・」
思わずつぶやくと
「当たる前に負けたら、後でみっちりしごいてやる。」
どっちにしろ、地獄っぽい。
三回勝ち抜いて十六位に入ったが、その辺りになると、知った顔ばかりになる。
アルド将軍はもちろん、父のエルデム将軍もいるし、テュルン、オルクン、アイマンなど、将軍とその息子たちばかりだ。名前は知らなくても、学問所で見た顔だったり。
緊張する。皆強い。
これに勝って大隊長とか、なかなかの関門だと思う。
でも負けられない。
もちろん初めて見る顔もある。
手の内が分からない分、彼らも恐い。
剣の試合が始まって五日目。
一つ勝って上位八位に入ったが、次の試合がアルドと知って、絶望する。
父のエルデム将軍は昔、鷲羽国一の剣士と呼ばれていたらしいが、やはり年齢には勝てないらしい。見知らぬ青年と戦って負けていた。
「いや将軍位にいる者が、武術大会に出る意味はないからな。」
アルド将軍は、晩飯を一緒にどうだ、とエシルを誘ってくれた。
「じゃあ何で出るんです?」
「そりゃ嫌がらせに決まってる。ただで勝たせてなるもんかってやつだ。」
炙り焼きの肉を頬張りながら、エシルは愚痴る。
「すごく迷惑なんですけど。」
「馬鹿者。そうせんと、軍全体の戦力が落ちるだろう。」
「まあ、そうっすかね。」
勝ちを金でやり取りしている時点で、結構形骸化している気もするが。
しかし大会以外でも、皆普通に鍛錬してはいるので、無駄に怪我をする危険を避けているほうが賢いのかもしれない。
「それで?なんか女を追いかけて家出したと聞いたが。どうなったんだ?」
身を乗り出されて、エシルは絶句する。
「何でも知ってますね。」
「エルデム殿に聞いた。他の奴らは、お前が山賊討伐に行った後行方不明になったとか、南の国境に配置換えになったとか色々言うんでな。」
アルドは、エールをがぶりと飲んでから、一番弟子を見てにやりと笑った。
「お前を袖にするなんて、大した女だ。」
「勘弁して下さい。」
頭を抱えるエシルは、さぁ話せと詰め寄られてざっくり白状した。
「見つけ出して、口説いて、妻にしました。」
「いい女か?」
「あれ以上はいません。」
「か〜、惚気か。若いな。」
知ってか知らずか、アルドはそれ以上踏み込まない。名前も聞かないし、会わせろとも言わない。
「さぁそろそろ帰るか。明日は久しぶりに俺との勝負だ。手加減なしだからな。」
勘弁して下さいよ、と言いながら、エシルは嬉しい。味方はたくさんいる。




