その26 武術大会
武術大会の本戦が始まった。
最初は弓である。
百人近い出場者の中に、メルトを含め見知った顔がいくつもある。
十人ずつ自前の弓で距離と精度を競うが、最初から的は五十間先に設定されている。当たるどころか的に届かない者も多い。
メルトも若干粘ったが、的が六十間先になった所で姿を消した。
最終的にエシルと優勝をあらそったのは、父のエルデム将軍だった。
そういや、父も弓の達人だったな、と横で弓を絞りながら思いだす。
父にきちんと教わった事はないが、屋敷に練習場所があり、エシルも小さい頃から弓を触ってきた。
貴族の地位は建前上世襲ではないが、ほぼ世襲と言われるのがこれだった。
貴族の跡取りは、幼い頃から父の仕事を手伝うべく、様々な事柄を学ぶ。文盲五割のこの国で、学問所に集められて読み書きはもちろん、算術も歴史も学ぶが、それだけではない。学問所に上がる前にも、各家のそれぞれ得意とするところを叩きこまれる。
従って、十二尚書の子弟は大抵国府に入り、余程でない限り親の仕事を継ぐし、十二将軍の子弟は大抵国軍に入り、多少の下駄を履かされつつも将軍位に就くことが多い。
エシルもまた、ゆくゆくは将軍となることを求められている。
そのための教育も受けて来た。
だから、すべてを放り出してタニアの元へ行きたい気持ちも大きいが、だからと言って家の体面に傷をつけたくはないという気持ちも大きい。
ちっと小さく舌打ちする音が聞こえて、エシルは七十間先の的を見る。
父が、三本のうち二本目の矢を外していた。
「老眼ですか。」
「うるさいな。」
結局、エシルが優勝した。
表彰されて、優勝賞金を貰って、弓射場で荷物をまとめていると、メルトが声をかけて来た。
「よう。おめでとう。」
「おう。お前もな。」
メルトは十七位だった。そこそこの成績である。従兄弟のテュルンは六位。
「昼、一緒に食う?」
弓の勝負は早い。
午前中であらかた終わって、優勝者以外はもう勝手に解散している。
なんなら槍の試合はもう始まっていて、最初の一組目は勝負が決まる頃だった。
「余裕だな。」
「どうせ最後は親父か兄貴と手合わせかと思うと、気が重い。」
「本当にな。」
昔、メルトの下の兄と試合して、思い切りふっ飛ばされた事がある。
上の兄はもう少し優しいが、それでも槍で勝てた試しがなかった。今は父の副将を務めてはいるものの、足を痛めて武術大会には出て来ない。
弓射場を後にすると、最悪な事態が待っていた。
「エシル様!」
駆け寄って来た少女に、うっかり足を止めてしまった。
「優勝おめでとうございます。」
「あー。エミーナ姫。」
周りがざわつく。
「お祖父様に伺って、試合を見に参りました。とてもお強いんですね。」
タニアに似た少女の無邪気な言葉に、エシルはため息をなんとか飲み込む。
「女の子が見て面白い物でもないでしょう。」
「いいえ、ドキドキしました。」
こういう時、人当たりの良い自分がイヤになる。
「柄の良くない者も多い。お家の方が心配するから、もう帰りなさい。」
「お昼をご一緒にと思って、お待ちしていたのです。」
やや抵抗する少女に、メルトが口を挟む。
「槍の試合が始まるので、急がないと。」
「おう。」
では失礼、とその場を離れる。
横目で侍女達がエミーナ姫に寄って行くのを確かめる。
「助かった。」
「他の女の子にも声をかけておけよ。」
例えばほら、と目で示されたのは、見覚えのある娘達。学問所時代の友達の姉妹など。
おかしい。嫁に行ったはずの娘もいる。
目をやると、いそいそと寄ってきて、籠を手渡された。
「優勝おめでとうございます!」
籠の中には、汗を拭くための手拭いや、果物、ちょっとした時間に食べられるような焼き菓子などが入っていた。
「お昼にお誘いしても、お忙しいでしょうから!」
大きな声で、エミーナ姫に聞こえるように言う。牽制しているらしい。
向こうで、侍女達がエミーナ姫をそそくさと連れて去るのが見えた。
女達のこういう所が苦手だ。
でも今回は助かった。
これ以上、エミーナ姫との噂が流れるのはまずい。
ありがたく籠を受け取って、歩き出す。
「用意しておいて良かった。」
メルトが言ったので、エシルは目を見開いた。
「お前の差し金か。」
「噂を消しておきたいだろうと思ってな。」
まさか当人が出て来るとは思わなかったな、とメルトは続けた。
深窓の姫は、普通観客席から花を投げるぐらいで、裏手にやって来たりはしない。
何も手を打たなければ、めちゃめちゃ噂になっただろう。
「お前のそう言う所、ホント腹立つな。」
「褒め言葉だと思っておく。」
闘技場が近付いて来た。
沢山の食べ物の屋台が、路上に連なっている。
「とりあえず、腹ごしらえな。」




