その24 縁談
暖かい日が続くようになった。
その間、監視はずっとついている。
領都で監視を撒いた事は、おそらく王太子に伝わっているだろう。しかしどこへ行ったかまでは分からないはずだ。
大雪の季節は去り、再度監視を撒く事も難しい。仕方ないのでずっと剣を振っている。
城壁の上は広く、王都や城門の警備以外の時間帯は、皆ここで剣や槍を鍛錬している。
そんなに怠けていたつもりはなかったが、やはり腕は若干落ちていた。
数年中に将軍家を継ぐなら、剣か弓か槍かで武術大会の上位に入らなくてはならない。
メルトが言うには、大隊長ぐらいになると、意外に時間の自由があるらしい。
部下の統率は中隊長の仕事だし、城砦を出入りするのも自由。
同輩に声をかけておけば、数日私用で出かけても、特に問題にならない。
簡単ではないが、どのみち通るなら、最速でそこを目指すしかない。
さっさと大隊長になって、タニアに会いに行く。
しかし毎日、屋敷と軍の詰め所を往復するだけのエシルに、王太子の方が痺れを切らした。
父将軍経由で、縁談を持って来たのだ。
エシルが帰って来た事で、エルデム将軍はかなり元気になった。将軍家を継ぐ、なるべく早く将軍位を目指すと宣言した事で、ならばそれまでは強く整った軍を維持しようと張り切っている。
そして、同じくエシルが戻って来た事で、昼食会への誘いも徐々に復活している。
最初のうちは学問所時代の友人が主で、久闊を叙するつもりで誘いに応じたが、やはりそこに、妹だか従妹だかが同席しているので、なんとなくやり辛い。
もう婚約している、と言えば、誰なんだよ紹介しろよと言われる。
しばらく結婚のことは考えられない、と言えば、将軍家の跡取りが、結婚しないなんてありえない、と言われる。
面倒くさい。
それでもいずれ、その友人たちも家を継いで国政に関わるのだと思うと、付き合いを断つわけにもいかない。
もしタニアがまだ未婚であれば、だれか貴族の家の養女になって、そこから嫁という手もあったのに、今はもう、そんな手も使えない。
八方塞がりだ。
それもこれも、王太子のせいだ。
その王太子から、親切ごかしに縁談を持ち込まれて、エシルはブチ切れた。
「いらねぇっつってんだろ!」
さすがに父に直接言いはしなかったが、ドアは一枚、力任せに蹴られて、はじけ飛んだ。
使用人たちはびっくりして逃げ散った。
「エシル。すまんな。何度も断ったんだが。」
父将軍は両眉を下げた。
タニアの事情については、アイカ経由で聞かされている。
「会うだけは会ってみてくれないか。」
つまり、断り切れないほど相手が乗り気、かつ力のある貴族で、しかも王太子が強引だったということなのだろう。
「会ってもいいですが。」
エシルは向かっ腹を隠しもしない。
「時間の無駄ですよ。絶対に断りますから。」
縁談の相手は、国務尚書の孫娘だった。
彼は娘ばかり六人もいて、そういえば随分前に、一番下の娘を紹介されたことがあった。その娘はもうとっくに嫁に行ったと聞いていたが。
今度は、一番上の娘が生んだ子供を紹介されたという事だ。
年は十三。
年齢の差があり過ぎて、とても恋愛対象にはならない。
適当にお茶を濁して帰って来よう。
しかし、その孫娘に会って驚いた。
華奢ですんなりとした姿形。控えめな挙措。それでいて華やかな笑顔。髪の色こそ違うが、佇まいがタニアにそっくりだった。
目眩がしそうだった。
こういう娘が好みだろうと、はっきり狙われている。
そして、まさにその通りだった。
挨拶だけして、昼食を食べずに帰ろうと思っていたのに、その娘に残念そうな悲しそうな表情をされると、とても無下に出来なかった。
もちろん、タニアの方がずっと顔も声も美しい。気持ちはタニアから揺るがない。
でも十三歳のまだ子供みたいな娘を、冷たくあしらう事も出来ない。
仕方なく当たり障りのない話をしながら、昼食会をやり過ごす。
その後丁寧に、今後の昼食会については遠慮申し上げると手紙を出したし、向こうからも了解の旨の返事が来たが、しばらくして訪ねて来たメルトが、思わぬ事を告げた。
「エミーナ嬢と婚約の話が進んでいると、もっぱらの噂だ。」
季節は春に進んでいる。




