その23 覚悟
子供はどうした、と聞いたら、奥でお昼寝しています、と返事が来た。
ベッドを覗いてエシルは、目を丸くした。
「ちょっとの間に大きくなったな!」
うふふ、とタニアは笑った。その笑顔に絆される。
「目が離せなくて大変なんです。」
「そうか。元気そうで何よりだ。」
暖炉の前の椅子に座って、タニアを膝の上に乗せる。せめてこれぐらいは許されるだろう。
「タニア。」
「はい。」
「家を継ぐことになった。」
「はい。」
「ここで一緒に暮らすことは出来ない。」
「はい。そうだろうと思っていました。」
タニアはとっくに覚悟していた。
それを見て、エシルはため息をつく。
「せめてお前が領都にいるなら、俺も安心なんだが。」
「また大雪が降ったら、来られますわ。」
エシルは笑い出した。
このどこまで本気なんだか分からないところも、心をとらえて離さない。
「お前以外に俺の妻はいない。お前と離れているのは辛すぎる。毎日お前の事を考えている。」
「私も毎日、エシル様の事を考えていますわ。」
「本当に?」
ふふっとタニアは笑う。柔らかい尻が膝の上で揺れて、エシルは下腹に力を入れる。
このまま抱いてしまいたいが、一度理性が飛んだら、多分もう今日中には領都に帰れまい。
気を逸らそうと、部屋の方に目をやる。
元診療所だったこの家は、造りが若干変わっている。
通常、この規模の民家には暖炉は一つだが、おそらく診察室だったのだろう、入り口ドアがある方の小さい部屋に一つ、今いる奥の部屋の方にも一つある。
暖炉は、使わない時はしっかり塞いでおかないと、冬など超絶寒い。とても燃費が悪くなる。
キッチンなど生活のメインは奥の部屋にある。間にあったと思われるドアは取り払ってあるので、余計に寒く使いづらい。だからこそ借り手もなく、タダで住まわせてもらっているのだろう。
「誰か手伝いに寄越そうか?口の堅い女中を選んで。」
エシルが言い出すのを、タニアはきっぱり遮った。
「いけません。」
エルデム将軍家と繋がりがある事は、何一つしてはならない。
エシルはため息をついた。
「ここに一人で置いておきたくない。変な男が寄ってきそうで嫌だ。」
「エシル様に敵う男の人なんか、いません。」
彼女の頬が赤くなるのを、エシルは嬉しく見やる。
「でも女一人では、押し込まれた時に反撃出来ない。」
「大丈夫。昔、サディナ様と一緒に、剣術を習った事もあります。ほら。」
壁の隅に、おそらく相当長い間、放っておかれたであろう長剣が、灰掻き棒と一緒に置いてあった。
ふと目をやると、窓から雪が少し小止みになったのが見えた。
「雪が。」
「そうだな。」
時間はあまりない。剣の手入れはまた次回だ。
「きっとまた来る。でもいつとは約束出来ない。」
前に新月の夜に来ようとして、断念した事がある。
星明かりで来れるほど道に通じてはいなかったので、迷ったのだ。
「お待ちしています。」
もう一度タニアを抱き締めて、膝から降ろす。懐から、銀貨の入った袋を出した。
「これで美味い物でも食え。」
「あの、最近は繕い物のお仕事を頂いたりしていますし、前にお預かりしたお金もまだ」
「いいから。」
エシルは、タニアの手の中にそれを押し込む。
「お前と子供が腹一杯食えていると思わなくては、心配で気が気でない。いいか、次に会うまでに、もう一貫目ぐらいは太れよ。」
「そんなに太ったら、服が全部入らなくなってしまいます。」
タニアは楽しそうにふふっと笑った。
エシルは外套を羽織った。白ウサギの毛皮で出来ている。普通の鹿革や牛革の外套に比べて、手に入りにくく滅多に見ない。
メルトの手配で手に入れた。もちろん監視の目を眩ますためだ。
「信用出来る誰かを、連絡係にしても良いか?」
聞かれて、タニアは言葉に詰まる。
「近所のパン屋はどうだ。何かこちらから知らせがある時は言付ける。」
「それなら、町に住んでいるシオンというお医者様にして下さいませ。ここの大家さんなんです。」
「うむ。了解した。」
雪はまだ降り続いている。
軒下につないでいた馬を引き出して来た。
「次にいらっしゃるまでに、馬車小屋を直しておきますわね。」
タニアが裏手を指した。
雪と木でよく見えないが、何か建物があるらしい。
タニアを抱き寄せて口付ける。
「愛している。タニア。」
「私もですわ。」
タニアの囁くような声に、エシルは抱き寄せた手をなかなか離せない。
西の空が少し明るくなって来た。
「エシル様。」
「分かっている。」
やっと手を離すと、エシルは馬に跨った。
「なるべく早く戻る。」
「お気を付けて。」
「お前もな。」
一度救済しちゃったので、元々の筋から話が迷走しています。。どこへ行くんでしょうか…




