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鷲羽国物語 〜異世界救済2 救済されない世界の話  作者: たかなしコとり


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22/29

その22 大雪の日


年が明けて、しばらくたった頃。

朝から吹雪で、誰も外を出歩かないような日があった。


タニアは、部屋の中に積んである薪を、勘定しいしい一本焚べた。

エシルが置いて行った金で、前よりもずっとマシな生活が送れている。

あの日、「ちょっと行ってくる」と出かけて行ったエシルは、そのまま帰って来ない。たぶんもう、戻ってこないだろう。


忘れられたとは思わないが、忙しい人だ。たぶん何かしらの用事に捉まって、そちらから離れられないに違いない。

そもそも身分が違う。


それに、今自分は王太子に行方を探されている身だ。匿っていることを知られたら、エシルは、悪くすれば反逆罪に問われる。

一緒になろうと言ってもらえて、嬉しかった。が、あの時の事は夢だったと思う事にしよう。


暖炉にかけてある鍋の中には、スープが煮えている。

最近つかまり立ちを始めた息子は、この暖炉のふちに手をかけて立とうとするので、椅子で周りを囲ってある。

少し前まで貰い乳をしていたが、食糧事情がよくなったせいか、自前の母乳が出るようになった。離乳食も食べているし、息子も丸々としてきた。


幸せだ。これ以上望んだら、罰が当たる。


コツコツと、ドアを叩く音がした。

最初は風かと思った。こんな天候の日に出歩く人はあまりいない。

しかし二回目を聞いて、タニアは暖炉際から立ち上がって、ドアについたのぞき窓を開けた。


びっくりした。

雪だるまが立っている。いや大きな白い熊だ。

慌てて覗き窓を閉める。恐い。

あんな熊に襲われたら、この家もバラバラになるかもしれない。


反撃用の薪を抱いて震えていると、遠慮がちなノッカーの音が、また聞こえた。

ノックだ。

熊はノックをしない気がする。


薪を降ろして、再度覗き窓を開けた。

白い毛皮の間から、よく知っているエシルの瞳が見えた。心臓がぴょくんと跳ねる。

「エシル様?」

急いで、ドアの閂をはずす。


大雪の中、真っ白な毛皮の外套を羽織ったエシルは、確かに大きな雪だるまのようだった。

寒さで鼻の頭が真っ赤になっている。


「まあ、こんな雪の中を、よくいらして下さいました。」

「タニア。」

「はい。」

エシルは外套を脱ぎ捨てて、タニアを抱き寄せた。


「タニア。」

「はい。」

「タニア。」

「エシル様。少し苦しいです。」

「あ、すまん。」


慌てて抱く手を緩める。ふふっとタニアは笑った。

本当に、こういう所も小憎らしくて好きだ。

しばらくじっとして、お互いの体温を確かめる。

「ああ。タニアは温かいな。」

「エシル様は氷みたい。」

「前が見えないほど雪が降っていたからな。遅くなって済まなかった。」


王宮で新年の挨拶を行った後、大抵の貴族はそれぞれの領地で、領民からの挨拶を受ける。

ごく自然な流れで、エシルは領地へ戻って来た。


当然、王太子の監視もついてきたが、彼らは本来王族を身近で守るのが仕事で、人の監視や尾行に慣れていない。

エルデム将軍領までついてきたのはたった三人だった。

しかも領都では、エシルはほぼ毎日のようにあちこちを遊び歩いて、監視役は交代制とはいえ振り回されてへとへとになっている。

こんな大雪の日に、まさか遠出もあるまいと油断している所を、やっと振り切った。


「遅くなった事、怒っているか?」

恐る恐る問いかけるエシルに、タニアはかぶりを振る。

「もう戻って来られないかと思っておりました。」

「すまん。翡翠の君に、監視を付けられた。」


ひゅっとタニアの喉が鳴った。

「あの、それは。」

「大丈夫。振り切った。しかしずいぶん時間がかかってしまった。お前のことが心配だった。変わりはないか?風邪を引いたりはしてないか?」

エシルの優しい声に、タニアは涙ぐんだ。


「変わりなく過ごしておりました。薪もパンも沢山買えるようになりましたし、ひよこ豆もどっさり分けて頂いて。」

それでも赤ん坊と二人の生活は、相当心細いだろう。


気丈に振る舞うタニアを、エシルはもう一度抱き締めた。

「このまま押し倒したい。」

「まだ昼間ですから。」

ややあって、エシルは体を離してハァとため息をつく。

昼間じゃなければいいのか?とか思う。

もうホントにこの小悪魔は、どうしてやろうか。


「今日は我慢する。雪が降り止む前に帰らないといけないからな。」

「ああ。そうなんですね。」

残念そうな表情に、心が揺らぐ。

「このまま攫っていきたいな。」

エシルの言葉に、タニアは目を伏せた。

「四年前に戻れたら、きっとついて行きますのに。」


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