晩餐
帝国軍との激戦から一夜が明け、赤炎島には勝利の歓声と、安堵の空気が満ちていた。侯爵城では、キラ、ティア、ゼノン、カイル、そしてヴェスタが侯爵に招かれ、労いの晩餐が設けられた。
侯爵家の食堂には豪華な料理が並び、様々な飲み物がいつでもサーブできるように準備されていた。見たこともない豪華な料理にキラもティアも目を輝かせた。しかしここは侯爵家。失礼なことがないよう、すました顔を作る。案内された席についたところで、侯爵がやおら口を開いた。
案内された席につくと、侯爵がやおら口を開いた。
「皆、この度は大義であった」
その言葉に、一同は静かに頭を下げた。
「貴官らの働きがなければ、赤炎島は今頃、瓦礫と化していたであろう。皆の勇気と献身に、心から感謝する」
侯爵の視線が、キラとティアへと向けられた。
「そして、キラ、ティア。君たち二人の力なくして、この勝利はあり得なかった。赤炎島を救ってくれたこと、その恩は決して忘れぬ。ありがとう」
そう言って侯爵はキラとティアに頭を下げた。
キラとティアはあわてて立ち上がるが、侯爵が手でそれを制した。
「ささやかではあるが、君たちの働きを労うために席を設けた。今夜は、心ゆくまで食事を楽しんでくれ」
侯爵がそう言い、自らグラスを手に取った。その合図で、一同もグラスを掲げる。
「では、健闘を祝して」
カチンとグラスの触れ合う音が食堂に響き、ようやく一同は緊張を解き、穏やかな笑顔で食事を始めた。
食事が進み、お腹がある程度ふくれたキラは、侯爵に気になっていたことを聞いた。
「侯爵様、あの、質問をしてもよろしいですか?」
侯爵は頷いて、キラの言葉を促す。
「今回、皇帝陛下はティアが赤炎島に居ることを知ってしまったんでしょうか?」
「そうだな。ティア嬢が力を発揮した遺跡の探索には、ローというスパイが同行しておっただろう。奴の行方は未だ分からん。おそらく皇帝の元へ戻って、一部始終を報告していると考えるのが妥当であろう。」
「そうですか。」
侯爵の言葉にキラとティアは表情を曇らせた。
「何、不安になることはない。ティア嬢の存在は秘匿されておる。先の戦闘での活躍については、我々の開発する臨時結界が作動したと情報を流しておる。遺跡でのことは隠せぬが、敵艦からはお前たちのことは見えておらぬ。あの結界を張ったなどと、夢々思わぬだろう。」
侯爵のその言葉に、キラは安堵の表情を浮かべた。
「侯爵様、そのローについての記録ですが、すべて、消去されていました。通信記録も、行動ログも。奴は最初から、逃げるつもりだったようです」
ローが皇帝のスパイであることは疑いようもなかったが、決定的な証拠がない。ゼノンが悔しそうに拳を握りしめた。
その時、一通の文書が侯爵のもとに届けられた。侯爵が封を切り、その内容に目を通すと、わずかに眉をひそめた。
「皇帝からの、謝罪文だ」
その言葉に、一同の間に緊張が走る。
「今回の戦闘行為は、謀反人を捕らえようとした一部の騎士たちの暴走であり、皇帝の意図するものではなかった、と記されている」
侯爵の言葉に、カイルが信じられないという顔で口を開いた。
「一部の騎士の暴走? ふざけるな! あれほどの艦隊が、勝手に動くはずがない!」
「その通りだ」
侯爵は静かに頷いた。
「明確な証拠もないまま赤炎島を攻撃したことは遺憾であると。あの愚帝はティア嬢の存在についてあくまでも秘匿するようだ。…これ以上の追求は、しないつもりなのだろう。我々も、証拠がない以上、この謝罪を受け入れるほかあるまい」
ゼノンとカイルは悔しさで顔を歪めた。
ヴェスタの顔には悲壮感が漂っていた。
「お父様…この度のこと、申し訳」
ヴェスタが謝罪を口にしようとして、侯爵が遮った。
「ヴェスタよ、己が力を欲しようと島の平和を脅かしたことは、分かっておろう。だが、お前の従者は私が手配したもの。ましてや洗脳される隙を与えるなど、お前との対話を疎かにした、わしの責だ。すまなかった。」
「お父様!お父様は悪くありません。私が勝手に、あの…」
ヴェスタは言葉を詰まらせ、俯いた。侯爵はそんな娘の頭に、そっと手を置く。
「ヴェスタ。心配するな。時間はたっぷりある。お前の話を聞かせてくれ」
その穏やかな声に、ヴェスタは顔を上げた。厳格な父の温かさに、彼女の瞳には涙が滲む。
「はい。お父様」
二人の間を隔てていた見えない壁がなくなり、普通の親子とはいかないが、彼らの心が通っているのが、見守っていたキラたちにも分かった。




