侯爵の提案
キラとティアは朝早くから一人、赤炎島の街を散策していた。ところどころに戦闘の傷跡が残っているが、住民たちは互いに助け合い、復興に向けて動き始めていた。
(この人たちの笑顔を守ることができて、本当に良かった)
キラは、空に浮かぶ赤炎領特有の赤色の、幅が広い虹を見上げながら、昨夜侯爵と交わした会話を思い返していた。
それは、昨夜の晩餐の後だった。侯爵に呼び出され、キラは一人、侯爵の執務室を訪れた。重厚な扉を開けると、そこには静かにグラスを傾ける侯爵がいた。
「この度、我々を救ってくれた君の働きには、いくら感謝しても足りぬ。君たちは今後どうするつもりなのだ?」
「どうするとは?」
キラは侯爵の質問の意図が掴めず聞き返した。
「君たちが目的を持って旅をしていることは、ティア嬢から聞いておる。彼女の力をコントロールすることと、遺跡との関係について調べていると聞いた。だが、私には君が別の目的を持っているように見える。」
侯爵の鋭い眼差しに、キラはごくりと喉を鳴らした。隠し通せないと悟ったキラは、意を決して語り始めた。
「はい。僕の父は、虹光師として、空島と虹の力のことを研究していました。そして空島以外の世界、『大地』と呼ばれる世界があるということを確信したんです。」
「なんと…大地だと」
侯爵は驚き目をみひらいた。
「はい。僕は父の研究を引き継ぎ、大地への鍵となるアルクスコアを開発し、各地の遺跡を巡って、大地への扉を開くためのルクスコアを探しているんです。ティアの力は大地へ行くためになくてはならない、ティアもアルクスコアを通じて力をコントロールする術を身につけ始めているんです」
キラの言葉に、侯爵は驚きを隠せないようだった。
「そうであったか。ルクスコア…。君たちの目的がそこにあるなら、皇帝との衝突は避けられぬかもしれぬ。」
「どうしてですか?」
「ルクスコアは帝都の遺跡にあるからだ。」
「!!!」
キラは思わぬ情報に言葉を失う。
「君たちのような者が現れたのも、空島が変革を必要としているからかも知れぬな。キラや、大地について私が知ることを話そう。」
「我が赤炎領は赤色の光=火の力を使うことに長けていることは知っておろう。外部の敵がおらぬ空島で、これほどまでに軍事力を維持していることを不自然に思ったことはないか?」
「帝国の軍事を一手に引き受け、各領地や要人の護衛などを担っていると聞いていますが、そもそも、空島は8つの領がお互いに助け合う形でパワーバランスを保っているので、本来なら攻撃する理由もなければ、守る理由もないですよね?」
「その通りだ。」
「じゃあ、空島以外の何かから、空島を守っているんですね!?何から空島を守っているんですか?」
「その答えは当たらずとも遠からずだ。我々は可能性に備えておる。」
「可能性?」
「そう。空島以外との接触で起こりうる、紛争に備えておる。」
「侯爵は空島以外の世界があると知っているんですね!でもなぜ、戦いになると思っているんですか?」
「必ずしも、戦いになるとは思っておらぬ。だが、身を守る術を持たなければ、相手が侵略の意図を持って接触してきた際に、空島を守ることができない。戦う手段を持っているということは、戦いを防ぐ意味でも重要なのだ。」
「…」
キラは戦う手段を持つことが身を守る手段であることを、理解できても納得はできなかった。相手を傷つけることのできる力が、いいものとも思えないが、侯爵の言っていることはもっともなことだった。
「大地に夢を持っている君にとっては、納得のいく話ではないかも知れぬな。大地の存在が秘匿され、人々の記憶から忘れ去られたのには、理由があるのだ。」
「それは、空島というシステムを守るためですか?」
「ああ、そうだ。そしてこの事実は『空の智』と皇帝、七人の侯爵のみが代々後継者に引き継いでおるのだ。空島というシステムを作ったものは、全てが忘れ去られることを望みながらも、情報を残さずにはおれなかったのだ。」
「空島は人の手によって作られた、人工的なものということですか?一体なぜ。」
「それについては、わしにも分からん。私が知っているのは、大地という存在があり、そこにも人々の営みがあるということだ。そして、赤炎侯爵の役目は、いつか起こりうる大地との接触に備え、防衛力を維持すること。ただそれだけなのだ。」
「とにかく、大地はあってそこに暮らす人がいる。そのことが夢物語ではなく、確かなものということが分かっただけでも十分です。どうやって大地へ行くかは僕が見つけます。」
「本来なら、争いの種になる大地との接触を、私は止める立場にある。だが、皇帝の力への執着は、おそらく大地へ侵攻しようとしているからではないかと私は考えている。大地への初めての接触が、侵略であってはならん。皇帝を阻止するためにも、私は君たちを支援することにした。なんとしてでも、皇帝よりも先に大地への扉を開くのだ。」
「わかりました。必ず、大地への扉を見つけ、皇帝を阻止してみせます。」
「頼んだぞ。」
侯爵との昨夜の会話を思い返しているキラの横で、露店に並ぶ華やかな簪に、ティアが目を輝かせている。彼女は横にいるキラに楽しげに話しかけたが、深く考え込んでいるキラは無反応だった。
「キラ!」
ティアは改めて彼の名を呼び、心配そうにその横顔を覗き込んだ。
「侯爵様の話が、そんなに心配?」
キラは優しく微笑んだ。
「心配じゃないと言えば嘘になるけど、夢を叶えるための道のりだから。侯爵様が助けてくれる分、皇帝の騎士たちに一方的に追われるだけじゃなくなった。むしろ心強いよ」
その時、背後から弾んだ声がかけられた。
「キラ!ティア!」
ヴェスタとカイルが並んでやってきた。
「今度私は、負傷がひどい者を連れて、青水島へ行くことになった。私も精霊の炎で内臓を損傷しているから、あそこで治療を受けるんだ」
キラはヴェスタの隣に立つカイルに目を向けた。
「カイルも行くのか?」
「ああ、ヴェスタのお目付け役だ。そして、君たちにも同行してもらう」
カイルの言葉に、キラは驚いて声を上げた。
「え?僕たちも?」
ヴェスタは楽しそうにウインクした。
「キラとティアを青水侯爵へ紹介するよ。お父様から書状も預かっている」
「本当か!?」
驚きと嬉しさに声を上げたキラに、ヴェスタはそっと耳打ちした。
「青水島でも何か起こっているようなんだ。詳しくは分からないが、火の遺跡を元に戻した、あなたたちの話を聞きたいそうだ」
キラとヴェスタは目を合わせ、静かに頷き合った。
青水島、水と医療の島でどんなことが待ち受けているのか、キラは少しの不安と次の目標を胸に、空にかかる虹を見上げた。




