開戦
リュートは敢えて自分が囮になる戦法を選んだ。
何処まで体が持つかは解らないから、時間は掛けられない。
きっと…敵は大将として後方にリュートがいて、先陣はジンが切ると思っているだろう。
だから……それ専用の戦術で来ると読んでいた、城陥落が目的なのだから。
影からの報告も、敵の戦力も先陣には重点を置かずに部隊を左右に分け、左右から城を攻める配置となっている。
よって、ジンの方に戦力の大半を配置し、最悪リュートが負けたとしても領地は守れる裁断だ。
リュートの仕事は敵の戻る場所を失くす。兵士が手薄となった本陣の屋台骨を砕く、この一点。
次等、2度とこの領地に攻めいる事など無いように。リュートが桜と結ばれて再度強力な結界を張り直すまで。
それさえ叶い、この地が守れればいい。
愛馬に跨がったリュートはすうっと息を吸って、目を閉じた。
そして覚悟を決め……目を開けた。
「出陣だ!!……二度とこの地に足を踏み入れたく無くなる様な悪夢を見せてやれ!!」
リュートの掛け声で、『おおー!!!』という歓声と共に一斉に騎馬部隊が走り出しす。
先頭を走るのはリュート。ジンに教育された彼の馬には誰も追いつけなかった。
リュートはまず、敵部隊の大将を探した。
本隊はジンの方に向かっているが、ここを任されている者がいる筈だ。
リュートが後方を離れて走る兵士に事前の打ち合わせ通りに指示を出す。すると一斉に前方上部に向かって矢が放たれた。
丁度、敵陣に矢が上から下に向かって降り注ぐ様に。リュートが先陣にいることで、敵方の意識はリュート一人に向いていたところに上からの奇襲だ。
元々本隊を指揮している者ではない者が指揮しているのだ。一度崩れた部隊を立て直すのは容易ではなかった。
その一瞬の隙を尽き、リュート達は敵の本陣に斬り込んだ。
直ぐ後にリュートが指揮している部隊も続く。
負傷した者は出たが、それでも致命傷を負った者はいなかった。
リュートは心から安堵した。自分の体調ギリギリのところだったのだから無理はないだろう。
よし、ここは副隊長に任せて、ジンの元に駆けつけようとした、その時だった。
半ば圧勝に思えたとき、恐れていた事態が起こった。
ドクンっと体に中で力が暴走し始めたのだ。
桜に出会う前は体力の消費が激しく、力が抜けていった。
出会って桜の力を分けて貰ってからは、大きすぎる力に体がついていかなくなる。……何故、自分はこんな体で生まれてきてしまったのか?
運命を呪いたくなった時もある。
何時だって自分で何とかするしかなかった。……父親ですら助けてはくれなかった。……腹違いの弟は、魔法こそ使えないけれど俺にはない全てを持っているのに。
無条件で……何の柵もなく助けてくれたのは、愛情をくれたのは、彼女が初めてだった。
俺の側に依ってくる女共は、俺を見ている訳ではない。血を履いて手に入れた王太子というと肩書きに依ってきているにすぎない。だって……そうだろう?
子供だった俺に、何もなかった頃には誰も近付いて何て来なかったのだから。
だから……彼女を手離せないんだ。執着と愛情を履き違えていると言われてもいい。……優しい彼女の同情心を利用してでも手に入れたかった。
そんな…どうすることも出来ない感情が後から後から浮かんで来るのは、戦場という非日常が起こさせているのだろうか?
今は、この戦局を勝たなけれがならない時に。
「クソッ!!……こんな時に!!」
腹立たしかった。
大事な場面で役に立たないこの体が…。
母上が命をかけて生んでくれた大事な体を、俺自身が誰より愛せなかった。
リュートは胸を押さえて膝をついた。
未だ残る残党には、丁度良い餌に見えた事だろう。責めて一矢報いたいという気持ちが、リュートに斬りかかってきた。だが、今のリュートには交わす術はない。
いち早く気付いた副隊長のエヴァが主に斬りかかる残党の刃を弾き、そのまま斬り裂いた。
「リュート様!!」
「エヴァか?……俺は動けそうもない。ここは我々の手に堕ちた。……だから、お前が隊を率いてジンのところに戻れ」
何時もなら絶対忠誠を誓うエヴァだが、息も絶え絶えになるリュートのこの言葉だけは、素直に聞き入れる事が出来なかった。
「いくらリュート様のご命令でも、これだけは聞けません!!……」
エヴァは、一歩も引かないというと気概を見せる。
「命令だ……」
リュートは、次第に息があがって言葉を発するのも辛くなってきた。
「嫌です!!」
「エヴァ!!」
「俺が守りたいのは貴方だ!!…」
「お前が今守るべきは、俺じゃない。……この領地の民だろう!?」
「ですが!!」
「頼む。……俺をこれ以上情けなくさせないでくれ………責めて守りきりたいんだ……」
「!!!」
リュートの言葉に、今度こそエヴァは何も言えなくなってしまった。




