桜と母上
敵の本陣は叩いた。
だが、軍の大半はジンが守る城に向かっている。
ここからが本当の戦いだといっても過言ではない。兵力はいくらあっても足りないのだ。
勝つための策で、絶対に勝てると踏んでの行動だったが、だからと言って、絶対の戦何て存在しない。
気を抜けば、自分の部下が死んでいくのだ、出来る手は全て打っておくに越したことはない。
今回、自らの志願でエヴァがリュートの部隊に交ざったが、本来実力のあるエヴァがジンと共に残るべきだったのだ。
まあ、後押ししたのが他ならぬジンで、リュートがそれに折れて許可したのだが……。
それでもエヴァが二の足を踏んでいると、影がいつの間にか膝をついているリュートを支えていた。
「そなた、いつの間に!?」
軍人に、それも一流だと自他共に認めるエヴァにすら気配を感じさせない影にエヴァは、咄嗟に腰の刀に手をかけ構えた。
「……エヴァ、影は俺直属の部下だ。心配ない」
「……リュート様の、ですか?」
「ああ、だから……お前は戻れ」
この場に残ったとしても出来る事は少ない。なら戦場に戻り武功をたてる事こそ今のエヴァに出来る最善だった。
自分に気配すら感じさせない実力がある影の存在もあり、任せても大丈夫と判断したエヴァは、後ろ髪引かれる思いでこの場を後にする事を決めた。
「……エヴァ様。……リュート様は私が必ずお連れしますので、今は……」
止めとばかりに影が後押しをする。
「くっ!………リュート様を頼む!!」
そう言うとエヴァは馬に又借り、無事な兵士を引き連れて戻って行った。
残ったのは、リュートに影、そして負傷した兵士達だけだった。敵兵は全て片付き拘束してある。その点は問題なかったのだが……。
「影……お前、医療の心得もあったな」
息も絶え絶えといったリュートが自身の体を支えてくれている影に話しかける。
「はい、ですがリュート様の体の不調だけは……」
表情こそ変わらない影だが、声だけは心配の色を隠せなかった。
「勘違いするな………負傷した兵士を診てやってくれ。…」
リュートは安心させるように、顔の表情筋を総動員して笑顔を作った。
「……承知しました」
影は何か言いかけたが、それ以上は何も言わずに兵士の看護に取りかかった。
自分がいたところで、リュートを助ける事が出来ないのは、影にも良く解っていたから、責めてリュートの指示を尊重したのだった。
幼馴染の二人以外で1番側にいたのも影だったから…リュートを誰より理解していた。
助けたいが、助ける術がない。
そんな自らの力不足を嘆こうと、常に最善を動ける様にジンに教育された賜物だった。
◇◇◇
光と共に中に浮いた桜だったが、あまりの眩しさに目を閉じて、再度目を開いた先に見えたのは、何もないただの真っ白な空間だった。
「ここ…………何処なのよ!?」
嫌な感じは一切ない。寧ろ心地好い空間に、桜は一瞬自分が天国に来てしまったのかと、半ばパニックになりかけた。
やっとリュートと和解したのだ、そんな刃先にいくら天国だろうが冗談じゃなかった。
桜は立ち止まっていてもしょうがないと宛もなく歩き始めて気が付いたが、歩いている様で、その実、中に浮いていたのだ。
地面を蹴っている感触が一切ないばかりか、自分の体の重みすら感じなかった。
「嘘………じゃあホントに天国?……ここにお父さんやお母さん、兄弟達がいるの?」
出来れば逢いたい。……別に死にたい訳じゃないけど、どうしても会いたかった。
リュートに会う前は何時だって死にたくて、でも死ねなくて、誰でもいいから止めを指して欲しいとすら望んだ。……ただ、もう一度家族に逢いたいという思いだけで……。
でも異世界の女神様の神殿にいて光に包まれてからの自身の死には些か違和感を覚える。
死んだわけでは無いとすれば、何故ここに自分はいるのだろうか?
「………じゃあ、一体ここは何処なのよ?」
答えてくれる者なんて見当たらず、桜自身期待もしていないのだが、まさかの返事が返ってくる。
「ここは………女神様が司る空間です」
「!!!!」
誰!?という声すら出ないほど桜は驚いた。
だって……、前にも後ろにも上にも下にも誰もいない、ただ白いだけの空間だったのだから無理もない。
「驚かせて、ごめんなさいね?…私はここにいるわ」
今度こそ驚かずに冷静に聞いてみれば、それは綺麗な女の人の声だと解る。……まだ若いその声の主はいつの間にか桜の目の前に立っていた。
「貴女は誰です?…」
答えてくれるかどうかは解らなかったが、当然と言える問い掛けだろう。
「私は……リュートの母です」
「え!?…」
驚いた桜がじっと目の前の女性を見てみれば、確かにリュートの面影がある。……でも、リュートの母親は早くに失くなっていると聞いた。
だとしたら、今の彼女は?
「私は……死んでから魂だけの存在になり、憐れに思った女神様が、私をリュートを護る聖霊にしてくれたのです……」
「精霊?…ですか……」
よく聞く、妖精とかそんなメルヘンな類いの存在と言うことだろうか?と桜は考えたが、それは当たらずとも遠からず、といったところだった。




