美和の母
なぜここに来たのかはわからない。
しかし、ここへ来れば必ず何かがわかると信じていた。
カズは美和の実家の前に立っていた。
鼓動が速い。
目を閉じて、大きく深呼吸をした。
呼び鈴を押す指が、小さく震えている。
返事とともに美和の母親が現れた。
「…坂本くん?」
「こんにちは。ご無沙汰してます」
「まぁ、よく来てくれたわね」
美和の母親は驚きながらも、突然の客人を笑顔で迎えてくれた。
「どうぞ、上がって」
「おじゃまします」
カズは濡れた傘をたたみ、いつもより丁寧に靴を脱いだ。
美和の母親に会うのは、おそらく高校の卒業式以来だ。家に来たのは小学生のとき以来だろうか。
「よく覚えていてくれたわね」
その言葉に少し違和感を覚えた。
「美和も喜ぶと思うわ」
ドキッとした。
美和はここにいるのか。
カズは居間に通された。
「お茶の用意するから、ちょっと待っててね」
「すみません」
カズは少し濡れたボストンバッグを傍らに置き、正座をした。
まっすぐ正面を見つめたまま、もう一度深呼吸をする。
そして気持ちを落ち着かせるために目を閉じた。
一人の時間がとても長く感じられた。
美和の母親が、冷たいお茶を持ってきてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カズはお茶を一気に飲み干した。
そして思い切って切り出した。
「あの…美和は…」
美和の母親は優しく微笑んで、立ち上がった。
「こっちよ」
若干の足の痺れをこらえて慌てて後をついていくと、カズは隣の部屋に案内された。
そこには小さな仏壇が祀られていた。
「よかったらお線香でもあげてやって」
美和の母親は仏壇のロウソクに火をつけながら言った。
どういうことだ?
カズは理解できなかった。
促されるまま仏壇の前に座る。
そこにはまぎれもなく美和の遺影が置かれていた。
そして、遺影の隣には少し型の古い淡いピンクの携帯電話。
「これは…」
ロウソクの火がわずかに揺れた。
「今日は美和の命日なのよ」




